84話 智将の本領
「これはアフマル様、シルシラ殿、ラアサ殿。随行の者は控えの間で待て」
赤マントを揺らして領主オニュクスは執務室に入り、その後ろにラアサ等が続く。オニュクスが振り返り、来訪者一行にソファーを勧める。
「ん?随行の使用人は、控えの間で待てと言った筈だが」
オニュクスの言葉に、シルシラの顔から温和さが消え、オニュクスを睨みつける目が討伐者の鋭さを見せる。
「ご主人様ヲ侮辱する事ハ……許さヌ」
殺気立ったシルシラに驚くオニュクス。
「オニュクス卿、そいぁジョーズ……根地の魔王だ」
「まさかこの様な小男が……いや失礼、偽りの姿なのですね」
「いやぁジョーズの場合は、どっちも偽りじゃ無いんだが」
ニヤリと笑うラアサと、更に驚愕の度合いを増すオニュクス。
俺はアフマルの話しを聞いた後、ひとっ飛びしてラアサの知恵を借りに行き、ラアサは回復したファーリス王子に指揮を委ね、俺との同行を望んだ。
ニヤリと笑って。
そして今、俺は混乱を避けるためにモードA人型でエラポスのオニュクスの元を訪れている。危うくシルシラが一混乱起こしそうでしたけど。
全員が座るとラアサが「さて」と口火を切った。
「まず先日の件、結論から。アフマルはアフト皇帝とは無関係だ。アフマルの母コキノスは偽名、ぬいぐるみはナツメ商会の荷にあった物だ」
オニュクスは一ミリも表情を変えず、ラアサの言葉の真偽を測っている。
「ところでオニュクス卿、お主が忠誠を誓うのは帝国皇帝か?グラードルか?」
オニュクスは目を細めた。
おっと少しだけ鼓動が早くなったなオニュクス。
お前は今こう思っているだろ?「この男は何を言っている?」とな。
オニュクスは暫しの沈黙の後、こう答えた。
「私は誇り高き帝国軍人。皇帝陛下に忠誠を誓う者だ」
「つまり帝国の誇りを軽んじ、私怨により条約を破棄し、帝位すらおもちゃにして、影響力だけで五万の兵を死地に送り込むグラードルにゃ、忠誠を誓わないって事だな?」
オニュクスは、ラアサを見つめたまま答えない。
「所でオニュクス卿。今兄帝アフトの実子が現れたとしたら、政変が成功する可能性はどの位だぁ?」
「ラアサ殿、何を言いたいのか良く分からぬが、そのアフマル様がアフト陛下の実子で無いなら、無意味な質問では?」
「クアッダに攻め入った帝国軍五万。二万は死んだぞ」
「馬鹿な!」
声を荒げるオニュクス。
オニュクスの鼓動は更に早まり、瞳孔が僅かに開き、唾を飲み込む音も聞こえる。ヤツの体が発するシグナルは興奮・緊張・混乱だ。
ラアサは一見脈絡の無い話しを続けて、オニュクスの混乱を煽っている。言ってみれば精神攻撃か。
「グラードルの我儘で、帝国兵が無駄に二万も死んだ。平和的な約束を破る為に二万もの兵が無駄死にしたんだぜぇ」
「ありえぬ。クアッダ王国は国民全てが武器を取ったとしても一万余り。五万の大軍で包囲して二万もの兵が死ぬなど」
「んじゃぁ聞くが、五万の大軍に包囲されてる筈のオレが何でここに居る?対帝国の戦力の要になる筈のジョーズが何でここに居る?」
ま、そりゃそうだわな。
絶賛戦争中に戦力の要が二人も敵軍の領主の元を訪れる。しかも降伏の仲介を頼みに来た訳じゃ無く、ぬいぐるみの件でだ。
「あーそれからな、ジョーズから生活物資売ってくれって言われたろうが、オレなら食料は売らねぇな」
「何故だ」
「グラードルの私兵が、かっすかすになってココに逃げこんで来るからだ」
オニュクスはもうラアサの術中だ。前の答えが出てないのに、次の疑問に反応しちまってる。
しかも帝国軍からグラードルの私兵って、さり気なく言葉も変えて。気付いて無さそうだな。
「プトーコス卿もオニュクス卿も正しい。グラードルは兵の命を無駄に浪費してる。そこにゃ正当な理由も国益も、何も無ぇ」
「いや待て、逃げ込んで来るとはどう言う事だ?」
「このぬいぐるみはオニュクス卿、アンタに預ける。真に帝国の事を思うアンタが正しいと思う使い方をしてくれ」
オニュクスは顎に手をやったり、唇を舐めたり、俺を見たり、混乱と動揺を全身で現す様になった。
もう頭の中はこんがらがってエライ事になってるだろう。だがラアサの精神攻撃はここから第二段階に入る。
「このぬいぐるみが有れば、グラードルを良く思わない穏健派を糾合することが出来るだろう。そのまま傀儡を推し頂くも良し、偽物出現の混乱をグラードルの息子に収めさせて政治的実績を付けるも良し」
「偽の帝位継承者をでっちあげろと!?」
ラアサは答えない。
「帝国の永い歴史にあっても、復位した皇帝は一人も居ない筈だ。それは帝位継承の不文律を犯し、今後の帝位継承争いの火種になる悪しき前例を作る事になるからだろ?」
「それはそうだろう。帝位が湯を借りるが如く行ったり来たりしては、帝国の尊厳が揺らぐ。しかもその都度条約を破棄する等と言う前例を作るなど、マキャベリズムでもポピュリズムでも無い。ただ混乱と軽蔑を生むだけだ」
俺の世界に、肛門皇帝を現す良い言葉があるぞ。
ジャイヤニズムだ。
「確認をしよう。グラードルが強い影響力を持ってるのは、強権的な恐怖政治をしてるからだな?」
「……そうだ」
「グラードルが殊更強権的に振る舞うのは、自らの帝位継承に異を唱えさせない為だな?」
「……そう見る者が……殆どだ」
「グラードルは自らの力を示す為に外征に注力し、帝国民は重税に苦しめられているな?」
「……」
「このぬいぐるみを上手く使えば、グラードルの復位を阻めるか?」
オニュクスは腕組みをして、考えてから答えた。
「それは難しいだろう。グラードル陛下は軍部からの支持が厚い。出世の為に乱世を求める若い兵士からの人気も決して低くは無いのだ」
ラアサがオニュクスに思考誘導をかけながら、俺を見る。
ん?なんだ?
「……そうか。ジョーズの……魔王の言葉を伝える。グラードルは殺す。そのぬいぐるみを活用して、混乱無く帝国をまとめよ。以上だ」
ふ〜ん肛門皇帝を……ってちょっと待て。
俺何も言ってませんけど!
ラアサが腰を上げ、一同がそれに習う。
腕を組んでテーブルを見つめたまま動かないオニュクスを尻目に、次々と執務室から退出する一同。
アフマルが部屋を出る時、オニュクスは顔を上げて声を掛けた。
「アフマル……様。あなたは本当に帝室に連なる者では無いのですか?お願いします。私にだけ、本当の事を教えて下さい」
アフマルはチラリと俺を見て、晴れやかな顔で言った。
「ボクはアフマル!魔王の家族なんだよ!」
そしてアフマルは「バイバイ」と手を振った。
その視線の先にあるのはオニュクスでは無く、テーブルに置かれた物。
鉄子が頑張って縫い直した、ボロボロのぬいぐるみ。
そして扉はゆっくりと閉じられた。
それはアフマルと母コキノスを逃亡者にし、囚人と暗殺者にした「血の呪縛」に決別した瞬間だった。
◇
『おいラアサ!肛門皇帝殺すとかいきなりどんな宿題だ!』
根地の森へ徒歩で戻る道すがら、俺はさっきのラアサのやり取りを問い質した。
ニヤリと笑うラアサ。完全にヌケサク顔だ。
「オレがオニュクスに、思考誘導掛けてたのは判るよなぁ?」
『ああ、散々混乱させてから、ちょっとだけ判り易い話しして、自分で答えを見つけた様に錯覚させるアレだろ?』
規模の大小はあっても、宗教からハイハイ商法まで思考誘導は永い歴史を持つ。
かく言う俺もハイハイで磁石布団売った事もあるが、バブルの頃は札をダンボールに詰めて宅急便で本社に送る程儲かったもんだ……会社が。
「はっはっは。話しが早ぇな。ジョーズのそう言うトコ好きだぜ」
『だから何で肛門皇帝のタマ取ってくる話しになるんだよ』
ラアサは知らんかも知れんがあの結界は相当のモンだし、オノマ無効もほんの少し電界崩れるだけで使えない。
だからファーリス王子も大砲を破壊しに行った時に肛門皇帝に手を出さなかったのに。森で落ち葉拾って来いみたく言われても困りますけど。
「ん?肛門の玉?突っ込むのか?」
『今のナシで』
「ねぇねぇ、シルシラさんのこのターバンって中に何入ってるの?あめちゃん?」
「あめちゃんガ何かは知りませんガ、イザと言う時ノ為に少しのお金とナッツを隠してますヨ」
シルシラに肩車されたアフマルが、頭のターバンに手を乗せてそんな話しをしている。あめちゃんとか教えたのリンクスだろ。
「だから、別に肛門皇帝殺す必要はねぇんだって」
『はぁ?』
俺は眉を釣り上げて歩みを止める。
やたら嬉しそうにニヤけるラアサ。
俺の困惑した顔をひとしきり楽しんだ後で、ラアサはやっと説明を始めた。
「目的は帝国に政変を起こさせて、帝国軍を撤退させる事だろ?」
『おう』
「オニュクスに思考誘導掛けてみたが、思いの他肛門皇帝に人気があって無理っぽい反応だったろ?」
『さっさと言えや!』
「オニュクスは今、皇帝亡き後の帝国を懸命に模索してるのさ。はったりに騙されてな。ジョーズ得意だろ?はったり」
そうか!
『成功するか判らない政変なら動かないが、肛門皇帝が死ぬという前提なら混乱を避ける為に動かざるを得ないって訳か!』
「肛門皇帝の息子は、政治にも戦にも興味が無ぇ愚鈍な男だって言うじゃねぇか。どうせ肛門皇帝が死んじまうなら、次の皇帝は幾らかマシなヤツにしたいだろ?仮に傀儡でもよ」
『ラアサ……すげえな』
「ジョーズにはいっつも驚かされてばかりだから、お前のそんな顔見るのは楽しくてしょうが無ぇな!」
それに……とラアサは付け加えた。
「プトーコスが今回の戦に加わってねぇのもデカイ」
あの青いバンダナのブロディが?確かに決断も速いし義侠心があるって言うか、スジが通ってるって言うか。
「オニュクスはプトーコスの盟友でかつての部下だ。必ずプトーコスに話しを通す。そんでプトーコスは帝国では特別な将軍だ」
そう言えば、帝国内で唯一行動の自由を許された将軍とか言ってたな。
「かつて肛門皇帝と鞍を並べて戦い、兄帝アフトの側近で今も軍中枢に居る唯一の将軍だからな。プトーコスが動けば、鳴りを潜めてる旧アフト派もグラードル派排除に動き出すだろう」
情報の収集と蓄積、正確な洞察と分析、使うべき時期とその方法。
智将とか軍師とかの二つ名は伊達じゃねぇな。
「それと今朝ぬいぐるみの話し聞いて、政変の可能性って所から考えたんだが、避難民は根地の森まで入れねぇで、ネビーズの北東で待機させようと思う」
『説明してくれるんだよな』
「政変となりゃ、帝国軍はクアッダ王国を放棄して本島に帰る公算が高ぇ。となりゃすぐ帰れる所で待つのが賢いだろ?」
ラアサの戦略はこうだった。
クアッダの避難民が、根地の森を目指している事を帝国軍にリークする。
帝国軍が避難民を追って共和領に入れば、イナブやネビーズから知らせが行って共和国首都のハリーブから軍隊が出てくるだろうから、噛み合わせる。
そしてその間にネビーズをぐるりと回って、ハディード鉱山に戻って身を隠す。
帝国軍が、共和領に入らずにエラポスから根地の森を目指すなら、来た道を引き返してやはりハディード鉱山へ。
一度調べた場所は盲点になるし、仮に見つかっても狭い坑道なら帝国軍は数の優位を活かせない。個の力で勝る現状なら、政変の知らせが届くであろう一月以上は耐えられるだろう……と。
『つまりアレか?帝国軍は避難民の幻を追いかけて軍行する訳か』
「クアッダ陛下に相談してからだがな?何か心を鷲掴みにする良い作戦名無ぇかなぁ。捨国戦略に匹敵する様な……」
作戦名とかどうでも良いだろ。
しかし改めて思うが……このニヤケた男が敵で無くて本当に良かった。
どんなに戦術的勝利を重ねても、戦略的勝利に結びつく気がしない。
「って事で、またひとっ飛び頼むわ。ちゃんとグルグル巻きで。……所でリンクスちゃん見て無ぇが?」
再び歩き出した俺は、無言で上を指さす。
「インメルマンターンからの〜シザーズからの〜バレルロールなのー」
「「「キャウゥゥゥン」」」
根地の森上空へ向けて曲芸飛行をするリンクス。
体からX字に四カ所突起物を出して網を掛け、その網に合計四匹の魔獣を入れてブルーインパルスしてる。
あんぐりと口を開けて、上空を見上げるラアサ。
もうオリハルコンの制御は自由自在なのか……俺は未だにモードC以降じゃないと使えないのに。
ちゃんと瞑想もやってんだけどなぁ。……才能の差か。
いや、絶対に追いついてみせる。
「兄ちゃん!ボクにもアレやって!」
「ワタシにも空ヲ!」
あんなん無理だから!
ただでさえ「魔王と行く空の旅」の噂が魔獣や亜人に広がって、森に入ってくるヤツラ増えてるのに。
まさか、つぶやいたりブログったりしてないよね?
食料問題とか起こりそうで怖いんですけど。
「お兄ちゃーーん!交代なーーのーー」
『すまんリンクス、ラアサ送ったら替わるからもうちょっと頑張って』
「らじゃなーーのーー」
「「「キャオオォォォォン」」」
俺は小さくなって行くリンクスに手を合わせ、竜骨を打ち付けてモードD飛竜に変身する。
怒りは……うん、大丈夫。軽い。
『行くかラアサ』
「曲芸は止めてくれよ」
「いってらっしゃい〜」「行っテらっしゃいまセ」
俺はラアサを背に、クアッダ王の居るネビーズ北東を目指した。
『ラアサ、さっきの作戦名だが、避難民が一万と軍部が千だよな。ならこういうのはどうだ?……』
数時間後、クアッダ王の承認を得て、補給部隊の襲撃準備とネビーズへの生活物資の買い付け、避難民の班長達への説明が始まる。
こうして、作戦名「千と一万の神隠し」は静かに開始された。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
更新予定 日曜・水曜 20時




