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81話 王都陥落

前皇帝に「77話旭日の雷鳴」で名乗りを上げる修正をしました。

前皇帝=グラードルです。


 その日の日暮れと共に、クアッダ軍は後退を開始した。

 クアッダ軍の活動限界点を見た帝国軍は、即座にクアッダ王国を包囲した。


 外側の塹壕から一キロの地点で一旦止まった帝国軍。

 その本陣。


 「クアッダの城門は未だ開かれたままです」


 「負傷者の収容中でしょうか」


 テントを張らずに、テーブルだけ置かれた司令部で指揮官達が意見を交わす。

 その横顔を照らす篝火の明かり。


 「一部追撃に突出した部隊は、銃の攻撃を受けなかったとの事。既に補給切れと思われます」


 「今朝の会議の通り、敵に休息の暇を与えず一気に殲滅致しましょう」


 「攻城砲は三台使用可能です。クアッダの城門など木の板も同然です」


 「兵糧はどうか」


 「は、申しにくい事ではありますが、多数の死者により余剰分が生まれております。籠城されても包囲を継続出来ます」


 チャキッ


 腰の剣を鳴らしてグラードル前皇帝が立ち上がる。


 「総攻撃だ。クアッダの民は、女も子供も家畜も皆殺しだ!それと全軍に伝達しろ。クアッダでの略奪を許可するとな」


 命令が伝えられた帝国軍は、欲望によって戦意を昂らせ、進軍を開始した。


 幾人かは気付いていた。グラードルの腰に下がる剣が、先程までとは別の剣である事に。その剣はみすぼらしいと言える程、質素な(こしら)えをしていた。



 一方のクアッダ軍は、負傷者の手当と城内への撤収準備に追われていた。


 「帝国軍!来ます!」


 「休まねぇで来たか。やるな」


 「ラアサ殿、ファーリス様の様態が安定しました。このまま移送します」


 「よーし、少しでも数減らすぞ!だが生き残るのが最優先だからな」


 「外水路からの撤収完了!」


 『そっちはどうだぁ?』


 『南は完了だぞ』


 『西もおっけーなの』


 「北は……」


 覗きこまれた望遠鏡の中、ナハトが松明を持って腕を振り回している。


 「完了だな。ロープ引いて水門閉じたら、合図を待て」


 ラアサの指示で、機装兵がロープを引く。

 引かれたロープは、つっかえ棒を引き抜き、台の上のタンクを次々に外水路内に転がして行く。最後に転がったタンクに付けられたロープが次のつっかえ棒を引き、連鎖的に外水路全体を巡って行く。


 迫る帝国軍。

 その数未だ一万以上。


 かなり数を減らしたとは言え、今のクアッダ軍の十倍以上の敵が、全方位から殺意と欲望を漲らせて迫ってくる。


 包囲の輪を狭める帝国兵の先陣が、外水路を越えたその時。


 「点火!」

 「点火!」

 『点火だ!』

 『チャ○カマンなのー』


 号令が飛び火矢が放たれる。

 外水路は、一瞬にして巨大な炎の輪と化した。


 強燃性の油に、マグネシウムを含む鉱石をブレンドした、シュタイン博士特製オイル。

 炎の輪は、着火と同時に一気に数百度まで温度を上げ、帝国軍の先陣と後続とを隔てる炎の壁となった。


 炎の壁の内側に入っていた帝国兵に、矢が襲いかかる。

 次々と矢に射抜かれて倒れる仲間に慄いて後ずさりした者は、跳ねた油が衣服を燃え上がらせ慌てた所を、やはり射抜かれた。


 火だるまになって塹壕から這い出る者も居たが、十歩と歩いたものは居ない。

 歓声を上げながら、次々と矢を射るクアッダ兵。


 その時、クアッダ王国から見て西南西、外八号水路の炎の壁が割れる。

 まだ油はある筈なのに、炎は急速にしぼみ、地面には白く霜が降りた。


 「くそ、オノマかぁ?全軍撤退!城門の中に逃げ込め!」


 信号弾が上がり、クアッダ軍は用水路を伝って撤退を開始した。

 消えた炎の壁から、帝国兵が追いすがる。


 キィィイイン


 耳鳴りと共に飛んだ衝撃波は、大量の帝国兵の四肢を千切り、傷つけ、正に血の通路を作る。


 「まだまだ行くのである!」


 イーラの放つ大開放による「山崩し」

 直撃を受けた兵はおろか、周囲十メートルの兵までが、全身に裂傷を負って地に倒れる。


 後退しながら放たれる山崩しは、帝国軍の追撃を鈍らせ、遂に城門はクアッダ軍全軍を飲み込んで閉ざされた。



 「完全に凍らせろ!一箇所でもくすぶったら一気に燃えるぞ!」

 「凍らせたら土のオノマで分解!」


 テキパキと動く精鋭のオノマ兵を見ながら、グラードルはその表情に既に余裕に似たものを漂わせていた。


 「ふん!炎の壁とは悪あがきを。攻城砲は正門を攻撃だ」


 外側の塹壕を越えた攻城砲は、頭大の石を次々に正門へと打ち込んだ。

 着弾の音を合図に、全方位からクアッダ王国の外壁に肉薄し、長いハシゴを掛けて外壁に登り始める帝国兵。


 「外壁からの攻撃無し!」

 「攻撃無し!」


 「突入ーー!」


 正門が崩れ落ちると共に、帝国軍はクアッダ王国へと雪崩れ込んで行った。



 崩れた正門の瓦礫上を、悠々と歩く背中があった。

 白く長い髪、銀の制服、確かな足取り。

 グラードルは、クアッダ王国に足を踏み入れ、そして立ち止まった。


 「なんだ?人っ子一人おらん……だと……」


 クアッダ王国は静寂に包まれていた。

 家の窓に明かりは無く、煙突からの煙も無い。

 明かりの消えた街はゴーストタウンの様に、ただ静かに月に照らされていた。



 「「「リンクスた〜〜ん」」」


 「うむ、大義であったなの」


 「塞ぎながら来たか?」


 「勿論です」


 リンクスの側に(かしず)くのは、赤ひげを初めとした三十名の鬼神達。

 それぞれに差し出した串焼きやらピタやらロクムやらを、リンクスがひとつまみづつ食べている。

 あそこだけ、やっぱりリンクス王国なんですけど。


 クアッダ軍千余名は、彼らが開戦時から土のオノマを使って掘り進めていた地下通路を通って、クアッダ王国から東南に位置するハディード鉱山の麓に這い出していた。


 クアッダの捨国戦略。


 足の遅い国民を、敵が迫る前に王国から退去させる。

 クアッダ王が率いガビールの第二軍が護衛する避難民は、ハディード鉱山から東へ移動し、イナブの北を通って共和国首都ハリーブへの街道も大河アルヘオも突っ切って、敢えて共和領へ。

 共和領ネビーズの街の東まで移動して、そこから南下し、根地の森へと向かう。


 クアッダ王国に残った軍勢は、避難民が逃げる時間を少しでも多く稼ぐ為に戦い、土のオノマが使える三十人の鬼神が掘った地下通路を使って王国を脱出。

 ハディード鉱山麓から、避難民の後を追って合流する。


 これがクアッダ王が立案した捨国戦略だ。

 ここからは、帝国軍の追撃をどう凌ぐかに掛かって来るだろう。


 作戦を記した俺への手紙は、こう締めくくってあった。


 民集いて社会

 国は社会の器

 民なくして国なし


 ニンゲンさえ生きてれば、国なんかいつでも作れるってか。

 格好付けやがって。今度パクらせて貰おう。


 夜通し歩けば、先行したクアッダ王率いる避難民に大河アルヘオの辺りで追いつくだろう。塹壕での戦いで丸一日稼げたのは大きい。

 弾の切れた銃は、塞いだ地下通路に埋めてきた。


 手紙には「共和領ネビーズの街付近を通過する時は交渉を頼む」と書かれていたが、そっちも手は打ってある。ガンガン先行してもスンナリ通れる筈だ。

 眼鏡のアイツは動かない。馬券全通り買った位の絶対の自信がある。鉄板だ。


 『ラアサここまで上手く行ったのは分かるが、そんなにニヤける程か?』


 『いやな、うまい事鉢合わせしてくれねぇかと思ってなぁ』


 俺達は、先行したクアッダ王が置いて行ってくれた荷車に負傷者を乗せ、街道は使わずに夜の小道を東へと急いだ。



 「どうなってんだ?」


 「オレに聞くな」


 細長い手足、鈍く黒光りするボディ、肩に記された短剣の意匠。

 クアッダ王の寝室に四つの影を落とすのは、壁を抜ける暗殺団の機装だった。


 レンガの壁が灼熱し、壁から五つ目の影が現れる。


 「だーれも居ないわねー、ちょっと有り得ないんじゃない?」


 「さっきまで戦争してた癖に、もぬけの殻っておかしいだろ」


 「誰かに聞いてみるか?ひっひっひ」


 「だから誰も居ねえっつってんだろ猿」


 「引き上げるぞ」


 五つの影は、赤く染まる壁をすり抜け、城壁上に出た。


 「速いわね、包囲されたわ」


 眼下には城を包囲する帝国兵がひしめいていた。


 「姿を消してチャンスを待つ」


 男の声に各々がオノマを唱え、姿を消したその時。

 突如城壁上に土煙が湧き上がり、雨が降りだした。

 泥を被って輪郭を顕わにする、五体の黒い機装兵。


 「キサマら近衛兵か?」


 言葉と共に、風を纏って城壁に降り立ったのは、長く白い髪と髭、深いしわの刻まれた顔、銀の制服。

 グラードル前皇帝であった。


 「皇帝グラードル……だと!?」


 「マジ?初めて見るわー」


 「しゃべるな!」


 ガシャン!と音を立てて、前皇帝に続いて二人の兵が風と共に城壁に着地する。

 着地した兵は既に抜剣しており、左手には光る文字列があった。


 「上級オノマを使う剣士よ、気を付けて」


 「クアッダは何処だ、素直に吐けば楽に逝かせてやるぞ」


 グラードルは腰間の剣を静かに抜いた。

 静かに響く音叉の様な音。

 やけに質素な拵えの長剣は、ぼんやりと青く光って見えた。


 音もなく帝国兵が先に仕掛ける。

 低い姿勢から切り上げる帝国兵、右腕の甲を浅い角度で当てて剣筋を逸らす黒い機装兵。

 カウンター気味に振られる黒い左腕を、帝国兵は跳び上がって躱し、空中から炎のオノマを放った。


 熱波が城壁上を吹き抜ける。

 文字列を伴った炎のオノマは、黒い機装兵を直撃し石畳をオレンジ色に染めた。


 「なに!」


 水蒸気のもやから、真っ赤に熱せられた機装の拳が帝国兵に迫る。

 殴り飛ばされた帝国兵は、高熱によって発火ししたが、氷のオノマによって即座に炎は消された。


 「ほう、烈火に耐えるか。動きも速い。見た事の無い機装だな……儂によこせ」


 余りにも無造作にグラードルが距離を詰めたせいで、逆に追撃をためらってしまった黒い機装兵達は、半包囲したまま半歩下がった。


 城壁の下からは、陛下陛下と騒がしく声が上がり、城壁上へと至る階段からは多数の兵が駆け上る音も聞こえてくる。


 「引くぞ」


 「千載一遇の好機じゃねえのかよ」


 「スポンサーが付いてないのに、ターゲット減らしてどうする」


 すっと前皇帝が目を細める。


 「キサマら随分と儂を舐めとるな」


 話す内に、黒い機装兵の背中からスパークが迸る。

 何事かと身構える帝国兵の眼前で、黒い機装の内腕が開かれる。


 露わになった手には、赤と青の光球。

 次の瞬間、周囲は真っ白い霧が立ち込め、視界は奪われた。


 白い霧が炎に照らされるかの様に、オレンジに色付く。

 即座に風のオノマによって吹き払われた霧の向こうに、帝国兵は驚いた。

 石が赤く熱を持ち、機装兵が石壁に溶け入っている。


 「な、なんだと!?」


 「氷のオノマを放て!」


 前皇帝は鋭く命令し、自らは緑の文字列を石壁に叩きつけて穴を開けた。


 「嘘でしょ!?」


 半ば壁をすり抜けた自分の横に、グラードルの姿を見た機装兵は、一瞬で石壁を破る程のオノマがある事に驚く。

 その一瞬が危機敵状況を生んだ。


 真っ赤に熱を発していた石壁が、みるみる熱を失って白い霜に覆われると、未だ石壁の中にあった鳥型の脚部が「ガツン」と音を立てて石壁に固定されてしまったのだ。


 振り上げられる質素な長剣。

 そのかすかな青い光が、冷淡なグラードルの顔を照らす。


 「ウルズ!除装しろ!」


 黒い機装の各部が割れて、搭乗者の固定を解く。


 キン!


 機装は断面に景色が映り込む程、鮮やかに真っ二つに斬られた。

 幾本かの金髪が宙に舞う。


 「機装を紙みたいに!何よあの剣!?」


 「ほう」


 間一髪除装が間に合い、廊下の床に転がり出た女を見て、前皇帝は好色な笑みを浮かべた。気の強そうな美しい顔立ち、豊満な肉体、恐怖に慄いた顔。

 前皇帝は舌なめずりをした。


 「ウルズ!」


 黒い機装兵がグラードルに襲いかかる。

 機装兵とは思えない程の素早さで、連続して突き出される拳。

 だが全て質素な長剣によって捌かれてしまう。


 岩をも砕く機装の拳は、質素な長剣に攻撃を裁かれる度に、削がれ、ひび割れ、ボロボロになって行く。


 「こんのジジイ!」


 「何してる!引け!」


 声と同時に再び白い霧が沸き立ち、広くもない廊下を満たす。

 駆け付けた帝国兵が風のオノマを放つが、野外とは違って霧は渦を巻くだけで中々消えない。


 霧の中に突入しようとする帝国兵を、グラードルは制止する。


 「多数の聖騎士で無ければ手に負えまい、追跡隊を組織しろ。女は連れて来い。殺してくれと泣いて頼むまで可愛がってやる」



 帝国軍は結局、クアッダ王や指揮官はおろか、一人のクアッダ国民も見ることが無かった。あの包囲の中、一万を超す国民を何処に消し去ったのか、帝国軍の中に洞察し得る者は居なかった。


 直ぐに捜索の網を広げたかったのは、グラードルや新参謀のピストスばかりでは無かったが、兵の休息も必要ではあったし、何よりクアッダ王国の略奪を許可した以上、兵達の心を満たしてやらねばならなかった。


 支配地域を広げ、領土を拡大することが力を示すことである帝国において、国をあっさり捨てるクアッダ王の考えは、到底思い付く物では無かったのである。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


更新予定 日曜・水曜 20時

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