79話 カオス
丁度昼頃、帝国軍が動いた。
銃の射程距離を迂回し、クアッダを囲む塹壕の三キロ外を移動して行く。
『どうなるんだ?』
「帝国も猪ばかりじゃねぇな。全方位から距離を詰めて、銃の的を絞らせない作戦だな」
『どうするラアサ』
「お前らが来た時の策も準備してある。頼めるかぁジョーズ、リンクスちゃん」
『ガッテン承知ノ助なの』
『あれ、借りていいか』
俺は指差したのは、塹壕に置かれた大きな機関銃。
多分戦車の上とかに付いてるヤツだ。
移動待ちなのかコードが外されている。
「借りるっておめぇ……接続してなきゃ使えねぇぜ。ハッタリにか?」
ラアサは俺の金の瞳を覗きこみ、やがてニヤリと笑った。
「まぁた面白ぇ事考えてやがるな。どうする?」
ラアサから作戦の中身を聞いて、リンクスは北から、俺は南からクアッダを包囲しようとする帝国軍の、南北の先頭へと向かった。
先頭との戦闘、風呂屋は銭湯……よし、俺は冷静だ。
俺の向かう南側には千を越す騎兵が見える。
まず足を止めないとな。
純白の四枚の翼を羽ばたかせて低空を飛ぶ俺は、騎兵隊の上を通過する時に殺意を開放する。
食欲もブレンドして、とにかく全開でぶちまける。
放射状に広がる殺意。
それだけで馬やトカゲは、騎手を放り出して狂ったように逃げ惑う。
馬やトカゲだけじゃない、ニンゲンにもパニクってるヤツもいる。
ハッ!カス共が!
俺はラアサから借りてきた重機関銃を右手に構え、銃を覆うカバーから伸びるコードの一本を握り直し、一本を口に咥えた。
バチッ!
コードを青白い電気が走り、緑のランプが光って行く。
緑、緑、緑、緑、赤。ここで固定だ。
見てろよニンゲン共。
俺は、無様に這いつくばり逃げ惑うニンンゲン共に狙いを定めて引き金を引く。
ドドドドドッ!
ドドドドドドドドッ!
矮小なニンゲン共なら腹に響くだろう音を立てて、俺の右手に握られた重機関銃は火を吹き、脆弱な肉は無力な肉へと姿を変えて行く。
超低空からの水平射撃は、一発の弾丸で複数の命を奪い、逃げ惑うゴミは瞬く間に血を吹き出して動かなくなる。
こんな小さな金属が体を通っただけで生命活動を維持できない、そんな脆弱な生き物なんぞ、はなっから生きる価値は無え。
ほら、逃げろ逃げろ、逃さねぇけどな。
後でまとめて喰らってやる。
チン!
なんだ、もう百十発無くなっちまったか。
まぁいい。コレは面白く無い。
着地して重機関銃を見ると、全体的に朱に染まっている。
あ?もう夕方か?
空を見上げ、太陽がまだ頭上高くに輝く事を確認して、俺は気付いた。
殺意に呑まれかけている。視界が赤い。
俺は汚れたモノを捨てる様に重機関銃を手放し、盾剣で何度も突き、斬り付け、原型が分からなくなるまで踏みつけた。
深くゆっくりと深呼吸をして、殺意を抑える。
視界の赤が徐々に消えていき、理性が戻ってくる。
まさか、殺意の全開放と銃での虐殺で、呑まれる程に殺意が高まるとは。
ここ暫く変身に殺意を伴わなかったせいで、油断していた。
銃が撃てると、興奮したのもあったかも知れない。
遠距離攻撃を持たない俺は、電源タンク無しで銃を使えないかと考えていた。
電気を発するウナギっぽい魔獣を補食し、生体電流のコントロールを消化した俺は、電圧を掛けてライブラを仮死状態にするゾーンを探った。
肛門皇帝にくらった雷のオノマ「紫電牢」
あれは、ライブラの仮死状態ゾーンを突き抜けて電撃を加える、チート級のオノマだ。
一回二回と助走をつける様に上昇する電圧が、三回目の急上昇の時ほんの一瞬だけ、エアポケットに落ちたかの様に止まる事を俺の体は知っている。
あそこがライブラの仮死ゾーンだ。
紫電牢のオノマをリンクスに教え、二人で「ダーリンに電撃だっちゃ」訓練を繰り返したが、手の部分だけに、安定して仮死ゾーンを生成出来る様にはまだなってはいない。
まぁ、リンクスは割りとあっさり紫電牢の出力調整をマスターして、俺を悔しがらせた訳だが。
妥協案として、俺電池をする事にしたが……舌がビリビリして、しばらく味が判らなくなるから、早く手に出せる様になりたい。
自分の位置を確認すると、逃げる帝国兵を追って随分予定の地点から離れている。やっちまったか。
俺はラアサの作戦を遂行する為に、再び空へと舞い上がった。
◇
「通せんぼなの」
一方のリンクスは、北側からクアッダを包囲しようと移動する、蛇の様に長い隊列を組んだ歩兵の行方に立っていた。
初めて見る銀の竜人に尻込みしていた帝国軍だったが、リンクスが一人きりなのを確認すると、半包囲で盾を構え、弓を射ながら、ジリジリと距離を詰める。
リンクスは最小限の動きで弓を躱すだけで、後退も前進もしない。
距離を百メートルまで詰めた帝国軍歩兵は、銀の竜人の両腰に一メートル程の黒い見慣れぬモノが付いている事に気が付いた。
前進を覆う銀の鱗。その腰部分の一部が変形し、黒いモノをしっかりと固定している。
「なんだ?」
「さあ……」
その時、突撃命令が下る。
「竜人を倒して名を上げよ!突撃!」
歓声を上げてリンクスに殺到する帝国軍。
半包囲した、千を数える兵の突撃を目の当たりにした銀の竜人は、降伏でもするかの様に両手を高々と掲げた。
同時に腰の黒いモノが、先端を持ち上げてハの字に開き、水平位置で止まる。
「ホルス○ービームなのー」
連続した炸裂音と共に、両腰の軽機関銃が二時と十時の方向に火を噴く。
半包囲した帝国軍の両側が瞬時に崩れる。
新たな獲物を求めて、左右から十二時方向へと幅を狭めてくる火線。
帝国軍は死の火線を恐れて、徐々に中央に集まった。
「からの~ゴーフラ○シャーなのー」
軽機関銃の火線によって中央に集められた帝国軍は、リンクスから放たれた黒い光球をモロに受けた。
超重量によって押しつぶされる兵。押し出されて横にはみ出し、軽機関銃の銃弾によって風穴を開けられる兵。
帝国軍は断末魔の悲鳴に包まれた。
シャコン!ダダダダダッツ!
リンクスは両腰の軽機関銃の弾帯を瞬時にリロードし、火線を切らさない。
死んだ兵を肉壁として銃弾を防いでいた兵に……。
「からの~ゴーフラ○シャー」
無慈悲な第二撃が襲いかかる。
無慈悲な第三撃が襲いかかる。
無慈悲な第四撃が襲いかかる。
ガシャン!と両腰のマウントを解除し、軽機関銃をその場に放棄したリンクスは、壊滅した北回りの第一軍千の遺体に目もくれずに、バーニアのオノマを使って北北西へと飛んだ。
「北からの攻撃だと!?」
「何だこの黒いオノマは!」
北回りの第二軍は、予想外の方角からの攻撃に晒され、南へと押し込まれた。
北から続けざまに飛来する黒いオノマに、押しつぶされる帝国兵。
彼らがジリジリと後退する南側には、クアッダ王国を囲む塹壕の北西側外周が迫っていた。その距離五百メートル。
「今だ!撃て!」
号令が鋭く飛び、塹壕の北西部分。外十号水路と呼ばれる塹壕から、多数の銃が姿を現し、雷鳴を轟かす。
北からのリンクスの攻撃に耐え切れず、銃の有効射程に押し込まれてしまった北回りの第二軍は、挟撃に晒されて全滅した。
塹壕のクアッダ軍から歓声が上がる。
「やるなぁリンクスちゃん」
『リンクス出来る子なの!』
「一人で千の兵を押し込むなんて……凄いですねリンクスさん」
九番塔から戦況を確認するラアサとファーリスは、感嘆の言葉を漏らす。
「殿下、ジョーズの南側が抜けられてます。増援を」
「イーラ殿!内五号水路を経由して四・五号塔から出撃!包囲を防いで下さい」
「了解である!」
イーラ率いる傭兵団は、塹壕を駆けてゆく。
「ラアサ殿、殿下は……」
「ああ、そうだった。この戦いを生き延びたら直しますんで、それまではご容赦くだい」
「なら是非とも生き延びて貰いますよ」
クアッダ軍司令部は圧倒的数の劣勢の中、まだ精神的余裕を残して居た。
◇
「伝令!北側から進軍した第一軍及び第二軍壊滅!第三軍も足止めを受けています!」
クアッダ王国から西南西二・五キロの地点に、帝国軍司令部はあった。
グラードル前皇帝は、オノマ兵と攻城兵器を含む五千余りの本隊を率いて、包囲殲滅の機会を伺って僅かに陣を前進させていた。
「二千の軍団が壊滅じゃと?」
伝令兵を睨みつけるグラードル。
青く長いマントを羽織った参謀長が、発言を求める。
「クアッダにそれほど多くの伏兵が準備出来るとは思えません。他国からの援軍では無いかと。北からの援軍ならば……」
「ルンマーン王国だと言うのか」
グラードルは参謀長の言葉を遮った。
だが……とグラードルは首を傾げる。
ルンマーン王国の兵力は総数千五百。派兵なら最大でも千が限界だろう。しかも兵の質は帝国軍より数段劣る。
仮に奇襲を掛けたとしても、帝国軍二千を殲滅し千を足止めするなど可能だろうか?
剃頭に白い肌の男が、手を上げて発言を求める。
つい数時間前に司令部に居場所を得た新任参謀。ピストスである。
「申し上げます。ルンマーンからの援軍では無いと考えます」
「理由は」
「申し上げます。直近の報告ではルンマーンに戦の兆しはありませんでした。今このタイミングでルンマーンの軍が到着するには、我軍とほぼ同時に移動を開始しておらねばならず、逆算するに時間的に不可能です」
その時、別の伝令が司令部に駆け付けた。
「伝令!南より進軍した騎兵に甚大な被害!騎兵としての能力を失ったとの事!追軍する南第一軍と合流して、戦闘中です!」
グラードルの眉間に深い皺が刻まれる。
「敵の数は」
伝令は唾を飲み込んでから、努めて冷静に報告した。
「敵中に一匹の翼竜あり!突破した兵も多数の機装兵によって前進を阻まれております!尚、敵機装兵はウーツの武器を多数装備しております!」
「何だと!し、失礼致しました」
驚愕の声を上げた参謀長は、グラードルに非礼を詫びる。
「もう戻っておったか!」
グラードルは怒気を孕んだ声を漏らし、長く白い髭に手をやって、考え込んだ。
翼竜。クアッダらと共に帝城に飛来し、如何なる術を持ってしても殺せなかった、白い四枚の翼を持つ亜竜。
帝城に大穴を穿ち、忌々しい条約を結ばせ、思い出すのも腹立たしい恥辱を与えた存在。
どの程度の攻撃力を持つかは不明だが、計り知れない防御力を持ち、たかが魔獣でありながら辺境の猛者共と友好関係を持つ特異な存在。
だからこそグラードルは、分進合撃を採ったのだ。
グラードルは、未だ戦場に到着しない第三軍か第五軍のいずれかが翼竜と接触し、戦闘をしていると考えていた。そして一万の兵を当て馬に時を稼ぎ、電撃作戦でクアッダ王国を滅ぼしてしまう予定だったのだ。
グラードルの頭を不吉な思いが巡る。
用意周到に何年も前から準備されていた、国防の塹壕。
実用化に失敗した筈である、銃の効果的な運用。
我が騎兵隊から奪ったであろう、ウーツの武器。
クアッダにある筈の無い、機装兵。
全てが想定を超えている。
そして翼竜と銀の竜人の存在。
翼竜が遠征に出て居なかったとすると、第三軍第五軍の到着の遅れの理由が無い。遠征していたとすれば、いずれかの軍が既に敗北した事になる。
まさか両軍団二万を破って帰参したのか?
だとすれば、精鋭のオノマ兵を擁するとは言え、騎兵隊を失った今の兵力では危ういのではないか……。
「ヤツを呼ぶか……」
その小さな呟きを、ピストスは聞き漏らさなかった。
「皇帝陛下、ヤツとはどなたで御座いましょうか?」
グラードルは殺気を放ってピストスを睨みつけた。
「キサマ、司令部の端に名を連ねたぐらいで、帝国の全てに首を突っ込めると思っておるのか」
「も、申し訳御座いません!」
ピストスは三歩下がって片膝を付き、頭を垂れながら、全身から吹き出す冷や汗を感じていた。
◇
クアッダ王国の北西で、北回りの第三軍と戦うリンクスは、予想外の攻撃を受けていた。
「ドラゴン……滅ぼす!」
大地に立て続けに穿たれる拳大の穴。
白銀の手甲、その指の間から放たれる炎のオノマ。
「カロ、よすの」
帝国兵の只中で、敵を蹴散らすリンクスに躍りかかったのは、ヒエレウスの白銀の勇者ことカログリアだった。
帝国軍第五軍の先鋒を叩き、ゲリラ戦を仕掛けたカログリアではあったが、一人では進軍を阻む事は出来ず、報告の為にクアッダ王国へ急いだ。
街道を避けて北側の森林地帯を抜け、クアッダ王国をその視界に収めた時、カログリアはクアッダ王国を包囲せんと移動する帝国軍と、その中で戦うリボンを付けた銀の竜人を発見したのだ。
ニンゲンを襲う魔獣は駆除すべし。
カログリアの心の奥底に刻まれた命令は、状況を無視して銀の竜人への攻撃を優先した。
レイピアにオノマを仕込み、疲れた体を励まして銀の竜人へと戦いを挑む。
だが、疲労の極みにあるカログリアの攻撃は、銀の竜人を捉える事が出来ない。
一日中ヒュドラーと戦い、その夜謎の暗殺集団と戦い、夜通し謎の軍を追跡し、戦闘し、クアッダへの道を急いだ。
そんな彼女の動きには、本来のキレは微塵も感じられなかった。
「カロ、今はよすの」
「馴れ馴れしい……カロ?」
疲労の極みにありながらも、帝国兵では及びも付かない鋭さで放たれる攻撃を捌きながら、銀の竜人はカログリアに話しかけ、ついでに周囲の帝国兵を倒してゆく。
「リンクスなの!」
「……知らぬ」
「えっと……コレは?」
銀の竜人は、一瞬だけ赤黒い鱗の幼竜の姿を見せた。
ハッとして動きを止めるカログリア。
「あの時の幼竜……」
「ボレロ歌う?」
カログリアはふっと笑った。
「リンクスとお兄ちゃん、クアッダの為に戦ってるの。カロ邪魔する?」
笑ったせいか、幾分冷静さを取り戻したカログリアは、リンクスの言葉に耳を傾けた。
「カロの国、ドーメーでしょ?邪魔しないで手伝って欲しいの」
「……クアッダ王に……緊急の報告がある」
こうしてカログリアは、リンクスに連れられてファーリスとラアサの元を訪れ、自らが遭遇した暗殺集団の事を告げた。
ラアサの顔が険しくなる。
「ルンマーンの王族滅亡と、ヒポタムス領主殺害が同一犯だとすると……順に南下してるとすりゃ次はクアッダか」
ラアサは「よくもまぁ」と呟いて天を仰いだのだった。
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更新予定 日曜・水曜 20時




