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74話 勇者

 「オラァ!全部消し炭にしてやんゼ!かかって来い!」


 その男は、全身に張り付くような赤銀の鎧を身にまとい、両手のトンファーを駆使して、周囲を取り囲む虫型の魔獣を、一匹また一匹と火の玉にしていた。


 男の名はニキティス。

 ヒエレウス王国、赤銀の勇者である。


 ニキティスは今、ヒエレウス隣国の都市の一つに、依頼を受けて魔獣駆除に来ていた。

 魔獣駆除は、山間部にあってそれほど農産物が豊かでも無く、公益街道が通っているわけでも無いヒエレウス王国に取って、貴重な外貨獲得手段であり、外交カードであった。


 派遣勇者による魔獣駆除。

 ありていに言えば傭兵である。


 ヒエレウス王国はこの地方では中規模の国ではあるが、国の規模に対して常駐する軍隊の数は少ない。

 それは農産物が多く取れない為に、大規模な軍隊を常に養う事が出来ないのが主な理由だが、それを克服する為に取った国策が、農地改革ではなく勇者召喚だった。


 「おらおらぁ!お前らは下がってな!やけどするゼ!」


 ニキティスは派遣要請に従って鉱山都市ヌハースに赴き、魔獣の巣穴を掘り当ててしまった坑道で巨大な蟻の魔獣を相手にしていた。


 「ヒエレウスの勇者……噂には聞いていたがこれ程とは……」


 感嘆の声を漏らしたのは、ヌハースから勇者の護衛の名目で付けられた軍監達である。

 彼ら軍監の仕事は、勇者がきちんと約定通りに魔獣を駆除しているか監視する事。そしてもう一つは勇者を倒すのに一般の兵士何人が必要かを図る事であった。


 鉱山都市ヌハースを抱えるジャバル王国は、ヒエレウスを凌ぐ国力と軍隊を擁していたが、それはあくまで「量」の話しであって、今回の様に狭い坑道で魔獣と長時間戦闘せねばならないような「質」はヒエレウスに及ばなかった。


 これまでは帝国に魔獣駆除を依頼していたのだが、戦争の噂が過ぎ去っても一向に帝国からの返事が来ない為、しかたなくヒエレウスに依頼したのだ。


 どうせならばと軍監を付け、強さを見極め、数で押しきれる様ならば、ヒエレウスを滅ぼして、勇者召喚の儀法そのものを手に入れられないか。と企んでいるのであった。


 そんな陰謀めいた視線を向けられているとも知らず、ニキティスはその武勇を余すところ無く発揮していた。

 ヒエレウスからすれば、勇者の強さをまざまざと見せつける事で、魔獣駆除の依頼が増えるばかりでなく、侵略の野心を思い止めさせる効果もある。

 手加減する理由は無いのだ。


 「ここに居ろ。とーーう!」


 ニキティスは軍監達に待機を命じて、自分は横穴から飛び出し、大きなすり鉢状の広間へと飛び降りて行った。


 「また一回りデカイのが出て来やがったな!相手になってやるゼ!」


 穴から次々と這い出る体長一メートルを越す蟻型の魔獣は、顎の下から喉まで、列になった牙をカチカチと打ち鳴らしながら、一重二重とニキティスを取り囲んでいく。


 「ヘッ!メントルがチカラチカラ言うお陰で、オイラも強くなってんだよ。見せてやる!大火炎輪(バーニングホイール)!」


 ニキティスが、トンファーのグリップをベルトに打ち付けるとグリップとベルトとを一本の細いワイヤーが繋いだ。

 手首を捻り、高速回転させたトンファーを左右に投じると同時に自らも回転。


 その様子は自転しながらニキティスの周りを巡る衛星の様だ。

 一連の淀みない動作の間も、ニキティスの唇はずっと動いている。


 「イィィグニッション!!」


 ニキティスの叫びと同時に、赤い光球が二つずつトンファーに飛び、当たった瞬間。ニキティスを囲む炎の輪と共に膨大な熱が発せられる。


 炎の輪に触れ、瞬く間に燃え上がる蟻型の魔獣。

 激しく身悶える様は、断末魔の幻聴を呼んだ。


 「す……凄い!」


 「これが勇者……」


 「女王はどこだぁぁあ!ニキティス様が相手をしてやるゼエエエエ!」


 燃え盛る蟻型魔獣を踏み越えて、横穴から更に奥へと突き進むニキティス。

 叫び声は途中から、狭い洞窟特有のエコーが掛かっていた。


 「知らなかった。勇者がこれ程……」


 「「騒がしいとは」」


 軍監達は、これ以上巣穴の奥に進むのは危険と判断して、そこで勇者の帰りを待つ事にしたが、女王蟻を見事に倒して戻ってきたニキティスが見たのは、一酸化中毒で朦朧とした軍監達だった。


 「ま、こっちは完了だゼ。カログリアはうまくやってるかな?あいつ無愛想だからなぁ……」


 女王蟻の大きな頭に、軍監を乗せて坑道を引きずりながら一人つぶやくニキティスであった。



 一方のカログリアも、初めての土地に遠征していた。


 ヒエレウス王国からかなり北。クアッダ王国の北西にある帝国の街ヒポタムス。

 湿地を多く抱えるこの地の、沼の一つに大量発生した水蛇を駆逐するのが依頼の内容であった。


 通常はありえない帝国領の街からの依頼。

 依頼の書簡には、この地に菜園を持つ豪商からの依頼とあった。


 だが実際はヒポタムスの領主に出迎えられ、今回の件はあくまで豪商個人の依頼という事にしておいてくれと懇願された。

 帝国に討伐部隊の申請をしたが、折しも共和国との戦争の噂が高まり、以降返事が来ないのだと言う。


 カログリアは口止め料として、一割増の依頼料を受け取り、水蛇駆逐の準備に取り掛かった。


 案内人と共に沼を偵察に訪れたカログリアは、沼の中央の小島が水蛇共の巣であろうと見当をつけたが、巣への入り口は見て取れなかった。

 水中に入り口がある。そう予想したカログリアは、剣よりも先にスコップを手に取った。


 カログリアが、真っ先に取り掛かったのは、土木工事。

 沼の上流に簡易ダムを作って水をせき止め、沼を干上がらせてから駆逐する作戦を立てた。


 「ほう、聞いていた噂とは少し違いますな」


 「ですな。もっと直線的で力押しすると思ってましたが」


 「……そう」


 ヒポタムスの領主らは、作業員を工面してカログリアをサポートしながらも、意外さを禁じ得なかった。

 彼らの聞き及んだ白銀の勇者の風聞は「機械の様にひたすら魔獣を駆逐する」だったのだから。


 領主らの思いを知ってか知らずか、カログリアは心の中で一人呟く。


 (強い奴は沢山いる、慢心は利敵行為……あの幼竜と亜竜が教えてくれた)


 あの日以来、青銀の勇者メントル程では無いにしろ、カログリアもまた力不足を噛みしめる毎日だったのである。


 天候に恵まれ、干拓は一週間でほぼ完了した。

 その日の朝、カログリアはヒポタムス兵十名を伴って沼を包囲し、いよいよ水蛇の駆除が開始される。


 沼の底は泥が堆積していたが、巣穴の入り口は予想通り口を開けた。

 予想外に大きな口を。


 「胴……一メートルの水蛇……嘘」


 「嘘では無い、生き残った者が見たのだ。胴の太さが一メートルはある水蛇を何匹も見たと」


 同行したヒポタムスの兵は、向けられた疑いの眼差しに、抗議する様に訴えた。


 「……何か……」


 カログリアの心配の理由は、巣の入り口の大きさだった。

 ニンゲンと違って、魔獣は見栄を張らない。

 入り口は自分が通れるギリギリのサイズにするのが、普通だ。

 だがあの穴は直径が三メートル。それはつまり……。


 カログリアは油を入れた革袋を巣穴に放り込み、火を放った。

 厚紙を擦る様な音がして、水蛇の一匹が巣穴から顔を出す。

 すかさずカログリアは引き絞った突きを見舞い、頭に穴を開けたが、穴の開いた頭は、激しくのたまって巣穴の奥へと消えてしまった。


 「油を……」


 カログリアは巣穴から一旦離れ、沼の縁に立つ。

 要請に応じて、油の入った革袋を巣のある小島に次々と投じるヒポタムス兵。


 十人の兵から十の革袋が投じられ、最後の一つが小島の上で破れると同時に、カログリアの手から赤い光球が放たれる。


 赤い炎を上げて燃え上がる小島。

 剣や盾を手に、緊張の面持ちで炎を見つめるヒポタムス兵。

 

 火勢が弱まり、赤い炎より黒い煙が多くなり始めた時、それは起こった。


 突如噴火した火山の様に、弾ける小島。

 燃えながら火山弾のごとく飛散する土。

 驚いて、尻もちを付くヒポタムス兵。


 まだ黒い煙の上がる小島から、土にまみれた鎌首がゆっくりともたげられる。

 その数……七本。


 「ヒュ、ヒュドラーだ!」


 古代の神話に登場する九頭竜体の怪物。

 その姿に因んで蛇型の多頭魔獣は、総じてヒュドラーと呼ばれていた。


 「ヒュドラーは不死身……逃げろ!!」


 沼を包囲していたヒポタムス兵は、ヒュドラーの姿を見て我先に逃げ出した。

 ヒュドラーは威嚇する様に牙をむき出しにして首を振り、逃げる兵士の背中を睨みつけた。


 ヒュドラーの頭は、一つまた一つと一点を睨み始める。

 逃げもせず立ちすくむ白銀の影に。


 鬱蒼とした深い森の中、濃い緑の中に立つ一筋の白銀の光。


 カログリアは面を装着し、その表情は伺い知れない。

 その手に握られたレイピアには、三つの緑の光球があった。


 ヒュドラーが威嚇の為に、牙を剥き出しにして三本の首を伸ばした時、その一本は既に円筒状に抉られていた。


 四本の足を踏ん張り、残る六本の頭で続けざまにカログリアを襲うヒュドラー。

 カログリアは泥濘む足元に注意しながら、牙を避け、レイピアを繰り出す。


 レイピアを横にして、ヒュドラーの牙を受け止めた時、カログリアは見た。

 真新しい、刺された傷跡のある頭を。


 「……高い再生能力……押し切る」


 カログリアはヒュドラーの攻撃を巧みに誘導し、頭が直線上に二つ以上並んだ所で、渾身の一撃を放つ。

 飛び散る頭。飛び出す目。

 だがそこに脳にあたる器官は見受けられない。


 カログリアは、左手に赤い光球を携え、レイピアを肩口まで引き絞ったたままヒュドラーの背に飛び乗る。


 ドスン


 重い音と共に、背中に穿たれる拳大の穴。

 その穴が閉じるより早く、赤い光球は穴の中に放たれた。


 小さくなった穴から吹き出す、熱風と肉の焦げる匂い。

 のたうつヒュドラーと目茶苦茶に振り回される首。


 ヒュドラーは、体内を焼かれても尚猛然と攻撃して来た。

 躱し、斬り、捌き、突く。

 時折胴体に攻撃する程に接近したまま、カログリアは戦い続けた。


 ボレロを口ずさむ自分に気が付いたのは、辺りが薄暗くなり、ヒュドラーが完全に動かなくなってからの事だった。


 念の為に首を全て落とし、心臓を焼こうとヒュドラーをひっくり返した時、カログリアは見つけた。


 「……だからそこから動かなかったの……」


 ヒュドラーの腹の下には薄く土を被せた卵が七つあった。

 既に全ての頭を失い、仰向けにされたヒュドラーの躯をみて呟く。


 「守りたかったのね……でも……」


 カログリアは卵を全てレイピアで突き刺し、炎のオノマで焼き尽くした。


 「次はもっと……強く生まれなさい」



 その夜、カログリアは疲れた体をベットに横たえていた。


 ヒュドラーの体を完全に焼却し、簡易ダムを壊して沼に水を戻し、ヒポタムスへの道を進むと、森を抜けた所に複数の人影。

 ヒポタムスの兵達だった。

 逃げた事を内密にと地に頭を擦り付けられたが、どうでも良かった。


 街に戻り、領主の美辞麗句を受け、祝いの席を準備すると言われたが、どうでも良かった。

 宴を辞退し、あてがわれた領主の館の二階の一室で、今はこうして横になっている。


 ヒュドラーと戦っている時は確かに楽しかった。

 だが終わってみれば、心に残る物は何も無かった。


 あの幼竜と戦った時の様な、空気の重さすら感じられる様な、そんな覚醒感はあれ以来得られなかった。


 「……ボレロ」


 カログリアは幼竜が教えてくれた、メロディーのタイトルを口にしてみた。

 それまで心のなかに熱など存在しなかったのに、あの幼竜との戦いを思い出す度に、悔しさと戦い足り無さで熱を感じる。


 カログリアは暫くの間、幼竜との戦いを思い出しながら、ボレロを口ずさんだ。


 ボレロを口ずさんでしまったせいか、何となく眠れなくなってしまったカログリアは、窓を開け放って月を見上げた。


 半分に欠けた月を見て、満たされぬ自分と重ね合わせる。


 (月が満ちるように、時が来れば満たされるのだろうか)


 深夜を過ぎた街は明かりも少なく、とっくに宴が解散された領主の館も、見張り番の篝火が幾つか光るだけだった。


 その篝火が一つ消える。


 カログリアは、ザワザワとした何かを感じた。

 消えた篝火から目を離す事なく、姿勢を低くしてレイピアに手を伸ばす。


 「この感じ……黒衣の……違うな……」


 カログリアは窓の縁に顔を押し当てて様子を伺ったが、何も見えない。

 注視する中、篝火がもう一つ消え、ドサリと人が倒れる音が流れて来る。


 あそこは領主の私室のある棟ではなかったか。


 漢字の「王」の字に造られた領主の館。

 一番奥の棟には領主の私室が。

 二番目の棟には謁見の間や会議室が。

 三番目の棟には宴会場や来客様の部屋が。


 建物は石造りの総二階建てで、領主の私室がある一番奥の棟だけ、中央部が三階建てになっており、各棟を繋ぐのは中央を貫く一階の渡り廊下だけ。


 降りていては間に合わない。


 そう判断したカログリアは、窓の縁を蹴って屋上に上り、助走を付けて二番目の棟に跳んだ。


 ガシャン


 思ったより着地で大きな音が立った。

 だが勢いを殺さず一番奥の棟まで連続して跳ぶ。


 一番奥の棟、三階建横の壁、微かな光が見えた。

 カログリアは空中から、光のオノマを飛ばす。


 「なんだ!?」


 光のオノマに照らし出されて振り向いたのは、細い腕、鳥関節の脚、あまり光を反射しない、黒い流線型の体。


 肩と胸に短剣のマークが入った、黒い機装兵だった。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


更新予定 日曜・水曜 20時

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