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73話 ラアサ

72話ダイジェスト

 ナツメ商会を襲ったラアサの盗賊団は、罠にはまり甚大な損害を出してしまう。

商会に送り込んだ影武者が、些細な言動から正体を見破られ、偽の情報によって操られていたのだ。


 苛烈な拷問がなされるが、影武者は有益な情報を漏らさない。

 更なる拷問が開始されたその時、突如現れたラアサによって商会三位のネヒマは死を与えられる。


 残り少ない命の刻を、影武者はラアサとの思い出話しに費やし、ラアサに拾われた自らの幸運に感謝し、名を与え育ててくれたラアサの腕の中で、安らかにその生を閉じたのだった。


 ラアサはクアッダ王国へと戻ってきた。

 昏睡状態で。

 次の日もその次の日も、目を醒ます事無く、鼓動だけが弱くゆっくりとラアサの生を伝えていた。


 ラアサはクアッダ王国に自分の屋敷を持たなかった。


 王城に執務室を借り、夜になれば王国を抜けだして盗賊団の隠れ家を巡り、情報を交換して仲間と酒を酌み交わし、夜明け前に執務室に戻って仮眠する。


 クアッダ王がいくら屋敷や寝室を使えと言っても「隠れ家に居る仲間に悪いからなぁ」と言って頑なに受け付けなかった。


 そして今。


 ラアサは街門のすぐ側、馬車を預ける倉庫が立ち並ぶ区画。その内の一軒に置かれたベットで、未だ眠っていた。

 ベッドの周には昼夜を問わず、常に五〜六人の人影があった。

 盗賊団のメンバーが交代で看病しているのだ。


 入れ替わり立ち代わり訪れては、仕事の時間までラアサの側を離れない盗賊団のメンバーの為に、クアッダ王は急遽街門のすぐ側にある一軒の倉庫を借り受け、内装と調度を整えた。


 今日で一週間。


 医者は深い昏睡状態ではあるものの、生命に異常は無いと言ったが、一週間の間スポンジに含ませた水を口に当てるだけで食事も摂っていない。


 「お、ジョーズさんリンクスちゃん。今日も早いすね」


 「あれ?ジョーズさん、また感じ変わりました?髪のせいすかね?」


 俺は今日も早朝に、眠り姫になってしまったラアサの元を訪れた。

 盗賊達の様子は変わらない。

 ラアサは日に日にやつれてるのだが、悲壮感とか絶望感とかが感じられない。

 心配そうにラアサの顔を見つめる俺達に、盗賊達が陽気に声を掛ける。


 「そろそろだど思うがら」


 「前の時は十日だったよな」


 前の時?

 前にもラアサは眠り姫したってこと?


 「前の話し教えて?なの」


 「へえ、ラアサ様は本気を出しちゃならねえんです。だからラアサ様が考えて、オイラ達が動くんでさ」


 ……よく分からないな。もうちょっと……。

 その時。


 「……よ……う、ジョーズ。リン……クスちゃん」


 弱々しいかすれ声が、俺の耳に滑りこんできた。


 「「「ラアサ様!お帰りなさい!」」」


 盗賊達がラアサに群がる。


 「ラアサ様が起きたぞ!王様と各隠れ家に連絡だ。それと水と粥だ」


 「「「へい」」」


 盗賊達が一斉に動き出す。


 俺達はラアサが、用意されたお粥をことさらゆっくりと食べるのを、部屋の隅で腕組みをし、壁に背をもたれて大人しく見たいた。

 通話は食事中でも問題無いだろうが、プライバシーを考えて普段は切ってある。

 久しぶりの飯くらいゆっくり食わせて欲しいだろう。


 最後のひとさじを口に運び、細く永く息を吐くラアサ。

 顔を上げたラアサと目が合って、組んだ腕をほどき一歩踏み出した時、外が騒がしくなる。

 ホントに腰が軽い人だ。


 「ラアサ!目覚めたか!」


 勢い良く扉を開けて、倉庫部屋に入ってきたのはクアッダ王だった。


 「陛下、明日にでも参内しますんで……」


 ラアサも苦笑いしている。


 『聞こえてますよね?コッチの方がラアサも体力使わないし、聞かれる心配もないんでコッチで』


 『おお!?知らせを聞いて飛んで来たんだが、余よりも早いのかアニキ』


 『朝から居たの』


 『陛下、心配掛けました』


 『いや、無事で何よりだ』


 盗賊達はおずおずと膝を付き、クアッダ王に頭を垂れたが、ベット脇に各々椅子を持って座っただけで、ひたすら無言の四人に首を傾げた。


 「楽にして良い」


 「「「へ、へい……」」」


 盗賊達はきょろきょろと顔を見合わせ、一人また一人と立ち上がり、物音を立てないように各自動き始めた。


 『さて、まずは情報だろ?ラアサ』


 俺はラアサの元を訪れる諜報係りから、たてがみを使って逐一話を聞いてある。

 お陰で砂の嵐盗賊団に、ドラゴンを見ただけでションベン垂らす奴はもう居ない。


 俺はラアサに、返り討ちに合った盗賊団と、ラアサが連れ帰った影武者の遺体の埋葬が済んだこと。

 クアッダ王が小高い丘を一つ、墓地として提供してくれたこと。

 ナツメ商会序列第三位のネヒマが死んだ事で、警備がガチガチになってナツメ商会の情報が殆ど入らなくなった事などを告げた。


 「あ、あのラアサ様。話ししないんだったら、先に報告していいすかね?」


 ベット脇に立っていた盗賊が遠慮がちに声を掛け、返り討ちに合った仲間と、スィンの遺体の埋葬が済んだこと。

 クアッダ王が小高い丘を一つ、墓地として提供してくれたこと。

 ナツメ商会の情報が入らなくなった事などを告げた。


 今、俺言いました。


 「そうか、分かった。どんな些細な情報でも良いから集めろ。但し、無理はするなよ」


 ラアサは優しく笑って、被った報告をきちんと最後まで聞いた。


 『優しいのだなラアサ』


 『いや……アイツらも半分以上の仲間を失って、心が潰れそうなんですよ。こんな時は何でも良いから、することがあったほうが良いんで』


 『確かにな』


 ドタバタと音がして、扉が勢い良く開く。


 「はぁ、はぁ、はぁ、陛下……あまりにも自由過ぎで御座います。はぁ、はぁ」


 戸口で息を切らしているのは、スーツケースを抱えた老執事だった。

 クアッダ王どんだけスッ飛ばして来たよ。


 老執事は「お飲み物を」と言ってスーツケースを開く。


 ガシャンガシャン!


 開いたスーツケースから、キャスターの付いた脚が伸びたかと思うと、スーツケースだったソレは瞬く間に、三段式の配膳カートに変形した。

 天板では既にオイルランプがお湯を湧かしている。


 ふぁ!?


 目を丸くする俺に、手を止めること無く老執事が自慢気に告げる。


 「ポータブルティーセットで御座います。シュタイン博士が作って下さいました。お陰様で何時でも何処でもこうして直ぐに……」


 何やってんだよシュタイン!

 宇宙がどうとかって頭脳でお茶セットだと!?


 ……いや、これが正しい天才の使い方か。

 にしても……どうなってんだコレ?


 老執事は手際よく二杯のコーヒーと三杯のアップルティーを準備した。

 勿論お茶受けはリンクス独り占めだ。


 「さすがジイヤなの」


 「ジイヤ!ほほほっリンクス様にジイヤと呼ばれると、何故か心地よいですな」


 ちゃっかり自分の分もアップルティーを淹れて、リンクスの隣に椅子を持ってきて、膝を揃えて姿勢よく茶を飲む老執事。

 ラアサは病み上がりだから、コーヒーはお預けだそうだ。


 後で聞いたが、王様ともなると毒殺の危険が常にある為、口に入れる物にはやたら気を使うらしい。

 外出先で茶を準備できるこのスーツケースは、クアッダ王にも老執事にも画期的な発明なんだとか。

 不自由な身分ですな。


 『陛下、それと二人にも……聞いておいて欲しい事がある』


 ラアサは珍しく歯切れ悪く言い出した。


 『俺はブーステッドマンだ』


 は?ぶーすてっど?


 ある国で昔、勇者の儀の研究が盛んに行われていた。

 その研究の中で行われた試作の一つ「意思感応鋼体内埋設」。

 ラアサはその被験体だったと言う。


 『意思感応鋼とは今で言うオリハルコンです。精製技術の低い粗悪品ですが、それを人体に埋設して神経を直接繋ぎ、制御しようという実験です』


 『人体実験……なのか』


 苦い声を漏らすクアッダ王。

 頷いてラアサは続ける。


 『オレは意思力の高い個体として選定され、橈骨(とうこつ)(二の腕を構成する二本の骨の内の一本)に感応鋼と神経を移植され、脳の増量を施されました』


 強化人間。

 マッドサイエンティストが俳優を務める、狂気の物語。


 俺の居た世界では、映画の題材にも好んで使われた素材だが、この一見中世の様な世界にも最先端の生体科学が有るのか……。

 にしても、骨を金属にするのは判るとして、脳の増量って……。


 『試作は失敗に終わりました。脳が感応鋼の制御負荷に耐えられずに生命維持を優先させてしまう為です。短時間の戦闘行為で数日間の昏睡が……被験者の中には昏睡から脱する事が出来ず、処分された者も』


 『その様な狂った国があるのか……どこの国だ、余が滅ぼしてくれる』


 怒りをあらわにするクアッダ王。

 俺もリンクスも嫌悪感たっぷりの顔で目を合わせる。


 『既にありません。オレが滅ぼしました』


 ラアサを見つめる六つの瞳。

 国を滅ぼした?一人で?


 『まさか……プロボス』


 クアッダ王の言葉に頷くラアサ。


 ヒエレウス王国より更に南の地。

 帝国の援助を受けて建国された宗教国家プロボス。

 強力な聖戦士を抱え魔獣を駆逐し、またたく間に支配地域を拡大するも、突如として国家機構が瓦解し数ヶ月で魔獣に滅ぼされた幻の国。


 それがクアッダ王が説明してくれたプロボスという国だった。


 『昏睡から目覚めたオレは山賊の村に居ました。オレはラアサと名乗り、数回の襲撃で信用を得、定住を捨て、豪商を選んで襲撃する今の盗賊団を組織しました』


 そして今は、鍛え上げた盗賊団で、帝国共和国共に悪名を轟かせ、皇帝にさえ一目置かれる智者となった……ってのか。


 国を起こしたクアッダ王。

 国を滅ぼしたラアサ。

 何か凄い人達と友達なんですけど。


 『陛下。誠に勝手ながらお願いがあります』


 『何だ?』


 『残ったオレの仲間を、この国で雇って貰えませんか』


 ラアサの話しでは、実戦部隊の殆どを失った砂の嵐盗賊団は既に現状を維持できないらしい。残った盗賊達は諜報メインで戦闘力は低く、最早襲撃によって盗賊団を養う事が出来ないと。


 『ふむ……』


 濃い髭に手を当てて考えこむクアッダ王。


 『あの……何か問題あるんですか?盗賊団のメンバーは諜報能力高いですし、この国だってそういう組織は必要でしょ?』


 『アニキよ、諜報機関が扱う情報は国家機密に類するものだ。国民で無い者達に国家機密を扱わせる事に、文官達が納得するかどうか』


 『なら最初は傭兵として雇えば良いんじゃないです?三年間の試行期間を経て、実績と信用を積んで正式な軍組織にすれば。丁度プラプラしてる将軍が一人いるじゃないですか。三十人の鬼神を加えれば強行偵察も可能でしょ?』


 パチクリと瞬きするクアッダ王。


 『ジョーズ……お前……』


 『そうだな……三年経てば国民になれる。それまでは第二傭兵団としてフェルサが統率すれば、大した組織改革もせずに可能か……』


 クアッダ王はリンクスの隣に座る老執事に、意見を求める。


 「どうだ!?この線で文官達を説得出来ると思うか!」


 「……ど……どの線で御座いましょう」


 キョトンとする老執事。

 そうだったと額に手をやるクアッダ王。

 盗賊達を一旦倉庫から退出させて、クアッダ王は老執事に口頭で説明を始める。


 『ジョーズ……済まないな』


 『ラアサ、こういう時は「ありがとう」って言うんだぜ』


 『ふ、そうか。ありがとよ』


 ラアサはやせ細った手を差し出して俺と握手し、口元をニヤリとさせた。

 そうそう、それでこそラアサだ。


 『ジョーズ、礼っちゃなんだがオリハルコンの制御のコツを伝授してやるよ。ジョーズが喰ったオリハルコンが上等なら、もしかしたら人型で使っても昏睡しねえかも知れねぇ』


 『リンクスも!なの』


 『リンクスちゃんはまだオリハルコン喰ってから間もねぇだろ?まだ定着してねぇんじゃねぇかな』


 『お兄ちゃんと一緒にデンジュやるの』


 伝授の意味分かってるかな?

 ともかく魅力的なバージョンアップだ。

 人型のまま銀糸が使えれば、意思疎通は格段に向上するし、操り人形使えるなら無駄な戦闘も避けられる。


 こうしてラアサの回復を待って、第二傭兵団の設立と、オリハルコン制御の特訓が始まった。



 月明かりの下、微かに揺れる空気が五つ城壁の上を移動していた。


 パサ


 揺れる空気が過ぎた後、音もなく城壁上に落ちる布。

 緑地に赤でザクロが模されたその布は、クアッダ王が画策した非戦連合加盟国の一国、ルンマーン王国の国旗であった。


 「この奥か」


 「ええ、ここから入れば国王の寝室は直ぐよ」


 五つの揺らぎは、ゆっくりとその姿を現した。

 黒くマットな表面は美しい流線を描き、カーボンに似た素材で完全に覆われた関節部。

 ニメートルの全長の割に細い腕、鳥脚関節の脚部、背部に逆三角に取り付けられた大きな円筒。

 肩と胸には短剣のマーク。


 黒い機装兵の正面には堅牢な石壁がそびえ立っている。

 入り口らしき物は何も無い。


 各機装兵の背中の円筒が低い音を立て始める。

 時折飛ぶスパーク。


 「入るぞ」


 音とスパークが収まった時、機装兵は石壁に向かってゆっくりと歩き出した。

 音も衝撃も無く、石壁に溶ける様にめり込む機装兵。

 高熱に赤い光を発して、微かに煙を上げる石壁の中に、五体の機装兵は姿を消した。



 室内は炎の明かりに照らされていた。

 パチパチと音を立てて燃えているのは寝台。


 寝台の上には、胸に大きな穴を開けた人型の煤が横たわっていた。


 「次は国王の血族だ。残り時間は十五分、集合地点に来なかった奴は置いていくからな」


 「各自ターゲットは把握してるね?」


 揺らめく明かりの中、手を上げて答える黒い機装兵。


 「散開」


 黒い機装兵は各々別な壁に向かい、やはり溶ける様に壁へと消えていく。

 赤く熱を帯びた石壁に掛けられた、地図やタペストリーが燃え上がる。

 寝台から燃え移った炎が、壁に掲げられた緑地に赤でザクロが模された国旗を撫で、やがて国旗も炎に包まれた。


 その夜、北の小国ルンマーンは、国王ルンマーン五世を始めとする一族全てを失い、混乱に陥り、数日の内に共和国の統治領となった。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


更新予定 日曜・水曜 20時

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