72話 反撃
残酷な描写が含まれています。
苦手な方はご注意下さい。
読まなかった方向けに、次話前書きにて72話ダイジェストを書きます。
「ラアサ様!至急の知らせがありやす!」
帝国領エラポスにて領主オニュクスと会談した後、ラアサはナツメ商会の街イナブに程近い、カップケーキの様な外壁をした街に足を向けた。
ナツメ商会に潜入させた、影武者からの情報に基づいた襲撃の、首尾を確認する為だ。
ナツメ商会序列第四位のワハイヤダが殺されてから、影武者からの情報は質、量共に向上した。
序列第三位のネヒマ本人と、ワハイヤダの悪口で意気投合し、話す機会が増えたからだそうだ。
増えた情報から、最重要を一つ、どうでも良い物を二つ選んで襲撃をする。
情報が漏洩している事を隠す為に、ダミーの襲撃もするし、敢えて空荷を襲う事もあった。
それも質の高い情報なればこその作戦だった。
そして昨夜、重要度の高い襲撃が予定されていた。
暫く無かった「機装」関連の移送。
砂嵐盗賊団の実戦部隊の半数以上を動員し、綿密な策を用いて「機装」を奪う。
帝国本島に赴く前に、ラアサ自身が立てた計画だ。
カップケーキの街の中央。
井戸の上に建てられた建物の二階で、ラアサを待っていたのは、失った片腕に巻いた包帯に血を滲ませた、実戦部隊の男だった。
「返り討ち!?部隊の殆どが死んだってのか!?」
ラアサは、常に無い険しい顔で、問いただした。
「申し訳ねえです。ハメられたと判った時にはもう……何人かは逃げたと思うんでけど、ココに来たのはオラとあと一人……だけ……です」
片腕の男は、唇を噛み締めて涙をこぼした。
涙を流しながら、努めて客観的に話そうとする片腕の男の話しはこうだった。
情報通りの時間、情報通りの数の馬車が、情報通りの護衛を引き連れて、夜の街道に姿を現した。
作戦に従って、二時間程周囲を警戒しながら追跡し、襲撃予定地点の橋へ。
馬車の列が橋に差し掛かった時、後方から半包囲していた実戦部隊が矢を放ってから襲いかかり、護衛が馬車の後面に展開したのを確認してから、橋の下に網を張って張り付いていた伏兵が、護衛を背後から奇襲する。
奇襲は見事にハマり、護衛は全て討ち取られた。
「今にして思えば、妙にあっけなかった気もしやす。ですがずっとうまい事行ってたんで、俺達も強くなった……なんて思っちまって」
周囲を警戒しながら、慎重に積み荷の確認を始めた盗賊団は、積み荷の木箱の大きさに驚いた。
一台の馬車に、どうにか積んだ様子の二つの木箱。
木箱の側面をこじ開け、板を外した盗賊団は歓喜した。
今までの部品では無く、組み立て済みの機装だったのだ。
乗ってみたい気持ちが先行し、機装を使ったほうが運ぶのも楽だろうと、言い訳を付けて、乗り込む為のボタンを探した時、ようやく異変に気付く。
「その機装、乗ってやがったんです」
驚いた声を合図に、馬車五台に積まれた計十体の機装兵が、次々と木箱を破って姿を現し、手にした大剣で盗賊団をなぎ倒す。
「しかも、あいつら……クソッ」
盗賊団を襲う機装兵は、敢えて片足だけを切り飛ばし、止めを刺さずに放置した。
呻きを漏らし、血の痕を引いて、虫の様に地面を這う仲間。
未だ助けられるかも知れない。そんな思いが撤退の判断を鈍らせ、被害を拡大させてゆく。
機装兵は盗賊団を巧みに橋へと追いやり、橋の向こうへ逃げようとした者は、何時の間にか迫っていた敵の伏兵に、林の中から射掛けられ、動かなくなるまで突き立つ矢は増えた。
「六十人からの実戦部隊は、何人かだけが落ち延びただけで……足やられたヤツラの断末魔を背に受けながら、ひたすら逃げて……」
止めどなく流れる涙と鼻水に顔を濡らしながら、片腕の男は「すんません、すんません」とひたすらに繰り返した。
キィッッ!
耳障りな高い音が部屋に響いた。
片腕の男と隣で支える男が顔を上げ、顔を強張らせる。
その音はラアサの歯ぎしりだった。
硬く握られた拳は爪が刺さって血が垂れ、テーブルを睨みつける顔は鬼の形相だった。
ラアサは自らの血が滴る両手で、片腕の男の唯一の手を包んだ。
「済まなかった。オレのせいだ、許してくれ」
そう言ってラアサはテーブルに額を叩きつけた。
激しい音を立てて砕け飛ぶテーブル。
「ラ、ラアサ様!」
頭を下げたままラアサは続けた。
「ゆっくり休んでくれ。それと誰か、商隊に化けて遺体を連れ帰ってくれ」
「はい、直ちに」
手を離し、幽霊の様にゆらぁっと立ち上がり、顔を上げるラアサ。
その額には一筋の血。
「このケジメは必ず取る……命に替えてもなぁ」
喉の奥の奥、胃の腑の底から発せられた言葉は、夜の海の様に暗く、マグマの様に熱かった。
◇
共和領首都ハリーブ。ナツメ商会本部から馬車で十五分程の、高級邸宅地区にナツメ商会序列第三位のネヒマの屋敷はあった。
敷地の割にそれほど大きくもない屋敷。
二階建ての目立たたない作りの屋敷は、この辺りの屋敷と比べても小さい方だ。
門番も立たない門を馬車が潜り、観音開きの大扉が開かれると、馬車は誰も降ろす事無く、そのまま玄関ホールへと入ってゆく。
大扉が閉じられた後に壁が割れ、現れた二重の鉄扉を潜った所でようやく馬車を降り、屋敷詰めの護衛や使用人に出迎えられるネヒマ。
「「「お帰りなさいませネヒマ様」」」
「うむ」
ネヒマは護衛や使用人には目もくれず、腹を突き出して屋敷内部へと通じる扉へと入って行く。
外からは護衛も見えず、どの様な人物が住んでいるかも分からない控えめな屋敷。それがネヒマの屋敷だった。
「ネヒマ様はここ数日、堂々となさって見えるな」
「左様ですね、ニヤついた顔もなさらなくなり、威厳に溢れております」
御者と馬子が、ネヒマの潜った屋敷へと続く扉を見ながら、小声で話す。
威厳溢れると言われたネヒマは、入った玄関から奥には行かず、横の隠し扉から体を屈めて地下に潜る。
地上部分は厩と、使用人が暮らす部屋が一緒になった建物で、ネヒマの本当の屋敷は地下に造られた三階分の空間だった。
地下の屋敷へ入れるのは、ほんの一握りのメイドと執事だけ。
地上階で働く使用人や料理人は、地下への入り口すら知らない。
ネヒマは執事を伴って、頬の肉を揺らしながら下階へと降りて行く。
執務関係の部屋が多い地下一階を過ぎ、寝室などの私的な部屋の多い地下二階も過ぎる。
目的は地下三階にあった。
「臭いな。喋ったか?」
「……」
沈黙を持って答えたのは、逞しい上半身を晒し、頭には一本の毛も無く、表情には一欠片の愛想も無い男だった。拷問吏である。
拷問吏は手にしていた鞭と鉄串をテーブルに置き、開け放たれた鉄格子からネヒマと執事の二人と入れ替わりに牢の外に出る。
牢の中、地面に固定された椅子に縛り付けられているのは、小太りで腹の出た男。
唇には血がこびり付き、ツヤのあった肌は土気色になり、油を付けて後方へ流していた髪は、汗で顔に張り付いていた。
そして右手首から先と左大腿部から先は失われ、切断面は黒く炭化していた。
拷問の為に切り落とされ、生かして置くために切断面を焼いて止血した物だ。
「起こすのじゃ」
ネヒマの命令で拷問吏が縛られた男に、桶で水を浴びせる。
ゆっくりと顔を上げた男は、充血した目でネヒマを見、愉快そうに笑った。
「よう……おデブちゃん」
「影武者……お前の名は聞かん、盗賊団の規模とラアサの事を話すのじゃ。話せば一思いに楽にしてやるぞ」
ネヒマの影武者は、椅子に縛られたまま朦朧とした瞳でネヒマを見、もう一度繰り返した。
「おデブちゃん」
直後ネヒマの靴底が影武者の口元を襲い、血糊を引いて前歯が四本飛ぶ。
「儂はデブでは無いのじゃ!」
ペッと口の中の血を吐き出すと、影武者はうなだれたまま続けた。
「ホレがおデブひゃんれ、おまえとひょっくりなら、おまえもおデブひゃんらろうが。……ろころで、いつから……どうして気付いた?」
「こっちの質問に答えるなら、教えてやっても良いぞ?冥土の土産じゃ」
「ひいかもな……」
ネヒマは不快そうに顔をしかめると、半歩下がってハンカチを口元に当てた。
椅子の座面から滴り落ちる、臭う液体。
「お前、ワハイヤダが死んだ夜の事を覚えてるか?初めてお前と一緒に酒を飲んだ夜じゃ」
「ああ」
「あの時お前は酔った勢いで、ワハイヤダの最後は無様と罵り、タリスでもあそこまで醜悪じゃ無かったと言ったのじゃ」
ハッと顔を上げる影武者。
「副師団長タリスの惨死は噂にはなっておったが、残酷では無く醜悪とお前は言ったのじゃ。つまり……お前はタリスが死んだあの場所に居合わせた」
影武者の反応に気を良くしたネヒマは、油を舐めたかの様にしゃべり始めた。
「そこからは判るな?儂はお前を通じてラアサに偽情報を流し、本当の大切な仕事は秘密裏にこなす。ラアサはガラクタを必死になって集め、儂は確実に信用と実績を積んだのじゃ。智将だ賢者だと言われても所詮は盗賊、ラアサも大した事ないのう。序列二位も目の前じゃ」
影武者の心底悔しそうな顔を、優越感たっぷりで見ていたネヒマだが、違和感を感じた。影武者と視線が合わない。左後ろの何かを見ている。
「ラ……ラアサ様……こんな所に……」
体が勝手に震える程の悪寒を覚えて、無意識に横に飛び退くネヒマ。
拷問具を乗せたテーブルをひっくり返し、派手な音を立てる。
一呼吸遅れて伏せる、執事と拷問吏。
ネヒマは汚物にまみれた床を転がって、影武者の後ろに移動すると、人質にする様に首に腕を回した。
「動くとこいつを……」
ネヒマの視界に映るのは、姿勢を低くしてきょろきょろと辺りを伺う拷問吏と、頭を抱えて床に伏せる執事だけだった。
「……くっくっく」
「……」
「ろんだけラアサ様を恐れてるんらよ。こんな所に来る訳ないらろ。くっくっ」
「ぐ……お前……儂を……」
「ネヒマ様!ラアサの情報を得るのではなかったのですか!?」
ネヒマは怒りのあまり、影武者を括り殺してしまう所だった。
執事の声に辛うじて自制し、荒い息をしながら影武者から離れ、前に回る。
ついっと微かに離れる執事。
目を細めて執事を睨むネヒマ、目を逸らす執事。
「……ごほっげほ、おデブひゃん、ひょんべんまみれらぜ」
自らをみて、再びワナワナと怒りに震えるネヒマ。
額には血管が浮出、頬肉が小刻みに踊っている。
「右足を切り落とせ!いや、指から一本ずつじゃ!殺すなよ!何をしている、剣なんぞ使うなノコギリで引くんじゃ!」
そこまで言って、ネヒマは思い当たり、拷問吏に言葉を掛ける。
「ところで、拷問を始めて丸一日経つが、飯は食わせとるんじゃな?」
ノコギリを手にした拷問吏が、陰湿な顔で頷く。
「ほまえらの、食料をふこしでも減らしてやる。一日でも長く生きて金を使わせてやる。ほまえは一生ラアサ様の影に怯えて暮らすのさ」
「貸せ!」
拷問吏からノコギリをひったくったネヒマは、振りかざしたノコギリを影武者の足に力任せに振り下ろした。
残った右足の小指と薬指が、血を引いて飛び、中指を半ば切断した所で、ノコギリは音高く折れた。
激痛に悲鳴も上げられないのか、声を出さない影武者。
苦痛に歪む顔を見ようと、影武者を見上げたネヒマ。
だが影武者はあらぬ方を見て、目を見開いていた。
「ラ……ラアサ様……どうして……」
「ふん!儂が何度も同じ手で驚く……」
影武者を見上げたネヒマの視界は、斜めに滑った。
汚物にまみれた床が眼前に迫り、頭痛と共に視界がズレる。
急速に薄れゆく意識の中、ネヒマが見たのは、折れたノコギリを持ったまま崩れる首の無い小太りな体と、その背後に立つ見慣れないブーツだった。
ブーツが一歩踏み出されると、影武者を拘束する縄は切れ、自らを支えられない影武者は、前のめりに椅子から崩れ落ちる。
ブーツの人物は汚れた床に片膝を付き、影武者をそっと支え、抱きしめた。
「ホレ、踊らされちまって……申し訳無いれす。ラアサ様……どうしてこんな」
「スィン済まなかった。オレのせいでこんな酷い目に……」
影武者を優しく抱きかかえ、牢を出てソファーに横たえる男はラアサだった。
拷問吏も執事も、胴体と頭が離れ、床に転がっている。
「ああ……初めてラアサ様に拾われた時をおもひだひます。親も無く名もないホレが、けちな盗みで捕まって殴り殺される所を」
「もう良い。喋るな」
「その時ラアサ様は、半死のホレを買い取って、名前と仕事と兄弟と生きる喜びを……与えて……」
「スィン喋るな。……帰ろう仲間の所へ」
ソファーに横たわった影武者は、充血した瞳から涙をほろほろと流し、ラアサの手を両手で握ろうとして、右手首の焼けただれた切断面をぶつけ、ほんの少し顔を歪めた。
「ホレのせいで、兄弟が……ヤバイ事になったんじゃ……本当に……」
「ああ、ちょっとヤバかったが、皆無事に切り抜けて帰ってきたよ。大丈夫、皆無事だ」
「ラアサ様……最後のお願い……です。もう楽にして下さい。ホレはもう……死毒が回っちまって……」
「しっかりしろスィン!」
「スィン……どっかの古い言葉で息子でしたっけ……ラアサ様の息子になれて……ホレ……幸せれした……それと兄弟達には……」
ラアサは待った。
十分も二十分も待った。続く言葉を。
既に瞳は閉じられ、穏やかな顔でラアサの腕に抱かれるスィンが、その躯から完全に熱を失うまで。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
更新予定 日曜・水曜 20時




