70話 紅竜剣
竜骨を打ち付けた時と、同じ効果を生じさせる武器。
光の軌跡を引いて襲いかかり、飛沫を上げること無く水を斬る刃。
赤く淡い光を発し続ける長剣。
紅竜剣。
コテコテだが、俺の脳はそう呼んだ。
剣を打ち合わせても、痛みは無い。
だがこの紅竜剣、盾で受けると痛いのだ。
感覚的には貫通特性と言うか、痛みが抜けてくる感じ。
そして、肘に近い辺りに強い攻撃を受けると。
『お兄ちゃん、またニンゲンなの』
クソ!
竜化が解けてしまう。……いや、違うかも。
俺は竜骨を一度だけ肘に打ち付けて、モードB盾剣になった。
「器用ですね、ハハッ、でも中途半端じゃないですか?」
偽王子(審議中)は無邪気に笑った。
こっちはこっちで必死なんですけど。
紅竜剣が上から、横から、下から続けざまに襲いかかる。
目、首、股間を正確に、最短距離で狙う斬撃。
王子の真偽を確かめる質問も考えなくちゃならないのに、そんな余裕が無い。
「ん?慣れて来ました?適応能力高いですね」
偽王子(審議中)の動きは基本無拍子だ。
いつもの感覚で居たら、一撃で致命傷の攻撃が、入ってから気付くレベル。
だから、じっと見て、ずっと集中。
スゲー疲れるけど、ずっと集中。
オフの時こそオン、オンの時もオン。
それでも。
「ハハハッ、本当にアンタ面白いな。今度は翼の無い竜ですか」
よ、予想通り。
絶え間ない偽王子の攻撃に、剣部分だけでは捌き切れない。
首や頭に迫る斬撃を盾で受ける。
当たりが浅い時は、モードは変わらないが、ガッツリ受けると痺れる様な衝撃と共にモードが進んでしまう。
そう、竜化が解けるのでは無く、モードが進む。
竜骨を打ち付けた時と同じ状態。
これでひとまず、丸腰で居る時間は削れた。
だが問題はまだある。モードが変わる度に俺の体格は変わり、リーチも変わる。
力・速さ・敏捷性などの基本ステもだ。
やりながら慣れるしか無い。
俺は丸腰の時間が削れた事で、一つの案を実行に移した。
意識を刈り取られない様に、とにかく集中して接近戦に持ち込む。
五合十合と鍔元で打ち交わされる剣。時に殴り、時に足を払い、息が掛かる程の距離で戦う。
そろそろどうだ?
俺は、紅竜剣を盾でガッツリ受け、モードD飛竜に。
そしてすかさずたてがみの銀糸を伸ばす。
中枢神経まで刺すことが出来れば、体の自由を奪える。
そして言葉を交わさずとも、偽王子の記憶を紐解き、本物か偽物か判断する。
キュイン!
ギターの弦を擦る様な音がして、俺の伸ばした「たった一本の銀糸」は、紅竜剣に叩かれた。
なんだと!
髪の毛程の銀糸を、あの目まぐるしい戦闘の最中に叩くだと!?
動揺した俺は、偽王子の連撃を受けて、たちまち劣勢に追い込まれる。
大上段から振り下ろされる紅竜剣。
転がる様に回避した俺は、突如浮遊感に襲われる。
上方へと流れる景色。
俺と同じ高さに浮遊するコンクリの瓦礫。
歪みながら球へとなろうとする水。
床が抜けたのだ。
四枚の翼を広げた直後。
俺は頭上からの突風によって、下階の床へと叩きつけられた。
巻き上がる砂塵を透かして、急速に殺気が迫る。
またも転がる様に躱した俺だが、今しがた這いつくばった床に、紅竜剣が鍔元まで深々と突き刺さる。
今の速度おかしいだろ。
天井でも蹴飛ばして降ってきたのか?
ふわりと重さを感じさせない動きで、偽王子が宙に浮いたかと思うと、突如加速して俺に迫る。
ジャンプで躱そうとした俺に、空中で姿勢を制御して追尾する偽王子。
生身で飛んでやがる……。重力制御とか?
高速で一撃離脱を繰り返す偽王子。
俺は初めての空中戦に戸惑いながらも、何とか盾剣で攻撃を捌く。
だが肩や腕に攻撃を受けてしまう。空中戦は分が悪い。降りたい。
剣圧に耐えられずに、ぐるんと空中で回転してしまった時、俺は見た。
偽王子の背中に光る、三つの緑色の光球を。
三つの緑の光球は、回転する文字列を筒にして、強烈な風を吹き出していた。
バーニアか!
流石は転生者の発想、風のオノマを背中に配置して制御する事で、バーニアの様に噴射して飛んでたのか。
剣部分で攻撃を捌ききれなくなった俺は、空中であるにも関わらず、盾部分に強烈な一撃を受けてしまった。
痺れと共にモードA人型に変身し、丸腰で自然落下を始める俺。
やば!
急いで竜骨を打ち付けるも、真っ直ぐに伸ばされた紅竜剣は既に眼前。
ズズズズッ!
「ちっ!邪魔を!」
偽王子は直径ニメートルの黒い光球に押され、壁面に押しやられ、壁を突き破り、大きな柱へとめり込んだ。
「このぉぉぉお!」
叫び声と共に黒い光球を横に弾き、めり込んだ柱から出てくる偽王子は、ふと右に視線を逸らした。
『助かったリンクス』
『大リーグ○ール一号なの』
確かに一号はビーンボールだな。
とにかくヤバかった。ありがとう。
「警備室に面白い物がありましたよ」
突き破った壁から出て来た偽王子は、紅竜剣を鞘に収めていた。
代わりに両手それぞれに握られていた物は……。
『MP5Kなの』
サブマシンガン!?
ここって何の施設だったんだよ。
でも……、偽王子知らないの?
ライブラに抑制されてて……銃……使えないよププッ。
『かみなり……なの』
何だって?
リンクスの言葉に、注意深く偽王子を見る。
グリップの上。銃の中央部分を覆うように、紫色の四角錐が光を発している。
あの光は……紫電牢!?
俺はリンクスを柱の陰に突き飛ばす。
直後炸裂音と共に襲いかかる無数の金属の礫。
銃弾が歪んだ空気の尾を引いて迫る。
無理だって!
俺は盾剣をかざして、体を丸めて銃撃が止むまでただひたすらに耐えた。
焼けた鉄串を突き刺された様な、肉がちぎれ飛ぶ様な痛み。
僅か数秒で銃撃は止んだ。
そう僅か数秒の筈だ。全自動射撃でマガジン一本ずつ。短いから十五発マガジンだろうから一秒ちょいの筈。
だがその一秒ちょいの激痛の嵐は、俺を朦朧とさせた。
耳鳴りが酷い。
目眩も吐き気も。
フラフラする。
偽王子が銃を捨て、紅竜剣を抜きながら迫る。
「やはり九ミリ位じゃ通りませんか、でも痛そうですね。父上を狙うもののけめ、死んで貰いますよ」
「させないの!」
『ちょ!リンクス無茶するな!』
リンクスが果敢に偽王子の懐に飛び込み、格闘戦を挑む。
銀の竜人となったリンクスと、偽王子の体格はほぼ同じ。
手数では尻尾がある分リンクスがリードだが、紅竜剣の攻撃力とリーチで偽王子が有利か。
俺は正気を取り戻そうと頭を振って、目をしぱしぱさせる。
「動きが変わりましたね、本気を出しましたか」
そう、リンクスは紅竜剣のリーチの内側に入ってから、本気モードを発動した。
格闘戦の最中のギアアップ。本来咄嗟には対応出来ない筈なのに……。
避けるよけるヨケル。
風に揺られる柳の如く、超至近距離でリンクスの連続攻撃を避けまくる偽王子……ふざけんなよ。あんなの俺じゃ避けきれんぞ!
懐に入られてから、窮屈そうに振るっていた紅竜剣を、偽王子は逆手に握る。
!何かヤバイ気がする!
俺はリンクスの左から素早く距離を詰め、モードDに変身してリーチを伸ばし、リンクスと偽王子の間に盾剣をねじ込もうとして……。
ズルッ。
足を滑らせた。
切っ先を地面に触れるまで下げた俺の盾剣は、左後ろ回し蹴りを放とうと回転していたリンクスの尾に当たり、跳ね上げられる。
「っつ!」
突如予想外の方向に跳ね上げられた盾剣は、偽王子(驚愕中)の喉元に迫り、偽王子(驚愕中)は今まで見せなかった程、大げさに大きく飛び退いた。
中央から端まで一気に飛び去り、鉄筋のむき出しになった柱を背に荒い息をする偽王子(驚愕中)。
「まさか……たったこれだけの戦闘で気付いた?」
何を言ってるか判らんがチャンスだ!
ここは俺の最大奥義をぶちかます時!リンクス!
「ふふふ……もう通じないなの」
「……驚きましたね」
ハッタリ成功!いいぞリンクス!
「ここで第三問なの」
「くっ、私がもし偽物なら、本物を探さねばならないからですか」
偽王子(再審議中)は柱を背にしたまま、苦い表情をした。
本物を探す……向こうからすればそういう解釈もあるのか。
「ウラバンのおじいちゃんだーれだ!なの」
おお!?
めっちゃいい質問なんじゃね?
モアイ程メジャーじゃねえし、偽王子(再審議中)がクアッダ王国に来た時は、既に爺さんは俺の新居に転属してた筈だ。
偽物なら、会っていない可能性が高い。
本物なら、昔からクアッダ王に仕えてた爺さんを、知らない筈は無い。
「まだそんな事を……。私は正真正銘クアッダ王国王子、ファーリス・クアッダだ。私を亡き者にし、父上を拐かし、一体何を企む!」
「問題に答えるの、そしたら第一問の正解も教えるの」
「……本当に?」
……何か……釣れたっぽい。
第一問の正解なんぞ知らんが、これも奥義ハッタリの一部。
「ウラバンって裏門番で良いんですよね、んー名前……なんだったかな……」
「十秒前なの」
「ちょっと待ってくれ!私は十才で西方に旅に出て、一昨日戻って来たんだ」
「八秒前なの」
リンクスの追い込みがパネエな。
収録押してんだよって雰囲気がヒシヒシ伝わってくる。
「あーっと何だっけ……ココまで出てるんですけど……バビブベ……」
お?出るか正解?
偽王子(回答中)は左手をトントン喉に当てて、懸命に思い出している。
「五秒前なの」
「バ……バーワー……ん!バワーバ!バワーバだ!」
「ピポコーン!正解なの!」
偽王子改め、王子はホッと胸を撫で下ろした。
さっきまでとは別人の様な、少年の顔で笑っている。
「本物の王子様なら、戦う事ないの。ちょっとお話聞いて欲しいの」
「第一問の正解はどうしたんです!?」
王子は一歩踏み出して、腕を広げて訴えた。
そんなに知りたいのか……うん、知らんがな。
「お兄ちゃんのお話聞いてくれたら、教えるの」
「……分かりました。……が、武装解除して下さい。そっちの竜人は離れて」
それは出来ん。
要求に応じてやりたいが、仕様だ。
俺のたてがみの銀糸はモードD飛竜、頭に手を乗せての接触回線もモードC竜化以上。もれなく盾剣が付いてくる。
「ちょっと!動かないで!武装解除を!それに、そのたてがみでさっき何かしようとしたでしょ!だから竜人も離れて!」
要求多いって!
「ドラゴン以上じゃ無いと、お話出来ないの。頭握るのと糸とどっちいい?」
「私は別にアンタ等の話しを、聞かなくても良いんですからね」
王子はとにかく用心深かった。
気持ちは判からなくも無い。転生者として前世の記憶を持って産まれ、ずっとそれを周囲に隠して、バレない様に暮らしてきたのだろう。
用心深く、注意深く、彫りは深く、髭はまだ薄く。
結局すったもんだの挙句、こうなった。
ギリギリの妥協案。
俺、モードA人型。
王子、紅竜剣手置く。
リンクス、背中を向けて俺と王子の頭に手を置く。
王子は二人とも後ろを向けと言って来たが、そこは譲れん。
俺は良いが、リンクスを危険に晒すつもりは無い。
『結論から言うぞ、クアッダ王に害をなす気は無い』
「うお?頭の中に……いい声だな」
『そしてお前が本物の王子で、クアッダ王を父と慕うなら、俺達が争う理由は無い。たとえお前が転生者だったとしてもだ』
「ア……アンタいつからそれを……」
『端折りまくると、俺は召喚者でニンゲンでドラゴンだが、俺もリンクスもクアッダ王とは友達なんだ』
王子は疲れた表情で笑い、肩の力を抜いた。
「こっちの世界の物差しで言えば、勇者で救世主で魔王ですよね……むちゃくちゃだなぁ」
『良かったよ。転生者ってバレた途端にワシなんて言い出すかと、心配してたんだ。俺のこの口調で問題無いか?』
「ははっ問題無いです。こっち来る前でも少年です」
『害意が無いのは、信じて貰えたのかな』
「そうですね、アンタが召喚者だと言うなら過去が無いのは理解出来ますし、事実だけを並べれば、父上と父上の国を守ってくれた事は確かですし。何より私を転生者と知って尚、ここまで譲歩しての話し合い……信じざるを得ないでしょう」
「もう二人で話す?リンクス手離していい?」
王子は慌てて首を振る。
「それは勘弁してください。まだ完全に信用した訳じゃありませんし、アンタ等は強い。油断と慢心は死の落とし穴です。私は二度と死にたくない」
二度と死にたくない。如何にも転生者らしい言葉だ。
慎重なのも経験から来るものなのだろう。
それから俺と王子は暫く情報交換をして、通話を終えた。
まあ、俺からの情報なんてたかが知れてるだろうが、黒衣の男とババアのドラゴンの話しは食い入る様に聞いていた。
王子は予定通り、このまま東方へと旅立つそうだ。
「しかし美しいですね」
王子は距離を取って紅竜剣を鞘に収めると、頬の薄い髭をさすりながらリンクスを眺めた。
「リンクスなの!」
モデルポーズで胸を反らしたリンクスの、微かな膨らみが揺れる。
こら王子。その目はエロ成分入って無いか?おませさんめ。
リンクス、バウィ〜ン見せてやれ。
「ヤ。なの」
「リンクス……ちゃん?私と一緒に来ませんか」
「ヤ。なの」
「ですよね。敵にならない事を祈りますよ」
王子は頭を掻いて、照れた様に笑った。
「んで、正解は?」
ん?何の話しだ?
「第一問の父上が若い頃何と呼ばれていたか、ですよ。父上は傭兵の頃の話しをあまりして下さらないのです」
忘れてたわ。
そう言やソコで釣れたんだっけ。
「……父上は何と?」
チラリと俺とリンクスは目を合わせる。
「今度聞いとくの」
王子はキョトンとした後、これは一本取られたと盛大に笑った。
その笑顔は、歳相応な十五歳の少年のものだった。
憎めない、人懐っこそうな笑顔。
ゆくゆくは英雄として名を馳せ、父に倣い国を興すであろうこの少年と、俺達は意外な形で再会する事となる。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
更新予定 日曜・水曜 20時




