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68話 家族

 「アニキ様、ここが新しいお屋敷でございます」


 鉄子が玄関の扉を開けて振り向き、俺を屋敷の敷地内に呼び込む。

 お屋敷の名に恥じない見事な門構えの鉄扉を潜り、敷地内へ。

 石畳を踏んで白亜の壁のお屋敷に近づく。


 「大っきいお家なの」


 鉄子がノブを握って開いたままにする玄関の扉から、お屋敷の中、玄関ホールへ。

 俺は口をあんぐりと開けて見上げた。


 『三階建かぁ』


 リゾートホテルを想像させる玄関ホール。

 裸婦像が掲げる時計を囲む様に、階段が左右から二階に伸び、一旦合流してから、Vの字に三階へと登っている。


 「以前陛下が、お住まいになられていたお屋敷でございます」


 道理で。


 こんなの一般人の家じゃ無いわな。

 一体何部屋あるんだろう。


 「アニキ様、リースちゃんが話しがあると」


 ん?リース?眠そうにしてなかったか?

 応接室らしい豪奢な部屋に通された俺は、ソファーに腰掛けた。

 俺の隣にリンクス、俺の向かいにリース、リースの隣に鉄子が座る。


 リースが何やらモジモジ言いにくそうにしているが、何だろうな?

 想像してみる。


 アタイ彼が出来たの、今度お家に連れてきていい?


 うむ、有りそうだ。

 リースは俺の目から見ても可愛い方だ。しかもモフモフだ。

 連れられてきた彼氏には、心のこもったイジワルをしてやろう。

 うちのリースに相応しい男かどうか試してやる。

 まずは稽古だ。軟弱者にリースはやらん。リースは犬っぽくて差別されたらしいからな。守ってやれる強い男でなくては。


 アタイ大人になったの。


 これも有りそうだ。

 動物はニンゲンよりも成長が早い。肉体的成人年齢も低いかも知れない。

 となると、赤飯でお祝いだな。小豆とかもち米とかあるのかなぁ。

 いや、大切なのは気持ちだ。心のこもったお祝いをしよう。


 「ほら、自分で言うんでしょ?」


 「う、うん」


 鉄子に促され、リースは視線を上げた。


 「お兄さん!お願いだからアタイをここに置いて下さい!」


 へ?


 きょとんとする俺を見て、鉄子が優しく微笑む。


 「ほら、アニキ様のお顔を御覧なさい。リースちゃんがココから出て行くなんて、これっぽっちも考えて居なかったお顔でしょ?」


 上目使いで俺を見上げるリースの目に、みるみる涙が溢れる。

 ちょっと、説明して欲しいんですけど。

 小首を傾げる俺を見た鉄子は、くすりと笑ってリースの頭を撫でながら、説明してくれた。


 「リースちゃんは、ワハイヤダが死んだと知ってからずっと悩んでたんです。もうアニキ様の側に自分の居場所が無いんじゃないかって」


 ワハイヤダ。

 悪徳ナツメ商会序列四位だった男。


 機装兵や銃の生産、改良に務め、シュタイン博士を軟禁し、機装兵のテストの為にリースの住む亜人の村を滅ぼした。

 銃の有効性を示す為にクアッダ王国侵攻を目論み、クアッダ王暗殺まで企てるも、度重なる失態に遂には失脚、過日更迭され処刑された男。


 リースとはワハイヤダの元に向かう時に出会い。同じターゲットを追う者として行動を共にして来た。

 そしてワハイヤダ亡き今。リースは自分が居場所を失ってしまったと不安に駆られていた……と。


 「リースちゃんは強くなればアニキ様が必要としてくれると考えて、丁度アニキ様と入れ違いに家にやってきたガビール殿に、苛烈な訓練を申し出ていました」


 鉄子がリースの袖をまくると、そこには沢山の痣があった。

 ガビールのカウンターは腕を斬るからな。ガビールも手加減しろってんだ。


 「家族なの」


 リンクスが泣くリースの頭をなでなでし始めたので、反対の手を取って俺の頭に乗せる。


 『リース、必要だとか必要じゃないとか、役に立つとか立たないとか、そうじゃ無いんだ。俺達はもう家族なんだ』


 俺が通話してると察した鉄子が、リースの頭に乗せたリンクスの手を広げて、聞きに入る。


 『リンクスもリースもアフマルもシルシラも家族なんだ。ずっと一緒に居て良いんだぞ。リースがお嫁に行くまで』


 鉄子が泣きそうな顔で俺を見ている。


 「オマケで鉄子もなの」


 鉄子は複雑な表情をし、最後には笑った。


 「アタイお兄さんのお嫁さんがいい」


 「リンクスのお兄ちゃんなの」


 リンクスは相変わらずだが、これはアレか?「大っきくなったらパパのお嫁さんになるー」ってアレか?可愛いヤツめ。


 俺はリースの耳と尻尾をモフモフして、リンクスにコチョコチョとブーした。

 すると扉の隙間から心配そうに中を伺ってた、アフマルとシルシラが飛びついてきて、家族でギュして、リースが眠くなるまでの間、色んな話しをした。


 ちなみに床に転がって白目を向いているソレは、調子にのって上脱いで抱きついて来てリンクスにチョップされた鉄子だ。



 翌朝俺は懐かしい人物の訪問を受けた。


 「サイレント・シールド様、お久しぶりです。主人が世話になっております」


 フェルサと共に来訪した人物は、華奢な程細い体に知的な眼差し。メガネと白衣が最も似合う似合う女性ナンバーワン(オリ○ン調べ)な女性だった。


 「イーテアなの!」


 「リンクスちゃんも久しぶりね」


 イーテアはフェルサに寄り添いながら、にこやかに笑った。


 二人は応接室に通され、俺とリンクスの向かいに座り、鉄子は俺の傍らに立つ。

 おばちゃんメイドが茶を淹れて下がると、フェルサがイーテア来国の経緯を語った。


 フェルサの話しでは、イーテアは今朝クアッダ王国に着いたとか。

 村にフェルサを尋ねる不審な者が二度程現れた時点で、即座に旅支度を整えて村を出たらしい。


 フェルサの弱点と成り得る「家族」を探して、ナツメ商会が動いていたのである。

 身の危険を察知したイーテアは、フェルサの偽情報を流しつつ情報を集め、魔獣と軍隊を避けながら、イナブの街に程近いナツメ商会と敵対する街にどうにか逃げ込んだ。


 街に滞在すること数日。停戦の噂を聞いて、クアッダ王国を目指し、今朝ようやくフェルサと再会がなったと。


 その街って外側の壁がこう外側に……ってそこはどうでもいいか。

 ナツメ商会めフェルサに対して人質とか、やることがイチイチ癪に障るヤツラだ。


 それでも華麗に捜索の網をくぐり抜けて、こうして来ちゃうんだからやっぱイーテアさん、デキル女だな。フェルサもスゲーにこにこしてる。


 ウチの秘書もスイッチさえ入らなかったら、十二分に優秀なのになぁ。

 チビっ子の母親代わりもしてる感じだし。


 ついつい残念な目で鉄子を見てしまう。


 「はい?」


 首を傾げる鉄子。

 フェルサとイーテアは、これから王城に参内するらしい。


 「アニキ様も、シュタイン博士が報告を希望していますので、ご準備を」


 「博士の所いくの?ボクも行って良い?」

 「アタイも!」


 チビっ子達が起きてきた。お客様が来てる時はノックなさい。

 シルシラは……いつもの朝市かな?


 「アフマルです!一番のおねえちゃんです」

 「リースです!」


 元気なチビっ子の挨拶にイーテアの顔が綻ぶ。


 「イーテア、フェルサの妻よ」


 「わぁ!フェルサのお嫁さん美人」

 「確かに、たま〜にフェルサ格好いい時あるし」


 「たまにってなんだよリースちゃん」


 顎髭をさすって苦笑いのフェルサと、その様子を愉快そうに見つめるイーテア。

 いいな。平和な日常。リースも元気になったみたいだし。


 手早く出掛ける準備を済ませ、玄関ホールから庭にで出る。


 「「「行ってらっしゃいませ、ご主人様」」」


 石畳を挟んで、左右二列に並ぶ計八人のメイドとボーイ。

 四十五度に腰を折り、ご主人様をお見送り。


 使用人……なのか?こんなに?と思ったが、この屋敷は広い。この位は普通なのかな?昨夜は見ていないから、住み込みじゃなくて通いなのだろうか。後で鉄子に聞いてみよう。


 ……にしても……。メイド、ボーイと呼ぶには遅すぎた年齢の使用人ばかりだ。

 おばちゃんとおじちゃんの、お見合いにも見えてしまう。

 一番手前のボーイは他の人と違ってちょっと良い服を着ている。

 使用人主任とかチーフとか言うのだろうか。


 「侍従長のバワーバと申します。何でもお申し付けを」


 あ、侍従長っていうのね。……どっかで見た顔だが……どこだったか?


 「ウラバンなの」


 お!そうか!王城裏門の夜勤のじいさんじゃないか!門番は定年?

 俺の表情に何かを感じたのか、侍従長バワーバは一礼してから俺に耳打ちした。


 「ご主人様にお仕えする者は全て、先日まで陛下にお仕えしていた者で御座います。陛下より「特に信の置ける者を」との命を受け、選抜した者で御座います」


 国王のお下がりの家には、お墨付きの使用人がセットで付いていた。

 これって凄い事なんじゃないか?


 「竜化の事も既に知らせて御座います。無論他言無用で。最初は恐れもしますでしょうが、慣れるまでご容赦下さいませ」


 そう告げると、侍従長は腰を折ったまま下がり、使用人の列に戻った。

 いつまでも腰を曲げさせるのも気の毒だ、さっさと行こう。

 俺は身分不相応なお見送りを背に、我が家を後にした。



 「あら、おはようアフマル、リース」


 「「あ!マルヤムさんだ!おはようございます」」


 チビっ子二人が駆け寄ったのは、長い黒髪に黒い瞳のふくよかな若い女性。

 どっかで会った?いや違うな。妙なデジャヴを感じる。


 クアッダ王城会議室前のサロン。

 ここで待つ様に老執事に告げられ、俺達一行はサロンでくつろいでいた。


 身なりの良いふくよかな若い女性に続いて、ガビールが廊下の角から姿を現す。


 「あの方は、クアッダ王の第三ご息女マルヤム様。今はガビール殿の妻でもあります」


 鉄子の説明に納得する俺。ナルホド言われて見ればクアッダ王に似ている。


 「アニキ様が不在の際、時折ガビール殿と一緒に見えられて、二人と遊んだりシルシラに料理を習ったり。先日も引っ越しを手伝いにいらして下さいました」


 シルシラに料理を習うだと?ガビール大丈夫か?

 いや、ゲスな考えはよそう。家族が世話になった様だ。俺は腰を上げ、丁寧にマルヤム夫人にお辞儀をする。

 優雅に挨拶を返すマルヤム夫人。


 「あら、またほつれちゃったわね」


 アフマルの抱くぬいぐるみを指して、マルヤム夫人は微笑む。


 「うん、でもこのぬいぐるみ、中に綿じゃなくて布が詰まってるから、痩せないんだよ、ほら」


 あらあら、と言いながら、アフマルがぬいぐるみから引き出した布を戻すマルヤム夫人。

 その手が止まる。

 無言で布の一部をガビールに見せ、再び穏やかな笑顔で布をぬいぐるみの中に戻す。


 「後でまた縫いましょうね」


 さっきの一瞬のやり取りは何だ?マルヤム夫人はさして表情を変えなかったが、ガビールの表情は変わった。……なんだ?


 フェルサ夫妻とガビール夫妻の、穏やかな挨拶が交わされ、間もなく老執事が会議室から現れて、中に案内された。


 中に居たのはクアッダ王、と青年がもう一人。

 今度はすぐに判る。クアッダ王の息子だ。

 目鼻立ちがそっくりだ。


 テーブルには貧相とまでは言わないが、とても王様の朝食とは思えない質素な食事が、人数分並べられていた。


 白くて柔らかなパン、鶏肉を柔らかく煮込んだシチュー、ターンオバーされた目玉焼き、蒸された野菜、そして豆のスープ。


 市井の商人の方が、もっと豪華だろうと思われる質素な朝食。


 クアッダ王のこんな所を見る度に、俺は嬉しくなる。

 ここは本当に良い国だな。そんな思いにさせる。


 「ファーリス・クアッダです。この国の王子として生を授かり、諸国を見て回っています」


 クアッダ王によく似た青年は、良く通る声で一同に告げた。

 声も似てるな。若かりし頃のクアッダ王に瓜二つとか言われてそう。


 十五才位か?まだ幼さも残る顔立ちで、頬の髭もそれ程濃くもないが、理性的な印象を受ける。一房だけ背中に伸ばした黒い髪、黒い髭、黒い瞳。日に焼けた日本人の様な印象だ。


 「自己紹介は済んだようだな、食べながら話そう」


 クアッダ王のそんな穏やかな言葉で、朝食は始まった。


 まず、イーテアの無事を祝い、旅程の労をねぎらう。

 次いでガビールの特別任務が終わった事を受けて、ガビール、フェルサ両将軍に、昼の会議で辞令が渡される旨が伝えられる。


 イーテアは座ったまま頭を下げ、ガビールとフェルサは立ち上がって頭を垂れた。


 「このシチューおいっしいの!」


 『うむ、絶品だな』


 「流石のシルシラさんも敵わないし」

 「ね〜」


 その絶品シチューを綺麗に平らげたファーリス王子が、旅の報告を始める。


 「五年を掛けて帝国領を抜け、西の端まで諸国を巡って来ましたが、何処へ行っても戦の雲は厚く、人と人、人と魔獣、魔獣と魔獣が争い、殺し合いを繰り広げています。ことに帝国より西の地域では、魔獣の勢威がすさまじく、中小の国は今日の暮らしにも怯える日々を過ごしています」


 「レフコン海の西の端まで、帝国の勢力は届いたのか?」


 「はい父上、更に西では帝国の侵攻を歓迎する声もありました。魔獣を駆逐して安寧の地をと。亜人は奴隷としての扱いにたまりかねて反攻に出、小国ではありますが亜人の国も生まれています」


 リースが食べるのを止めて、肩を落とすのを見て、アフマルがリースの手を握る。


 五年を掛けて西の端まで?魔獣の勢威が凄い?


 話しを逆算すると、この王子は十才位で独り立ちして諸国を巡り、魔獣が猛威を振るう地域を踏破して、無事に帰ってきたって事か?


 王子だから凄腕の護衛が付いての旅かも知れないが、それにしても並み大抵の武力、体力、精神力では無理だろう。


 ふと思えば、俺はクアッダ王の外交官としての面は目の当たりにしたが、武人としての面は元傭兵と言う事位しか知らない。


 ホントはめっちゃ凄いとか……ありそうですけど。

 そして息子も才能を受け継いで……ありそうですけど。

 信じるかどうかは……俺次第ですけど。


 「明日にでも出立して今度は東へ、アジスタンから更に東、大陸の果てまで行ってみようと思います。今度は十年で来れるかどうか……父上、ご壮健を。姉上、お幸せに。ガビール殿、姉上を宜しくお願いします」


 「シチューおかわりしたいの」

 「ボクも!」

 「アフマル野菜残ってるし」


 「野菜苦いんだよ」

 「お兄さんに言うし」


 「しー!食べるから!」


 何やってんだか。出されたご馳走はありがたく平らげるんだぞ。


 それにしてもこの王子……ちょっと凄いな。

 鉄子の話しでは、このクアッダ王国では、王子に王位継承権は無いらしい。

 二代目国王は選挙で国民の中から選ぶのだとか。


 偉大な王の子として生を受けながら、自らのルーツに奢る事無く自分を磨く。

 確かにスタート地点は他者より恵まれていただろう。だがより高みにゴールを設定し、努力を続けるこの姿勢。


 俺は後の世に、英雄とか勇者とか言われる男の、青年期の一コマを見ているのかも知れない。

 そんな事を思って、俺の気持ちは高揚した。

 


 根地の森の入り口


 今日もサル相手に、モフモフしただけで帰路に着く男が居た。

 その手には市長代理として、議会をねじ伏せて書き上げた不可侵の約。


 「魔王は何処にいったのだ」


 黒縁メガネの中央を人差し指でクイっと上げて、暮れなずむ空を見上げる男ニザーム。

 まさかネビーズとの不可侵の約の事を、すっかり忘れられているなど思いもせしなかったのである。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


更新予定 日曜・水曜 20時


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