67話 食事
「帝城五階部分に巨大な穴が空き、上階部分は今なお崩落が続いております!」
埃にまみれた帝国兵の報告に、頷く男。
「やはり茶は三杯までだな」
ブロディヘアに青いバンダナを巻いた武人は、溢れてしまって空になったコーヒーカップを持ったまま、避難と治療の指示を飛ばしていた。
プトーコスは夕食後、茶を飲もうとして四杯目だと気付いた。
やはりコーヒーにしようとしたら、メイドが手を止めて謝罪を始めた。
コーヒーの補充を忘れたらしい。
プトーコスはオリハルコン精製の進捗状況確認を兼ねて、地下の施設でコーヒーを飲む事にした。
コーヒーカップを片手に、機密地区入口の扉前に立ったプトーコスは、妙に中が騒がしいと思いながら、扉に手を掛けた。
その時、帝城に振動が走る。
激しい揺れ、轟音、悲鳴。
地下の施設には被害は無かったが、地上部分は今報告を受けた通り大変な事になっている様だ。崩落の振動が今も断続的に伝わってくる。
その時。
地上へと続く階段から、怒声が響く。
「おのれ亜竜め!畜生の分際でよくも儂の城を!」
「皇帝陛下!ご無事でしたか!」
長く白い髪と髭を振り乱して、内股に歩いてくる人物に、プトーコスは膝を付いて頭を垂れた。
「プトーコス、無事だったか。こうなったら見せしめに幼竜を殺してしまえ!亜竜に後悔させてやる!」
「帝城の巨大な穴は、亜竜の仕業なのですか」
「早く扉を開けろ!」
血走った目、血管の浮き立った額、普段以上に粗暴な振る舞い。
確かに帝城を破壊されるなど、あってはならぬ事だが……。
プトーコスは、皇帝がここまで激怒する本当の理由を知らなかった。
これ程激怒した皇帝を見るのは、いつ以来だったか……。そんな事を考えながら皇帝に従い、オリハルコンの精製室に入る。
「な……なんじゃこれは……」
部屋に入った者は唖然とし、部屋の中にいた者は慌てふためいた。
「こ、皇帝陛下!今まさに報告に上がろうと……お許しを!お許しを!」
床に額を擦りつけて、許しを請う研究者達。
室内にあったのは、厚さ五ミリにも満たない割れた真球の殻と、大穴の空いた壁。
「お許しを!お許しを!」
「幼竜は何処だ!説明しろ!」
研究者は床に額を擦りつけたまま、言葉を選びながら説明を始めた。
オリハルコンの真球を、精製装置の円形の台に移し、負荷を掛けるための電極針を真球を覆う様に設置して装置に電源を入れたこと。
その直後、ガラスが砕ける様にオリハルコンの真球が砕け、中から銀色のニンゲンとも竜とも付かない生き物が現れたこと。
直後壁に大穴が空き、生き物が姿を消したこと。
何が起こったのか誰も分からず、どう報告をすれば良いか揉めている内に、帝城に振動が走ったこと。
「つまり幼竜に逃げられた……そう言う事か」
「お許しを!お許しを!」
床に擦りつけた研究者の頭を、思い切り踏みつけようと皇帝の足が上がる。
それを見たプトーコスが言葉を挟む。
「皇帝陛下、何故オリハルコンがこうも簡単に割れ、しかも薄くなって居たのかを究明せねばなりません」
ドン!と皇帝の足が、研究者の頭のすぐ横の床を踏みつける。
身をこわばらせる研究者を見下ろし、荒々しく肩で息をする皇帝。
プトーコスは辛うじて理性を保つ皇帝を横目に見ながら、研究者に告げる。
「急ぎ究明せよ、もしオリハルコンを脆弱化させる現象があるならば、帝国軍の礎に関わる。すぐに取り掛かれ」
皇帝は「亜竜迎撃の指揮を」とプトーコスに促され、地下施設を後にした。
怒りに震える皇帝は、とっくに帰路に付いた亜竜の迎撃を、三日間不眠で指揮し、四日目にようやく眠りに着いたのであった。
◇
もきゅもきゅもきゅ。
『もう良いのか?まだあるぞ』
『お腹いっぱいなの』
俺達は帝国本島から離れ、海を越えた所でキャンプした。
俺もリンクスも腹ペコのガス欠の限界だ。
……と思っていたが、リンクスは狼牛二頭でお腹一杯だと言う。
ニューボディ燃費良いのか?ちなみに俺は四匹目ですけど。
クアッダ王とラアサは、炭寸前までしっかり焼いてから食べている。
「ジョーズは水しか摂らなかったけど、リンクスちゃんは水も無くてどうしてたんだぁ?」
「オリハルコン食べたの」
「「はぁ?」」
俺も、はぁ?ですけど。
オリハルコン食べた?何かの喩えだろうか……無いな。リンクスだしそのまんまだろう。
土食べるニンゲンってのも聞いたことあるけど、普通に栄養吸収して健康だったりするんだよな……でもオリハルコン硬くね?
いや、俺も喰ったみたいだし……覚えてませんけど。
俺が記憶を消化したみたいに、吸収したのか?でも金属だしな。
う〜ん、判らん。
リンクスが銀の竜人になったのと関係ありそうだが……。
『リンクス、変身解いて見せてくれ』
「らじゃなの」
リンクスは変身を解いて、銀色に輝く体を皆に披露した。
「「……!!」」
呆気に取られ、しばし無言のクアッダ王とラアサ。
「な……んだと?大人になった……のか?」
「リンクスちゃん綺麗だなぁ」
「でもママとは違うの」
リンクスがクルクルと回って、自分の尻尾を確認する。
『なあラアサ、ドラゴンって幼竜と成竜の間に竜人になるのか?』
「いや、聞いたことねえなぁ。竜人なんて想像上の存在だと思ってたぜ」
「ん?また余に内緒の話しをしているな」
内緒じゃ無いんだけどな。
すると、クアッダ王が立ち上がり、狼牛の牙で親指をプスリと刺した。
玉の様に血が出てくる。
「ほら、余の血も舐めるが良い」
クアッダ王はそう言って、血の出た親指を俺に突き出した。
ペロリと血を舐める俺。
目を輝かせて、子供の様な表情で、ワクワクしながら俺を見つめるクアッダ王。
何か照れるな……何をそんなにワクワクしてんだ?
「ほれ、早く話せ」
あ、俺の声待ってたのか。
「事務手続きに一日掛かるの」
「じむ?てつ?」
「声が聞こえる様になるには、一日掛かるらしいです」
一気に悲しそうな表情になり、ガックリと肩を落とすクアッダ王。
「後一日仲間外れなのか」
仲間外れとか言うなし。取り敢えずこっちで。
俺はたてがみの銀糸を一本伸ばし、クアッダ王の額に当てる。
『聞こえますよね?クアッダ王』
「聞こえるけどさー」
何拗ねてんだよ。子供じゃあるまいし。
明日にはアンタの声、駄々漏れだからな。
ラアサは意識と無意識の話しをしたら、半日で通話のオンオフをマスターしやがった。一月近くもオンオフ出来なかった俺ってどんだけスペック低いんだよ。
『あ、俺も陛下って呼んだ方が良いですか?』
「いや、アニキは余の臣下では無いから今のままで良い。お主は友だからな」
やべぇ、すげぇ嬉しい。
俺は、改めて今回のクアッダ王の英断に、感謝の言葉を述べた。
リンクスの為にプトーコスに土下座までしてくれたこと。
ドSジジイ相手に無茶してくれたこと。
「いやいや、今回の事では結果的にではあるが、利益の方が大きかった」
クアッダ王はその利益について語った。
まず帝国の将軍プトーコスと個人的な交流を得たこと。
帝国皇帝の為人を直接知ることができたこと。
そして、皇帝から直筆の条約文を得たこと。
「そうだぜジョーズ。あの肛門皇帝は条約を百年も守る気は無ぇけどな」
『え?条約ってそんなに軽いの?』
「大国と小国との条約なんて、気休めだなぁ。ただその気休めの間に交友深めたり、血縁結んだりして繋がりを強くすんだぜぇ」
なるほどね。ま、確かに俺の居た世界でも、国際条約守らない国や集団はあったし、国連とか言う団体も利益団体だったしな。
ただ、ラアサの話しでは今回の条約は上出来とか。理由はクアッダ王国一国が相手の条約では無いこと。
今現在非戦連合加盟国は小国ばかりだが、数は十を超える。
それらの国が一斉に物流や交通に圧力を掛けたら、流石の帝国とは言え長期間の戦争行為は難しいらしい。俺GJ。
そこで話しがリンクスに戻り、何で姿が変わったかの話題になったのだが。
結局は仮説や推測の域を出ない。
鱗がオリハルコンになったのか、全身がオリハルコンになってしまったのか。
「わかんないの」
触れてみたが、カチンコチンではない。
ほんのり温かい。
そして……。
「鉄子ガンチューなの」
何とカップが変幻自在だった。
カンショーによるマボロシではない、リアルだ。
リンクスが胸を反らして威張っているが、ワンツーパンチみたく片方づつ大きくするの辞めて。ちょっとグロい。
「お兄ちゃんのたてがみも銀なの」
うん、俺の銀糸の正体は分かっている。
オリハルコンだ。
俺の体内にあったオリハルコン。それが糸のように細くたてがみの様に生えている。
勇者の鋼のたてがみだ。
一本一本を自在に動かせ、触れた先に念話を送る事が出来る。
更に脊椎に差し込めば、運動中枢をジャックする事が出来る。
取説は俺の脳を焼くほどの濃厚な記憶の中にあった。
あの記憶、多分ババアドラゴンのだ。
まだ頭が重いが、恐ろしい程の知識量だった。整理は出来ていないが、この世界の事も見えた。
そしてリンクスが帝城に放った、黒い光球。あれはババアが使っていた質量のオノマだろう。
リンクスも消化していたのだ。記憶を。
クアッダ王の言葉じゃ無いが、結果的にはリンクスも無事、クアッダ王もラアサも無事、条約もジジイ……もとい肛門皇帝の弱みも握った。
プトーコスは……やっちまったかも知れない。無事だと信じたい。
その後、食後の腹ごなしに久しぶりにリンクスとじゃれた。
今回のパワーアップイベントの成果を試す機会だ。どの程度手加減すれば良いかな?
勝負だリンクス!
「勝負なの!」
……。
ゴメンナサイ。チョーシ乗りました。
めっさ手加減されて負けた。
勝てる気がしないレベルの差を感じた。
今のリンクスなら黒衣の男とガチ行けんじゃね?いや黒衣の男は無理か。
アイツはどの位強いか、見てても分からなかったからな。
その夜、俺は久しぶりにリンクスを左脇に抱いて眠った。
泥の様に眠った。
◇
翌日の夜になってから、クアッダ王城の中庭に降り立つと、俺達は質素だが心の込もった歓待を受けた。
シルシラ、リース、アフマル、鉄子も王城に寝泊まりして俺達の生還を祈っていたらしい。
全員の無事を喜び、リンクスの別人ぶりに皆一様に驚き、帝国での出来事を身を乗り出して聞き入る。
「リンクスちゃんバインバインだし」
「ボクも牛乳飲んでリンパマッサージしたら、こうなるかな?」
「キャー!アニキ様モフモフが豪華に!やらせて!やらせて!痛い痛い!もがないで」
あーうっさい。
でも、心地良い。
「肛門皇帝っすか、グロいっすね」
「師匠の肌は、真のオノマすら通さなかったんですね。さすが俺様の師匠」
「ご主人様ならト、信じてましタ」
「とにかく良く無事で」
うお!モアイ喋った!声高え、違和感ぱねえ。
「そうだ、アニキ殿に贈り物が有るのである」
イーラが差し出した袋には、白い石が数個入っていた。
ありがたい。竜骨だ。
俺は白い石を左肘に打ち付けて、久しぶりにモードA人型に戻った。
「「「え?」」」
え?って何だよ。
「お兄ちゃん……髪……」
何だよ揃いも揃って。ん?誰とも目が合わないな。
皆俺を見ているのに視線が合わない。角度的に五度位上を見てる様な……。
キワ見んなよ失礼だな!ハゲてねーよ。炎のオノマで燃えただけだろ!
俺はちょっとおっかなびっくり、頭に手を伸ばす。
まさかストレスでハゲちゃった?まさか自動的にバーコードなってるとか?
まさか……。
フサ。
ほっ。
何だビビらせんなよ、ちゃんと髪あるじゃねーかよ。
むしろ伸びててフサフサしてんじゃ……ってあれ?
この感触……。
頭頂部:ふんわりボリューム
側頭部:ビシっとオールバック
後頭部:クリンとダックテール
前頭部:もりもりっと波動砲
フェルサが鏡を持ってくる。
「ギンバエなの」
この髪型は!リーゼントじゃあ〜りませんか!
しかも、銀髪!
だがニコイチしてギンバエは許さん。
これ……たてがみがココに来たのか?なら人型でもオンライン通話イケるか?
と思ったが、自在に動かす事はおろか、銀髪押し当てても通話出来なかった。
くそう、人型で銀糸使えたら待ち行く人の記憶ウオッチング出来たのに!
すれ違う可愛い子ちゃんの、赤裸々な痛い痛いリンクスさん久しぶりに足踏んでます。
「ゲスなの〜」
リンクスがめっさ嬉しそうに足踏んでるけど、まさかSに目覚めたのか!?
もうS結構です。お腹いっぱいです。
しかし懐かしい髪型だ。ちょっと嬉しいですけど。キワもちゃんとあるぞ!
お帰りなさい俺のハエギワさん。昔はこんなにおでこ狭かったか〜。
後退した戦線押し返すって胸熱。
出された食事を失礼なく平らげながら、クアッダ王とラアサの報告を元に会議未満雑談以上の会食は続いた。
リースが元気無いな、オネムかな?
条約とか、これからの軍備の話しとかチビっ子の前でしてて大丈夫か?
夜も更け、リースがあくびを始めた頃、俺、リンクス、シルシラ、リース、アフマル、鉄子の俺ファミリーは王城を後にした。
鉄子がチビっ子二人の手を引いて先を歩き、俺とリンクスが並んで続き、シルシラが後ろに続く。
あれ?方向違うくない?曲る所過ぎたよ?
誰も道を間違えた素振りも見せず直進して行き、すぐに立ち止まった。
デカイ家だなぁ。
俺の今の家でも十分な大きさだが、建物二倍、敷地三倍って大きさの豪邸が目の前にあった。
誰の家だろう?先に立つ三人が門を開けて豪邸に入って行く。何か立ち寄る用事のある人物……誰だ?ちょっと思い浮かばない。
「「「ただいまー」」」
三人はノックせずに大きなドアを開けると、そう言った。ただいまと。
◇
「ガビール、色々あって随分前の話しの様な気もするが、遺跡から戻ってからのジョーズの不機嫌の原因って判ったのかぁ?」
アニキファミリーが席を立った後、残った面子は茶やコーヒーを飲みながら別の話題を口にしていた。
「それがですねラアサ殿、あれはイライラしての舌打ちじゃ無くて、エコーって言うらしいっす」
「「エコー?」」
「何でも、舌打ちして跳ね返ってくる音で、暗闇でも相手の位置や動きを察知する訓練だそうっす。兄貴の家のチビ達も目隠しして訓練してたっす」
クアッダ王とラアサは、きょとんとしている。
したり顔で頷くのはフェルサだった。
「だから機嫌悪くなんか無いって言ったんですよ」
「エコーか……ジョーズは相変わらず面白え事やってるな」
「どの位の訓練で習得できるのであるか」
イーラが食いついた。流石は強さに貪欲な鬼神である。
「センスが重要みたいっす。リースちゃんは目隠しでも普通の兵士位なら相手に出来るレベルっす」
「「「すげぇな」」」
「ま、不機嫌騒動は杞憂だった訳だが、新しい家は喜んで貰えそうか?余が以前住んでいた家だが」
「ジョーズは牢獄でも文句は言いませんよ」
ラアサの言葉に一同から穏やかな笑いが起こった。
後に「舌打ちの意味を探る」と言うことわざが残る。
顔色を伺う、とか、相手を気にしすぎる、の意味で使われる様になるのだが、元々の由来がエコーの練習だった事は、後世に伝わってはいない。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
更新予定 日曜・水曜 20時




