64話 執行直前
前回更新出来ませんでした。
改めてお詫び申し上げます。
帝国の政の中心、帝都レオン。
その帝城三階の長い廊下を三人の男達が歩いている。
一人は帝国の重鎮だが、二人は敵対する小国の者だった。
「プトーコス殿、この度の助力、誠にかたじけない」
「お陰で、最大限の譲歩を勝ち得たと思います」
クアッダ王とラアサが三日間滞在する部屋へ、自ら案内を買って出たプトーコスは長い廊下を先頭に立って歩いている。
警備の兵すら付いていない事が、この国でのプトーコスの影響力の大きさを物語っていた。
「いや、あの状況で、咄嗟に余興などと言えるラアサ殿の知略には恐れ入る。皇帝陛下の名誉や風聞まで計算に入れた妙案だった」
「すかさず意図を察して、最高の落とし所に持って行く辺りは流石プトーコス殿。ラアサが帝国で最も注意を払うべき将軍と評するだけの事はある」
一つの居間に三つの寝室が付いた部屋に、二人は案内された。
家族用の貴賓室だが、離れ離れにされるよりはと、プトーコスが気を効かせた部屋だ。
「コーヒーが良いか?茶にするか?」
部屋に入ってすぐにプトーコスに尋ねられ、クアッダ王は帝都レオン入城前の事を思い出した。
「しかし海を渡る前、夜も明けぬうちから、どうしても「茶を飲まねば」とプトーコス殿が我を通した時は驚いたな」
「ワシの経験に寄れば、このような予測不能な事態に挑む時こそ、ゲンを担がねばならないのだ」
ほろ苦く笑うクアッダ王とラアサ。
だが今回に限っては、プトーコスの口添えが無ければここまでの条件は得られなかっただろうから、ゲン担ぎもそうそう馬鹿にした物でも無い。
アノ時点で、最大限と言える譲歩を勝ち得たかも知れない。
だが亜竜への死刑執行とも言える苛烈な攻撃は、三日間に渡って行われる。
全ての計画は、亜竜が皇帝の攻撃に耐え切る前提で立てられている。
確証は何もない。だが耐え切る事を大前提にする以外に無い。
死刑執行を受けさせず、オリハルコンから幼竜を救い出し、海に囲まれた帝国本島から脱出する。孤立無援で。
これを可能にする方法は今現在無い。
だから拷問に耐え切る事を前提にするしか無い。
亜竜が交換条件として受け入れたのだから。
コーヒーを飲みながら、プトーコスは気になっていた事を口にした。
「昨日今日と魔王は水しか口にして居ないが、亜竜とはそういうものなのか」
その言葉にクアッダ王の表情が陰る。
「リンクスちゃんがオリハルコンに囚われてから、食事を取ろうとしないのだ……竜の姿で居るのをそれ程長く見ている訳では無いが、やつれている様に見える」
「竜の姿?竜では無いのか!?」
プトーコスは音がする程強くカップをテーブルに置き、腰を浮かせた。
ハッとしてクアッダ王は口を覆った。余計な事を口走ったかとラアサを見る。
ラアサは「大丈夫」と頷いて会話を引き継ぐ。
「ジョーズは……あの亜竜はニンゲンだよ。ニンゲンと竜との間を行ったり来たりしてるんだ」
「アニキは……あの亜竜は、ニンゲンとなりて人を救い、竜となりて魔獣を救う。ニンゲンと魔獣の架け橋になれるやも知れぬ存在なのだ」
「ジョーズ……アニキ……それがあの魔王の名か。どちらがファーストネームなのだ?」
プトーコスは腰を下ろし、小首を傾げる。
「ん?ジョーズってのは俺らが勝手にそう呼んでるだけだが、アニキってのは、武闘大会の申し込みの時にガビールがそう呼んだんで登録されちまったんだっけ?だいたいジョーズ喋れないしなぁ」」
クアッダ王が頬を緩めて頷く。
プトーコスはカップへと伸ばした手を、ピクリと止める。
「言葉は力、名は願い。言葉も話せず名も持たない者が、ニンゲンと竜の狭間を漂い、あれ程の力を持つのか……なんと特異な存在なのだ……その様な者を拷問のまね事で死なす訳にはいかぬ」
残りのコーヒーを飲み干したラアサが、天井を見上げながら口を開く。
「そう言やぁ初めてジョーズに会った時も、アイツ拷問されそうになってやがったなぁ。あん時は物のついでに牢屋から連れ出したが」
懐かしそうに遠くを見るラアサ。ほんの数ヶ月前の事が随分と昔の事の様だ。
「その後ガビールとやり合ってバリスタ受けても傷一つ無かったんだ……今回も絶対に助け出してやるぜぇ」
プトーコスにはもう一つ気になる事があった。
「魔王は一度も話し掛けてくれなかったな。あの声、嫌いでは無いのだが」
クアッダ王が寂しそうな顔をする。
「誰も、リンクスちゃんがオリハルコンに囚われてから、一度も声を聞いていない。……心を閉ざして閉まった様だ……」
「自分を責めてるんじゃ……自分のせいでこうなったと」
三人は改めて亜竜を想う。
特異な存在……これから先、危険な存在にならない保証は何処にも無い。
だが、今この様な形で殺してしまうにはあまりにも惜しい存在に思えていたのは確かだった。
プトーコスは、昼食は他の者とすると言って席を立った。
皇帝が約束を違え無い様に、工作に力を注ぐと言う。
クアッダ王とラアサは、不測の事態への対応を話し合った。
◇
一方の帝国側。
亜竜を殺す方法についての意見交換や、相談の場は持たれていない。
各々が書面で案を上申している。
これは皇帝が「良い案には褒美を出す」と公言した事が一番の要因だったが、他の者よりも良い案をだして皇帝からの心象を良くしたいという心理も働いていた。
意見を交わし不足を補えば、より良い、亜竜からすれば、より過酷な処刑法が編み出された筈だが、この点に付いては亜竜が微かに幸運だったかも知れない。
「どうも似たような案ばかりだな」
紫檀の机、黄金獅子の装飾が施された椅子、様々な模様で織り上げられた絨毯が、部屋を豪奢に彩る。
手にされた紙束、テーブルに置かれた紙には、亜竜の処刑法の案が書かれている。
粗末に紙束をテーブルに投げた皇帝は、口元に残忍な笑みを浮かべている。
「さて、紫電牢すら耐えてみせた亜竜、どうやって殺してやろうか」
テーブルに投げられた紙束は三つの小山に分けられていた。
一つは物理攻撃、一つはオノマ攻撃、もう一つは毒や水攻め等の搦め手。
皇帝は帝都に残るオノマ兵から、結界を得意とする者の招集を指示した。
空中庭園での結界を遥かに凌ぐ結界を張る為だ。
それはつまり、紫電牢を遥かに凌ぐ攻撃が亜竜を襲うと言う事だった。
◇
「良く来てくれた。こちらへ」
キーの高い声で短く告げると、二メートルの巨体を鎧に包んだ男は歩き始めた。
クアッダ王国第一軍将軍ナハト。石造りの彫刻の様に無表情な男の名である。
第一将軍ナハトの後ろを歩く人物は、オールバックにした青い髪、細い眉に細い目をした男。体に張り付くように全身を覆う青銀の鎧を身に付けていた。
ヒエレウス王国の勇者の一人。メントルである。
ナハトはメントルを見た時、別の人物かと思った。
身体的な特徴は同じなのに、受ける印象が余りにも違った為である。
以前会談に来国した時とは別人の様な目つき。理性的な印象は消え、野性的な鋭さが光る目。それは秘密の場所に招き入れるのを一瞬ためらった程の危険な光だった。
「メントル殿、ようこそ」
メントルが招き入れられた場所は、クアッダ王城地下の秘密の部屋。
シュタイン博士の研究施設である。
講堂並に広い空間にはテーブルが置かれ、ガビール、イーラ、フェルサ、シュタインが席に付いていた。
ナハトとメントルが席に付くと、老執事が茶を配膳する。
「クアッダ王国には、素晴らしい駿馬がいるのですね」
開口一番にメントルが告げたのは、クアッダ王国から使いに出された馬の事だった。あの様な快速でしかも殆ど休みなく走り続ける馬は、見たことが無いと。
ガビールが主導して各人の紹介がなされ、手短に今回の呼び出しに至った事情を説明し、駿馬も亜竜の物だと付け加えた。
メントルは眉間にしわを寄せて話を最後まで聞き、二匹の竜とクアッダ王国懇意の中であった事を激しく非難する。余計な争いで命を落とすところであったと。
ガビールは素直に詫びた。
同盟を結ぶ前という事もあり、公に出来なかったと。そして何より亜竜は知人であり、クアッダ王国の物では無いと強調して、再度詫びた。
メントルは憮然としたが、納得する部分もある。いつまでも過ぎた事に囚われても意味が無い事も知っていた。
「ふむ、ではクアッダ王と共にオリハルコンが帝国に向かったのであれば、私は無駄足だった。と言う事ですか」
「出来る範囲で良いから、オリハルコンの事を教えて欲しいのじゃ」
ガビールによって、学者と紹介されたシュタイン博士が口を開く。
「とは言っても私は学者ではありませんから大した事は……オリハルコンが意思を持つかの様に動くなど……」
メントルが言い終える前に、シュタイン博士は拳大の石をメントルに放った。
放られた石を掴んだメントルは石を見て驚き、次いで首を傾げた。
「オリハルコンは帝国に向かったのでは無いのですか?」
「そうじゃよ」
「これは?」
「オリハルコンが吐き出した不純物じゃ」
メントルの表情は更に陰った。細い目を更に細めてシュタイン博士を睨む。
「不純物?コレは私が知るオリハルコンそのものなのだ」
「どういう事であるか」
メントルは手にした石を見つめるばかりで答えない。
代わりに口を開いたのはシュタイン博士だった。
「どうやら帝国は、本物のオリハルコンを出して居ないようじゃの」
シュタインは語った。
オリハルコンの精製は帝国にあって秘中の秘。ヒエレウスに流されたオリハルコンは、オリハルコンの因子を含む不純物だった様だと。無論それでも大変貴重な物に違いは無い。
「欲しけりゃアンタにやるぞい。まだまだ有るしの」
その言葉にメントルは露骨に反応した。
「くれるのか!私に!」
手にした石を見て不敵に笑うメントル。
その様子を見たフェルサは、この様な顔をする男だったか?と不信に思う。
「アンタの着とる鎧はオリハルコンかの?」
シュタインは、メントルの表情などお構いなしに質問を始めた。
勇者の鎧がオリハルコン製であること、オリハルコンが意思感応石と呼ばれていたこと、そしてやはり帝国から流出した技術であること等が告げられる。
石をくれるという言葉が、明らかにメントルの口を軽くしていた。
手にした石を見つめながら語るメントルの顔を見て、フェルサは感じた。
この男の目にあるのは欲望……。それも金や名誉等の世俗的な物では無い。
……力か。
以前とは別人の様な鋭さは、苛烈なまでに自らを追い込んで得た物か。
純粋に力を求める鬼神の中にあって、フェルサはこの様な目をした戦士を多く目にして来た。……ただその者達の末路は……。
メントルの話しは、ここまでは予測を確信へと補強するものでしか無かった。
だが次の言葉が一同を驚かせる。
「「「アニキ(兄貴)(師匠)がオリハルコンを喰った!?」」」
メントルを除く全員が立ち上がる。
「聞いていないのですか。ハディード鉱山西で機装兵と遭遇戦になった時、私は盾剣の亜竜に右腕を喰い千切られたのだ。亜竜の体内にあるオリハルコンに反応して真のオリハルコンが取り込もうとしたのかも知れないのだ」
一同は絶句した。
初耳なのも無理は無い。オリハルコンを喰った本人ですら記憶に無い出来事だったのだから。
メントルは拳大の石を十個程貰い受け、クアッダで手に入れた事は内密にすると約束した。シュタインの存在と秘密の施設も口外しないと約束し、袋に入れた石を危うい眼差しで見つめながら呟いた。
「これで私の剣が増える……そうすればオノマとの技の幅も……」
普通の馬を与えられて帰路に着くメントル。フェルサはこの青銀の勇者に対し、漠然とした不安を感じたのであった。
◇
厚い雲の隙間から覗く空が、藍色から紫色へと色を変え、朝の尖兵が少しずつ夜を侵略し始める。
後三十分もすれば日は登らずとも、空の明るさが大地に朝を知らせるだろう。
その日帝都レオンの朝は、例年に無い寒波の影響もあり、雪こそ降らなかったが暗く寒かった。
まだ薄暗い空の下、帝城へ向かう馬車が数台。
皇帝陛下自らの手による竜殺し。
噂を聞きつけた貴族達が、一生に一度見れるかどうかという余興に、夜も明けぬうちから駆けつけている。
気の早い者は昨夜の内に既に入城を果たし、酒を酌み交わしながら、何故この様な余興が催される事になったのか、想像の翼を広げ語り明かしていた。
血の匂い無く、魔獣の影も見えない帝国本島。
退屈な日々に刺激を求めて集まった残忍な顔、顔、顔。
彼らが得た物は……。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
更新予定 日曜・水曜 20時




