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61話 輪

 「ガ〜ビ〜どこ〜」


 「ガ〜ビ〜」


 家に響く子供の声。

 ペンを置き、書類から目を上げて左を見る女性。

 はち切れんばかりの胸元が、目を逸らす事の出来ない存在感を放っている。


 「ガビール殿、呼んでますよ」


 「鉄子、静かに……」

 「かくれんぼですか?」


 ここはクアッダ王国アニキ邸、玄関に程近い鉄子の部屋。

 毎日誰かを招いて、他愛もない話をするアノ部屋では無い。


 先程こっそりとノックをして部屋に転がり込んで来たのは、クアッダ王国将軍ガビールである。

 左手でガッツポーズを立てて、フリーズのハンドサインを出し、右手には二本の木剣が握られていた。


 「あいつら容赦なくてよ、まさか子守がこんなにもタフとは思わなかった」

 「訓練は子守とは呼びません。最近リースちゃんが元気ありませんけど、訓練は頑張ってるみたいですし、トコトン付き合って下さい」


 皮鎧を身に付け、剃られた頭や首筋からは汗が流れ落ちている。入り口のドアそばに立ち、玄関ホールの様子を伺うガビール。


 「あ〜らガビール殿!どうしたんですか!?こんな朝早く!」


 「うぁ、鉄子!オレを売るのか!?」

 「失礼な。私はアニキ様に二人の成長ぶりを見せて、スベスベでヒンヤリでモフモフでふんわりなご褒美が欲しいだけです」


 「時々何言ってるか分からないんだが」


 ガチャ。


 「ガビいた!リース、ガビいたよ!休憩したでしょ試したいのあるんだよ」


 足を肩幅に開き、左脇にボロボロのぬいぐるみを抱え、射抜く様にガビールを指差すアフマル。


 「午後からは算数ですからね。二人を逃がさないで下さいね」


 合流したアフマルとリースに、両腕を掴まれて裏庭に連行されて行くガビールと、さっさとドアを閉める鉄子。


 「私の貴重な時間を邪魔しないで下さい」


 鉄子はテーブルに戻ると、椅子の向きを替えて座り、胸の前で両手を組む。

 とても窮屈そうな胸元。

 鉄子は瞳を閉じて顎を引く。


 「……はい。仰せのままに……」


 裏庭で、ガビール相手にボクっ娘アフマルと犬系獣人リースの訓練が始まった。

 ガビールは両手に木剣だが、アフマルは短槍、リースは大型のナイフを持っている。刃の付いた実戦用の物だ。


 「「「宜しくお願いします!」」」


 お辞儀の後、アフマルとリースはパッと左右に分かれ、ガビールを挟む様に位置取る。片方が距離を詰めれば、必ずもう片方が牽制し、ガビールが動けばチビッコ二人も素早く位置を変える。


 「位置取りが上手くなったっすね。次は……」


 ガビールが振り向かずにバックステップでリースとの距離を一瞬で詰める。

 首めがけて振られる木剣。


 ガシッ!


 寸止めするつもりで放った一撃だったが驚いたのはガビールだった。

 リースが一歩踏み込んで、力点をずらして受けたのだ。

 だが、それでも力負けしてよろめくリース。

 アフマルがすかさず援護に入り、ガビールの追撃を阻止する。


 「背後を取ったら油断しない事、相手を油断させる事も技術の一つっす。兄貴はその辺が抜群にうまいっすよ」


 「アタイ……強くならなきゃ」


 リースが大型ナイフを咥えて四足でガビールに迫る。低くそして鋭い。

 近づいては離れ、ナイフに手をやるかと思えば足払いを放つ。


 リースの足払いを右足を上げて脛で受けたガビールの左足を、アフマルの短槍が払う。

 後方へ跳び去るガビール。


 「ぐあ!あちちちっち!」


 「掛かった!今だよ!」


 「やるし!」


 ガビールが跳んだ先の地面が一瞬だけ燃え上がる。

 反射的に飛び上がってしまったガビールは、リースを見失っていた。

 空中で体を丸め、二本の木剣を体に巻き付く様に構えるガビール。


 ゴッツ!


 落下中のガビールの足元、風車の様に繰り出された木剣は、ナイフを突き出したリースの手甲を捉えた。

 ナイフはリースの元を離れ、地面に突き刺さる。


 「うっうっ……」


 「大丈夫すか!リースちゃん!」


 腕を抑えてうずくまるリースに駆け寄るガビール。


 「あっ!」


 リースの背中にガビールが手を掛けた瞬間、リースの足払いが完璧にガビールを捉えた。

 回転する視界に映る、短槍を構えたアフマル。


 「参った!」


 着地したガビールは、冷や汗を垂らした。アフマルの短槍は十分に致命傷を与える位置とタイミングだったから。


 「「やったぁ〜!」」


 ハイタッチするチビっ子達。思い出したかの様に腕を抱えて痛がるリース。


 「相手を油断させる事も技術の一つだし」


 「ボクのオノマが効いたんだよ」


 涙目のリースに、短槍を立てて胸を張るアフマル。


 「完全にやられたっす。あの炎、オノマっすか?何も無かったっすよ」


 「ボクまだオノマを遠くに飛ばせないんだよ。魔獣だったらオノマ出しても突っ込んできてくれるけどさ。だから長いオノマを光のオノマの中に作って隠しといたんだよ」


 愕然とし、裏庭を見渡すガビール。


 「そんなオノマの使い方聞いたこと無いっす。誰から習ったすか?」


 ドヤ顔で更に胸を反らすアフマル。


 「自分……で?」


 ガビールはチビっ子達の溢れる才能に舌を巻いた。



 「ヒャッ」


 「「ヒャッ!」」


 「ハー」


 「「ハー!」」


 「そう、リースちゃんナイフを交互に持ち替えて振るっす。アフマルちゃん、槍は相手の目に真っ直ぐに構えて点に見える様に、長さを悟られない内に倒すっす」


 裏庭で各々の武器を手に、素振りを繰り返す四人。

 買い出しを終えて帰ってきたシルシラも、剣を振っていた。


 ふとリースが素振りを止める。


 「いい匂い……リンクスちゃんとお兄さんの匂いがするし」


 鼻を突き出しながら、くんくんと目をつむって歩き、リースは何も無い所にぶつかった。


 「リースも歩けばリンクスに当たる。なの」


 空気が揺れ、次第に輪郭を結ぶ。

 そこにはリボンの幼竜と、盾剣と翼の亜竜が居た。


 更に禍々しくなった亜竜に、つい後退りするガビールとシルシラに対して、歓声を上げて走り寄るチビっ子達。


 「「おかえりなさい!」」



 短槍を放り出して駆け寄り、そのまま俺にダイブするアフマル。

 リースは……あれ?勢い良く立ち上がって、ダイブするかと思ったらブレーキしたな。

 やっぱドラゴン姿じゃ怖かったか。お話出来ると思ってこのままで来たんだが……失敗か。


 『ただいま。見てたぞ二人共。ガビールから一本取ったじゃないか』


 「朝から居たの!?ボク頑張ったでしょ?」

 「今まで気付かなかったし」


 俺は二人の頭に右手を広げて乗せて、念話をした。


 「ガ?二人だけで、ご主人様ノ声聞いてまスか?」


 「何?兄貴の声が聞けるのか!?」


 「アニキ様、お着替えをお持ちしました」


 姿を現したのを確認して、鉄子が着替えを持ってくる。

 ちなみに鉄子はリンクスの許可を貰って、朝イチで五分だけ「スベヒヤモフふわ」済みだ。


 「アニキが帰って来たって?」


 「師匠!どこですか!シショー!」


 玄関騒がしいな。

 ノッカー鳴らさないとか家族かよ。


 客を出迎えに行った鉄子は、硬い表情で帰ってきた。

 いや、スイッチ入った時以外は常に硬いんですけど。


 「アニキ様……国王陛下がお見えです」


 鉄子を押しのけて、裏庭に姿を現したクアッダ王と老執事。

 お忍び用の商人風スタイルだ。


 「うお!アニキでいいんだよな?随分とまた……」


 しげしげと俺を見つめるクアッダ王。

 そんなに変わったかな?鏡無いんで判りませんけど。


 ってか国王、腰軽くね?

 鉄子が朝知らせを出したとしても、家まで来ちゃうかね。

 さては暇なんだな?議会が優秀過ぎてレイムダックなんだな?


 大人達が次々と膝をつき頭を垂れる。

 チビっ子達がぎこちなく真似る。そしてヒソヒソ。


 「この髭のおじちゃんが王様?王様って普通のお家来るの?」


 「アタイ、王様とか初めて見たし」


 そうだよなぁ。普通の家にサクッと突撃しちゃうのってデカイへら持ったおじちゃん位だよなぁ。

 えっと俺も膝付いた方が良いのかな?リンクスと一緒に膝を付く。


 「良い。今日は忍びで来たのだ。畏まるなと敢えて今だけ命令する」


 「ねね、何か偉そうだよ」


 「この国で一番偉い人だし」


 そこのチビっ子、まる聞こえだぞ。


 「アニキもリンクスちゃんも顔を上げよ。ドラゴンに頭を下げられるとは貴重な経験をさせて貰った」


 「ぐしゅ、陛下……この光景死ぬまで忘れませぬぞ、ぐしゅぐしゅ」


 「泣くなよな」


 老執事が目や鼻からナニかを垂れ流している。お年を召して栓が弛くなってしまったらしい。


 居間に移動した俺達は、輪になって床に腰を下ろした。

 順番はめちゃくちゃだが、俺の隣にはクアッダ王が居た。リンクスが皆の右手を順に右隣りの人の頭に乗せて回る。


 そして、俺の右手は宙に浮いていた。


 ……あ〜っと……俺、王様の頭に手とか乗っけて良いワケ?

 いや、ダメだろう。幾らお忍びだろうが「畏まるな令」発動中だろうが国王陛下の頭に手を乗せちゃうってのは……。


 ぽん


 『準備おっけーなの』


 躊躇する俺を余所に、リンクスはクアッダ王の頭に手を乗せ、俺の手を被り、膝の上に座った。大物だわこの子。


 『『『アソコ良いな〜』』』


 コラ駄々漏れですよ。チビっ子に混じって鉄子の声も漏れている。

 笑い声が漏れて、場が和む。

 それから俺達はしばらくの間、近況報告をした。


 ニンゲン、ドラゴン、獣人、鬼神、元奴隷、そして国王。念話で繋がる輪は身分も種族も全ての壁を飛び越えた。

 だが話す内容は同じニンゲンなのに戦争をする為に集まり、ドラゴンに乱入され散っていった数万の命の話。


 何故ここの者の様に出来ないのだろう。

 答えなど無いのを判っていながら、自問せずには居られなかった。



 「久しぶりじゃのリンクスちゃん。お兄ちゃんも元気じゃったか?なんとまぁ……益々酷い姿になっとるの」


 その夜、俺とリンクスは王城の地下深くにある、シュタイン博士の秘密の研究所を訪れた。相変わらず広い空間の片隅で、意味不明なメモに囲まれて研究を続けているみたいだ。


 益々酷いとかご無礼な。

 俺的には結構イケテルと思って……ってそれは良いんだ。今日来たワケはちょっと知りたいことがあってさ。


 『教えてグーグ○先生』


 「お?上手くなったな前より聴きやすいぞ」


 ん?慣れてくるとビットレートいじれんのか?なあ博士、話しする時は手を休めてこっち向いて欲しいんだが。


 「問題ないぞ」


 まあいいか。今日聴きたいのはオリハルコンの事だ。ここにデカイの運び込んだ筈だが……。


 そもそもオリハルコンって何だ?


 「俗に勇者の鋼とも呼ばれおる希少金属じゃ」


 おかわり。


 「ぬ、いつぞやの仕返しか。オリハルコンは鉱石じゃが鉱脈は無くての、発見された場所に統一性や共通点はまず見られんのが特徴じゃの。付いてくるのじゃ」


 シュタインは俺の手を頭に載せたまま、部屋の隅から対角の隅に移動し、隠し扉をくぐった。


 「これがお前さんが運び込ませたオリハルコンの原石じゃ。この原石を売るだけで国が幾つか買えるじゃろの」


 そこに鎮座するオリハルコンは、直径三メートルの真球だった。

 俺はオーパーツ、コスタリカの石球を思い出した。


 「オリハルコンの精製技術は秘匿されて帝国中枢にしか無かったんじゃが、ヒエレウスの勇者が身につけていた鎧は自己修復したんじゃろ?精製技術を漏らしたヤツがおると言う事じゃな」


 ん?俺が見た時はもっとゴツゴツしてたが、さすが博士だな精製技術知ってたのか。


 「原石のままじゃよ?運び込まれて数日で、不純物を吐き出して真球になったんじゃ」


 は?真球になった?


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 水曜日 20時

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