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54話 王と忠誠と

 ガシャン!


 冷たい金属音を立てて扉は閉ざされた。

 だが、鉄の枠と骨だけの扉は、俺達を押し込んだ制服っぽい服装の男の、遠ざかる背中を隠さずにいた。


 「おとなしくしてるんだぞ」


 振り向きもせずに、そう言って角を曲がり、通路の向こうに消える男。


 そう、俺とリンクスは、ラアサの連絡員とコンタクトすべく、酒場で騒動を起こし、パクられた。

 ここは警備兵の詰め所の牢屋だ。

 連絡員はどうしたんだろう。サツが来るのが早すぎたのか?


 「もぅ飲めね。脚触らせろやねーちゃんよぅなの」


 『リンクス、もういいぞ』


 「なの」


 少ししたら脱走しよう。何かの手違いか、あるいはクアッダで何かあって、連絡員どころじゃ無くなってるとかもあり得る。

 森の軍団は誰かに任せて、急ぎクアッダに戻った方が良いのかも知れない。


 「……ジョーズさんっすよね?」


 うお!


 俺は背後から声を掛けられて驚いた。先客が居たのか。

 ……ってジョーズって呼んだ?


 「ラアサ様の連絡員っす。見事な演技っす」


 何だと?ここでコンタクトだと?

 怪訝な顔をする俺に、連絡員は説明してくれた。


 Aが適当な酒場で、酔って騒動を起こす。

 A連行にてご案内。

 Bが適当な酒場で、酔って騒動を起こす。

 B連行にてご案内。

 AB牢屋で合流。


 お互いが知らない土地でも、日付さえ決めておけば落ち合える方法。


 ……すげえ……頭いいな。


 確かにこれなら、土地勘も細かい打ち合わせも要らない。

 酔っぱらいが牢屋から逃げても、どうせ朝には叩き出す程度の犯罪だろうから、サツもおおごとにしないのだろうか。


 あ。


 初めてラアサに会ったのは牢屋だった。アノ時も誰かを探してたような……情報収集してたのか。

 日付間違えた様な事言ってたが、演技か?


 「ドラゴンなるけど、怖がらないでなの」


 「へ?」


 リンクスに告げて貰ってから竜化する。


 「!!!!!!!」


 両手で口を抑えて、悲鳴を堪える連絡員。


 「くちゃいの」


 何やら臭い湯気が股間から立ち上っているが、コイツの名誉の為にスルーしといてやろう。

 怖がらせない様に、ゆ〜っくりと右手を頭に乗せる。


 『聞こえるか?』


 両手で口を抑えながら、涙目でコクコクと頷く連絡員。

 瞳孔開いちゃってますけど。瞬き忘れてるぞ。


 こっちの情報を伝えてから、一つ気になる事を聞いてみた。

 共和国の軍は帝国の軍の半分しか居ないのに、何故戦争を仕掛けようとしたのか。俺的に腑に落ちない。


 ラアサだった。


 共和国側、ネビーズの市長は、ナツメ商会とパイプがあり、イナブから街道を使って一気に南下したナツメ商会の部隊が、無防備な西からエラポスを攻める手筈になっていたのだと言う。


 情報を掴んだラアサは、馬車に細工をし、馬のエサに下剤を混ぜ、食料に虫とネズミを忍ばせた。


 出発の朝になって、様々な問題が一気に発生したナツメ商会の部隊は、イナブの街を出立する事が出来なかった。イナブからネビーズに出された早馬も、待ち伏せたラアサの部下に亡き者にされた。


 ナツメ商会の援軍を首を長くして待っていた共和国軍だが、帝国軍がエラポスに引き上げてしまえば、既に奇襲は不可能。しぶしぶ軍を引いた。


 なるほど、それで共和国軍は帝国軍が引き上げるまで粘ったのか。

 しかし凄えなラアサ。智将とか賢者とかの二つ名も伊達じゃないって事か。

 もうヌケサクって呼びません。許して下さい。


 情報交換が終わり人型に戻ると、程なくして脱獄班が牢屋から連れ出してくれた。

 くんくんと鼻をならす脱獄班。


 「おいおい、垂らすまで飲むんじゃねぇよ」


 「ふっ」


 股間を濡らした連絡員は、余裕たっぷりの顔で笑い、こう言った。


 「ま、お前らもいずれ分かる時が来る」



 三日後のクアッダ王国、王城の会議室。


 国王クアッダ、軍師ラアサ、第一軍将軍ナハト、第二軍臨時将軍フェルサ、傭兵軍団長イーラ、そして別任務中のガビールが席に付いていた。


 「皆様方、早朝に関わらずの参内、有難う御座います。アニキ様から連絡が御座いました」


 老執事の言葉に一同から「ほう」と言葉が漏れる。

 皆の前には、既にコーヒーと茶とお茶受けが配されており、早くに来た者は既に二杯目だ。

 コーヒーカップを置いてクアッダ王がラアサを見やる。


 「は、では報告させて頂きます」


 少し固い口調のラアサに、皆が「おや?」といった顔をする。


 「ご存知の通り、ジョーズには帝国軍特務遊撃隊プトーコスの動静を探るよう頼みました」


 こう始めたラアサは、プトーコスの部隊が帝国とクアッダの国境であるパライオン川に掛かる橋を全て落とし、そのままエラポスの街に入ったこと。


 そのエラポスの街に対して、対岸の共和領の街ネビーズが進軍をしたこと。

 ネビーズの増援であるナツメ商会の部隊を、足止めしたことを告げる。


 「流石だな。してあの破天荒な兄妹はプトーコスの監視を続けておるのか?」


 クアッダ王に愉快そうな顔で問いかけられたラアサは、一口茶をすすって天井を見上げ、重そうに口を開いた。


 「それが……プトーコスのエラポス入りを見届けた後、根地の森に入り魔獣の群れを掌握。魔獣を指揮して根地の森に侵入した両軍を撃退、両軍共街まで後退させ、戦場の第三勢力として、睨みを効かせているそうです」


 「……」

 「……」

 「……」


 目をパチクリさせるだけで、誰も言葉を発しない。


 各々腕を組んだり、目を伏せたり、天井を見上げたりしながら、今のラアサの言葉を反芻している。皆一様に眉間にシワを寄せている。


 「茶の代わりが欲しいな」


 クアッダ王の言葉に、老執事がメイドを呼び、ワゴンで運ばれたコーヒーがクアッダ王の顎鬚を芳醇な香りで撫でる。

 釣られた様に、手を上げてお代わりを頼む面々。


 無言のまま各人にお代わりが配られ、メイドが扉の前で一礼、扉を閉じた。


 バタン。


 その音を合図に、関を切った様に皆一斉にしゃべりだす。


 「その情報は間違いないのか?いや、ラアサの部下にケチを付ける訳ではないが」「魔獣を掌握とか指揮とかどういう事だ?理解出来ないのである」「兄貴って魔獣と話せるんすか?」「さすが師匠」「エラポスもネビーズも布陣していたのだろう?街まで後退とはどうやったのであるか?」


 「まてまて」


 クアッダ王が右手を軽く上げて、一旦場を鎮める。


 「一人ずつ順番にしよう。まずは余からだ。アニキの動きによって開戦は避けられたのだな?」


 「はい、一旦は大河アルヘオを挟んで布陣した両軍でしたが、互いに街まで軍を引いたようです」


 頷いたクアッダ王は、左隣り、第一軍将軍ナハトを見る。


 「プトーコスは」


 「エラポスの街に、部隊と共に駐留したようです」


 その巨体に似合わない高い声で、モアイの様な無表情な威丈夫は短く質問した。声の高さを気にして殆ど喋らないと噂されるが、真偽の程は定かでは無い。


 次いで左隣りの第二軍臨時将軍フェルサ。


 「二人は無事なんですよね?」


 「かすり傷ひとつ負って無かったそうだ。そもそもあの二人が傷を負った姿など、見たことも無いが」


 ふっと場が和み、傭兵軍団長イーラが次の質問をする。


 「布陣した軍をどうやって退かせたのであるか」


 「布陣に先立って両軍共少数の兵が、根地の森に侵入したらしい。その兵を全て捉えてスマキにし、川に流して開放したようだ」


 「……すまぬ、さっぱり分からないのである」


 「いや、オレも詳細は分からねぇんだ。帰ってきたら直接聞こう、また何かおもしれえ事やったかも知れんしなぁ」


 困り顔で、一気に砕けた口ぶりになる二人。

 この二人はしょっちゅう一緒に酒を飲んでいるのを目撃されている。

 次いで質問したのは、別任務中のガビール。


 「兄貴って魔獣と話せるんすか?」


 その質問にラアサは首を傾げ、視線を転じてフェルサを見た。

 この中で最も長い時間、兄妹と一緒に居たのは、フェルサである。

 皆の視線が集まる。


 「……さあ?」


 フェルサは両手を広げて肩をすくめた。


 「知らねぇのか」


 「そもそも師匠喋りませんよ。ただ……以前アリゲートの群れの腹撫でてましたね。恐らく服従の仕草だと思いますけど」


 「その様な仕草、見た事が無いのである」


 「兄貴はその群れの半分殺したとか?」


 「いや、一撃入れて運んだだけだ」


 「「「凄えな」」」


 一同が嬉しそうに口を揃えた所で、老執事がおずおずと手をあげる。

 クアッダ王が頷き、老執事は立ったまま発言をした。


 「同種族を束ね統率する個体を獣王。異種族の魔獣すら統べる個体は魔王と呼ばれるそうですが……アニキ様は魔王となるので御座いましょうか?」


 「アニキ」「ジョーズ」「師匠」「兄貴」


 「「「が、魔王!?」」」


 「……」


 ……暫しの沈黙。


 「「「まっさかぁ!」」」


 会議室は笑いに包まれた。


 エロイこと考えてリンクスにいつも足を踏まれているだの。

 落とした食い物でも拾って食べるだの。

 博打に熱くなって見境がなくなるだのと言い合って笑っている。


 「様々な可能性を協議するのが会議だが、アニキが魔王になると言うのは流石に無いだろう。第一ヤツは……野心のヤの字も無い」


 クアッダ王の言葉に皆が頷く。


 「午後からの会議でも報告するが、先日アニキの指示で運び込ませた岩塊は、オリハルコンの原石だった。それもかなりの純度だそうだ」


 今朝二度目の爆弾発言はさらりと行われた。


 「オリハルコンであるか!」

 「あのバカでかい!……失礼、大きな岩塊がオリハルコンの原石っすか?」


 驚愕の一同に対して、ラアサが話を引き継ぐ。


 「シュタイン博士の話しでは、あれ程の塊があればクアッダ王国は千年は戦えると」


 「千年……」


 一同が息を呑む。


 「だが残念な事に、クアッダ王国にはオリハルコンを精製する技術が無い。武具に転用出来ぬまま他国に原石の事が知れると、最悪あの原石を狙って攻め込まれるかも知れん」


 「ふむ、オリハルコンの精製技術を持つのは、帝国とヒエレウス王国……であるか」


 「技術流出はしてるかも知れんが、実用化してるのは二国だけだな」


 「帝国とのパイプが必要だな、それもぶっといヤツが」


 採光窓からの光が鏡に反射され、会議室中央に吊るされた水晶が虹色に光を放つ。時を知らせる仕掛けだ。


 「午後の会議では他の報告もあるからな。では解散」


 クアッダ王の言葉に起立敬礼し、王を見送った後、退出してゆく面々。



 「陛下、しつこい様ですが……」


 会議室を後にし、自室へと廊下を歩くクアッダ王に、老執事が話しかける。


 「アニキ様の王国への貢献は重々承知いたしておりますが、敢えて申し上げます。もし、もしもアニキ様が魔王となられたら、如何なさいますか」


 「心配性だな」


 暗い表情の老執事を、クアッダ王は目を細めて見下ろした。


 「今まで生き長らえて参りましたのは、心配性のお陰で御座います」


 「アニキがもし魔王となり、人の心を失い、魔獣の軍団を持って世界を滅ぼすと言うなら……その時は俺がヤツを殺そう」


 クアッダ王は、窓の外に広がる、朝日に照らされた自分の国を見ながら、付け加えた。


 「だがヤツが、今の心を保ったまま魔王となったならば、ニンゲンと魔獣の共存も可能なのではないかな?その時はニンゲン世界で一番最初に同盟を申し出てやる」


 「そこまでお考えでしたか。老婆心失礼致しました」


 老執事は廊下であるにも関わらず、完璧な動作で片膝を付き、頭を垂れた。


 「この身が、魂の一欠片となりましても、お伴させて頂きます」



 心が心を震わせ、誓う忠誠がある。

 力で相手を認め、誓う忠誠がある。

 無防備な精神に、植え付けられた忠誠もある。


 忠誠を蝕むモノ、それは嫉妬、後悔、恨み。

 そしてここに、心を蝕まれつつある者がいる。


 メントル・イロアス・ヒエレウス。

 青銀の勇者と呼ばれる男である。



 「メントル!戻れ!深入りしすぎだゼ!」

 「……聞こえないのか……」


 吹雪で視界が十メートルも無い、真白の世界。

 青銀の勇者メントルは、体長五メートルを超える雪牙猿の群れに、無謀な吶喊(とっかん)を繰り返していた。


 ナイフを構え、雪牙猿の懐に果敢に飛び込む。

 氷のオノマを仕込んだナイフを、大腿部に根本まで突き刺す。

 ナイフから氷が広がるが、雪牙猿の白い剛毛は、広がった氷を即座に払い落としてしまう。


 一年中雪と氷に覆われた世界で生きる雪牙猿。

 氷に対する耐性は非常に高く、氷のオノマを仕込んだナイフを武器とするメントルには、最悪の相手と言えた。


 それでもメントルは、雪面にナイフを突き立て、ワイヤーで陣を描き氷結の技を繰り出す。

 足元を氷で覆い、一瞬だけ自由を奪い、目にナイフを突き立てるべく飛びかかる。


 だが唸りを上げて振られた木の幹程の腕に打ち飛ばされ、表面が氷と化した雪面をバウンドしながら二十メートル滑る。


 ボコンという音と共に、凹みを修復する胸甲。

 カハッという声と共に、吐出される鮮血。


 それでも尚、メントルは無謀な突撃を繰り返す。

 目には憎悪の炎を揺らし、口からは「チカラ、ツヨサ、チカラ!」と呪詛を思わせる言葉を繰り返して。


 ヒエレウス王国から南に3日程移動した山岳地帯。

 万年雪に覆われたこの地域に、三人の勇者が足を向けたのは、使節団としての任務を終え、クアッダ王国から帰還したその日の夜だった。


 クアッダ王国からの道中、ずっと思い詰めた顔で一言も発しなかったメントルは、大神官に会談の報告を終えた後、二人の勇者にこう言った。


 「私は自惚れていたのだ。脆弱な魔獣を狩り、勇者と崇められ、人を守るのに有り余るチカラを有していると」


 メントルは自らの掌を見つめ、続ける。


 「だが実際は違ったのだ。翼竜には何一つ技が通じず、黒衣の男に至っては恐怖で体が動かなかった。翼竜が居なければニキティスを助ける事すら……」


 「おい、どうしたんだメントル」


 「私はあまりにも無力だ、チカラが要る。あの黒衣の男がニンゲンの敵であっても、正面から打ち倒すだけのチカラが……」


 大神官や勇者二人の制止も聞かず、食料を詰め込んだ荷を背負うと、メントルは足早にヒエレウスを後にした。


 最も相性の悪い、雪山を目指して。

 初めて大神官の命令を無視して。



 そして今、白銀の勇者カログリアと赤銀の勇者ニキティスの、援護も及ばない程雪牙猿の群れの奥深くに突出して、鬼気迫る戦いを続けるメントル。


 吐き出した鮮血が、即座に真白に上塗りされる過酷な世界で、正に命を掛けてチカラを手に入れようともがく勇者の姿が、そこにあった。


 


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 日曜日 20時

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