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53話 予定通り予定外

 「初めは特に意識は無かったんです。何となく、ソッチには行きたくないなぁ、位の感覚でした」


 方向に対する嫌悪感、忌避感。

 証言者はそのような言葉を使った。


 「ですが森を進むにしたがって、嫌悪感は周囲を覆い、一つの方向に進む以外に無い感覚に囚われました」


 「そう!そうなんだよ!俺もそう感じた!」


 隣とを隔てる衝立の横から顔を出し、男が賛同の声を上げる。

 ここはエラポス領主オニュクスの城、兵士詰め所。

 衝立に仕切らた机と椅子が並べられ、ひとりひとり調書を取っている。


 「まだ記憶の補完をするな。個々の意見を聞いてからだ」


 衝立の向こうの調査官にたしなめられ、衝立から顔を引っ込める隣の男。

 証言者が視線を正面に戻すと、担当の調査官が顎をしゃくり、続きを促す。


 「えっと、それで進むにつれて仲間が減っていって、一人になった時に首に衝撃を覚えて気を失いました」


 カリカリとメモを取る調査官が、視線をあげる。


 「後退しようとは考えなかったのか?」


 「はい、振り返ると今来た筈の道に、嫌悪感を感じました。それと自分は見てませんが、ドラゴンの指揮する六手猿に縛られたと言っていた者がいました。以上です」


 証言者は立ち上がって敬礼し、次の者と入れ替わる。

 敬礼して着席する次の証言者。


 まだ証言をしていない者は私語を禁じられ、不安げにキョロキョロしながら静かに座って順番を待っている。

 一方の証言を終えた者は、別室に集められ盛んに意見を交換しあう。


 証言者の意見が記憶や意見の補完を持って、次第に一つの答えが正当性を持つようになり、個々の証言をまとめた調査官達の意見も、同じような結論を導き出す。


 曰く。


 ニンゲン、ドラゴン、六手猿の同盟による、新勢力。


 「ドラゴンが異種を統べるだけでも驚きなのに、森へと誘う嫌悪感と言われる物は恐らくは呪画……ニンゲンの協力者がいるようです」


 「あるいはのそのニンゲンが、何らかの手を使って魔獣を従えているか」


 領主オニュクスは、暫く滞在する事となったプトーコスの部屋を訪れていた。貴賓用の部屋で調度は整えられていたが、生活感を感じさせる物はまだ何も無い。


 「プトーコス卿はドラゴンには詳しいですか」


 「三度程戦った事はあるが、詳しいとは言えんな」


 「証言の中に、ドラゴンが「武器を携えていた」という物がありまして」


 オニュクスは、束ねられた紙を数枚めくって、プトーコスに渡す。


 「目隠しがズレた時に見た。二匹のドラゴンが居た。一匹が一メートル半、もう一匹がニメートルで、それぞれ槍と剣を所持していた」


 そう書かれている。


 「大きさからすれば幼竜だろうが……ワシの経験によると、目に映る物全てを喰らう、とされるドラゴンが異種を統べるなどあり得んし、武器を使うなど聞いた事も無い」


 ふう、と天井を見上げるオニュクス。


 「根地の森の勢力は、目的も戦力も不明。現状では下手な調査も藪蛇になりかねませんし、本国からの指令が来るまでは警戒を厳とする他ありませんか」


 「ワシがお主の立場でもそうする。最も賢い選択だ……だが」


 そこで言葉を切ったプトーコスは、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 あまりに荒唐無稽。馬鹿げている。自分でもそう思えたからだ。


 最も賢い選択、最善の一手、唯一の選択肢。

 この選択をこそ、根地の森の勢力が望んだのではないかと。


 「だが……何です?そこで切られては余計に気になります」


 「喉が渇いた。だが、茶は既に三杯飲んだ。コーヒーを頼もう」


 コーヒーと茶は別なのですか?

 とは、オニュクスは言わず、優しく微笑んで、呼び鈴を鳴らした。



 『上手くいったみたいだな』


 『さすがお兄ちゃんなの』


 根地の森の樹の枝から、両軍が引き上げた後も、陣が張られていた川辺を暫く監視していた俺達。両軍とも再布陣する様子は見られない。


 クアッダ王が構想する「戦略的三竦み」それを戦術レベルに縮小コピーさせてもらった。

 恐れる程では無いが、侮れない。その辺のサジ加減も一芝居打った。


 不屈の宇宙○事共の反応を見るに、ドラゴンが街周辺で見られるのは、結構な脅威であるようだ。だから敢えて少数の兵にドラゴンの姿を晒し「ドラゴンが近くに居るのに、戦争なんかしてられるか!」となるのを期待している。


 それでも軍を動かす様なら、実際に街の壁に穴でも開けに行くつもりで監視していた訳だが。


 『サルもご苦労さん。見事な連携だったぞ』


 『お褒め頂き光栄ウキ』


 阿修羅ザルが偵察した情報を、サルが集約して俺に報告、俺からサルを経由して阿修羅ザル各部隊に指令伝達。

 特殊部隊さながらの連携だった。


 『エネミー1、エリアBー2(ビーツー)侵入ウキ』


 『了解。チャーリー、エネミー1を分断せよ』


 『エネミー8、最小単位に分断、以後エネミー9と呼称するウキ』


 『デルタ3、エネミー9を捕縛せよ。デルタ3合流後、デルタ2デルタ3はエネミー8を捕縛』


 根知の森の地図にマス目を引き、横軸をAからZ、縦軸と1から24として敵の位置を把握。

 偵察専任ザルと、分断捕縛の実働部隊ザルとに編成して、分断と捕縛を繰り返す。


 エネミーの移動経路は、俺の才能溢れる「絵」によって、さり気なく制限させて貰った。

 樹液で幹に描く事によって、ハッキリと「絵」と認識出来ないのに「何かヤナ感じ」を作る事が出来た。これなら枝の上を移動する阿修羅ザルへの影響も

少ない。グスッ。泣いてなんかませんけど。


 その夜、阿修羅ザルのボスと久しぶりの再会をした俺は、別の群れのボスを紹介され、そして戦いを挑まれた。ドラゴン姿の俺に戦いを挑むとは……強者の予感。


 紹介の直後、向こうの不意打ちから始まった戦いは、俺の勝利に終わった。枝から枝に移動し、高さを使った立体的な戦いと、悲壮感漂う必死の攻撃に最初は戸惑ったが、別の群れのボスに、俺の意識を刈り取るだけの決定力は無かった。


 そして「ははーー!」の儀式。


 五列縦隊に整列した別の群れは、一斉に伏せ、六本の腕を地に投げ出し、顎を地に付けた。大所帯だ。そして差し出される血の滲んだ手。瞳には溢れ出る涙があった。


 『自分の命で勘弁して欲しい。群れは助けて欲しいと言ってるウキ』


 俺は、手の甲の血を舐め、リンクスにも舐めさせた。


 もしかしたら、群れをドラゴンから守る為に、コイツは軍門に下るつもりだったのかも知れない。だが、戦いもせずに下るのは挟持が許さなかったのでは無いか。


 大切な物を守る為に命を掛けて戦う。

 俺はこのボスを、尊敬に値すると思った。


 『敵対しない限り、コイツの群れのヤツは喰わないと伝えてくれ』


 サルが嬉しそうに、そして誇らしげに通訳する。


 耳を疑った様な表情の後、むせび泣く別の群れの阿修羅ザル達。

 何度も根地に額をこすりつけ、やがて別の群れは引き上げていった。


 まさか猿に漢を見るとは思わなかったが、何やら感動的だった。

 明日には事務手続きが終わって、通話が出来る様になるだろうか。


 『兄上様。次の挑戦者がお待ちですウキ』


 へ?


 『自分が喰われても、群れは助けて欲しいそうですウキ』


 漢多いな。根地の森。


 『ちなみに向こうで順番待ちしてるウキ』


 『色んな種類いるの』


 漢多すぎるな。


 多すぎて感動が薄れてきた。単に弱肉強食なだけな気もしてきたが、強敵に命を掛けて挑む心意気は、尊敬に値するだろう。


 『サル!全部相手してやる!』


 『さすが兄上様ウキ!』


 『但し五人目からは明日以降だ!整理券渡して帰ってもらえ!』


 『……』


 いや、その目やめろよ。

 俺だってずっと帝国の部隊追ってきて疲れてるし。

 明日は用事あるから早く寝たいんですけど。


 『……』

 『『……』』

 『しょっぱいの……』


 わーったよ!やったる!オールでやったる!

 だからリンクス、お前までその目で見るのはやめてくれ!


 結局ジト目に耐えられずに、全部相手にした。

 全部ぶちのめして「ははーー!」させた。


 鉄子だったらあんな時、キッチリ仕切れるんだろうなぁ。


 阿修羅ザルに囲まれ、緊張の余り息すらしてないんじゃ無いかって位、直立不動だったシロとクロだが、水を持って来て貰ったり、草を持って来て貰ったりする内、ようやく石化が解けた様だ。


 逃げ出したい本能を懸命に抑えて、胸を張っている。

 かわええ。



 「全部下さいなの!」


 「あはは、火の通ってる四本でいいかな?」


 リンクスが屋台のオヤジにあしらわれている。

 俺達が居るのは帝国領エラポスの街。

 昨日スマキ流しした帝国側の街だ。


 夕方、街門が賑わう時間。

 街門が閉ざされる前に、なんとか街に入ろうとする行商人で門が混雑する時間を狙って、俺とリンクスは姿を消してエラポスの街に入った。


 そして屋台をハシゴしている。


 居並ぶ挑戦者を相手し続けた俺は、クタクタのペコペコになった朝方、まさかの事態に遭遇した。


 昼の部開催。


 昼行性の魔獣が列を成したのである。

 無論戦いを挑まずに、忠誠を誓う魔獣も居たが、倒しても喰えない戦いを延々と強いれられた。


 夕方になって、ようやく挑戦者が途切れた時、続きはWEBでと言い残して逃げるように森を出てきたのである。


 とにかく「お腹と背中がくっついて」しまっている。


 スーヴラキ(串焼き)

 ケフテス(肉団子)

 ピタ(惣菜パン)


 とハシゴして、今は骨付き肉をオリーブオイルとレモンで味付けして、紙で包んで蒸し焼きにした「クレフティコ」を買い求めている。


 一箇所で満腹にしたら、流石に怪しまれる量だろう。

 決してアレもコレも食べて見たかった訳では無い。


 オリーブオイル使った料理が多いな。ウチのシルミチが見たら喜びそうだ。


 「あれ美味しそうなのーー!」


 喰うの早えな!骨ごと喰ったの見られて無いよな。

 リンクスが突撃したのは、ナッツを挟んで幾重にもパイ生地を重ね、シロップを染み込ませた様な「バクラヴァ」というお菓子。


 「ん〜〜じゅわ〜でコリッなの〜〜」


 リンクスが両手を頬に当てて、体をクネクネさせている。三ツ星のリアクションだ。

 口に入れると、染み出すシロップと、ナッツの歯ごたえが絶妙に旨い。


 「ロクムもあるの!」


 「ルクミかい?どれがお好みだい?」


 ん?ルクミ?


 「ロクムはおばちゃんの勝ちなの」


 うん、クアッダのアゴの嫁が作るロクムの方が、歯ごたえも甘さ加減も良いな。ココのは固いし甘すぎる。


 そろそろ日も沈んで、辺りも暗くなってきた。

 酒場に移動するか。


 俺達は屋台観光するためだけに、エラポスに潜入した訳では無い。

 今日はラアサとの「約束の日」だ。


 ラアサは「五日毎に街で連絡が取れる」と言っていた。「酒場で軽く騒動を起こせ」と。

 騒動を合図に、ラアサの配した連絡員が接触して来るのだろう。


 さて、目に付いた酒場に入ってみた。リンクスはおっさん姿に変身済み。

 何処の酒場でも良かったのだろうか?

 いやそもそも街が特定されないのに、酒場を特定出来ないか。

 酒場の名前言われても、場所知りませんけど。


 辺りをさり気なく見渡す。騒動が転がってそうな、安酒場だ。

 雇われの人工(にんく)風の男たちが、カウンターに二組、テーブルに二組。


 「麦酒二つとスーヴラキ二皿頼むなの」


 既に大分酔った風な足取りでテーブルに付いた俺達は、酒を注文する。

 リンクス、もうちょっと荒れた感じが良いと思うぞ。


 「早く持って来いってんだ、このスットコどっこいのベラボーめなのー」


 ……あーうん。俺が悪かった。


 連絡員らしき者の姿は見受けられない。

 俺達をチラチラ見ていた男も、既に興味を失って給仕の女を口説いている。


 困った。


 騒動を起こすったって、大声出して泥酔した振りも出来ない。

 暴れて喧嘩沙汰だと行き過ぎなのか?

 う〜む、アレで行ってみるか。リンクス〜。


 「ねーちゃんいいケツしてんじゃねーかなのー」


 「ちょっとやめて下さい、飲み過ぎですよお客さん」


 「いいじゃねえか減るもんでもあるまいし、ホントは好きなんだろ?なの」


 いいぞリンクス、語尾以外は完璧な演技だ。

 まるでキャバ行った時の俺の様だ。


 「よせよ、ちっちゃいの。嫌がってんだろ」

 「リンダちゃんから手を離せぇ」


 外野が参戦してきて騒動っぽくなってきた。

 セリフの無い役者である俺は、ジョッキを大きな音を立ててテーブルに置いたり、給仕の女に抱きつこうとして、足をもつれさせてテーブルごと派手にひっくり返ったりと、出来る限りの演出を頑張った。


 「何やってんだ!迷惑掛けるなら出てってくれ!」


 店全体が騒々しくなる。

 まだか。バレない様に演技しながら、視線を走らせ貼付を探す。


 店からつまみ出そうとする男を、足元が定まらない振りをして、押しのける、投げ飛ばす。それらしいコンタクトはまだ無い。


 「バッファローゲームなの!」


 「ば、ばっふぁろぅん!」


 何一撃で当ててやがる!楽しそうじゃねえか。

 リンクス、交代きぼんぬ。


 「おとなしくしろ!また酔っぱらいか!」


 笛を吹きながら登場し、俺とリンクスを抑える屈強な男達。

 制服っぽい服装に、胸のバッジ。


 かくして俺とリンクスは、酔っぱらいとしてお縄を頂戴した。

 れ……連絡員は?

ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 水曜日 20時

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