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51話 ダファー

 「はあ?自分守備隊ですんで」


 露骨に嫌そうな顔で応じたのは、ツーブロックに刈り込んだ茶の髪と、無精髭、眠そうなタレ目が印象的な二十代半ば位の男だった。


 「ぬ……キサマ、ワハイヤダ特戦隊からの転属と思って小隊長に任じたのに……働かんか!」


 怒りに顔を赤くし、頬の肉を震わせているのは、共和領ネビーズ市長アスィス。ずんぐりとした体型に過剰な肉を纏っている。


 「守備はキッチリ働いてますよ、侵攻とか仕事じゃないんで」


 タレ目の男は、地べたに座り弁当を広げている。黒いパンと、焼いた肉と野菜、シチューまである。

 男と共に四人の男女が地べたに座り、各人の背後にある機装は、各部を開き無人である事を証明している。


 「市長、命令は大隊長を通して頂かないと、指揮系統が混乱しますんで」


 ますます顔を赤くする市長を尻目に、弁当の続きを始めるタレ目の男。

 右手の拳を振り上げたままフルフルと震わせ、黒縁メガネの男の秘書に腕を引かれて馬車に戻る市長。


 「何なんだヤツの態度は!ワシは市民に選ばれし市長だぞ!」


 「彼も市民の一人です」


 「ぬ、帝国が侵攻して来るのだ!川向うの帝国の街を先に占領して先手を取るのだ!」


 市長は体中の肉という肉を震わせながら、馬車の中の物を目に付く限り蹴飛ばした。


 「それは帝国ではありません」


 「分かっとるわ!」


 嫌味なほど冷静な秘書に、余計に腹が立つ市長だったが、いつまでも我を忘れて激昂しては居られなかった。


 馬車が止まる。外には機装兵五十、鬼神十、兵士三百が整然と並んでいる。

 帝国領への出陣前に訓示を垂れる為に、大した距離でもないのに馬車に乗ってきたのだ。


 咳払いを一つして、ハンカチで汗を拭き、襟を正して馬車から降りる。

 舞台俳優もさもありなんという、わざとらしくも堂々とした歩みで列の前に立つ。


 左右に鋭く視線を放ち、咳払いをもう一つ。

 大きく息を吸い込み第一声……。


 「報告!市を挟んで反対側に魔獣の影あり!」


 「ごっほ!ごほっごほ、なんだとお!」


 警護に残した兵からの緊急の報告に、思い切りむせる市長。


 「何というタイミングの悪さだ!根こそぎ動員したこの時に!」


 「ダファーの小隊が既に迎撃に向かいました!魔獣の数は二十程、増援が必要かと思われます!」


 タイミングの悪さを嘆いた偉丈夫は、警護の兵の言葉に後ろを振り返り、整然と並ぶ隊列を見渡した。


 「大隊長!増援のご指示を!」


 「ダファー……居なかったのか、詰め所ではちゃんと居たのに」


 質問に答えたのは、警護の兵だった。


 「外壁のすぐ側で弁当を広げておりましたが、知らせを受けて真っ先に掛けて行きました!ダファーの待機は大隊長の指示だったのですか」


 そんな訳ないだろう。

 とは大隊長は言わなかった。


 「ワーヒドゥ、イスナーニはダファーの増援!指揮下に入れ。カアクは歩兵五十名を連れて市の警護!」


 指示にキビキビと動き出す兵達。

 市長が何か言いたそうに、パクパクと口を動かしていたが、秘書に促され足早に馬車へと乗り込む。


 腰に手を当てて「ふう」と大隊長は息を付く。


 「守りの時は百人力なのだが……ダファーめ」


 数時間後魔獣は追い払われ、周囲の索敵も終わり、被害らしい被害もなく事態は収拾した。


 夕方仕切り直しとなった壮行式。

 市長は青筋を立てて、隊列を前にしていた。

 誰もが市長と目を合わせようとはしなかったが、その隊列にダファー小隊の姿はやはり無かった。



 暗い通りから扉を引いて入ってきたのは、黒髪で制服の様なキチっとした灰色の服を着た、黒縁メガネの男。

 男は入り口から酒場内を見渡し、視線を定めると、背筋を伸ばし、正確なリズムを踵で刻みながら、目指す背中へと近づいた。


 「その足音はニザームだな」

 「いたなダファー」


 テーブルの人物は振り向きもせずにそう言った。

 店内は、歌と笑い声と、時折怒声が飛び交う騒がしさ。

 仮にニザームの足音が特徴的だったにしても、中々に鋭い感覚を持っている。


 テーブルで談笑していたのは、ダファーと呼ばれた男を含めて、男四人に女一人。ネビーズ守備隊機装第三小隊、ダファー小隊の面々である。


 小隊の一番小柄な男が、ダファーの隣の椅子を黒縁メガネの男ニザームに譲り、自らは隣のテーブルから空いている椅子を持って来て、座り直す。

 「どうぞ」と大きく両手を広げ、ニザームの着席を促す小柄な男。


 「オヤジ!麦酒を六つだ!」


 女がカウンターの主に大声で注文すると同時に、小隊の各人は一斉に自らのジョッキを煽る。

 残り少なかったジョッキも、今来たのではないかと思われる程、なみなみと麦酒の入ったジョッキも、一息で中身を胃袋に流し込まれ「どん」と同時に音を立てて、空のジョッキがテーブルに並ぶ。


 「まったく、良い気なものだ。市長をなだめるのに苦労したぞ」


 「豚の秘書なんかするからだ」


 やれやれ。と肩を竦めて、黒縁メガネの男は席に付いた。


 「でも、ウチら今回は手柄も立てたんだからチャラっしょ」


 先ほど大声で麦酒を注文した女が、口の端に泡を付けたまま喋る。

 二十歳前位だろうか、女にしては大柄な体、体の割に小さな顔、顔の割に大きな目が、美人とまでは言えない彼女を印象深い女にしている。


 「ピクニックさえ見られてなきゃね。大隊長が被ってくれましたよ。任命権を盾にね」


 「あの人はいい人ですんで」


 黒縁メガネの男の言葉に、タレ目の男は少しも悪びれない。

 お待ちどう!と、麦酒のジョッキが六つ運ばれてくる。


 「オヤジ、お代わり六つだ」


 配膳される側から、お代わりを注文する女。


 「コホル……おごりませんよ」


 コホルと呼ばれた女は、黒縁メガネの男を見やってニヤリとする。


 「オヤジ!テキーラありったけ持ってこい!おごらせてやるニザーム。ウチと勝負っしょ!」


 コホルの掛け声に周りの客が素早く反応し、テーブルを引き、小隊のテーブルが孤島と化す。

 湧き上がる歓声。

 大柄な女コホルと黒縁メガネの男ニザームを残して、小隊のメンツも椅子を引いてテーブルから離れると、小柄な隊員が大きなサラダボウルをテーブルの中央に二つ置く。


 コホル、ニザーム双方の前のボウルに投げ込まれる硬貨。

 ボウルに貯まる金額に、呼応するかの様に上がるボルテージ。


 店内の客全てが飲み比べに熱狂し、ジョッキや串焼き片手に「ニザームがいつまで持つか」で盛り上がっている。


 「完璧主義者が、負けず嫌いだという事を教えてあげましょう」

 

 ニザームが、メガネの中央を人差し指でクイッと上げて、キラーンと目を光らせる。


 「ウチがなんでコホルって呼ばれてるか、忘れてるっしょ」


 テキーラの樽が運ばれてきて、店内は歓声に包まれる。

 ショットグラスと切ったライムの様な果物と塩。

 ショットグラスのテキーラを一息に煽ったら、左手の親指の付け根に乗せた塩を舐め、果物をかじって口の中でクチュクチュしてゴクン。とやるのが、この店のテキーラのやり方だ。


 「審判は誰だ!次期市長と次期大隊長補佐との勝負だ!それなりの……」


 その声に、キョロキョロと周りを見渡す野次馬の視線が、次第に一箇所に集まり始める。


 そこに座っていたのは、見事な体躯に白髪交じりのロマンスグレー。


 「「「お願いします!隊長さん!」」」


 「いや、俺はいいわ。飲みながら見てる方が……」


 「「「隊長!!」」

 「「「隊長!!」」

 「「「隊長!!」」


 初めは遠慮していたロマンスグレーだったが……。


 「よーーし!ここは傭兵隊長である俺が、審判を務めさせてもらおう!」


 床を踏み鳴らす音と掛け声に後押しされて、どーーんと胸を叩いて立ち上がった。

 ジョッキを片手に持ったまま、戦場のテーブルに歩み寄り、ポケットから金貨を二枚取り出して、店内の皆に見せてからボウルに一枚ずつ入れる。


 さっすが!という声援や指笛で盛り上がる店内。

 戦場のテーブルの側に、椅子を二つ引いて来て、その椅子に立ち上がるロマンスグレーの男。


 「一つ趣向があるんだが、聞いてみるか?」


 腹に響く朗々たる声に、店内は静まり返る。

 皆、何が始まるのだろうと、好奇に満ちた顔だ。

 主役であるコホルとニザームも、顎を突き出して見上げている。


 ロマンスグレーの男は、テーブルのボウルにチラリと目をやった。

 ボウルの中身は圧倒的にコホル。オッズは二十対一だろうか。


 「見ての通り、これじゃ賭けが成立せん。そこで……」


 ここで一呼吸置く辺りが、上に立つ者の資質だろうか。皆がゴクリと息を飲んで、何を話すのかワクワクしている。


 「公正な儀式によって勝った者が、酒を飲む方式を提案する!」


 「……?」

 「公正な?」

 「儀式?そんなもんあるか?」


 「これ即ち!ジャンケンポーーンでグビッの儀式と言う!」


 「「「おお!!」」

 「グビッって良いな」

 「ジャンケンポーーンってなんだ?」

 「俺は知らん」


 ロマンスグレーの男はこれがグーでパーに勝ってだな……と説明をし、ジャンケンポーーンに負ければ一滴も酒を飲めない事、ジャンケンポーーンに勝ちすぎても飲み比べに負ける確率が増す事を説明し、こう締めくくった。


 「儀式に勝ち、尚且つ飲み比べにも勝ったならば、その者は真の勝者だ」


 「「「おおおお!!」」」

 「飲み比べには勝ちたいが、儀式で負け続けるのも嫌だな!」

 「それも作戦だろう」

 「いやそもそも狙って負けるとか難しいだろ」


 「「「奥ふけえええええ」」」

 「「「完全勝利かっこいい!」」」


 皆の完全な賛同が得られたのを満足そうに見渡し、ロマンスグレーの男は椅子に腰を下ろした。


 「両者共依存は無いな?」


 「中々面白い事を考えますね、これなら勝負として成立する」

 「完全勝利あるのみ!」


 「「ふふふふ」」


 不敵に笑い合う二人の間には、硬貨が飛び交う。


 このルールならニザームが勝つ可能性もある、となればオッズは魅力だ。

 ニザームに賭ける方のボウルがぐんぐん満たされて行く。かと思いきや、それでもやはりコホルだろうと、コホルに賭けるボウルも満たされて行く。


 「はあ?凄え事になって来たな」

 「賭けが成立しちまいましたね」


 ニヤけ半分、困惑半分の顔でテーブルを眺めるダファーと小隊員。


 「流石だな、あの男が隊長を務めたトラゴスの傭兵団は、三十人を越す鬼神がいて、争いが無かったと聞くぞ」


 「本当ですか小隊長?対抗意識の塊みたいな鬼神が?」


 「それ程の人が、ここネビーズに良く来てくれましたね」


 「何でも配下の鬼神達が、誰一人契約を更新しなかったらしい。トラゴス側に問題でもあったんじゃないか?」


 ダファーと小柄な男の会話を、ふむふむと聞く小隊員の二人。


 「私はグーを出す。完全勝利を望むならチョキを出すのだな」


 「おう!一滴も飲ませずに、カピカピにしてやるっしょ!」


 ゴクゴクと喉を鳴らして、ジョッキを煽るロマンスグレーの男。

 ぶは〜っと二人に呼気を放つ。

 掲げられた空のジョッキは、すぐさま満たされたジョッキと交換された。


 「俺は飲みながらやらせてもらう」


 「く〜〜ありゃ飲めないのも辛いな」

 「演出がエグイぜ〜〜」


 「それでは!ジャーンケーンポーーーン」


 コホルとニザームが出した手に、伸び上がって注目する客。


 「……」

 「あれはどうなんだっけ?」


 二人が出したのは、互いにパー。


 「アイコだ!」

 「二人共嘘を付いたのか?」

 「心理戦だよ、もう戦いは始まってるのさ」


 「「「ジャンケンポーーン奥ふけえええ!」」」


 戦場のテーブルに付く二人は、たいそう飲み込みが速く、アイコも途中からショ!ショ!の短縮型になり、腰を上げてテンポを上げて繰り出されるジャンケンポーンに、テキーラの飲みも必然的に早くなった。


 テキーラの樽が空になり、向かいのライバル店に割高のテキーラを一樽買いに行き。その樽も傾けて注ぐに至った時勝負は付いた。


 「完璧主義を舐めるなよ……完璧に私の……」


 ばたん


 テーブルにしがみついて、頑なに負けを拒否し続けていた黒縁メガネの男、ニザームがついに天を仰いで倒れた。


 「勝者!コホル!」


 酒場に溢れる歓声と足を踏み鳴らす音。勝者コホルと、この素晴らしい勝負を演出したロマンスグレーの傭兵隊長に、惜しみない拍手が送られた。


 酒場の主がニザームの前に置かれたボウルを抱え、その中から金貨と銀貨を選んでコホルのボウルに移して「これで十分ですよ」とカウンターに戻る。

 主のきっぷの良さに指笛が鳴らされ、主も手を上げて答える。


 コホルの前に残されたボウルには、大量の硬貨が入っている。

 その殆どがクルシュ銅貨だが、中には数十枚の銀貨、そして傭兵隊長が入れた金貨も混じっている。


 本来は勝者が一掴みを戦利品として収め、残りを配当するのだが……。


 「こいつで朝まで飲み明かすっしょ!」


 「そうこなくちゃ!」

 「さっすがコホル嬢!」


 最近では、配当など面倒な事はせずに、その金で店の酒を飲めるだけ飲むのが流行っている。勝者は勝者の名誉、敗者は挑戦者の名誉、そして賭けの参加者は娯楽として納得ずくで金を賭ける。

 誰もが何も失わない大人の遊び。それが酒場だった。


 程なくして目を覚ましたニザームも交えて、大宴会は朝まで続いた。


 この日この酒場に来ていた者の殆どは、明日から帝国領に遠征に出る下級兵士だった。彼らにとって今夜の馬鹿騒ぎは、市長の演説などより余程記憶に残る壮行会となったのである。



 ジャンケーーンの歴史がまた一ページ。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 水曜日 20時


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