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50話 特務

 「お帰りなさいませアニキ様、あまりに遅いので心配しました」


 一旦家に帰った俺達は、鉄子の出迎えを受けた。

 疲れた表情に目の下の隈、コーヒーの匂い。

 寝ずに待ってたのか……悪いことしたな。


 「朝食はどうしましょう?簡単な物しか出来ませんが」


 「王様と朝マ○クして来たの」

 「朝マ?陛下とご一緒だったのですか。お休みになりますよね、一度城に行って予定を確認してまいります」


 俺はグーを上げて鉄子を止める。

 小指立てる。チョキ。オーライオーライ。


 「リースですね、呼んで来ます」


 鉄子は優秀だ。

 ちなみに小指から人差し指でアフマルだ。


 「おはよう……お兄さん」

 「おはよう!兄ちゃん」


 数分後、眠そうなリースが目を擦りながら居間にやってきた。

 アフマルは朝から元気だ。


 二人が座ってから話し始める。リンクスが。


 「ワハイヤダ死んだの」


 二人の反応は鈍かった。リースはまだ頭が寝ているのか、リンクスを見て、俺を見て、アフマルを見て、もう一度リンクスを見た。


 「ワハイヤダ死んだの」


 「死んだ……アイツ……死んだんだ」


 リースは胸の前で指を組み、静かに祈りを捧げた。


 「ママがあの世でワハイヤダをせっかんするんだよ!」


 折檻とはアフマル難しい言葉知ってるな。

 本来の意味は「体罰や懲らしめ」じゃなくて、正当な理由で「厳しく忠告する」ことだったかな。


 そこまで行って、俺はやっと思い至った。


 アフマルは事ある毎にワハイヤダに折檻されてたのではないか。

 コキノスに対して優位を保つ為に。


 武器の試験で村を滅ぼされたリース。

 人質として監禁されていたアフマル。

 どちらも、ワハイヤダによって人生を狂わされた被害者だ。


 「ありがとう、お兄さん」

 「ボクからもありがとう、兄ちゃん!」


 素直に喜ぶアフマルに比べて、リースは何処と無く冴えない顔をしている。まだ眠かったかな?


 「では城に行って予定を確認してまいります」


 親指、人差し指、目の上にひさし作る。


 「シルシラさんは朝市に行きました。そろそろ戻るかと」


 くるり


 「え?え?アニキ様?いったい?」


 俺は鉄子に背中を向けて服を脱ぐ。


 コッツ!コッツ!


 俺の左腕から電気の様な痛みが走り、赤黒い鱗がメキメキと全身を覆う。

 視線が徐々に高くなり、振り返ると鉄子が縮んでゆくようだ。

 ドンと伸びた尾が床を一叩きして、俺は深く息を付く。


 「ス……スベスベでヒンヤリでモフ……ぎゃ!」


 鉄子が暴走する前に右手で頭を掴む。アイアンクローだ。


 「モードCなの」

 「うわ〜兄ちゃんカッコイイ!」

 「アタイ、脱いだ服たたむし」


 目をキラキラさせるアフマルと、俺が脱いだ服をいそいそと畳むリース。


 「アニキ様、もうちょっと指ずらして、荘厳なお姿が拝見出来ません」


 『暴走するからダメだ』


 「……なんて優しいお声……」


 鉄子は力を抜いて、鱗に覆われた俺の右手にそっと両手を添えた。


 『クアッダ王の特命で急ぎ出立する。戻りは分からんが、シルシラと二人でチビ達の面倒頼めるか』


 「秘書であるこの鉄子にお任せ下さい。お戻りの頃にはリースの寝坊もアフマルのおねしょも完璧に直しておきましょう」


 「うわあああ鉄子!それ内緒でしょ!」


 アフマルが顔を真赤にして、両手を振り回してジタバタしている。

 リンクスとリースがアフマルをジト目で見てる。

 仲良くやってるじゃないか。


 俺は鉄子に特命の内容を告げる。鉄子なら口外する筈もないし、連絡係を務めてもらうこともあるかも知れない。


 「あの、アニキ様。一つお願いが……」


 『なんだ?』

 「モフモフさせて!」


 やっぱ鉄子だった。リンクスを見ると、右手でOの字を作っている。

 いやCか、親指と人差指の間がほ〜〜んのちょび〜〜と開いている。


 『ちょっとだけだぞ』

 「ありがふん!モフモフくんかくんか」


 言い終わらない内に、鉄子は俺のたてがみに顔をうずめた。こいつはホントに良く分からん。

 ふと見ると、アフマルとリースが頭をくっつけて、期待に満ちた目で俺を見上げている。


 「ボクも兄ちゃんの声聞きたい」

 「アタイも聞きたいし」


 二人で頭くっつけてるって事は、二人いっぺんに手を乗せろって事か?

 アフマルとリース……イメージ……。


 『……どうだ?二人共聞こえるか?』


 「やったぁ!」

 「うん、優しい声……」


 『みんな仲良くしてるんだぞ』


 「「は〜〜い」」


 「リンクスもなの」


 張り合ったリンクスは、肩車の様に俺の首に絡みついた。


 「只今モどり、うお!ご主人サマどうしたのでス、その姿……オレも!」


 買い出しの荷物を床に投げ出して、シルシラまでもギュに参加。第二回家族でギュ大会になってしまった。

 シルシラ、お前コレ好きだろ。


 「タイムアップなの〜〜」

 「痛い痛い!もがないで!」


 「お兄さんどこか行くの?」


 『止に』


 「「何を?」」


 『……戦争』


 「「……戦……争」」


 その言葉に、神妙な面持ちになる一同。

 鉄子が胸の前で両手を組み、両膝を付く。

 シルシラが、ちびっ子が、それに習う。


 「お早いお帰りを」

 「「「お早いお帰りを」」」


 三人が目を伏せて俺とリンクスの無事を祈る。

 丁度その時朝日が差し込んで、部屋の空気が透明感を増す。

 ちょっと感動的な場面だが、死亡フラグじゃあるまいな。


 コッツ!コッツ!


 皆が目を開けた時、俺は人型に戻っていた。パンツだけは何とか間に合った。鉄子に二度目の暴走はさせない。露骨に残念そうな顔止めなさい。



 昨日と変わらぬ月が街道をてらしている。

 シロとクロは以前にも増して快足を飛ばし、峠越え旅程の二日分を一日で走破していた。もう少し早くなったら「アカ」と「ツノ」と呼んでやろう。


 深夜頃、山の中腹に程よい岩場を見つけた俺達は、野営する事にした。リンクスにいつもの穴を掘って貰い、今朝から数えて五回目の食事をした。


 やけに腹が減ると思ったら、寝てなかった。

 徹夜でこんなに食欲あるとか、俺もまだまだ若いな。


 「牛○ひっと筋三百ね〜ん、旨いの、早いの、やっすいの〜」


 狼牛喰ってるリンクスはごきげんだが、早旨安だったと思うぞ。

 鉄子が準備してくれた鞄は、調味料から発火具等のサバイバル品まで万全の品揃えだ。金と宝石も入ってた。


 シロ、クロが見ている

 肉をあげる  はい  >いいえ


 シロ、クロが見ている

 肉をあげる  はい  >いいえ


 お前らこないだ肉喰ったときゲッゲしてたじゃん。

 取り敢えず前足をやる。あ、ひき肉にしてやらんと喰えんか。


 もきゅもきゅ


 ……フツーに食べてますけど。噛み付いて喰いちぎってもきゅもきゅと。

 ちょっと見せろ。

 おれはシロの口を開く。……犬歯生えてる。

 リニュー感染しちゃった?生肉喰ったから?感染したらどうなるかリースに聞いときゃ良かったな。


 ああ、すまん。よだれがエライことなってた。


 外に出て月を見上げる。

 十五夜を思わせる見事な月だ。

 一陣の風が俺の後方から吹き、落ち葉が舞う。


 チッチッチッ


 俺は振り返る事無く、後ろから飛んで来た落ち葉を、顔の横で掴む。

 最近は飛竜型じゃ無いときも、感覚が研ぎ澄まされて来た気がする。

 それでも……あの黒衣の男の動きはまるで捉えられなかった。


 ヤツが何処の誰でも関係ない、次に会う時までに何かしら突破口を見つけておかなければ。ヤツとはまた会う気がする、だが勝てる気はしない。


 ふと見ると掴んだ落ち葉が色付いている。

 葉で樹木の名は分からないが、広葉樹だろう。

 標高も高いかも知れないが、秋なのか?戦争は秋の収穫が終わってからが多いんだっけ?


 季節の移ろいよりも、人の争いの歴史の方が流れが早い……か。


 『リンクス、本気モードで頼む』


 『フルボッコるの』


 俺とリンクスは日課の稽古に励む。ハードルを上げて。


 『お主もまだまだよのう〜なの』


 フルボッコられた。

 黒衣の男以前に、本気モードリンクスを攻略せんと。


 そしてクタクタになってから、変身。

 ……あれ?今日はちょっと軽い気がする。

 何が違うんだろう、そう言えば初めて飛竜型なった時も軽かったな。

 ……う〜ん、分からん。観察日記でも付ければいいんだろうか。


 そして飛行訓練。

 何とか滑空が出来る様になってきた。


 翼の断面をイメージして上面を盛り上げる様に羽一枚一枚を意識する。

 翼の表面を滑る風に速度差が生まれると、ちょっと翼を持ち上げてくれる。

 だが、落ちてきた高度を上げようと翼を起こすと、風が剥離して失速。


 「あははは、ギュ〜ンど〜んなの」


 現在に至る……と。

 俺もリンクスも、土と落ち葉にまみれている。

 

 腕の中のリンクスが、何回墜落しても楽しそうなんで、めげずにトライ出来るのが救いだな。

 今の所、離陸は飛び降り式。速度と揚力と抗力のイメージがいまいち出来ていない。フレミング?いや、アレは電・磁・力だったか。

 今度バードウォッチングだな。



 翌朝、日の出と共に出発した俺達。

 ラアサの地図を元に、山越えの道を進んでいたのだが。


 「橋無いの」


 息を呑む程の絶景が広がっていた。

 白い岩肌を、天空から剣で真っ二つにしたような断崖。

 遥下方、音を立てて速く激しく流れる激流は、白い飛沫の糸を上げている。

 幅百メートル程の渓谷。そこに掛かっている筈の吊り橋が無い。


 下の激流まで降りる道ないかな、と渓谷を見下ろしていると、対岸に人影がある。

 姿勢を低くして様子を伺う。


 あれがラアサの言っていた部隊か。


 帝国軍特務遊撃隊。


 部隊規模は五百人程。

 全員が騎乗で非常に高い機動性を持ち、軍国主義の帝国にあって比較的自由な作戦行動が許された、特殊な部隊。


 部隊長のプトーコスは決断力と行動力に優れ、命令系統から比較的自由なため、行動が読みにくい。

 ラアサの頼みというのは、この部隊の行動を、詐害して欲しいと言うものだった。


 帝国が共和国と戦端を開くとなれば、クアッダの介入を防ぐ為に国境の橋を落とし、後顧の憂いをまず断つだろう。そこで待ち構えて居れば遊撃隊と接触出来るだろう。とラアサは言っていた。

 予想より向こうの行動が二日程早いが、流石ラアサ、予想的中だ。


 クアッダ王国は、進軍を開始した帝国軍、迎撃準備に入った共和国軍の双方に妨害工作をしながら、中立の各王国に急使を送り、第三勢力の結集を急いでいる。


 戦争を回避するための一時的な同盟。

 三竦みの状態を作り、戦争に勝っても疲弊した所を第三勢力が寄ってたかって打ち滅ぼすぞと、だから戦争は止めとけ。と思い止まらせる戦略である。


 ただそれも、大規模な戦闘が開始されてからでは遅い。

 一度始まってしまえば、後は憎しみと悲しみの連鎖が坂道を転げ落ちる。

 絶望と言う名の冷静さが訪れるまでに、どれだけの命が散る事になるのか。


 それでも武器を持った物同士が命を散らすのは良い。お互いに覚悟の上だ。だが実際は武器を持たない者が、最も多く果てるのが戦争だ。

 だからこそ、未然に対して全力を注がなくてはならない。


 視認できる遊撃隊二十名程が、渓谷に沿って下流方向に移動を開始する。

 渓谷を挟んで、見つからない様に追跡を開始する俺達。

 シロとクロは事情を理解出来る様で、鳴き声はおろか鼻も鳴らさない。


 丸一日追跡して、遊撃隊の行動を観察する。

 非常によく統制訓練された部隊に見えた。

 行動が機敏で、無駄口も無く、常に緊張感を保って行動している。


 渓谷の幅がいくらか狭くなった所には、誰が掛けたのか、粗末な吊り橋が所々に掛かっていた。

 遊撃隊は全ての橋を落とし、且つボウガン等で縄を掛けられない様に、崖付近の樹木も伐採してゆく。


 夕方、遊撃隊が野営をしたのを確認して、半日程上流に戻る。

 渓谷の幅が五十メートル程の場所。

 吊り橋は無論落とされていたが、この幅なら……。


 まずはモードD飛竜型に変身。足にロープを括る。

 シロとクロの二頭に立ち乗りして、全速で渓谷へと突き進む。

 十分な速度が付いてから、更に前方へと跳ぶ。

 跳んだ先ではリンクスが両足を上げて待っている。


 「スカイラ○ハリケーンなのー!」


 猛スピードで突っ込んできた俺を、リンクスは更に加速させながら上方へと蹴り上げる。

 心が折れそうな程痛い。

 俺は放物線の頂点付近で翼を広げ、滑空姿勢に移る。


 そう、俺達が試したのはカタパルト。

 それも三段式カタパルトだ。

 頭の中の音楽は当然TOP☆○UNのテーマだ。


 徐々に対岸が迫るが、高度も落ちてきた。角までギリじゃね?コレ。

 あの角が俺のデンジャーゾーンなのか!


 焦るな俺、焦って翼を起こしたら、抗力に負けて失速する。

 もうちょっとだ!頑張れ俺のトムキャット!


 ガッシ!


 俺は辛うじてデンジャーゾーンに片手を掛け、対岸に這い上がった。


 『やった!なの』


 俺は崖から奥に進んで大木にロープを括り、レスキュー隊よろしくシロとクロを対岸まで運んだ。


 『アーアアーーーなのーー!』


 対岸でロープの端を握ったリンクスが渓谷ターザンする。

 めっさ楽しそうだ。俺もやりたかった。

 振り返ると、シロとクロも羨ましそうに見ていた。


 平和になったら、バンジーで儲けようと心に誓った俺であった。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 日曜日 20時

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