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49話 黒き絶望

 「豪華な顔ぶれだな。ドラゴンが二匹に勇者が三人とは」


 俺達の前に現れた黒衣の男はそう言った。


 勇者もドラゴンも、まるで路傍の石ころ。そんな物言いに聞こえた。

 驚愕も恐怖もなく、口先だけは豪華と。


 只者じゃ無いのは見ただけで分かった。

 問題なのは、どの位只者じゃ無いかが分からない事だ。


 俺は恐怖している筈だ。なのに、それなのに俺の中の殺意が「アイツヲ喰ラエ」とけしかける。

 ふざけんな、喰われるイメージしか無いわ。


 リンクスがオノマで姿を消しているにも関わらず、ドラゴン二匹と言いやがった。バレてるのが分かってもリンクスは姿を表さない。

 つまりリンクスが危険だと感じているんだ。


 「その黒い鎧……テメェなにもんだ!」


 「……よせ」


 「我らはヒエレウスの勇者、メントル、カログリア、ニキティスです。翼竜と幼竜に手こずっておりました。人として助太刀頂けますな」


 黒衣の男は答えない。

 ただ値踏みでもするように、三人の勇者を見ている。

 苛立った青が再び口を開く。


 「こちらが名乗ったのだ。そちらも名乗るのが筋なのだよ」


 「やってみせろ」


 「なに?」


 「ドラゴンを狩っていたのだろう?どの程度出来るかやってみせろ」


 「なんだとテメェ!人間なら味方して当然だろうが!」


 「足を引っ張るだけの弱い味方は、必要無いのでな」


 「どのぐれぇ弱ええか見せてやる!」


 弱いと(そし)られ、赤は黒衣の男に襲いかかった。


 カクン


 直線的ではあったが、素晴らしい速さで距離を詰めた赤が、その間合いに入ろうかとしたその時。

 赤はまるで糸の切れた操り人形の様に、地に伏した。


 「所詮は人形か」


 黒衣の男が何かしたのは間違いない。

 だが、何をしたのかが皆目見当も付かない。

 この距離で見ていても、動いた事が分からなかったのだ。


 ボコッ


 ん?この音は鎧が凹みを修復する時の……胸の辺りからか?

 おい!白、青、助けろ!心臓止まってるぞ!


 勇者達は完全に気を飲まれて動けない。

 チッ。


 俺は黒衣の男の真後ろから迫る。

 集中、集中。そしてつま先を注視。


 人の意思はつま先に出ると、タクシーの運ちゃんが言っていた。

 上半身だけ振り返っているヤツより、つま先が車道を向いているヤツが良く手を上げると。

 武術にも通ずる筈だ。つま先が相手に真っ直ぐ向いて居なければ、腰の入った一撃は撃てない。


 離れて見ていても動きが見えなかった以上、動きの予想の元になりそうなものに賭けるしか無い。分が悪いのは承知の上だ。


 「ん?良く分からないな」


 黒衣の男は振り返り、低い位置からの俺の突き上げを、上体を反らして躱した。

 つま先はまだ横。

 俺は更に踏み込んで、尻尾で足を刈る。


 ブウンン


 唸りを生じて尻尾は空を切った。

 黒衣の男は頭の位置を少しもズラす事無く、両足を上げ、尻尾をやり過ごし、着地した。

 つま先正面。

 やべ、来る。


 だが俺は回転を止めない。

 前進の勢いもそのままに、更にもう一回転して、地に伏せている赤を尻尾で弾き飛ばす、そして左腕の盾を心臓の前に。


 ヴン


 ぐお!腕持ってかれた?盾に鈍い振動が走り、俺は左腕が飛び散ったかとの錯覚を覚えて、飛び退った。

 腕はある。だが感覚は無い。


 『お兄ちゃん!無茶しないでなの!』


 『あぁ、無茶だったな。赤、蘇生してくれ』


 リンクスが赤の側に姿を表し、左胸に「どごん」と一発見舞った。


 「ぐっ……かはっ」


 「……退け」


 白がレイピアを振るって赤に駆け寄り、リンクスは俺の側に跳んで来た。

 肩で息をする赤。


 俺とリンクスは「少しでも」と青を使って黒衣を挟む位置に移動する。


 「翼の幼竜……面白いな。殴った感触もだが、今の動き……赤の人形を助ける為の行動か?」


 黒衣の男は、自らの拳をチラリと見た。


 正拳突きだったらしい。

 まるで見えなかったが、一撃で勇者を倒す攻撃があるなら、俺も同じ技を使う。攻撃は心臓とヤマを張らせてもらった。


 博打打ち舐めんなよ。


 盾は何とも無い。勇者の鎧よか俺の左腕の盾が硬いって事だな。


 『今の攻撃見えたか?』


 『立ってたの』


 至近距離の俺でも、離れてたリンクスでも見えてないとなると……単純に「ちょっぱや」かよ。こんなんムリゲーやで。


 「ゲホッゲホッ……はぁ、綺麗なお花畑があってさ……向こうで誰かが呼んでんだゼ……楽になれるよって」


 「……ニキ……ティス」


 「ニキティス!無事なのだな!」


 赤は丹波○郎と会っていたようだ。

 良かったな貴重な経験出来て、俺は遠慮するけどな。


 「敵では無いのか?うぬら。翼の幼竜よ、うぬの戦い方ドラゴンのものでは無いな。誰か高名な武道家でも喰らったか……名を聞いてやろう」


 はぁ?人喰って強くなるかよ。

 人喰ってるのはオメエの態度だよ。

 どんだけ高高度から見下ろしてんだ。


 だがこれは逃げを打つチャンスか。

 リンクスにちょっと頑張って貰わんと。


 「所詮は畜生、人の言葉は分からんか」


 黒衣の男が俺の方に一歩踏み出す。

 リンクスと青が一歩退くが、赤は白の肩を借りてようやく立ち上がった所だ。ってか退くなよ、青。


 「お兄ちゃんの言葉を伝えるの」


 「お兄ちゃん?翼の幼竜は話さんのか」


 「この世界のニンゲンはなぜ、ドラゴンを恐れ憎むのか。なの」


 黒衣の男は足を止めた。

 よし、掴みはおっけーだ。


 「この世界だと?そこの人形共から何か聞いたか?いや違うな。うぬは何を見た」


 彫りの深い目、その奥の三白眼が俺を睨む。

 黒目ちっちゃくて怖えんですけど。


 「質問に質問とかダメなの、政治家でもハッキリ答えるの」


 黒衣の男の口端が、片方だけ釣り上がる。

 極悪な顔してんなぁ。街歩いてたら「お巡りさんコイツです」って速攻指指されそうな悪人顔だ。


 「はっ、面白い。確かに質問に質問はダメだな。うぬが面白いのか、代わりに話している幼竜が面白いのか」


 「リン……」

 『名乗るな!』


 「……太郎……なの……」


 は?リンクス……咄嗟に何いってんの?


 「やっと最初の質問に答えたか、リンタロウ。なら、うぬの質問に答えてやる。ドラゴンは全てを喰らうからだ、ひとたび成竜となれば結界を帯びて、滅ぼすのが容易では無い。ドラゴンを四匹集めて結界を崩すなど言い伝えだ」


 リンタロウって俺か?スリー○インかよ!

 ……まあ良い、いや、よくは無いがこんなヤバイ奴に、名前を知られる訳には行かない。


 この交渉の落とし所は「面白いヤツだ今回は見逃してやろう」だ。

 あるいは「急用が出来た」でも「おっと誰か来たようだ」でもいい。

 とにかく戦ったら勝ち目は無い。

 交渉で失敗しても逃げる準備の時間は稼ぐ。


 逃げる時、最初に動くなよ。


 生き物は本能的に、一番最初に逃げるヤツを追う事が多いからな。

 サツに追われそうになったら、他のヤツを追ったのを見てから、反対に逃げるんだ。分かったな。

 

 『ごめんなさいなの……リン太郎……』


 お前が言うな!

 今めっちゃヤバイ奴と話してるって、忘れそうになる。


 「何故お前は襲ってくるの?お前はドラゴン恐れてないなの」


 「言い掛かりだな。リンタロウも赤の人形も襲ってきたから返り討ちにしただけだ。」


 ヤバイ、黒衣の男が不機嫌になった。

 そうだっけ?襲ってないっけ?……そんな気もする。


 「ヒエレウスの作った人形が、どの程度やれるか見たかっただけだ。だが……リンタロウは敵すらも助け……戦い方は特異。本気で掛かって……」


 まずい流れだ!


 ん?黒衣の男が、あさっての方を見ている。


 「……呼ばれた。成竜になったら殺しに行ってやる。せいぜい生き延びろ」


 黒衣の男は、チラリと勇者三人に目をやる。


 「お前ら程度では長く無い。所詮盗作だ、野垂れ死ね」


 釣られて勇者を見て、視線を戻すと……そこに黒衣の男の姿は無かった。

 俺とリンクスは咄嗟に背中を合わせ、周囲を警戒する。


 三十分か、一時間か……あるいは五分程度かも知れない。

 俺達にとって、長い長い緊張の時間が過ぎた。


 ぐぅぅぅうう


 盛大に腹の虫を泣かせたのは、リンクスだ。

 俺自身もパラペコに気付く。


 警戒を解くと、同じように背中合わせで警戒していた勇者達が、大きく息を吐く。肺の中が空っぽになるんじゃないかって位、大きく吐く。

 青は片膝を付いた。一番緊張してたからな。


 「……助かった……」

 「一体何者なのだ」

 「綺麗なお花畑だったなぁ」


 さて、腹ペコだしご飯狩ってから帰るか。


 『もう無茶ダメなの』


 ああ、悪かったよ。でも助かったのは、リンクスが上手く交渉してくれたお陰だ。ありがとな。


 今にして思えば確かに無茶が過ぎたと思う。

 たったの二発。

 黒衣の男はたった二回しか攻撃していない。


 だが絶望を感じさせるのに、十分な二発だった。

 少しは強くなったかと思ったが、あんなのが居たんじゃ俺なんかモブだ。

 奴に狙われた時に、リンクスを守る手立てが何一つ浮かばない。

 大体にして、奴がどの位強いのかすら分からないとか。


 ……チカラ……かぁ。


 チカラがあれば、確かにリンクスも守れるし、戦争だって回避出来るかも知れない。だが……俺は心が弱い。自分を見失うヤツがチカラを持っちゃあいけない。


 心ったってどうやって鍛えるよ。寺、滝、精神と時○の部屋……は違うか。


 空も明るくなり始めた、「しらじらと」とか言うんだっけ?紫にしか見えんが。

 歩き始めた途端。


 「待て!まだ勝負は着いてないゼ!」


 はぁ?


 「ちょっと邪魔が入ったが勇者の名にかけてキサマを倒す!リンタロウ覚悟!」


 ソコ聞いてたのかよ。

 ちょっと邪魔がって……死に掛けてたじゃん。

 ワハイヤダの部隊襲った時、お前を助けたかは知らんが、今回は間違いなく助けたからな。


 「いや、ニキティスお前をだな」

 「……覚悟」


 「カログリア!見ていただろう、彼らは」


 「そっちも増えたが、こっちもカログリアが来たからな!本来の合体攻撃見せてやるゼ!」


 記憶障害なのか?

 初志貫徹なのか?


 ……勇者……。

 不屈すぎるだろ!


 『朝ごはんコレにする?』


 それでも良い気がしてきた。

 


 『双竜撃なのーー!』

 「ぐあああぁぁぁ」


 第二ラウンドはあっさり終わった。

 本来の合体攻撃など見てやる義理もない。


 赤攻撃>俺防御>リンクス蹴り上げ。からの。

 俺白飛ばす&リンクス青飛ばす。からの。

 落ちてきた赤に双竜撃。


 一撃で決まった。二撃目を加えようと距離を取った俺達の中央で、赤の鎧はパーツ毎にバラバラになって、体から剥がれ落ちた。

 次いで崩れ落ちる赤。さっきも見たような倒れ方だな。


 ん?黒衣の男の攻撃って……いや、赤が倒れる時は毎回こうなのかも知れんしな。


 「どや!なの!」


 リンクスが白に向けて、コレでもかと胸を反らしている。

 めっちゃ嬉しそうだ。俺も青に向けて反らしてみる。


 「ニ……ニキティス……」

 「勇者の鎧が剥がれるなど……何なのだあの攻撃は……」


 戦いに満足しても、腹は空腹だ。もういいだろう、行くかリンクス。


 「よくも……仇は……討つ」

 「ニキティスの恨み!!」


 いや!死んでねーし!てか死んだと思ったらむしろ諦めろよ!

 勝手に燃える展開やめてくれ!不屈ウゼェェェエエエ!


 結局数度の失敗を挟んで、三人共双竜撃喰らわしたった。

 白のレイピア喰らった時は、体に風穴が開いたかと思ったが。


 もうすぐ夜が明ける。


 『朝ごはん狩る時間無くなっちゃったな、悪いが先に城に行きたい』


 『後で狼牛狩りに行こ!なの』


 俺達は気絶した勇者達を放置して、城に急いだ。


 鎧の剥がれ落ちた勇者は三人が三人共「まっぱ」だったが、股間に面を乗せて放置した。俺的には葉っぱが良かったんだが。


 ちなみに白の全裸は綺麗すぎてエロく無かった。不思議だ。

 暫し見とれたが、リンクスも足踏まなかった。


 姿を消して、城の中庭まで忍び込み、ベランダに登る。

 先日俺とリンクスが墜落事故を起こした、中庭のベランダだ。


 ベランダの植木の影に置かれた呼び鈴を鳴らして、待つこと数分。


 「うお!この様な時間に、その様なお姿で如何なされたのです」


 老執事は俺の姿を見て驚いた。

 この呼び鈴は俺達の秘密の連絡方法だ。日が落ちている間は誰も中庭に近付かない様に通達されている。


 俺は老執事の頭に右手を乗せて、今夜城に宿泊している筈のラアサを呼び出して貰う。


 「うお!ジョーズどうした?そんなナリのまんまで」


 俺はラアサの頭に手を乗せて、手短に説明する。


 「勇者が?……黒衣の男?……鬼神使って?なるほど直ぐにやろう」


 ラアサは走ってその場を立ち去った。

 入れ違いに戻ってきた老執事の手には、男物の衣服が一着。流石だ。


 人型に戻って衣服を着ると、クアッダ王が「一緒に朝食を」と言っているらしい。もうちょっと早く言ってくれよ。飛竜型なら話も早かったのに。

 いや、一国の主の頭に、手なんか乗せられんか。

 早く帰りたい気もしたが、空腹には勝てなかった。ゴチになりやす。


 俺とリンクスは橋を掛けた。

 口とテーブルの間に。


 最初、何度か声を掛けて、話を聞こうとしていたクアッダ王だが、俺とリンクスのあまりの食いっぷりに諦め顔で笑い。ひと心地付くまで自分も食事に専念した。


 「他の方が同席されている時は、お願い致します」


 分かってますとも。国王に話し掛けられて食い気優先とか不敬だものな。

 分かってましたとも……気を付けよう。


 かくして俺達は、リンクスを介して今朝までの情報を共有し、クアッダ王からも嬉しい知らせがもたらされた。


 ナツメ商会、序列第四位ワハイヤダの死である。

 表向きには未だ所在は知れず、序列の変更もなされていなが、ラアサの枝による確かな情報だそうだ。


 良かったな。リース、アフマル……そしてコキノス。

 これで俺も掘られる心配は無くなったな。


 日が完全に登る直前、ラアサが朝食の席に現れた。

 老執事にコーヒーを頼むと、自分で壁際から椅子を持って来て俺の横に座る。椅子が後ろ前だが、背もたれに腕を乗せて、その上に顎を乗せた姿勢がやけに良く似合う。


 「ほっぺたにソース付いてるぜぇ。それと頼みがあるんだ」


 ニヤリと笑ってから、椅子を戻して座り直す。

 ヌケサク顔で頼み事って、嫌な予感しかしない。


 「陛下、ジョーズの案、全て完了致しました。それと今しがた入った情報です。帝国が進軍を開始しました」


 それは唐突に告げられた開戦。


 戦争だ。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 水曜日 20時

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