48話 ドラゴンと勇者と
白銀の勇者カログリアと、幼竜リンクスの戦いは、常識という大河の向こう側で行われていた。
脈々と流れ続け、逆らう事も超えることも易くない大河。
常人では、目で追うことすらも困難な速さで打ち交わされる斬撃。
二手三手先に対してのフェイント。
名人の域に達した舞踏家が、最高の舞台を得て、自らの限界を越えてゆく時のような美しい舞。
二人の卓越した戦士の戦いは、美しかった。
武器の影が映る程に、紙一重で行われる回避。
空気が裂けるのではないかと思われる程に鋭い斬撃。
二人の戦いぶりは似ていた。
徹底した回避。防御は回避限界を超えた時のみ。
防御に四肢を使わない代わりに、回避は反撃に直結し、反撃はまたも回避によって阻まれる。
お互いが手を伸ばせば、握手出来そうな距離を保ちながら、一撃で命を刈り取る攻撃を放ちあっている。
リンクスの漆黒の短槍は、突き刺した対象に強烈な神経毒を与え、心臓麻痺に耐えたとしても、視聴覚相換の状態異常を引き起こす。
カログリアのレイピアは、鍔元の穴に三つの風のオノマを仕込み、先端で軽く突いただけで、地面に深さニメートルもの拳大の穴を穿つ。
カログリアは、神経が研ぎ覚まされていく様を感じていた。
前回、月下の乱戦においてカログリアは、リボンの幼竜のあまりにも竜とかけ離れた戦い方に面食らったが、今回は違う。
あれから何度も何度もイメージトレーニングをし、有効であろう動きを鍛錬してきた。
今までどんな魔獣と戦ってても、決して得ることの無かった感覚。
カログリアは、戦いの中で高揚してゆく自分を感じていた。
カログリアはふと気付く。
自分がメロディーを口ずさんでいる事に。
なんのメロディーかは分からない。時折魔獣の駆逐が済んだ時に口から溢れてくるメロディー。
「今日のカロ楽しそうなの」
そうか。
と今更ながらに気付く。
駆逐後はそれなりに機嫌が良かったのだ、と。
そして今、戦闘の最中。既に最高に気分が良い。メロディーが自然と口から流れているのだから。
その夜、カログリアは産まれて初めて笑った。
月の光を反射した白銀の鎧に照らされ、その笑顔は透き通る程の美しさを放っていた。
『リンクス?』
『あ、お兄ちゃんだいじょぶ?』
『お前は大丈夫なのか?歌が聞こえなくなったから心配したぞ』
『歌聴いてたの』
◇
良かった。リンクスは何事も無かったらしい。
誰が歌ってるんだ?
おっと危ない。
赤と青も、更に速さと鋭さを増して攻撃してくる。
疲れなど微塵も見せない。
俺は少しずつ手を出して、相手の特性を掴み始めていた。
トンファーは炎属性。属性攻撃が出るのは棒部分の先端部のみの様だ。
ナイフは氷属性。刃の部分が属性攻撃で、突き刺さってから発動する。
うお!熱っつ!
トンファーの攻撃を試しに盾で受けてみた。
一撃一撃の熱量はそれ程でも無いが、連撃で熱量を上乗せして来る。
だが一瞬の連撃での熱量では、俺を燃やすことは出来ない。
コキノスの、炎のオノマ三連を喰らった時の方がキツかった。
そしてナイフの方は、残念ながら無力に等しい。
俺に刃は通らない。
肌に弾かれたナイフは、空中で虚しく冷気を振りまくだけだ。
完全に相性勝ちだな。
リンクスと戦っている白いヤツは、どうなんだろう。
声には余裕があったが。
硬ってえええ!
しかも自己修復とか!
コイツラの着ている鎧、凄い強度だ。
剣での攻撃は鎧を貫く事が出来ず、尻尾での攻撃でも少し凹むだけ。
そして、交互に攻撃してくる間に、亀裂や凹みが修復するのだ。
「くっそ!やっと動きになれて来たが、竜の鱗が破れねえゼ!」
「私の六氷剣では手傷を追わせられない。オノマの同時攻撃で一気に屠るのだ!」
赤と青は、俺を挟む様に位置取り、両手を胸の前で合わせると、少し離して指を一杯に開いた。
何かを呟くと、それぞれの指の間に生まれる光球。
赤は赤、青は青白い光球が五つづつ。
前後から同時に放たれる。
六つの敵か!ヤラれる!
言ってみたかっただけです。
加熱と冷却で同時攻撃ってチャラじゃね?とのお気楽思考の一方。
水蒸気爆発や、下手したら対消滅の可能性まである。
俺は四枚の翼を目一杯広げて、姿勢を低くすると同時に地面に叩きつけた。
大量に巻き上がる砂塵。
その巻き上がった砂や小石にオノマが触れ、空中で次々とオノマが発動する。前方に炎の壁、後方に氷の壁。
腹が焼けて背中が凍結しないように、壁の間で高速で回転する俺。
オノマが消えた時、赤と青の喘ぐ様な声が流れる。
「ば、馬鹿な……こんな方法で防ぐなんて」
「やはり、あの亜竜と同じく……オノマを知っているのか」
ふふふ。詰んだか?詰んだろ?
こっからは俺のターンだ。ってさっきも言ったからな。
「全世界の魔獣を駆逐せんが為に、与えられしこの力!翼竜一匹に屈する訳には行かぬのだ!」
「こうなったら力押しだゼェェエエ!」
「この刃に我が全てを乗せて!必ずや打ち滅ぼす!覚悟!」
いや、空気読めよ。俺のターンだって。「ずっと俺のターン」とかどんなデッキだよ。
勇者ウゼェ。不屈すぎる。
これってニンゲン側からすれば燃える展開なんだろうなぁ。
◇
「ボレロなの」
「……なに」
「カロの歌、ボレロなの」
そうか、この延々と繰り返すメロディーはボレロというタイトルなのか。
何故この幼竜は、わたし自身が知らないメロディーのタイトルを知っているのだろう。
激しくも美しい戦いの最中、カログリアは自問する。
だがそれも一瞬。
「はは」
カログリアは、今度は声に出して笑った。
幼竜が歌っている。
しかもカログリアの歌う歌のリズムパートを。
何とも不可思議な光景であった。
全身が白銀の美女と赤黒い幼竜が、同じメロディーのABのパートを口ずさみながら、舞うように戦っている。
ボレロ。ボリュームを増しながらひたすらに繰り返されるメロディー。
口ずさむメロディーと同じように、二人の戦いは永遠に続くかと思われた。
◇
リンクス楽しそうだな。
俺は、途中から頭の中に流れてきたボレロを聞きながら、安心していた。
死にそうにヤバイって事は無さそうだ。
でもリンクス、なんでスネアドラムのリズムパート?
次々入れ替わる管楽器の方歌ってくれよ……と思っている内に、自然とリンクスのリズムパートに合わせて、管楽器のパートを歌ってしまう。
声出てませんけど。
この時、勇者と幼竜と翼竜による、奇跡のコラボが行われていた事など知る由もない。
そして俺と赤と青の戦いは、場所を林に移し、泥仕合の様相を呈してきた。
鎧を信じて、被弾覚悟で突っ込んでくる赤と青。
接近戦での連携も鍛えられていた。
赤の連撃の終わり際、反撃に転じる為に踏みだそうとした足に、ナイフのワイヤーが絡みつく。ほんの少し踏み込みをずらされただけでも、本来の力は出ない。
俺の正拳突きをトンファーのガードの上から喰らって、転がってゆく赤。
追撃しようとした俺の眼前に、Xの字にワイヤー。
上体を下げて潜ろうとした所にも、ワイヤー。
青いヤツ、頭使って来たな。
飛来するナイフと違って、トラップ気味に張ってあるワイヤーは察知しにくい。
そしてワイヤーを斬ろうとすると、途端に緩めて切らせない。
青に詰めより、蹴り上げる。
落ちてくる所を狙おうとするが、すかさず赤がカバーに入って、俺に決定打を放つ機会を与えない。
青の体勢が整うまで、無理に攻めない赤。やるじゃないか。
上からのナイフ攻撃を回避した所に、赤が押し込んでくる。
めちゃくちゃな乱打で、ひたすらに押し込んでくる。
赤の後方に、ナイフが突き立つ。
「下がれニキティス!五芒陣氷牢!!」
俺を中心に五本のナイフが地に立っている。
赤が後方に跳躍すると、ナイフのワイヤーがピンと張られる。ワイヤーの先は……上。
俺の頭上、五本のワイヤーを束ねる位置、枝の上に青が居る。手にした最後のナイフを束ねたワイヤーに当てた途端。
ビキビキッビシッ!
地面に霜が降り、急速に厚みを増す。
五角錐の結界の中、足首から膝、膝から腰へと氷は厚くなり、氷結の速度をあげてゆく。
くっ!はまった!
ギイィィイン!
俺は左腕の剣を氷に突き立てる。
だが、氷は破片をばらまいただけで、亀裂を修復し更に厚みを増してくる。
宙に舞った氷片を右手で掴み、頭上に位置する頂点のナイフ目掛けて投じる。
乾いた音を立てて、弾かれるナイフ。
ふう、氷結は止まった。……が下半身は氷漬けのままだ。
すかさず赤が、俺の背後から後頭部を狙って乱撃を繰り出す。
「オラオラオラ!!オラオラ!オラ!……って何で当たらねえんだ!」
俺は目を閉じて、耳に全神経を集中し、赤の攻撃を音だけで察知、回避する。かなりギリギリの回避だ。
翼を水平に広げて上半身を捻り、赤の足を払う。
すぐさま盾剣の連続突きで、足元の氷をクラッシュドアイスにし、脱出をする。氷付く時に尻尾を下ろしたままで、尻尾まで氷漬けになっていたせいで時間が掛かり、赤の攻撃を数発喰らうが、致命傷にはならない。
引き出し多いじゃねーか青。
この分だと、赤も何かしらの技を持っていそうだな。
「三式氷塊!!」
俺のターンこねぇぇぇええ!
◇
一方のボレロも中断していた。
「……何者……」
「カロ、こいつヤバイの」
リンクスとカログリアが見つめる先、一つの影が立っている。
ニメートルの長身に堂々たる体躯。
長い黒髪を背中でまとめ、黒い薄手の甲冑をまとい、やはり黒いマントを羽織っている。
ミノで削った様な荒々しい顔立ちは、太い眉、深い彫り、薄い唇、三白眼の黒い瞳。
「おやおや、激しい闘気を感じて来てみれば……ドラゴンと勇者ですか」
威圧感を発する声色とは裏腹な、丁寧な言葉。
黒衣の男が半歩踏み出すと、リンクスもカログリアも半歩退く。
「合流が先決なの」
「……同意した」
「次の一歩で同時になの」
小声で言葉を交わす、リンクスとカログリア。
「続けて下さって結構ですよ。幼竜と……その鎧はヒエレウスの戦闘人形ですか。どの程度なのか見せて下さい」
リンクスもカログリアも動かない。喉を絞ってひたすらに呼吸を整えている。
……長い沈黙。
「続けろと言っている。……さあ」
黒衣の男が踏み出した時。
「今なの!」
二人は脱兎の如く駆け出した。
カログリアは風のオノマを後方に飛ばしながら、リンクスは姿を消しながら、振り返ることも無く、一目散に逃げる。
『お兄ちゃん、ヤバイのきたの。カロと一緒にそっちに逃げるの』
『カロ?一緒に逃げる?俺もそっちに向かうから』
「豪華な顔ぶれだな。ドラゴンが二匹に勇者が三人とは」
リンクスとの合流地点にソイツは居た。
全身が黒衣の男。
逃げてきたリンクスよりも先に、ソイツはソコに居た。
別格
異次元
超越
黒衣の男から感じられる強さは、俺のメーターを振りきった。
危うく怒りが吹き出しそうになる。
「カログリア!無事でしたか!」
「そいつはなにもんだ!?」
それぞれに合流を果たし、それぞれに警戒し、距離を取る。
疑心暗鬼のトライアングル。
リンクスは勇者を、白いヤツは俺を、それぞれ無視して黒衣の男から目を離さない。
俺の感覚だけでは無いだろう、リンクスが姿を表さない。
コイツは……ヤバイ。
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