表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/124

48話 ドラゴンと勇者と

 白銀の勇者カログリアと、幼竜リンクスの戦いは、常識という大河の向こう側で行われていた。

 脈々と流れ続け、逆らう事も超えることも易くない大河。


 常人では、目で追うことすらも困難な速さで打ち交わされる斬撃。

 二手三手先に対してのフェイント。


 名人の域に達した舞踏家が、最高の舞台を得て、自らの限界を越えてゆく時のような美しい舞。


 二人の卓越した戦士の戦いは、美しかった。


 武器の影が映る程に、紙一重で行われる回避。

 空気が裂けるのではないかと思われる程に鋭い斬撃。


 二人の戦いぶりは似ていた。


 徹底した回避。防御は回避限界を超えた時のみ。

 防御に四肢を使わない代わりに、回避は反撃に直結し、反撃はまたも回避によって阻まれる。


 お互いが手を伸ばせば、握手出来そうな距離を保ちながら、一撃で命を刈り取る攻撃を放ちあっている。


 リンクスの漆黒の短槍は、突き刺した対象に強烈な神経毒を与え、心臓麻痺に耐えたとしても、視聴覚相換の状態異常を引き起こす。


 カログリアのレイピアは、鍔元の穴に三つの風のオノマを仕込み、先端で軽く突いただけで、地面に深さニメートルもの拳大の穴を穿つ。


 カログリアは、神経が研ぎ覚まされていく様を感じていた。


 前回、月下の乱戦においてカログリアは、リボンの幼竜のあまりにも竜とかけ離れた戦い方に面食らったが、今回は違う。

 あれから何度も何度もイメージトレーニングをし、有効であろう動きを鍛錬してきた。


 今までどんな魔獣と戦ってても、決して得ることの無かった感覚。

 カログリアは、戦いの中で高揚してゆく自分を感じていた。


 カログリアはふと気付く。

 自分がメロディーを口ずさんでいる事に。


 なんのメロディーかは分からない。時折魔獣の駆逐が済んだ時に口から溢れてくるメロディー。


 「今日のカロ楽しそうなの」


 そうか。

 と今更ながらに気付く。


 駆逐後はそれなりに機嫌が良かったのだ、と。

 そして今、戦闘の最中。既に最高に気分が良い。メロディーが自然と口から流れているのだから。


 その夜、カログリアは産まれて初めて笑った。


 月の光を反射した白銀の鎧に照らされ、その笑顔は透き通る程の美しさを放っていた。


 『リンクス?』


 『あ、お兄ちゃんだいじょぶ?』


 『お前は大丈夫なのか?歌が聞こえなくなったから心配したぞ』


 『歌聴いてたの』



 良かった。リンクスは何事も無かったらしい。

 誰が歌ってるんだ?


 おっと危ない。

 赤と青も、更に速さと鋭さを増して攻撃してくる。

 疲れなど微塵も見せない。


 俺は少しずつ手を出して、相手の特性を掴み始めていた。


 トンファーは炎属性。属性攻撃が出るのは棒部分の先端部のみの様だ。

 ナイフは氷属性。刃の部分が属性攻撃で、突き刺さってから発動する。


 うお!熱っつ!


 トンファーの攻撃を試しに盾で受けてみた。

 一撃一撃の熱量はそれ程でも無いが、連撃で熱量を上乗せして来る。


 だが一瞬の連撃での熱量では、俺を燃やすことは出来ない。

 コキノスの、炎のオノマ三連を喰らった時の方がキツかった。


 そしてナイフの方は、残念ながら無力に等しい。

 俺に刃は通らない。

 肌に弾かれたナイフは、空中で虚しく冷気を振りまくだけだ。


 完全に相性勝ちだな。


 リンクスと戦っている白いヤツは、どうなんだろう。

 声には余裕があったが。


 硬ってえええ!

 しかも自己修復とか!


 コイツラの着ている鎧、凄い強度だ。

 剣での攻撃は鎧を貫く事が出来ず、尻尾での攻撃でも少し凹むだけ。

 そして、交互に攻撃してくる間に、亀裂や凹みが修復するのだ。


 「くっそ!やっと動きになれて来たが、竜の鱗が破れねえゼ!」

 「私の六氷剣では手傷を追わせられない。オノマの同時攻撃で一気に屠るのだ!」


 赤と青は、俺を挟む様に位置取り、両手を胸の前で合わせると、少し離して指を一杯に開いた。

 何かを呟くと、それぞれの指の間に生まれる光球。


 赤は赤、青は青白い光球が五つづつ。

 前後から同時に放たれる。


 六つの敵か!ヤラれる!


 言ってみたかっただけです。

 加熱と冷却で同時攻撃ってチャラじゃね?とのお気楽思考の一方。

 水蒸気爆発や、下手したら対消滅の可能性まである。


 俺は四枚の翼を目一杯広げて、姿勢を低くすると同時に地面に叩きつけた。


 大量に巻き上がる砂塵。


 その巻き上がった砂や小石にオノマが触れ、空中で次々とオノマが発動する。前方に炎の壁、後方に氷の壁。


 腹が焼けて背中が凍結しないように、壁の間で高速で回転する俺。


 オノマが消えた時、赤と青の喘ぐ様な声が流れる。


 「ば、馬鹿な……こんな方法で防ぐなんて」

 「やはり、あの亜竜と同じく……オノマを知っているのか」


 ふふふ。詰んだか?詰んだろ?

 こっからは俺のターンだ。ってさっきも言ったからな。


 「全世界の魔獣を駆逐せんが為に、与えられしこの力!翼竜一匹に屈する訳には行かぬのだ!」


 「こうなったら力押しだゼェェエエ!」


 「この刃に我が全てを乗せて!必ずや打ち滅ぼす!覚悟!」


 いや、空気読めよ。俺のターンだって。「ずっと俺のターン」とかどんなデッキだよ。

 勇者ウゼェ。不屈すぎる。

 これってニンゲン側からすれば燃える展開なんだろうなぁ。



 「ボレロなの」


 「……なに」


 「カロの歌、ボレロなの」


 そうか、この延々と繰り返すメロディーはボレロというタイトルなのか。

 何故この幼竜は、わたし自身が知らないメロディーのタイトルを知っているのだろう。

 激しくも美しい戦いの最中、カログリアは自問する。

 だがそれも一瞬。


 「はは」


 カログリアは、今度は声に出して笑った。

 幼竜が歌っている。

 しかもカログリアの歌う歌のリズムパートを。


 何とも不可思議な光景であった。


 全身が白銀の美女と赤黒い幼竜が、同じメロディーのABのパートを口ずさみながら、舞うように戦っている。


 ボレロ。ボリュームを増しながらひたすらに繰り返されるメロディー。

 口ずさむメロディーと同じように、二人の戦いは永遠に続くかと思われた。



 リンクス楽しそうだな。


 俺は、途中から頭の中に流れてきたボレロを聞きながら、安心していた。

 死にそうにヤバイって事は無さそうだ。


 でもリンクス、なんでスネアドラムのリズムパート?

 次々入れ替わる管楽器の方歌ってくれよ……と思っている内に、自然とリンクスのリズムパートに合わせて、管楽器のパートを歌ってしまう。

 声出てませんけど。


 この時、勇者と幼竜と翼竜による、奇跡のコラボが行われていた事など知る由もない。


 そして俺と赤と青の戦いは、場所を林に移し、泥仕合の様相を呈してきた。

 鎧を信じて、被弾覚悟で突っ込んでくる赤と青。

 接近戦での連携も鍛えられていた。


 赤の連撃の終わり際、反撃に転じる為に踏みだそうとした足に、ナイフのワイヤーが絡みつく。ほんの少し踏み込みをずらされただけでも、本来の力は出ない。


 俺の正拳突きをトンファーのガードの上から喰らって、転がってゆく赤。

 追撃しようとした俺の眼前に、Xの字にワイヤー。

 上体を下げて潜ろうとした所にも、ワイヤー。


 青いヤツ、頭使って来たな。

 飛来するナイフと違って、トラップ気味に張ってあるワイヤーは察知しにくい。

 そしてワイヤーを斬ろうとすると、途端に緩めて切らせない。


 青に詰めより、蹴り上げる。

 落ちてくる所を狙おうとするが、すかさず赤がカバーに入って、俺に決定打を放つ機会を与えない。

 青の体勢が整うまで、無理に攻めない赤。やるじゃないか。


 上からのナイフ攻撃を回避した所に、赤が押し込んでくる。

 めちゃくちゃな乱打で、ひたすらに押し込んでくる。


 赤の後方に、ナイフが突き立つ。


 「下がれニキティス!五芒陣氷牢(アイシクルプリズン)!!」


 俺を中心に五本のナイフが地に立っている。

 赤が後方に跳躍すると、ナイフのワイヤーがピンと張られる。ワイヤーの先は……上。

 俺の頭上、五本のワイヤーを束ねる位置、枝の上に青が居る。手にした最後のナイフを束ねたワイヤーに当てた途端。


 ビキビキッビシッ!


 地面に霜が降り、急速に厚みを増す。

 五角錐の結界の中、足首から膝、膝から腰へと氷は厚くなり、氷結の速度をあげてゆく。


 くっ!はまった!


 ギイィィイン!


 俺は左腕の剣を氷に突き立てる。

 だが、氷は破片をばらまいただけで、亀裂を修復し更に厚みを増してくる。


 宙に舞った氷片を右手で掴み、頭上に位置する頂点のナイフ目掛けて投じる。

 乾いた音を立てて、弾かれるナイフ。


 ふう、氷結は止まった。……が下半身は氷漬けのままだ。


 すかさず赤が、俺の背後から後頭部を狙って乱撃を繰り出す。


 「オラオラオラ!!オラオラ!オラ!……って何で当たらねえんだ!」


 俺は目を閉じて、耳に全神経を集中し、赤の攻撃を音だけで察知、回避する。かなりギリギリの回避だ。


 翼を水平に広げて上半身を捻り、赤の足を払う。


 すぐさま盾剣の連続突きで、足元の氷をクラッシュドアイスにし、脱出をする。氷付く時に尻尾を下ろしたままで、尻尾まで氷漬けになっていたせいで時間が掛かり、赤の攻撃を数発喰らうが、致命傷にはならない。


 引き出し多いじゃねーか青。

 この分だと、赤も何かしらの技を持っていそうだな。

 

 「三式氷塊!!」


 俺のターンこねぇぇぇええ!



 一方のボレロも中断していた。


 「……何者……」

 「カロ、こいつヤバイの」


 リンクスとカログリアが見つめる先、一つの影が立っている。


 ニメートルの長身に堂々たる体躯。

 長い黒髪を背中でまとめ、黒い薄手の甲冑をまとい、やはり黒いマントを羽織っている。


 ミノで削った様な荒々しい顔立ちは、太い眉、深い彫り、薄い唇、三白眼の黒い瞳。


 「おやおや、激しい闘気を感じて来てみれば……ドラゴンと勇者ですか」


 威圧感を発する声色とは裏腹な、丁寧な言葉。

 黒衣の男が半歩踏み出すと、リンクスもカログリアも半歩退く。


 「合流が先決なの」


 「……同意した」


 「次の一歩で同時になの」


 小声で言葉を交わす、リンクスとカログリア。


 「続けて下さって結構ですよ。幼竜と……その鎧はヒエレウスの戦闘人形(バトルマリオネット)ですか。どの程度なのか見せて下さい」


 リンクスもカログリアも動かない。喉を絞ってひたすらに呼吸を整えている。

 ……長い沈黙。


 「続けろと言っている。……さあ」


 黒衣の男が踏み出した時。


 「今なの!」


 二人は脱兎の如く駆け出した。

  カログリアは風のオノマを後方に飛ばしながら、リンクスは姿を消しながら、振り返ることも無く、一目散に逃げる。


 『お兄ちゃん、ヤバイのきたの。カロと一緒にそっちに逃げるの』


 『カロ?一緒に逃げる?俺もそっちに向かうから』



 「豪華な顔ぶれだな。ドラゴンが二匹に勇者が三人とは」


 リンクスとの合流地点にソイツは居た。


 全身が黒衣の男。

 逃げてきたリンクスよりも先に、ソイツはソコに居た。


 別格

 異次元

 超越


 黒衣の男から感じられる強さは、俺のメーターを振りきった。

 危うく怒りが吹き出しそうになる。


 「カログリア!無事でしたか!」

 「そいつはなにもんだ!?」


 それぞれに合流を果たし、それぞれに警戒し、距離を取る。


 疑心暗鬼のトライアングル。


 リンクスは勇者を、白いヤツは俺を、それぞれ無視して黒衣の男から目を離さない。

 俺の感覚だけでは無いだろう、リンクスが姿を表さない。


 コイツは……ヤバイ。


  

 

 

 

 


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 日曜日 20時

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ