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46話 使節団其の弐

 ヒエレウスの使節団である、三人の勇者を迎えたクアッダ王国。

 会談の後半戦、いかにして確信に迫るか、という舌戦が繰り広げられようかとしたその時、会談は大きく脱線した。


 「だからカログリア!ソイツは敵じゃねえゼ!それにお前ドラゴンと戦ったって言ってたろうが!」


 「そうだぞカログリア、なぜ少女に殺気を向けているのだ」


 赤いヤツと青いヤツが、カログリアと呼んで抑制しようとしているのは、月下の包囲戦でリンクスと戦った「白い悪魔」だ。

 リンクスと互角に戦える強さを持つ白銀の勇者。

 無手とは言えオノマも使うらしいし、勇者と言うからには他の二人も十二分に警戒せねばなるまい。


 この場で武器を帯びているのはクアッダ王ただ一人。

 フェルサは無手の訓練もして来たが、他のメンツは不明だ。

 

 殺気を向けられた時点で俺もリンクスも、弾かれた様に立ち上がり既に臨戦態勢にある。俺達も無手だがリンクスは格闘メインだし、俺には左腕がある。


 リンクスを睨むカログリアの視線を遮る様に、リンクスの前に立つ。

 終始無表情なこの女……デジャヴというやつだろうか、どっかで見たことがあるような……いや、気のせいだろう。

 集中集中、最近リンクスにあっさり意識刈られてるからな。


 俺と同じ様に、リンクスとカログリアの視線を遮る赤い背中。

 違うのは、俺達に背を向けている事だ。


 「どうしたんだよカログリア!お前らしくも無い!冷たい程の冷静さはどこやったんだ」


 コツン……コツン……。


 クアッダ王が指先でテーブルを叩いている。


 「どうゆう事かな?勇者方……会談にかこつけて余を暗殺に来た。ということで良いのかな?」


 今まで聞いたことの無い低いトーン。

 ドスの効いた声の半歩手前って感じだ。


 「い、いやその様な……」


 「余はそれでも良いのだぞ、暗殺などされてはやらぬが。だがヒエレウスはどうなるかな?我が国との関係だけではないぞ。会談と偽って暗殺を企てたとなれば、ヒエレウスは向こう百年いかなる国とも国交を持てまい」


 「国王陛下、誤解でご」


 「一人の商人も招き入れずに国が立ち行く程、ヒエレウスが潤っておるとは寡聞にして知らんな」


 問いかけておいて喋らせない。


 この場で唯一武器を持つクアッダ王が、武器に手を掛けること無く場を掌握する。言葉によって萎んだ心は、力によって覆そうという気概を失った。


 「国王陛下、此度の醜態、残念の極みなれど敢えて申し上げます。暫しの時をお貸し頂きたい、必ずや胸を張って帰ります」


 そう言ってクアッダ王に深々と頭を下げた青いヤツは、カログリアを鎮める為に、赤いヤツと共に俺達に背を向けた。


 背を刺されるなら、しかたない。

 そんな覚悟さえ感じられる立ち位置だった。


 「……油断するな。あのリボンはドラゴンが付けていた物と同じ……」


 そうか。

 ドラゴン姿のリンクスと戦ったのか。それをリボンで思い出した。

 ドラゴン姿の時はリボン取ろっか。


 『だが断る。なの』


 いや、だってバレバレなっちゃうよ?


 『やーーなの。お兄ちゃんが買ってくれたリボンなの。取るくらいなら、見たニンゲン全部食べるの』


 駄々っ子モードで恐ろしい事おっしゃる。

 不思議と嫌な気分しませんけど。


 「カログリア殿、その柄のリボンは今、この国で大流行しておりまして。昼に街を歩けば分かります。子供から老人まですれ違う女性の半分はそのリボンをしております」


 お?文官の一人が穏やかな声で、落とし所を示したぞ?


 「彼の言う通りなのである。リボンがドラゴンの証拠ならば、クアッダ王国はドラゴンの国なのである」


 イーラが上手く思考を誘導している。

 中々のコンビネーションじゃないの。

 俺達も、目こそ逸らさないが向こうより先に腰掛けて、流れを後押しする。


 「カログリア、腑に落ちないかも知れないが、今は押さえるのだよ。話は後で聞く、だが……今のお前はヒエレウスの勇者なのだよ」


 「ほら、まず座れって。会談の雰囲気は最悪だけど、メントルが何とかしてくれる。俺達は黙って座ってれば良いんだゼ」


 赤いヤツがカログリアの背を押して、さっきまで自分が座っていた席に座らせる。そして自分は俺達に近い、さっきまでカログリアが座っていた席に付く。

 意外に細かい所に気が回る男の様だ。


 青いヤツが最後に腰を下ろし、低く息を吐いた。


 「お時間を頂きありがとうございます。水に流して頂けるなら、実り多き会談となりましょう」


 事実上の敗北宣言に俺には聞こえた。

 言葉だけで、こじれた状況を自分の優位に持って行くクアッダ王の手腕に、舌を巻く。たかが言葉、されど言葉だ。


 結局この晩、使節団は情報戦においてかなりの譲歩を迫られ、挽回出来ず「明日の昼、もう一度会談を」とギリギリの逃げを打った。


 ヒエレウスの持つ、帝国と共和国の情報とナツメ商会の動き。

 他国との同盟度合いと、力関係。


 あれ程の巧みな質問に、どうにか核心部分を濁しながら、それでも何とかクアッダの情報を引き出そうと試みる青いヤツは、十分以上に優秀だった。


 使節団は城内の一室をあてがわれ、一泊することとなった。

 使節団が去った後の会議室。


 「ジョーズよぉ、肝が冷えたぜぇ」


 「師匠があれ程警戒するまでに、危険な相手なんですか?」


 俺は二人を見て頷く。

 リンクスの敵なら容赦はしない。それだけだ。

 俺達は野生育ちだからな、敵意を向けてくる相手に話しかけたりしない。


 「何かあった時にと思って同席を頼んだのだが……よもやアニキ殿がそのナニカの引き金になるとはな」


 自嘲気味にクアッダ王は笑う。


 「明日の会談は参加させねぇ方が良いかも知れんなぁ」


 危険が無いならそれで良いです。

 することも無いのに、リンクスを敵の前に置いとくのは賛成出来ない。


 「ふむ、明日の会談に向けて深夜まで会議をするから、皆は城に泊まるが、アニキ殿はどうする?明日参加しないのならば帰ってゆっくりしても良いぞ」


 もちろん帰ります。ちっちゃい子とイケメンが待ってるんで。


 「何かあったら連絡係の……所で、ハーリスが自分の事をテツコと名乗り始めたんだが、お前の仕業か?」


 えーっと、そうとも言えます。


 「まったく色々予想外な事を起こしてくれる。あのハー……いやテツコが、是非お前に仕えたいと頼ってきた時も驚いたが、名前まで……。あげく勇者と戦い、勇者を助けるなど」


 「お兄ちゃんなの!」


 リンクスがめっちゃ胸張ってる。

 そもそも勇者と戦ったのはリンクスで、助けた話しは知らん。


 「お前は本当に面白いな。わっはっは」


 クアッダ王は奥歯を見せて笑った。

 まるで会談での気疲れを吹き飛ばす様に。



 二人が退出した後、ニ時間程話し合いをしてから、ラウンジに再び移動した一行。

 休憩の茶の時間に、一同は別の話題で盛り上がっていた。


 「しかし良くフェルサは今日の兄貴に話し掛けれたな」

 「うむ、酷く機嫌が悪かったのである」


 「そうですか?普段と変わらないと思いましたけど」


 茶やコーヒーと一緒に、パンに肉を挟んでヨーグルトソースを掛けた軽食が出されている。国王から老執事まで同じ物だ。


 「いやいや、我々面識の浅い者では声を掛けるのもはばかられる程でしたぞ」

 「「いかにも」」

 「私もそのように感じまして御座います。何かあったので御座いましょうか?」


 皆リラックスした姿勢の中、膝を揃え、背筋を伸ばして、両手でサンドイッチを食べる老執事。


 「余は特に感じなかったが」


 「フェルサ殿は鈍感だから置いといて、いつから兄貴は機嫌悪いんだ?」


 「遺跡から戻っていらしてからでは御座いませんか?」


 「確かに」

 「同感ですな」


 「何かあったな」

 「遺跡調査を命じたのはガビール殿では?」


 「あ〜軍師としてガビールに命ずる。ジョーズの不機嫌の原因を調査し、対策すべし。協力は惜しまねぇから何でも言うんだぜぇ」


 「オ、オレっすか?」


 「新婚の邪魔する訳じゃねぇが、ジョーズん所で子育て体験してこいよ。生意気の盛りは過ぎたろうが、娘育てる経験は損しねぇぞ」


 「む、確かに兄貴の育て方見とくのも、参考になるかもっすね」


 クアッダ王は、ラアサとガビールのやりとりを面白そうにニヤニヤと聞きながら、カップを傾けた。


 「と言うことでフェルサよ、その期間ガビールに変わって第二軍を統べよ」


 「えぇ?俺さ……いやワタクシメでありますか」


 いきなり水を向けられ、フェルサはコーヒーをこぼしそうになった。

 

 「冷静に振り返る時間が約束された経験程、貴重なものは無いぞ?軍部長もフォローしてくれる」


 「し、しかし任官して日の浅いワタクシメにそのような大役……兵が付き従いましょうか」


 尻込みするフェルサにクアッダ王がトドメを刺す。


 「それになフェルサ……これが勅命ってやつだ」


 その一言に背筋を伸ばし、カップを置いて、フェルサは跪いた。


 「勅命、謹んでお受け致します」


 カチャン


 満足顔でカップをサイドテーブルに置いたクアッダ王は、そこにもう一つカップがあるのを見た。


 「おお陛下、先ほどのコーヒーの占いですな。会談は概ね成功に終わりましたが、占いではどう出ていたのですかな?」


 文官の一人が興味深々で話すと、先ほどの伏せられたカップに皆の注目が集まった。


 「いやぁ……たぶんアレだろうなぁ」

 「同感なのである」

 「っすよね」


 武官達の一様の反応に小首を傾げる文官達。

 あまり見たそうにしない武官達と、余計に見たくなってしまった文官達。


 クアッダ王はしぶしぶソーサーごとカップを持ち、カップの底に手を掛け、片目をつむってゆっくりとカップをひっくり返した。


 「おや?」


 とは、武官達の反応である。

 クアッダ王の表情が冴えない。


 「ドラゴン……では無かったので御座いますか?」


 そう言ってクアッダ王からカップを預かった老執事が、皆にカップの模様を見せる。


 「これは?」

 「これまた複雑な……」


 シャリっと顎鬚を触ったフェルサが、ポンと手を打つ。


 「二匹のドラゴン!」


 納得と共に呆れる武官達と、言われてもドラゴンに見えない文官達。

 フッと薄く笑って、愉快そうに濃い髭を歪めるクアッダ王。


 「イーラの言う通り、ここはドラゴンの王国だな」


 一斉に笑う武官達とそれを見て、顔を顔を見合わせる武官達は、休憩を終えて夜明け前まで明日の会談の準備をした。



 「どうだ?ちっとは落ち着いたか?」


 「……ええ」


 クアッダ王国から少し離れた平原。

 白の勇者カログリアと、赤の勇者ニキティスの姿がそこにあった。


 「ま、メントルと違って俺達は肉体派だからな!体動かしてねえと落ち着かねえのは分かるゼ」


 二人は城を抜け出し、心を鎮める為に走っていたのだ。


 「……そう、あの晩もこんな月……」


 「ああ、そうだな」


 二人の勇者は夜空を見上げ、あの晩の戦いを思い出す。

 機装兵相手に、軽く新しい武器を試すつもりで始めた戦闘。


 カログリアはその晩初めての苦戦を経験し、ニキティスは初めて勇者に肩を貸して撤退した。


 「ん?何か聞こえねえか?」


 「……」


 「向こうだゼ」


 ニキティスは、カログリアの反応を待たずに走りだした。音もなく。

 確かに何かを打ち付ける音がする。

 この林を抜ければ、もう見えそうだ。その時。


 「お前達ではなかったのか?」


 横合いから声を掛けられて、驚く二人。

 二人に駆け寄ったのは、青の勇者メントル。


 「あまりに遅いので迎えに出たのだよ。この音はお前達が訓練でもしているのかと来てみたのだが」


 「俺達も今来た所だゼ」


 風下に位置取る様に少し迂回しながら、音の方に移動した三人が見たモノ、それは……。


 ドラゴンだった。

 

 

 

 


ここまで読んで頂きありがとうございます。

新たな年が、皆様にとって実り多き年でありますよう。


次回更新予定 日曜日 20時

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