45話 使節団
クアッダ王国を訪れた、ヒエレウス王国使節団の三人は、会談のテーブルに付いた。
ごく一般的な挨拶から始まり、スムーズに会談が始まろうとする。
「クアッダ名物の武闘大会が、今年も盛大に執り行われた事まず国王陛下にお喜び申し」
「失礼だな」
青髪の口上を切って、クアッダ王が声を挟む。
失礼な言葉など使ったかな?と眉を潜める青髪にクアッダ王は詰め寄る。
「他国の王との謁見に武具を纏うとは……ヒエレウスの作法が変わったのかな?ここはクアッダ、法を重んじる国だ」
青髪と赤髪の男が、ピクリと顔を引き攣らせる。
心の声が漏れてきそうだ「何故わかった」と。
「これは失礼しました、国王陛下」
その言葉で使節団の三人は立ち上がり、各々服の左肩部分を掴んだ。
バッ
帆が孕む様な音がして、三人は一瞬にして、ゆったりしていた服を脱ぎ捨てた。
おお?どんな仕組みだ?マジッ○テープか?
お笑いウル○ラクイズのダチ○ウか?
脱ぎ捨てられた服の下から現れたのは、体に密着するかの様な鎧だった。
それぞれ髪の色に対応したかの様な、青銀、赤銀、白銀の鎧。
「我ら勇者と定められた者は、常にこの鎧を纏い、戦いに身を置く者。自らの意思で鎧を脱ぐ事すら叶いませぬ。不自由なる身を恥と思い、国王陛下に告げずにいた事、深くお詫び申し上げます」
見る者に、畏怖憧憬の念を抱かせる事まで、計算に入れてデザインされたその鎧は室内の者を圧倒した。
「唯一自らの意思で自由に出来るのは、この面のみ」
そう言って三人は背中から金属板を外し、顔に当てた。
直後、水銀の様に形を流動させた面は頭部を覆い、勇者の鎧は完成形を見せた。唯一白銀の面だけが、頭髪を後ろに束ねた様に露わにしている。
か……かっこいい。
ヤベエチョーカッコイインデスケド!アレホシイ!
白がロボ○ップ、赤がアイア○マン、青が……。
いや、マテ。白、赤、青のラインナップ……だと?
宇宙○事シリーズじゃないですか!
ギャ○ン、シャ○バン、シャ○ダーですよ!
少年のように目をキラキラさせる俺(たぶん)を、呆れ顔で見つめるクアッダ側の面々。
『白い悪魔なの』
なんだと?
月下の包囲戦でリンクスと渡り合った敵が、目の前にいる。
しかも三人。
急に目を細めて、椅子に浅く腰掛けた俺の仕草を見て、武官連中に緊張が走る。モアイなど腰を浮かす寸前だ。
文官達ですら急速に高まる緊張感に、体を強張らせる。
使節団の三人が三人共俺を見ている。
警戒しているのがバレたか?いや警戒は当然か。
リンクスの敵。そう認識した途端、俺の中に殺気が渦巻いた。
その殺気を感じ取られてしまった。
白いヤツはごく自然に、右足を引いて立ち、半身になっている。
長い沈黙が場を支配した。
右から二番目の文官の鼓動がうるさい。
赤いヤツがつばを飲む音が聞こえる。
「失礼しました。警戒をさせるつもりは無かったのです。ただ我らの事を少しでも知って頂こうとしただけです。カログリアも控えるのです」
青のヤツがそう言って面を外し、穏やかな表情を見せると、場が少しだけ緩んだ。赤のヤツもそれに習い、面を外して椅子に腰を下ろす。
「カログリア……私達は話し合いに来たのだよ」
白いヤツは俺から目を逸らさない。
俺は白いヤツが、リンクス並みの速さで襲ってくる姿をイメージし、気持ちを備える。
「カログリア!」
「……分かった……」
青いヤツが短く叱責し、白いヤツが面を外して腰を下ろすと、文官達から吐息が漏れる。
「アニキ殿も驚いたのは分かるが、まあ落ち着くのである」
イーラが場を濁そうとしている。
そう、俺はまだ白いヤツを睨んだままだ。
『お兄ちゃん、だいじょぶなの』
リンクスの声に、俺はようやく渦巻いた怒りを鎮めたが、怒りの種火は胃の辺りを熱くしたままだ。
「その鎧がうぬらの自由にならぬ事は理解した。では会談を続けよう。余がクアッダである」
少しの間を置いて、青いヤツが質問する。
「そちらの方は何とおっしゃいますか」
「部下だ」
「……ではその隣の方は」
「部下だ」
答えるクアッダ王の、声のトーンが下がって行く。
外交は情報戦だ。
特に武闘大会後は、武官の顔ぶれが変わるのがクアッダの特徴だ。
青いヤツは「そいつは誰だ」と探り、クアッダ王は「教えぬ」と突っぱねる。そこに握手と同時にお辞儀をして、素早く名刺交換をする姿は無い。
「流石はクアッダ国王陛下、一代でこの王国を築いたお方。我が大神官が心して対せよと念を押したのも納得です」
来る戦争での互いの王国のスタンス。
勇者召喚の儀。
保有する戦力。
タンゴの様な会話が続く。
相手が不愉快になる寸前まで踏み込んでは一歩引き、体勢を入れ替えてはまた鋭く踏み込む。互いに鋭いステップを繰り出しては、相手の情報の断片を引き出して行く。ここまではクアッダ王と青いヤツしか話していない。
交渉事ならラアサ。そう思っていたのだが、クアッダ王は公式にはラアサの存在を認めない方向の様だ。
公式の会談であれば、口を開くからには名乗らねばなるまい。
そうすれば対外的に「クアッダにラアサあり」と認める事になる。
そう言う噂がある、ヤツがラアサだったのかも知れない。
そう濁して置くだけでも、交渉のカードは数倍に増える。
どうやらただのバトルマニアでは無さそうだ。
「喉が渇いたな、一旦茶にしよう。その方らにも別室に茶を準備させてある。一時間後にまた続きを話そうではないか」
「お心遣い痛み入ります」
水入り。
つまり、今引き出した情報を互いに吟味して、後半戦の準備をするって訳だな。リンクスも足プラプラさせてたし、休憩はありがたい。
使節団の三人は老執事に伴われて、俺達はクアッダ王が先に立って会議室を後にした。これから向かうのはメイド喫茶だな。オムライス無いかな。
「ふ〜う、黙って聞いてるだけってもの疲れるゼ」
「何を甘えたことを言っているのだ。クアッダ国王は一筋縄では行かない人物だ、剛の者だとばかり思っていたが、とんだ食わせ者なのだよ」
「……そう」
別室に案内された使節団の三人は、メイドが茶を入れて退室するのを待って口を開いた。
「あのとぼけた顔をした男が、智将ラアサだと思うか?」
「……たぶん……」
「分からんゼ」
「顎ひげの若いのが、鬼神フェルサだろうか」
「……たぶん……」
「分からんゼ」
「まったく」
青髪の男は二人の反応に呆れて、天井を仰いだ。
「お前達がそんなだから、私が回復するまで訪問を遅らせる必要があったのだよ。本来ならもっと早くにここを訪問して、共和国に足を伸ばせたものを」
「……やられたのはメントル」
「助けたのはオイラだゼ?」
青髪の向かい側で床に直接腰を下ろし、右手に茶を、左手に鷲掴みにしたクッキーを持ち、口いっぱいに頬張る赤髪。
銀髪の女は椅子に座り、組んだ膝の上に両手を乗せて目を伏せている。
「しっかし勇者の鎧が、速攻でバレるとは思わなかったゼ」
その言葉に銀髪の女が薄く目を開く。
「私も驚いたのだよ。止む終えず見せてしまう事にしたが、凄まじい敵愾心だったな。あのまま戦闘になってしまうのでは無いかと、思った程だ」
「……アイツ……恐怖させた……」
「アイツ?最後までカログリアを睨んでいた小男か?確かにその隣の少女と二人、場違いな感はあったが、王家の者ではないか?服装も正装では無かったと思うが」
銀髪の女は再び目を閉じ、自らの思案に沈んだ。
「ともかく、この後の会談でどの情報に絞って探るかなのだ。幾つかの情報を引き出されたにも関わらず、こちらは何一つ言質を得ていないのだ」
「一番は戦力だゼ!」
闊達に言い放った後、赤髪は首を傾げる。
「そういや、大神官も言ってたが、ラアサってヤツがここに居るか居ないかってそんなに大事なのか?そもそもラアサって何者だよ?」
「ニキティス……大神官の話を聞いて無かったのか?」
赤髪は右手に茶、左手に新たに鷲掴みにしたクッキーを握って、肩をすぼめて見せた。
「共和領随一の智将、賢者、策士、盗賊頭……ヤツを現す言葉は沢山あるが、その素性は我がヒエレウスの諜報機関を持ってしても不明だ。情報戦術、奇襲に長け、頭の中に一万の兵を養うとまで言われている」
「むちゃくちゃだな。でも一対一でやっちまえば策も奇襲も関係ないだろ」
「誰もがそう考えるが……ラアサの戦う姿を誰一人として見たことが無い。軍師が直接剣を振るう様では戦は負け……そういう見方がある一方で、正反対の見方も出来る」
「誰も生かして返さないってのか」
「これ程の名声を持っていながら、その存在すら謎とも言える神秘性……最近はナツメ商会を的に掛けているとの噂だが、それすらも何かの足掛かりかも知れないのだよ」
赤髪は、自分で茶のお代わりを注ぎに、腰を上げる。
「一説には、帝国領で宰相を務めていた男ではないか。とも囁かれている」
「はあ?」
「それも噂だ、そもそもラアサという名は偽名だろう。幼少の頃の話しが何一つ残って居ないなど、あり得ないのだ」
右手にポット、左手にカップを持って赤髪が振り返る。
「俺達だってそうだゼ」
気が緩んだ様に青髪は笑い、後の会談への作戦を練り始めた。
メイド喫茶本店。
多分使節団の連中が通された部屋は、こんなに広くは無いだろう。
だから向こうが支店でこっちが本店だ。
チッチッチ。
絨毯、カーテン、タペストリー。音を吸収しやすい物が多すぎて、広さも把握出来ないな。う〜む奥が深い。
ん?どうした?皆が俺の顔を見ている。
「し、しかしアニキ殿。さっきはどうなされたのです。あまりの殺気に私、気を失うかと思いました」
珍しく老執事が口火を切る。
「ダジャレか?さっきの殺気はダジャレなのか?」
「や、滅相も御座いません!爺の茶目っ気、お許し下さい」
クアッダ王に突っ込まれて恐縮している。
そんなに恐縮するなら、言わなきゃ良いのに。
俺はリンクスに、月下の包囲戦で白いヤツとやりあった事を話して貰う。
「なんだってぇ?ヒエレウスの勇者がアノ戦場に居たってのかぁ?リンクスちゃん、もう少し詳しく教えてくれ」
会議室とはうって変わり、メイド喫茶本店ではラアサが会話の主導権を握る。クアッダ王も当然の様な顔でコーヒーを飲んでいる。
予定通りなのか。
リンクスの話を聞き終えたラアサが、腕を組んで思案に沈むと、文官を交えた活発な意見交換が始まった。
クアッダ王が引き出した断片的な情報。そこから導き出される予測とその先の対策。更に予測を補強するために必要な情報は何かなど、武官文官の別け隔て無く意見を交わしている。
この国って機能してるなあ。
そんな事を考えていると、クアッダ王がいつもの事なのか、カップをソーサーにひっくり返す。
あー、やめた方がいいかも。
「陛下!」
ガビールがいち早く気付き、クアッダ王に声を掛ける。
皆の視線に気付くクアッダ王。咳払いを一つ。
「そうだな、会合はここからが本番だ。予断を持って当たるべきでは無いな」
コーヒーカップはソーサーに伏せられたまま、サイドテーブルに置かれた。
クアッダ王が立ち上がり、皆がそれに習う。
外交の第二ラウンドが始まる。
第二ラウンドは、いきなりクアッダ王のスロウジャンプから始まった。
フィギアペアで、相手を回転させながらブン投げる大技だ。
「お主らはヒエレウスの鳩か?それとも獅子か?」
つまり伝言するだけの使いっ走りか、全権代理か、と切り込まれたのだ。
大技をブチ込まれた青髪は、一瞬顔を強張らせた。
使いっ走りなら、瑣末な情報すら手に入らない。
全権代理なら、発言は全て公式の物となり、国として責任を伴う。
「獅子と考えて頂いて結構です」
おお、ギリギリの回答で躱した。
考えて頂いても良いが、ハッキリとは言っていない。って所か。
そもそもクアッダ王が、鳩と獅子に例えた時点で青いヤツに主導権は無い。
仮にも勇者が「ボク、はとポッポ」とは言えまい。
そう言えば傭兵の隊長さんだったのが、街の規模が大きくなって外交上代表を務める様になったとか言ってたか。建国の王、恐るべし。
これが外交か。貴重な体験だ、学んでおこう、喋れませんけど。
ピリピリとした空気の中、互いに情報戦を仕掛けている。
と、突然。
「あ!思い出したゼ!そこのちっさいの!ハディード鉱山の西の戦闘で俺を助けてくれたヤツだよな!?」
は?知りませんけど?
こんな時に何を……と顔をしかめて、青いヤツは突然口を開いた赤いヤツを睨みつけた。
その視線の反対側。
突然体を震わせ、大きく目を見開いた白いヤツが、リンクスを見つめている。いや、リンクスのリボンを見ているのか。
「……あの時の……」
白いヤツが初めて見せた表情、それは焦り。
素早く椅子から立ち上がり、腰に手を伸ばすも、愛用のレイピアはそこには無い。
「カログリア!何を」
「敵……ドラゴン……」
「待てって!ちっさいヤツは、狙われてる俺を、鞭みたいな武器を投げて助けてくれたイイヤツだゼ!」
赤いヤツが俺を指して、イイヤツだと声を張る。
臨戦態勢の白いヤツ、リンクス、俺。
誰一人として状況が理解出来ていない。
おかしな事になった。
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