44話 スケジュール
翌日、シュタイン博士に記憶媒体を届け、軍師ラアサを尋ね短い時間で報告を済ます。やけに忙しそうで「後でまた」だそうだ。
「次はこちらです」
将軍ガビールの執務室を訪ねて、遺跡での出来事を報告する。
「そうすか、帝国の奴らが既に……流石兄貴っす。返り討ちにして身ぐるみ剥いで証拠隠滅してきたんすね。元盗賊の血が騒いだんすね」
え?まあそゆう解釈も成り立つのか。
元盗賊って俺がラアサの盗賊団に居たの数時間ですけど。
チッチッチ。
『レンガ造りの十畳間なの』
うーん。確かに壁の材質で返って来る音が違う気がする。広さの違いは歴然だな。
俺とリンクスがハマっているのは「エコー」だ。
人工衛星でも原子力潜水艦でも無ければ、煙草でも無い。
イルカやコウモリが日常的に使っている、超音波を対象物に当てて反射してくる音波によって対象物を知る「知覚」の一種だ。
視覚と聴覚を入れ替えるのは、一朝一夕に出来そうに無いので、まずリンクスがやってたのを真似てみる事にした。
一度「音を見た」お陰で、音の違いから頭の中でイメージしやすい。
部屋の中と外の違いはすぐに分かった。今は大体の広さが分かる様になって来ている。面白い。
「右の壁のレンガ割れてるの」
なんだと!そんな事まで分かるのかリンクス!
リンクスのレベルアップの早さがパネェ。早く追いつかねば。
経験値おいしいイベント来ないかな。
ガビールに遺跡の中の魔獣は、それほど危険度の高いヤツは居なかった事を伝え、穴を塞いでしまえば土木作業に支障が出るほどの脅威は無いだろうと意見を加えて、ガビールの執務室を後にした。
「次はフェルサ殿と」
次いでフェルサを尋ねたのだが、演習視察に出掛けたとかで留守だった。ちゃんと仕事してるっぽい。
ま、辺境では臆病者扱いされてドサ回りしかさせて貰えなかった訳だから、今の仕事はやりがいがあるんだろうな。
当時はフェルサを戦力外通知していた鬼神達だが、今フェルサとの関係はすこぶる良好な様だ。
元々が誤った報告から始まった不理解だった事もあるだろうが、純粋に強さを認める鬼神の気質と、自分達が崇拝するリンクスと家族同然の関係である事、それとフェルサが昔の遺恨等に囚われない程に成長していた事もあったろう。
個人戦でフェルサから技術を学び、集団戦で親衛隊から戦術を学ぶ、互いに切磋琢磨しあう関係な様だ。
ちなみにリンクス親衛隊。集団戦はクッソ強いらしい。
モアイ率いる王国第一軍、ガビール率いる王国第二軍、イーラ率いる王国傭兵団との模擬戦で揺るがぬ強さを誇ったそうだ。
そんなリンクス親衛隊の所属は、正式には未だ定まっていないらしい。
モアイは、その堅牢な守備戦術を活かす為に王国守備の要にと主張し、ガビールは三十人という数を活かすなら、攻めの中での拠点構築こそ有効と訴え、イーラは傭兵なのだから傭兵団に所属するのが当然、と譲らない。
どの意見も一理あり、正当性と実利を伴い、会議は紛糾するが衝突にはならなかった。各陣営がリンクス親衛隊の獲得合戦をする間にも、フェルサが陣営間を回り、模擬戦や実技交換等を通して交流を計っており、今配属が決まっても直ぐに連携が取れる。そんな状態だそうだ。
ある文官は「将軍格という立場でしか出来ない事をフェルサ殿はなさっている」と非常に高く評価していたそうだ。
何か自分の事の様に嬉しいんですけど。
「失礼しました。予定の変更があったようです。以後気をつけます。次はクアッダ川上流です。河川工事に少しだけ力を貸りたいと」
朝から俺とリンクスの予定を管理し、訪問先を告げているのは、国王直属の連絡係り兼秘書の鉄子だ。
フェルサの近況も良く把握している。
リンクスは初め警戒していたが、鉄子は鉄の仮面を外す事無く、完璧な秘書として機能している。そしてこの女「鉄子」と呼ばれる事をあっさりと受け入れていた。
ちびっ子達が、何度言っても「鉄子」と呼ぶのに苛ついていた彼女だが、「お兄ちゃんがそう呼んでるの」とリンクスに告げられた途端「鉄子と申します」とにこやかに自己紹介をした。
屋敷を訪れる様々なニンゲンに俺の代理として会い、直接会う必要があるか判断し、俺とリンクスが一緒に行動する前提で数日間の予定を組んでいた。
スイッチさえ入らなければ非常に優秀な秘書だ。
そのスイッチが何処にあるのかが問題な訳だが。
シロとクロの引く馬車に揺られて、クアッダ川上流に到着した俺達。
「なんて速さ、王国にはこれほどの名馬はおりません」
鉄子にその健脚ぶりを褒められたシロとクロが「当然だ」とばかり鼻を鳴らす。
「シロとクロなの」
「どちらも黒いですが」
「黒いのがシロで、黒いのがクロなの」
「どちらも黒いですが」
……うん、大丈夫。仲良くやってる……事にしとく。
「リンクスちゃん!わざわざありがとう」
アゴに出迎えられ、俺達は問題の場所に案内される。
昨年川が氾濫し 川を掘り下げる工事をしているのだが、川底に岩塊が見つかり、予定の深さを取れないと言う。
そのままにすれば、増水した時に水の流れを乱し、思わぬ所が決壊する恐れがあるとか。そういう物なのか。
岩塊の大きさは見えている部分だけで高さ一メートル半、幅三メートル、奥行き三メートル半。地下にどの位埋まっているかチョット分からない。
チッチッチ。
岩塊に向かってエコーしてみる。
……外だと分かりにくいな。継続は力なり、とにかく訓練だ。
「土木部としては軍部の手を煩わせるのは、最後の選択肢にしたくて……」
なるほど。
土のオノマが使える鬼神に頼めば出来るだろうが、彼らは所属が定まっていないとは言え軍部。直接納税で予算が決まるこの国では、可能ならば自分の所で何とかしたい。んで、アゴがコネでリンクスにお願いを、そんな所か。
「ザクン主任、人払いを。見られない方が良いかと……そうですね武術の奥義を使う可能性があるとでも説明すればいいでしょう」
俺達の到着に、作業の手を休めて寄って来てしまった者達を、アゴが誘導して見えない位置まで連れて行く。
アゴってザクンって名前だったっけ?
覚えておこう、名前だしな、失礼だしな。
「天○X字拳!」
懐いのキターー!
あの大槍蛇の刺すら叩き折った、正にリンクスの奥義。
……が、岩塊は表層部が吹き飛んだだけで、砕く事は出来なかった。
『多分わかった』
岩塊の周囲を調べてみると、周囲を粘土質の土壌が覆っている事が判明。おそらくこの粘土質の土壌がクッションになって、衝撃を逃しているのでは無いかと思われる。
「超音波破砕法で行くの」
へ?
詳しくは知らないが、ソレって細胞膜とか壊してタンパク質取ったりする生物学のじゃ無いの?
「えっと、それじゃ両側から無○波なの」
理解。
挟んで同時攻撃して、中で衝撃波がぶつかるイメージで、って事ね。
調整はリンクス頼みとして、俺は最大出力で行くか。
『チェーーンジトランスフォーム!モードD!』
……。
いや、ポーズは付けてませんよ。
いや、まだモードBですけど。
ちょっと言ってみたかっただけです。
一気にモードDまで行く勇気はまだ無いです。
リンクスさん、そのジト目やめて下さい、ごめんなさい。
ぐ……やはりモードCからが重い……何とか一人で行けるのは未だにモードCの竜化までか……飛竜まで行こうとするとやはりリンクスの呼びかけが無いと、意識を持ってかれそうになる。
ヘソの下で息をするつもりで、ゆっくりと息を吐き、沸き起こる怒りを制御する。
「あぁ、何て神々しいお姿……アニキ様!」
近付くなよ鉄子……まだ制御しきれてないからな……。
リンクスに手を握ってもらい、ずっと呼びかけて貰いながらやっと怒りを鎮め、視界からも赤味が消える。
まだまだだな……何分位掛かってるか分からないが、これでは実践で使えないだろう。俺もリンクスも無防備になるし。
変身中は攻撃しないって様式美が、こっちにもあれば良いんだが。
無いとは思いますけど。
「アニキ様!スベスベかモフモフかフワフワか!どれか一つでも」
スイッチ入った。
ズビシ!
……切れた。
さて、作業に掛かるか。
「もちょっと早くなの」
「もちょっと遅くなの」
「ん、ったらグッてしてダーンなの」
リンクス先生ワカリマセン。
俺とリンクスは、同時挟撃による岩塊の破壊を試みたが……タイミングをぴったし合わせるのが難しい。
結局削るだけで破壊出来なかった。
もう暗くなって来たし、夜には何か別の予定が入っていた気もする。
何か悔しいなぁ。夜に訓練兼ねてコレやりに来るか。
『鉄子起こしてくれ』
「らじゃなの」
「キャー痛い痛い!もがないで!」
俺はモードAの人型に戻ってから鉄子を起こし、アゴに明日までに「何とかする」と伝えて貰った。
アゴの名前?覚えてますとも……リンクスが。
「リンクスちゃんがもぐから、腫れちゃって最近服がはちきれ……」
「もぐの」
「もがないで〜」
帰りの馬車の中、膝を抱えてブツブツ呟く鉄子。
「アニキ様せっかく竜神になったのに……ちょっと位ヤラせてくれても良いのに……」
何か物騒な事言ってるが、リンクスと一緒にいる内は大丈夫だろう。
大丈夫だよな?
「もぎまくるの」
「リンクスちゃんだって、大っきくなるわよ〜見れば分かるもの」
「なの?」
首を傾げ、目を輝かせるリンクス。
ちょ、リンクス釣られるな。まだ気にする様な年じゃ無いだろ!いや、そもそもニンゲンじゃ無いだろ!
「まずは沢山牛乳飲んで〜」
オカルトじゃねえか。牛乳あるんだ?
「それから毎朝、脇の下のリンパマッサージして〜」
ん?なんかソレっぽい事言い出したぞ。
「後はおっきくなった時に垂れない様に、大胸筋を鍛えておくのよ」
いや、鉄子……お前だってリンクスがドラゴンなの知ってるだろ。
リンパとか大胸筋とかニンゲン枠じゃねえか。
「フンフンフンフン!なの!」
リンクスが揺れる馬車の中で、指立て伏せを始めてしまった。
光のオノマで、お手軽Dカップでええやん。
「夜は城で会食の予定です。他国の使節団が来られるそうで、陛下直々に同席を願うとの事です」
使節団?俺達場違いじゃ無いのかね?
クアッダ王直々の話しってんなら、何か考えがあっての事だろうけど。
「シルシラやリースやアフマルは?」
「残念ながら、アニキ様とリンクスちゃんだけだそうです。一応公式なお客様だそうで」
今朝から思ってたが、鉄子って返事のペースが妙に早いのな。
相手が言い終わると同時に話し始めると言うか……相手が話してる内に答えを幾通りも準備して、選択を終えていると言うか……これが頭がよく見えるコツ?なのか。今度やってみようかな?喋れませんけど。
城内で簡単な食事をして会議室に移動した。
クアッダ王とラアサ。
文官は五名。
武官はモアイ、ガビール、、イーラ、フェルサ、そして俺とリンクス。
場違い感ぱねえっす。
それと文官……紹介されたこと無いな。皆壮年で力のある目をしている。背筋も伸び、堂々としている。
勝手なイメージと随分違うな。
俺の文官のイメージは、影でコソコソ権力闘争して足を引っ張り合ってるイメージだ。そして国王を裏切って敵国と内通……子供向けの物語だな。
「使節団の方がお見えになりました。ご案内致します」
老執事が半開きのドアから現れ宣言した後、観音開きにドアが大きく開かれる。
扉から現れたのは三人。
皆若い。二十歳前後だろうか。ゆったりとした動きやすそうな、白い服装に身を包み、落ち着いた動作で室内に歩を進める。
中央の男は背が高く、青い髪をオールバックに。
右の男は中背だが分厚い体付きで、短く刈り込んだ赤髪を逆立たせている。
左の女は小柄細身で、腰まで伸びた白銀の髪。
身に付けた服が白いせいもあってか、髪も肌も白い女の蒼氷の瞳が一際存在感を放っていた。
「ヒエレウス王国使節団、メントルと申します。こちらの赤髪がニキティス、こちらの白髪がカログリアです。本日は謁見の機会を与えて頂きありがとうございます」
中央の青髪の男が淀みなく話し、老執事の勧めにしたがって自ら椅子を引き席に着く。
俺はテーブルの上で組んだ両手をほどき、握った右手に左手を被せた。
使節団の三人が、自ら椅子を引くために視線を落とした時。
俺、ガビール、ラアサ、クアッダ王の視線が交差する。
見るとガビールも俺と同じように、握った右手に左手を被せている。
他の者は、両手の指を組んで、テーブルに乗せている。
『中に鎧を着込んでいる』
俺とガビールが出したハンドサインだ。
武器を所持していると感じた時は、左手を握って右手を被せ、武器防具両方と思われる時は、左手を被せた状態から親指と人差し指だけを組む。
フェルサの眉がピクリと動く。
緊張するなよ、こっちの探りがばれるだろ。
こうしてヒエレウス王国使節団との会談は、表面上は穏やかに滑りだした。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回更新予定 日曜日 20時




