43話 音
探索に入った遺跡。
順調に成長するちびっ子と、お守りのシルシラを安全な場所に置いて、俺とリンクスはご飯に出た。
そこで俺達は正体不明の敵と遭遇する。
闇のオノマに支配された空間で、完全に視界を失った俺達は、見えているかのように攻撃して来る敵に、対応出来ずにいた。
その時。
『動くな。なの』
その声に動きを止めた俺の首筋に入ったのは、リンクスからの意識を刈り取る程の強烈な一撃だった。
意識を失った俺を覚醒させたのは、右肩から全身に走る痺れる様な痛み。
恐らくは一瞬の出来事だったのだろう。俺はまだ地面に倒れこんでも居なかった。地面に付いた剣を持つ右手から、黄色い光の様なモノが出て消えた。
ん?何だコレ?
視線を転じると、床の辺りに緑の光点が点滅しながら近づいてくる。
なんなんだ一体?何が見えているんだ?
緑の光点の上、一メートル程の高さに今度は、赤く細い光が走る。
鋭い!危険を感じ俺は咄嗟に盾で受ける。
盾に当たった赤い光は、盾への衝撃と共にオレンジに色を変え、黄色から緑、そして青に色を変えながら波紋の様に周囲に広がった。
広がった波紋は眼前にいた人型を黄色く浮き立たせ、少し離れた場所の壁や通路を青く浮き立たせた。
敵が見えた!
俺は一瞬黄色く浮き立って見えた、眼前の人型に剣を振るう。
十分な手応えと共に、人型の顔の辺りから広がる赤い波紋。
波紋は俺にも当たってオレンジに俺を浮き立たせる。
悲鳴も上げないとは、プロの暗殺者か。
しかし俺が見ているモノは一体何なんだ。
『蛇の刺で突いたの』
は?
周囲に視線を走らせ、近付く緑の光点から距離を取りながら、思案する。
大槍蛇の刺である「漆黒の短槍」これで突かれると、心臓麻痺を起こすほどの神経毒で全身の自由を奪われる。あれ?そこまで効かなかったな。
……あとなんだっけ?何かあったな。
『視覚と聴覚が入れ替わるの』
あ!武闘大会で短槍で突かれたアゴが、場内アナウンスの大きな音に狼狽してたな。
って事はつまり、今の俺は音が見えてるって事?
そう言われてみると、さっきから音がまるで聞こえない。
今の俺には、視覚が聞こえてるのか?真っ暗だから無音なのか?
『リンクスも音を見てるのか?』
『リンクスはエコー練習中なの』
イ、イルカ?……置いとこう。
今見えているのが音だと分かれば、色々楽しくなって来た。
頭位の高さから出てる黄色い波紋は……恐らく敵が何か喋っているんだろう。見えない筈なのに何故躱されるんだとか、やられたのはまぐれだとか言ってんだろうな。
馬鹿め。
俺は一瞬で距離を詰め、黄色い波紋の数センチ下をなぎ払う。
黄色い波紋が消え、五メートル向こうに緑の波紋が光り、青い光りが一メートル程移動して消える。
刎ねた首が転がった。と言う事だろう。
また何か喚いてるな?顔付近の造形が反響で見える。
目の所にごっついゴーグル付いてるんですけど。
暗視装置?いやそれならリンクスの光のオノマで壊れてるか。だとすると……。
『リンクス、こうゆうの出来るか?』
『やってみるの』
お?
残った三人がめっちゃ喋ってるっぽい。狼狽してるのが見て取れる。
リンクスが背後に近付くのにまるで気付かずに、三人とも何かを叫んでいる。
リンクスの前に立つ黄色い波紋が消え、地面で緑の波紋を光らせて消える。
一人仕留めたな。
俺は残る二人に斬りかかる。足元の緑の光で場所は判るし、剣先の風切音が赤く光るから受けるのも容易だ。見失ったら、剣と盾を打ち鳴らせば反響した波紋で居場所が見える。剣士としては中位、まあ普通の腕前か。
てくてくと歩いて近付くリンクスは、ヤツらには全く見えていない。
俺がヘイトを取り、リンクスが倒す。
全ての敵が倒れると、耳鳴りがし始めた。
あーコレはアレか。景色が聞こえてるのか。
『流石お兄ちゃんなの』
『リンクスのお陰だ。ありがとな』
『エッヘンなの』
俺がリンクスに試させたのは「体温調整」敵の目が赤外線センサーなら周囲の温度と同一化する事で、姿を消せるのでは無いかと予想した訳だが、見事にはまったな。出来るリンクスも凄いですけど。
この耳鳴りにさえ慣れたら、意外と使えるかも知れないな、音の視覚化。
大きな音出されたら、目が眩むのかな?
リンクスの音が見えなくなったので、リンクスの真似をしてチッチッと舌を鳴らしてみる。
波紋が反響して現れたリンクスの姿は、天高く踵を振り上げるアンディ先生のお姿だった。
目から火花が散りそうな、見事な踵落としを披露して俺を気絶させた後、再び漆黒の短槍で突いて、視覚と聴覚を入れ替えてくれたリンクス。
今度は不意打ちじゃ無かったのに、やはり一撃で意識を刈り取られた。
リンクス恐るべし!
あー何か目がシパシパする。
視覚を取り戻した俺は、倒した敵を検分した。
この服装見覚えがある……そうかなり前に見たミドレンジャーの色違いの服装、帝国の兵か。
確かに村で怪しいヤツ扱いされた時も、遺跡やオノマの事を聞いてたっけ。
そう言えば……たおんたおん元気かな?最近色々ありすぎて忘れてたな。
……どうなんだろう……俺はそこまで、たおんたおんに会いたいのだろうか……目的が無い状態で取り敢えず「会いたいかな」と考えただけで、心の底から会いたいとか愛しているとか、そういうのでは無い気がする。
今では、より繋がりが深い仲間や、大切な人が幾らでも考えつく。
無論会いたいのは確かだが……今の仲間や、戦争を止める事を放っぽり出してまで会いに行きたいかと言えば、違う気がする。
俺って意外と冷たいニンゲンなのかな?人って環境で心も変わるのかな?あるいは両方か……。
具体的に、災難に会っているって訳でもないのもあるか。
仮にリンクスやフェルサが、災難に会って行方が知れないとなったら……全てを投げ打って探すだろう。なりふり構わない自信がある。
正面から乗り込んで、全てをブルドーザーしてでも、助け出す。後の事なぞ知らん。
「これなに?なの」
リンクスは帝国兵の荷物から、大切そうに毛足の長い毛皮に包まれた、モノを取り出した。
直径十センチ程の銀色に光る円盤、人差し指程の平たい棒、爪程の大きさの薄い欠片。
俺の感想ではソレは「記憶媒体」だ。
帝国が遺跡で探し求めているのは、過去の記録なのか?……いやオノマか!
オノマは特定のキーワードを発声する事によって操作すると博士は言っていた。そしてライブラには通訳機能も備わっていると。
一つの仮説を立ててみる。
特定のキーワードを正確に発声する事によって、オノマが発動するならば、通訳機能が仇となって正確な言葉や発声が伝わりにくくなっているのでは無いか。
フェルサが言っていた、特定の地方や民族で得意なオノマがあると。
それは地方や民族が、正確な発声を伝承出来ている。という事にはならないだろうか。
そして帝国は遺跡から古いキーワードを発掘し、博士が銃の時に使ったようなオノマを麻痺させる技術等を使って、通訳機能を介さない正確な発声を、かつての多彩なオノマを復活させようとしているのでは無いか。
ふ〜。久しぶりに頭使ったら眼の奥痛えや、いやコレは音を見たからか。
まあ、あくまで仮説だがいい線いってんじゃね?
帰ったら博士に聞いてみよう。
帝国が手に入れたオノマで、何をしようとしているかも知らないとな。
こっちはラアサに聞くべきか。
俺達は「剥ぎ取りチャンス」でメモリー等の記憶媒体と赤外線スコープ、携帯食料等を手に入れ、遺体を崩れた土砂に埋葬して、皆が待つシャッター区画へと戻った。
「お帰りなさいませセご主人様、遅いのデ心配しましタ」
「シルシラさんが待ってろって言うからさ」
「ボクは心配して無かったよ兄ちゃん」
お?
兄ちゃんに決定したのかアフマル。カタキを禁止してから「あの」とか「ねえ」とか呼び方が定まって無かったのに。
「な、何だよ兄ちゃんくすぐったいよ!」
俺は嬉しくなって、ギュッとアフマルを抱きしめた。
呼び方が定まったって事は、相手を認めたって事だ。
連れ子にやっとパパって呼んで貰えた様な嬉しさだ。多分。
コキノスが夢に出てきて諭してくれたかな。
「リンクスのお兄ちゃんなの」
リンクスが抱きついてきた。
ありがとなリンクス、今回もリンクスが機転を効かせてくれなかったらヤバかったもんな。俺はリンクスもギュッてした。
「えっと、アタイも!」
「ではオレも」
何故かリースもシルシラも便乗し、第一回「家族でギュッ」大会になってしまった。シルシラまで何やってんの?
俺達は戦闘訓練をしながら、来た道筋を戻っていた。
奥へ進む必要はもう無い。
帝国兵の戦利品を見れば、あらかた探索を終えた後だろうと予想出来たからだ。それに他の帝国兵が居ないとも限らない。
帝国兵が入ってきた別の入口があるのは確実だから、下手に奥に進めば帝国兵のキャンプに出てしまうかも知れない。
僅か二日間の戦闘訓練ではあったが、ちびっ子は見事に成長したし、帰路では全員での集団戦も経験出来た。
遺跡で得た宝物は、両手に余る程と言って良いだろう。
そうして、遺跡入口の縦穴に戻って来た訳だが。
「壊れてるの」
縦穴の上に組んだ筈の、やぐらの残骸とロープが小山の上にあった。
あー、そういう事か。
外のやぐらを見つけた帝国兵が、よそ者の遺跡からの脱出を防いだ上で、様子を見に来た……と。
帝国兵の装備に、ロープ等の縦穴を登る為の物は無かったから、別の入口から帰るつもりだったのか?
……縦穴の外に、帝国兵がまだ居るかも知れないのか。
だが、奥に進んでも帝国兵が使った入り口を発見出来るとも限らんし、それこそ帝国兵に遭遇してしまう危険が増すな。
あの闇のオノマは脅威だ。俺だって意識を刈られたらお断り出来ないし。
『視覚と聴覚の切り替えは、慣れれば自分でできるの』
マジデ?
ニンゲンってそこまで多機能なの?
いや〜でも、未だにモードDに変身した時の、感情の制御ですらやっとな俺には無理っしょ。
何か最近の訓練って、精神修行みたいのが多い気がする。
もちろん頑張りますけど。
しかし、どうするかなぁ。
俺は小山の上の、やぐらの残骸を見ながら腕組みをした。
……なんでみんな真似してんの?
「「「リンクスた〜〜ん」」」
聞き覚えのある暑苦しい声が聴こえる。
「「「ご無事ですか!リンクスたん!」」」
「出れなくて困ってるの!」
幻聴では無かった様だ。
縦穴の上の方から、リンクス親衛隊の声がする。
どっから来た。
縦穴から何かを唱える声が響く。エコーが掛かってなにやら荘厳な響きにすら感じられる。
ゴン、ゴン、ゴン……。
アフマルが打ち上げた光のオノマが、縦穴を照らす中、縦穴の壁面から段差のある土の板がせり出して来る。
ゴン、ゴン。
大地を槌で打つような音が止んだ時、縦穴には土で出来た螺旋階段が出現していた。一番低い段が俺達の頭上三メートル。
「そんなに長くは保ちません!急いで下さいリンクスたん!」
アフマルとリースを放り上げ、シルシラは俺とリンクス二人掛かりで投げあげて、先に螺旋階段を登らせる。
そして何の気無しに飛び上がり、螺旋階段の一番下の段に掴まる俺。
おお!?
身体能力上がってる!?今まで屋根の上などに飛び上がる時は、リンクスに抱えてもらってたから、自分で驚いた。
「ダンク出来るの」
そうだな!余裕でダンク出来るな!
おっとテンション上げてないで、縦穴登らないと。
俺達はこうしてリンクス親衛隊のお陰で、無事地上に戻り、クアッダ王国への帰路についた。
「どして分かったの?」
「「「親衛隊ですから当然です」」」
俺達を救い上げた、赤髭を始めとする三十人の鬼神からなるリンクス親衛隊は、特に誇るでもなくニカッと笑って、全員お揃いでガッツポーズした。
「ありがとなのー」
「「「リンクスたん、ま〜たね〜〜」」」
肩幅に脚を開き、左手を腰に当て、真っ直ぐに伸ばした右手を振る鬼神達。
一糸乱れぬおんなじポーズで手を振り、クアッダの俺達の屋敷の前で玄関に入るまで見送るリンクス親衛隊。
コイツらの鬼神は「神出鬼没」の鬼神だと、改めて認識させられた。
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次回更新予定 水曜日 20時




