40話 新たな
俺はシュタイン博士の提案通り、竜骨の欠片で左腕を痛打した。
膨らむ殺意と怒りを押し鎮めて、正気を保った俺。
だが。
会議室の隅に固まる一団は、竜の俺が姿を現した時よりも、更にこわばっていた。固まっている。
「驚愕」と銘打たれた彫像の群れの様だ。
「四枚羽なの」
背中に新しい感覚がある。
動かしてみた。
一陣の風が吹き荒れ「驚愕」共の髪や服を揺らす。
瞬きして皆揃って俺を指さす。
「「「羽生えたーー!!」」」
「大っきくて硬くてスベスベでモフモフでフワフワきゃーー!」
スビシ
「きゅぅ」
再び暴走して俺に抱きつこうとした鉄子を、リンクスが迎撃する。
コイツのスイッチはどうなってるんだ?てか鉄子……生きてるか?
「油断も隙もないチチなの」
「ぎゃー痛いイタイ!もがないで!」
えっと……ほっとこう。
俺の背中には四枚の羽が生えていた。
コウモリや虫型では無く、鳥型の羽が上下に二対。
広げてみる。
上の羽が両翼十メートル、下の羽が五メートル。
自在に動かせる。そしてこの意識野の広がりはどうだ。
羽毛一本一本が認識出来る気がする。
体の細部も、盾剣も微妙に形が変わってる気もする。
「は、はは……は」
会議室の隅の「驚愕」共は、もはや呆れ顔で笑っていた。
「おい、アニキでいいんだよな?」
クアッダ王の口調は陛下から、気さくな隊長さんになっていた。
俺は数歩進んで博士の頭に右手を乗せる。
博士以外は慄いて横へ移動する。
「早く来るんじゃぞ」
俺は踵を返す。
『リンクス!空飛ぼう!』
『飛ぶの!』
俺はリンクスを抱えてベランダに走り、翼を広げて月のない真っ暗な空へと飛び出した。
全身を覆う浮揚感。
鱗から伝わる夜の風。
そして眼前に広がる……中庭の地面。
あ、あれ?
ずど〜〜ん
墜落した。
で、ですよね……羽生えたからって何の訓練も無しにいきなり飛べませんよね……子供みたいにテンション上がった俺が馬鹿だった。
でもほら、痛いだけでどこも怪我しないし……。
く〜恰好わりい〜。
『ごめんなリンクス。訓練したらお空の散歩しような』
『約束なの!』
一緒に墜落したのに、リンクスはとても楽しそうに笑った。
幸い中庭には誰も居らず、リンクスと手を繋いで姿を消して、俺は会議室へと戻ってきた。……歩いて。
会議室は生暖かい空気が流れていた。
さっきまでの驚愕と警戒の空気は、微塵も感じられない。
「産まれてすぐ飛ぶ鳥はおらんじゃろ」
博士の慰めが痛いっす。
みんな笑うなよぅ。
翼を持つ亜竜が首を竦めて、頬をポリポリする姿は皆の微笑みを誘った。
その後の実験で分かった。
竜骨の欠片で確かに鍵は回る。
だがそれは「入」「切」では無く、ローテーションキーだったのだ。
竜骨の欠片を打ち付ける度に。
人型>盾剣型>竜型>飛竜型>人型
と四つのモードを順に巡る。
変身ヒーローになってしまった。
あまり変身し過ぎると「境界線が曖昧になるかも知れない」と博士にちょっと脅された。
遺伝子を書き換えるウィルス「リニュー」と変身を司るであろう「竜の因子」……竜の因子が優位なんだろうとは思うが……う〜む判らん。
右手首に竜骨の欠片をバンドで取り付け、ポーズを決めて左腕に打ち付ける……コレはアレか、もっと中二魂を震わせて、カッケーポーズを考えるべきか。ポーズの練習も……って飛ぶ訓練先だろ。
声が出てたら、変身の掛け声で一週間は悩む自信がある。
ゲームの最初のジョブ決めるのに一時間悩む俺だから。
夜明け前、報告会は解散となった。
今後の方針が大まかではあったが定まった事と、俺とリンクスが今後もクアッダ王国に腰を据えることが確認出来たからである。
解散後、王の私室。二人の人物が向かい合わせに腰を下ろし、コーヒーを飲んでいた。
クアッダ王と老執事である。
「しかしあの兄弟には驚かされてばかりだな」
「さようで御座いますな」
クアッダ王はカップを手にしたまま、肘をソファーの背に乗せて天井を仰ぎ、方胡座をかいて脱力していた。
一方の老執事は膝を揃え、背筋を伸ばして両手でカップを持っている。
「私は初めて竜というモノを目にしましたが、噂とは随分と違うようで」
「あの兄弟が特異なんだ、俺が前に戦った竜は殺意と食欲の権化だったぞ。百人からの調査隊が壊滅したんだから」
「それ程で御座いますか!恩人とは申しましても、その様な危険な種を王国内に抱えて大丈夫なので御座いますか」
「お前とは思えない愚かな意見だな。確かに人は無知の向こうに常に恐怖を抱く。だが無知は努力で解決できるが、無知から来る恐怖心で恩人を放逐するのは無能でしかない。俺は死んでから無能で恥知らずな王だったと言われるのは耐えられん」
「これは失礼を申し上げました。お許し下さい」
二人はカップを傾け、苦い液体で口を潤した。
「あの兄弟の出現無くして、今の俺の命も、今夜の静かな王国も無かったかも知れんのだ。引き合わせてくれたラアサも非常に有能な男だが、俺に忠誠を誓ってる訳じゃ無い。三十人の鬼神達もリンクスがここを離れると言えば、契約が残っていようが共に旅立つかも知れんし……」
「不安要素の方が多くは御座いませぬか」
「何度も言わせるな。そもそも無かったのだ。一傭兵が時流に乗って王なんぞになった。死ねば土に還るだけの事。ただ……俺を慕ってこの国を気に入ってくれてるヤツラは守ってやりてえな」
グス
「なんで泣いてんだよ」
「あの荒くれのお調子者が、良くぞここ迄成長なさったと思いまして」
「うるせえよ、お前のお陰だ」
老執事は潤んだ目を伏せ、頭を垂れた。
「あの兄弟には何か礼をしたいな、何を喜びそうか調べといてくれるか」
「国庫からは拠出出来ませんので、陛下の私財の範囲でという事で宜しいでしょうか」
「ああ、何なら国王を退位して、一緒に新しい国でも作ってやるか」
「や、是非ともお供させて下さいませ」
二人はまるで、イタズラを企む少年のように、無邪気に笑った。
「ロクムおいしい〜なの」
「ボク初めて食べた。甘くて美味しい!」
「ここのロクム美味しいね」
「ありがとねえリンクスちゃん」
フェルサの屋敷に泊まり、昼前に起きだした俺達は、遅い朝食か速い昼食かを摂りに、屋台の並ぶ路地に出張っていた。
久しぶりに両手を使ってお行儀よく食べた。
「ご主人様、病気が治っテなによりでス」
そう今の俺はモードA、人型だ。
隣ではシルシラが一緒にベンチに腰掛けて、硬いパンを豆スープに浸して食べている。おかずは串焼き一本。
「新しい屋敷ハ、王城に近い場所でしタ。必要な家具は揃えましたのデ、衣服や保存食を買いに行きましょウ」
フェルサの屋敷に居候いていたシルシラに、早朝クアッダ王からの使いが来た。屋敷とお金をくれるらしい。
俺達が寝てる内に、シルシラは屋敷の下見を終え、最低限生活に必要な家具類は既に選んでくれたそうだ。
助かるなぁ。毎回食事の度に地面に座ろうとするの、早く直ってくれれば良いな。
フェルサは俺達が目覚めた時に既に居なかった。
お仕事かな?将軍格とか言ってたもんな、忙しいのだろう。
「はいよ、コッチが昼でコッチが夜の弁当だよ」
「いつも済まないな」
お菓子屋の屋台のおばちゃんから、弁当を二つ受け取ったのは見事な顎を持つアゴだった。
名前なんだっけ?……まあいい。
行ってらっしゃいのチュウしてる。夫婦なの?
結婚の決め手は何ですか?
ええ、勿論彼の立派なケツアゴです。
的な?
「行ってくるよ、リンクスちゃんもいつも有難う」
「「「いってらっしゃ〜い」」」
弁当片手に、手を振って大通りに歩いて行くアゴ。
おばちゃんとちびっ子達に見送られて、お仕事に行くアゴ。
親子みたいだ。
リンクス知ってたのか?
「もうお友達なの」
「あの人ったら、武闘大会でリンクスちゃんに負けたじゃない?その後大変だったのよ〜リンクスちゃん見る度に五体投地してガクガク震えてさ。トラウマって言うヤツなのかね?やっと普通になってくれたよ」
アゴって漆黒の短槍で二回位死んでたよな?
挙句、降参した時リンクスに抱きついてたよな?
ドラゴンってばれてね?そりゃトラウマどころの話じゃないわ。
屋台の路地でもチラチラと視線を感じたが、大通りに出た途端、手を振ってくるヤツや、指を指すヤツ、終いには握手を求めて来る者まで出てきた。
武闘大会の上位者ってこんなに人気あるのか。
気分が良くて勘違い野郎になりそうだ。自重自重。
「黒い槍をくらえ!ナノー」
「ははは!俺にはどんな攻撃もきかん!」
「おい、アニキはしゃべんないんだぞ」
「い〜じゃん〜盾のつるぎをくらえガビール!」
「いって〜やったな〜」
通りで子供達が武闘会ゴッコしてる。
微笑ましくもむず痒い。
そうだぞ子供達。努力は心を鍛えるからな。
努力しても、硬くはならんかも知れんが。
大通りを服屋の方に歩いていると、茶色い長い髪に、赤地に白い水玉模様のリボンを付けた子がいた。
黒髪のリンクスの方が似合ってるな。
またいた。
今度の子が付けてるのは、赤いリボンに白いペンキか何かで水玉を書いたお手製っぽい。
何気に高いからなあのリボン。
服屋等がある区域に近づくと、街の人の身なりも少しずつ良くなる。
富裕層とまでは行かないが、自分の家を持てる位の層だとシルシラが教えてくれた。
「リンクスちゃんだらけだよ」
「みんな付けてるし」
「おそろなの」
大流行してた。
商店区域に入ると、小さい子供ばかりか、お姉さんも、お母さんも、リンクスリボンを付けていた。
リンクスは手を振られる度に、「こんにちはなの」「ごきげんようなの」と陽気に挨拶を返している。ちびっ子達が呆気に取られる程の人気者ぶりだ。
以前服を買った店に入ろうとした所、向かいの高級店から駆けて来る人がいた。ツインテールを揺らして。
「アニキさんですよね!店長が是非にと」
促されるまま店に入ろうとした時、シルシラが苦笑いをした。
ん?どした?
俺の視線に気付いたシルシラは説明してくれた。
店の入口に「リンクスちゃん御用達」と看板が掲げてあると。
赤地に白い水玉の看板……そんな事が書いてあったのか。なかなかのやり手だなマダム店長。
「ようこそおいで下さいました、アニキさんリンクスちゃんシルシラ様、そして小さなお客様方」
出迎えたマダムは前来た時より、更に上等な服に身を包み、頭の盛りも大盛りになっていた。
一言で言うと「儲かってまっせ」だ。
「アニキさんのお陰で大変潤っております。私達だけが潤いを甘受する訳にはまいりません。是非恩返しをさせて下さいませ。内緒にして頂きたい程、お安くさせて頂きますよ。うふふ」
そうしてまた新しい看板が出来て、リンクスシリーズとして売り出すんですねワカリマス。
ウィンウィンな関係なら遠慮は損だ。
見せて貰おうか内緒のお値段とやらを。
と、言うことでマダムの頭に、そっと右手を乗せる。
『ありがとう店長さん、甘えさせてもらいます。安くていいんで皆の分を三着づつ、子供達の服はとにかく丈夫な物を』
「まぁ、アニキさんったら……女が幾つになっても、ナデナデされるのを好きと知ってるなんて……私……うっとりです」
あれ?
『店長さーん、聞こえてますかー』
マダムがうっとりした目で見つめている。
あれれ?左手も頭に当ててみる。
『ハローもしもしハローもしもし?』
「ア……アニキさ……様、はぁん」
マダムが潤んだ瞳を向けて、唇を舐め吐息を漏らした。
何で?モードCの竜以上じゃ無いと使えないのか?接触回線。
「ご主人様、まだ日も高ク、小さな子もいますのニ」
「ねね、あのおばちゃんどうしたの?」
「しー、お姉さんだし」
「お熱なの」
何やら変なムードを漂わせ始めたマダム。
俺はリンクスに伝えてもらい、さっさと買い物を済ませた。
何故か「夜」に家に届けてくれると言い出したので、お片付けの習慣を付ける為に持って帰ると言ってもらった。意味判らんな。
俺とリンクス以外生肉を食べないので、市場っぽい所で食料を買った。
煮たり焼いたりには香草や香辛料が必要だろう。
買い物での口ぶりだと、シルシラが料理出来そうなので任せてみる。
その夜。
アフマルの「おねえちゃん」が初めて実用化された。
何とこのボクっ子、オノマが使えるのある。
火・水・風・土・光のオノマが使えた。
火は正確には熱か。
何という事でしょう!
母親であるコキノスは、我が子に密かにオノマを授けていたのである。
いつか、地下室から出られる日が来るのを祈って。
まだオノマの発動は不安定だが、炊事・洗濯・掃除をこなす内に上手くなるだろう。
今日から早速、シルシラの調理を手伝っていた。
「ボクがおねえちゃんなんだよ!」
めっちゃ嬉しそうだ。
ポニーテールが緩むほど、頭をくしゃくしゃに撫でてやったら「う〜」と口を尖らせながらも、まんざらでも無さそうな顔をしてくれた。
勿論後でキレイに結い直してやったが。
品数は少ないが量は多いシルシラの料理はイケた。
ハンターのお仕事してたんだっけ?自炊が基本なんだろうか。調味料を最低限しか使わない、素材の味を活かした料理だった。
細マッチョの浅黒いイケメンが、エプロン付けててきぱきと料理してる姿をみたリンクスが囁く。
「オリーブオイルなの」
吹いた。
確かに。
ウチのシルミチが食器を下げていると、玄関をノックする音がする。
「見てきまス」
あーシルミチ君、エプロン外して行ったほうがいいぞ。
夜は始まったばかりだった。
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