39話 会議
月の無い夜だった。
風も無く、世界を統べるのは闇と静寂。
無こそが完全なる平和。
静寂の支配を掻い潜り、無なる平和を乱す一行がいた。
「「「パンケーキまだですか〜」」」
ちびっ子三人組が閉ざされた門に向かって叫んでいる。
ここはクアッダ王国の町を覆う外壁前。
深夜の為、当然門は閉ざされている。
居るであろう当直に呼びかけて居るのだが……。
教えたのリンクスだろ。使い方間違ってるぞ。
深夜の子供の声に、覗き窓を開けた当直兵は、背伸びしてちびっ子達を覗き見る。
「どうしたんだい?こんな夜中に子供ばかり、通行証は……ないのか。大人は居ないのかい?」
警戒して当然だな。子供だからとホイホイと扉を開ける様では当直失格だ。
「居るけど隠れてるの」
「え?隠れてる?正直なのは良い事だけど、開けてあげられないなあ」
当直兵は後方に声を掛け、門の向こうが慌ただしくなる。
確かに俺もシュタイン博士も馬車に隠れてるけど、ワケアリだから。
リンクス、その言い方だと襲う気満々ですって聞こえるぞ。
「ボク達、怪しくないもん。さっさと入れるんでしょ」
「ねえねえリンクスちゃん。誰か知り合い呼んで貰えばいいんじゃない?」
「えっと、フェルサかガビール呼んでなの」
「ぬ、我が国の将軍を呼び捨てとは……」
そこでパタリと覗き窓は閉じられた。
対話の扉も閉ざされちゃった気がする。
う〜ん、もうちょっと話し方から打ち合わせしとくんだったな。
博士は、可能な限り人目に晒したくないし。
ぱか
覗き窓が再び開いて、今度は別の兵士が小さな窓からちびっ子達を見る。
「リンクスちゃんじゃないですか!」
「リンクスなの」
「アタイはリース」
「あ〜もうまた先に!ボクはアフマル」
胸を反らすリンクスに、頭巾の口当てをずらして顔を見せるリース。アフマルは地団駄踏んで悔しがっている。
門の向こう側からは
「え?リンクスちゃんって武闘大会の?」
「こんな暗くて良く分かりましたね」
「ふふふ、俺は娘に同じリボンねだられたからな」
とか聞こえてくる。
「リンクスちゃん、規則で通行証を持ってない人は夜間は通れませんが、今、両将軍に使いを出しました。しばしお待ちを」
「うむ、ちこうよれ、なの」
そこ「よきにはからえ」な。
待つこと十数分。門の小さい扉から、身を屈めて出てきたのは、顎髭の鬼神フェルサだった。
既に床に付いていたのだろう。寝間着にマントをはおり、腰に片手剣を帯びている。当直兵に「済まない、ご苦労様」と気さくに声を掛け、兵達もにこやかに敬礼をしている。
「将軍、ご苦労さまです」
慕われている様だな。
可能性は考えていたが、将軍になってたか〜。
立派になったなぁ。寝間着なのに堂々として見えるわ〜。
そう言う俺はというと。
馬車の幌の隙間からずっと「家政婦」していた。
「リンクスちゃん、師匠は一緒じゃないんですか?」
「お兄ちゃん馬車なの」
「将軍と……普通に話してるし」
「ボクにもそう見えるよ」
「師匠!元気でしたか!俺様は結局、将軍格って事に」
フェルサは声を弾ませ、馬車に駆け寄り、幌の中を覗きこんで……。
「師匠ぉぉぉぉおおおおお???」
静寂の闇にフェルサの絶叫がこだました。
約一時間後。
フェルサの先導で、城の会議室に案内された俺・リンクス・シュタイン博士。ちびっ子二人はフェルサの屋敷のメイドに預けてきた。「国王に会いに行く」と告げると。「と……友達?」と口を揃えて驚き、緊張するからと素直に待機に応じてくれた。
会議室で待っていたのは、クアッダ王・軍部長モアイ・傭兵団長イーラ・将軍ガビール・臨時軍師ラアサ・鉄子・おまけで老執事。
え?なんで鉄子がラアサの隣に座ってんの?
可能な限り内密にとフェルサに伝えたお陰もあり、文官の大臣に当たる部長クラスも呼ばれていない。
国王の私的な集まりってトコかな。
入ってきた扉をフェルサ自ら閉じ、リンクスの右ニメートルに立つ。リンクスの左にはシュタイン博士が立っている。
フェルサが正面を見据えて頷くと、クアッダ王が口を開く。
「皆に再度確認しておく。今夜ここで見た物、聞いた事、一切口外せぬ事。自らの魂に誓えぬ者は、席を外すがよい」
皆、クアッダ王を見つめたまま微動だにしない。
満足気に頷くクアッダ王。
「アニキはどうした。一緒に帰還したのでは無いのか?」
「それが……師匠は……」
場に一瞬冷たい空気が流れる。
「お兄ちゃん病気でチョベリバなの」
「ちょべ?とにかく無事なのだな?」
「ここに居るの」
緩んだ空気は、リンクスが俺の手を離した事で、凍りつく。
リンクスとフェルサの立つ中間、空気が揺れて異形の物が姿を現した。
ニメートル程の高さ、全身を覆う赤黒い鱗。
側頭部から生え、前方に曲がって突き出した二本の角。
金色に光る有鱗目。
鰐の様に突き出した口。
やや長めの首は黒いたてがみに覆われ、鉤爪の生えた手足は体に不釣り合いな程に大きい。
背中には花崗岩に似た突起が連なり、ニメートル程の尾の先に行くにしたがって鱗は立ち、剣の様だ。
そして左腕の盾剣は禍々しくその姿を変え、盾は大きく、剣はうねり、小さく波打った刃は切断面をより激しく傷つけるだろう。
息を飲む一同。
声を上げる者こそ居なかったが、口を押さえる者、目を見開く者、腰を浮かす者、反射的に抜剣する者。
「ジョース……お前ぇ」
「あ……兄貴……なのか?」
俺を見つめる瞳が現す感情は様々だ。
困惑、恐怖、疑問、疑惑……喜悦?
「アニキ様ぁぁああ!あぁ!なんて素敵なお体。硬くて大きくて冷たくてスベスベでモフモフとか!完璧ですわ。私にヒンヤリとモフモフをお授け」
ズビシ
「きゅう」
突如、爆乳を震わせ、叫びながら走ってきた鉄子の首筋に、リンクスがチョップを授けて昇天させる。
「ハ……ハーリス。この様な面があるとは」
クアッダ王が声を絞り出す。
場の空気が軽くなり、我知らず抜剣していたモアイが納剣してクアッダ王に頭を下げる。
「もぐの」
やめなさい。
「リンクスもなの」
リンクスは少女姿からドラゴンに姿を変えた。
驚愕の瞬間には違いないだろうが、俺のせいで多少感覚が麻痺したのか、取り乱す者は居なかった。
「余は竜の兄弟に命を救われたのか……」
「竜が人の言葉を話すのであるか」
「二人共ドラゴンだってぇ?……こいつぁ」
「兄貴やリンクスちゃんの事を、知ってたのはフェルサだけか?」
「リンクスちゃんは初めて遭った時がドラゴンでした。師匠がドラゴンなのはさっき知りました」
「竜に知性……」
軍部長モアイが思わず声を漏らして、ハッとなり俯く。
モアイ……声高え!
ニメートルに届きそうな巨体から、意表を突く高い声が漏れた。
照れるなよ、声出るだけいいじゃん。
「座って良いかの?」
そう言って博士は返事を待たずにテーブルに付いた。
俺とリンクスも座る。
ふう。っと自らを落ち着かせる様に一つ息をついたクアッダ王は口を開く。
「皆混乱しておるだろうから、敢えて余が話そう。まずお主ら二人はアニキ殿とリンクスちゃんで間違いないか」
「お兄ちゃんなの、リンクスなの」
「ふむその声、その喋り方、違いないな。まずは余との約束を果たし、良く帰ってきた……が、アニキ殿……いろいろアレだな」
深夜の会議は始まった。
ラアサが手を上げて、シュタイン博士の紹介をする。
次いで全員の簡単な自己紹介がなされた。
双方の情報が交換される。
クアッダをリンクスと旅立ってから今迄の行動。
クアッダ王国側の動き。
王国側もじっとしていた訳では無かった。
ラアサの指示の元、斥候を放ち、伏兵を潜ませ、集めた情報を分析して敵の行動を読む。そかから更に情報収集と分析を進めるのがラアサ流だ。
俺がハリーブでワハイヤダの屋敷に潜入した夜。
ラアサは既にハディード鉱山の動きを察知していた。
敵は、ワハイヤダの私設部隊。かつて機装兵のプレゼンをした時からの、手足。その名も「ワハイヤダ特戦隊」……。
なにその恥ずかしいネーミング……ワハイヤダ、急にパパをおやじって呼んだり、難しい漢字を使いたくなったりする病気に掛かっちゃったの?
とにかく、特戦隊の機装兵練度が高いことはラアサも掴んでおり、ジュウがどの様な使われ方をするのかも良く分からない。
ラアサは簡単に鉱山に引き返されては、特戦隊の戦力を削げないと判断し、一晩待って奇襲を掛けるべく、綿密に罠を張っていた。
特戦隊約百名に対して、待ち伏せる奇襲部隊約八百名。
八倍の兵力を用意しながら、ラアサは更に策を練った。
明け方の一体でも稼働している機装兵が少ない時間、脱いだ機装を先に使えなくし、用途不明のカプセルは確認もせずに油を掛けて燃やす。
奇襲の前夜、計画に基づく情報を集めていたラアサの部下は、深夜過ぎ、敵陣の中央付近から騒乱が沸き起こるのを感じた。
程なくして森に響き渡る「ダーーン」という音を聞いたと言う。
しかし、敵襲らしい事は分かったが、勢力も規模もまるで掴めない。
自分達の情報が漏れる事を危惧した偵察部隊は、引き上げたそうだ。
そうか、あの月下の乱戦に偵察部隊は居たのか。
リンクスは、今日は飽きずにお話を聞いていた。
自分にも分かる話しだからだろうか。
翌朝、戦場に訪れた、ラアサ他数名の盗賊団メンバーは、目を疑う。
自分たちが八百の兵と、万全の策を持ってハメ殺そうとした特捜隊が、ボロボロの状態を晒していたのだ。
ラアサは一瞬の迷いも見せず、皆殺しを命じた。
人でなしで、ろくでもないヤツラだと言う事は、調査済みである。
当初の奇襲計画でも、皆殺しの予定だった。
トドメを刺された特捜隊の兵は一箇所に集められ、埋められたが、全身が焼けただれた死体や氷漬けの死体、はたまた体に拳大の穴が空いた死体等、不可解な死体も多数あったと。
「特捜隊の物はぜ〜んぶ運んだ。何か大きなモノを引きずった跡から、馬の足跡追って、ハディード鉱山に行ったらよぉ。どうなってたと思う?ジョーズ」
ラアサめ、俺達だってわかってるくせに。
俺は見せる。
ラアサ指す、ガッツポーズ上下、耳横でパー。
「さっさと言えよラアサ。なの!」
「「「おおぉぉ」」」
「確かにそう言った気がするのである」
リンクス賢いなぁ。ちゃんと覚えてたか。
「また面白い事初めやがったなぁジョーズ、隠密行動に役立ちそうだから後で教えろよ」
ラアサは嬉しそうに笑い、鉱山での話を語る。
シュタイン博士を誘拐しに鉱山に入ったこと。
警備も誰も居なかったこと。
秘密の施設の全ての発電カプセルと、ジュウと機装兵を接収して来たこと。
根こそぎじゃねーか、大泥棒め。
誘拐の俺が可愛く見えますけど。
相変わらずの見事な便乗っぷりに、思わず顔がほころぶ。
「シュタイン博士はここで研究して貰っても?」
「ん?ワシはちゃんと研究できる環境ならどこでも構わんぞ、発電装置も持ってきたのじゃろう?静かな所がいいかの」
「シュタイン博士よ、我がクアッダの民の暮らしを豊かにする知恵を、分けてくれるとありがたい。無論お主の研究優先で構わないが」
「殺さない研究なら気も楽じゃ、陛下と呼ぼうかの」
クアッダ王の言い様が気に入ったのか、博士はにっこりと笑う。
どうやらシュタイン博士のFA宣言は、話がまとまった様だ。
ラアサが大きく息を吐く。
……大事な所だったのか。
くるりとラアサが顔を向ける。
「んで、たった二人で百人もの特戦隊と、やったのかぁ?」
ラアサはそう言って、テーブルの上に尾剣とワニマントそしてワニバッグを並べた。
分かってんだぞ、と言わんばかりに。
「白い悪魔もいたの」
「白い悪魔だと?」
「うん、分かんないの」
クアッダ王が濃い髭に手をやり、モアイとイーラに視線を送る。
二人共「存じません」とばかりにゆっくりと首を振る。
リンクスがワニバッグから、白い塊を取り出し、シュタイン博士に渡す。
「これが竜の骨か……ほ〜う直接触れるのは初めてじゃ」
「む、竜骨剣の芯であるか」
「コレぶつけたらお兄ちゃん戻るの?」
博士の前で大きく首を傾げるリンクスと、その言葉を聞いてどよめく会議室内。
「戻るってどうゆう事すか兄貴!」
「師匠の病気治るんですか!?」
「病気とは違うのか?」
「竜とも違う……のか」
シュタイン博士が掻い摘んで説明してくれた。
竜の骨でインパクトすれば、キーが回る可能性がある事を。
「竜のお姿もスベスベでモフモフで素晴らしいですが、小さなアニキ様のギャップ萌えも捨てがたいです」
鉄子がいつの間にか復活してラアサの隣に座ってた。
硬い喋り方する方の鉄子だ。さっきのは一体何だったんだ。
俺は竜の骨を右手に持ち、振り上げ……肘の辺り目掛けて打ち付ける。
コッ
……。
弱かったかな?何も起きなかった。皆の目はまだ続きを待っている。
だって、ビリビリ全身に来るの分かってたら、そりゃ腰ひけますわ。
分かっててコンセントに指突っ込めますかっての。
皆の目は……まだ続きを……待っている。
キラキラさせて……待っている。
分かったから!やるから!
見とけよ!俺のビリビリ!
ゴッ!!
バチッバチメキメキッ!
ぐおっ!なんで……この感覚……視界が赤く……。
会議室は広くなった。
俺とリンクス以外の全員が部屋の隅に固まり、俺を睨んでいる。
武器を手にしている者もいる。
やんのかコラ。たかがニンゲンが生意気に……喰うぞ。
体中がメキメキ痛い、リンクスが俺の首にぶら下がって何か言ってる。
う……大丈……大丈夫だ。
しっかりしろ俺。リンクスは無事だし、怒りに飲まれる必要は無い。
大丈夫だ……リンクスの温もりは、ここにある。
この激しい怒りを……喰えばいいんだ。
『お兄ちゃん』
『ありがとうリンクス、お陰で大丈夫だ』
視界が広くなり、赤さも消えた。
大丈夫、殺意の衝動はうまく抑えられた。
……え?
何でまだガクプルしてんの?
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回更新予定 水曜日 20時




