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38話 帰還

 「ダッシュじゃ!そこでコンビネーションじゃ!」


 「わんつーなの!わんつーなの!」


 俺は走っていた。

 正確に言うと「俺だけ走らされて」いた。


 リンクスとシュタイン博士が、シロとクロに跨がり、俺が減量中のボクサーの様に走らされていた。その掛け声やめてくれ二人共。

 だって体が大きくなっちまったせいで、馬に乗れないんだもの。

 乗れるかも知れないが、可哀想だろシロとクロが。


 因みに、馬の頭に右手を当てて名前を呼んでみたら、ちゃんと返事をした、お陰でどっちがクロでどっちがシロか分かった。

 額の模様がダイヤ型なのがシロ、ハート型なのがクロだった。


 博士のおふざけに乗った俺が悪いんだろうが、止めると「大したこと無いんじゃの」と馬上から見下されて「まだまだ行けるわいボケ」と意地になってしまった。


 まさか博士が、タレ目のボクサーのテーマを歌うとは思いませんでしたけど。


 ハディード鉱山へは堂々と入り、堂々と出てきた。

 以前ドラゴンが出たと噂になったからか、鉱夫はおらず、警備の兵が数名居るだけだった。


 二匹のドラゴンに挑む者などおらず、パニックを起こして逃げ散る兵士など目もくれず、鉱山に入った訳だが、出る時に至っては完全に無人だった。


 ドラゴンってどんだけよ。


 そして俺達が向かっているのは、イワンの町だ。

 クアッダとどっちに行くか迷ったが「けもみみリース」と「ボクっ娘アフマル」を預けたままだ。


 アフマルには別行動する事を直接伝えてないし、暗殺者コキノスが軟禁に甘んじていた理由も聞かなきゃならない。病気だったら薬とか要るだろうし。

 リースもワハイヤダへの復讐心から勝手に動かれてもマズイ。


 決してアフマルの髪を、リンクスと二人で結ってあげるのがちょっと楽しいとか、リースの尻尾や耳をモフモフしたいとかでは無い。



 「あ!リンクスちゃんお帰り!早かったね、アタイもっとかかると思ってた」


 「ボクを置いてどこ行ってたんだよ!」


 「ただいまなの」


 日も傾いた頃、イワンの町に俺達は着いた。

 ちびっ子二人は、宿の部屋で裁縫をしていた。村の人に手伝いを頼まれたのかも知れない。

 お手伝いは良いことだ。自分の居場所を作ってお礼を言われるのだから。


 「こんにちはおじちゃん。アタイはリース」


 「ちょっとリース!ボクがおねえちゃんなんだから、ボクが先に挨拶するんだよ!先に言わないでよ!」


 「ほっほっほ、元気がいいの。ワシはシュタインじゃ、博士をやっとる」


 「こんにちはシュタイン博士、ボクはアフマル。ほらリースもちゃんと挨拶するんでしょ」


 「アタイさっきしたし……」


 「ほっほっほ、その子はなんて子かの?」


 シュタインはアフマルの腕の中の、ボロボロのぬいぐるみの名前を尋ねた。

 おーナルホド。子供が大事にしてる物に、まずコチラから心を開く訳か。

 やるな博士。


 「ぬいぐるみ」


 「ほへ?」


 「コレは布の中に綿を詰めて作ったおもちゃだよ。生き物じゃないから名前は無いんだよ」


 意外にドライな子だった。


 「お兄さんは?アタイの鼻には、さっきからお兄さんの匂いがしてるんだけど」


 そう、俺は姿を消してリンクスと手を繋いでいる。

 ドラゴン姿で町に入ってパニックなられても困るし。


 「そう言えばカタキ居ないな。ワハイヤダ見張ってるの?」


 は?カタキ?……仇。

 確かにそうですけど、子供って……なんて残酷な生き物なんだ。

 おっちゃん泣きそうですけど。


 「カタキじゃなくて、お兄ちゃんなの!ここにいるの」


 そう言ってリンクスが繋いだ手を離すと、俺が姿を現す。


 !!!


 ぽて


 「キャーーーー!……キャーーーー!」


 リースは気絶し、アフマルは甲高い声で叫んだ。

 息継ぎをしてもう一回叫んだ。


 目の前に現れたのは、全長二メートルに届こうかというドラゴン。


 ズビシ!ズビシ!


 リンクスが二人の額にチョップをし、黙らせて、起こした。


 目をパチクリさせたリースがくんかくんかして、俺を見上げる。


 「本当に……お兄さんだ」


 俺がアフマルの頭に右手を伸ばし、アフマルは怯えたように硬直した。


 『アフマル聞こえるか?』


 「うわ……一人で出来るようになったんだ……カタキ凄い」


 まず先にカタキって呼ぶの禁止な。

 仇と恩人でチャラとは言わないが、俺だって傷付くだろ。俺を見るのが辛いなら、別に一緒に居なくてもいい。誰かに頼んで育てて貰うしか無いけど。


 「う……もう一人はヤダ……ごめんなさい」


 分かってくれてありがとな。それとアフマルは病気とかであそこに居たのか?コキノスなら連れ出せると思うんだが。


 「あそこから連れ出したら、バケモノになっちゃうって言ってた」


 ブラフだな。


 赤ん坊の時にかかった病気を、リニューに感染したと嘘をついて、コキノスを好きに使ったんだろうな。


 コキノスをこき使ったのか。ヤベ、ダダ漏れだった。

 アフマルがジト目で見上げてる。


 ただ嘘を確かめるには、実際に連れ出してみなければならない。

 ワハイヤダ……確かに悪知恵は回るようだな。嫌な野郎だ。


 「お兄さん、ワハイヤダ居た?アタイの出番?」


 俺は右手をアフマルからリースへ移す。

 怖がらせない様にゆっくり、そっと。


 『えっと……どうだ?聞こえてるかリース』


 「うわぁ、スゴイ……頭の中に声が……」


 リースは俺の顔を一瞬見上げて、慌てて目を逸らす。

 怖がらなくていいから、喰わないし。


 ワハイヤダのだろう馬車は見つけたんだが、本人かは確認出来なかった。

 俺がドジっちまって、ヤツの部隊と戦闘になって。


 「ワハイヤダの部隊って、まさか機装兵!?良く逃げられたね。そんなに多くなかったの?」


 数?馬車一台に付き、五体か六体だっと思うから多分五〜六十体かな。


 「三体で村を全滅させる位強いのに……」


 俺達だけじゃなかったし、とにかく連れて行かなくて正解だったわ。

 リースが不思議そうな顔で、俺を見上げている。

 俺が無双して来たわけじゃないぞ。


 「お兄さんの声……想像よりずっと優しい……。もっと怖いしゃべり方すると思ってた。……いいなぁリンクスちゃん」


 何がいいのか分からんが、アフマルに薬とか要らないなら、ハリーブに行かずにクアッダに行こうと思う。


 「え?あ、そっかワハイヤダがハリーブに居るかは分かんないんだもんね」


 それよりも、博士をここに置くのは、例え一晩でもマズイ。

 銃を手にしたニンゲンは、簡単に力に溺れてしまう。殺人も戦争もゲームにしてしまう悪魔の道具だ。


 「げーむ?」


 あ、今の無しで。


 とにかく、博士がこの町に居るとナツメ商会に知れたら、ココが戦場になる可能性もある。まずはラアサに相談したい。


 「分かった。ワハイヤダの匂いは覚えたから、いつでも探せるもんね」


 今度は博士の頭に右手を乗せる。


 『移動続きですいませんけど、すぐクアッダに出発します』


 「そうじゃの、その方が迷惑かからんじゃろの」


 一足先にリンクスに手伝ってもらって、姿を消して町の外に待機する俺。

 合流地点にリンクス達は、馬車に乗って来た。


 シロとクロが引くのは、幌がけの質素な馬車。

 どこにでもある、ある意味最も今の俺達に適した馬車だ。


 『ちゃんとお礼して来たか』


 「いっぱいありがとして来たの」


 「あ、お礼でしょ?ボクがちゃ〜んと全部回って来たよ!」


 「アタイが鼻で探してあげたし」


 「博士の礼儀はボク以下だね」


 いや、博士は町で世話になってませんけど。隠れてなきゃ駄目ですけど。


 シロとクロは、昨夜肉喰ったのが効いてるのか、疲れも見せず快足を発揮し、土煙を上げてガンガン追い越しを掛けてった。

 バブル期の宅配よか飛ばしてる。


 そして夜。


 『おい、ウソだろ』


 『ふ、まだまだ甘いな。なの』


 夕食後、じゃれ合いと言うには、レベルが高くなりすぎた訓練を、俺とリンクスはしていた。

 いつもの日課だが……ちょっと想定外の結果が。


 竜化した俺は、以前より力も強く、その大きな体躯にも関わらず素早かった。

 手加減を考えて始めた訓練は、俺を次第に本気にさせ、驚かせ、落胆させた。


 尾剣での訓練が活きて、俺は新しい体の部位「尻尾」を使えていた。

 遠心力だけで扱う尾剣より、自分の意思で打ったり振ったり出来る尻尾は実に使い勝手が良かった。


 バランサーとしての機能も優秀で、運動性が二割上がったと体感できる程の装備だった。制御は無意識で出来てるみたい。オートマだ。


 しかし


 余裕があったのは最初の数分間だけで、リンクスが何かを呟いたかと思うと、動きが一変した。


 力を増した俺の攻撃を、正面から弾き返し、素早い動きで翻弄し、格ゲーのコンボを決めてくる。


 剣の様に鱗が立った尾の振り回しを、自らの尾で相打ちにし、盾剣のなぎ払いを漆黒の短槍で受けたかと思うと、こんなまさかのタイミングでサマーソルトを見舞ってくる。


 繰り出すフェイントに尽く引っかかるくせに、次の動き出しが準備していた俺と変わらない早さとか、もはやチートとしか思えん。


 さてはさっきの……オノマで自バフ掛けやがったな。


 『オノマじゃ無いの、頭の中を……えっと……分泌を……ムリ……』


 説明諦めやがった。


 感覚派なんだろうか?まあ自転車乗る時に、バランスや作用点を理論的立てて考えながら乗る人も居ないしな。

 分からないけど出来るって、ある意味天才だよな。


 『えっへんなの』


 再開された訓練で俺は、本気モードのリンクスに歯が立たず、四苦八苦した。

 馬車に戻って幌の中で眠るまでのひと時、リンクスの動きを思い出し、あれこれ対策をシュミレートしながら横になる。


 「みんなオヤスミなさいなの」


 「ボクが……おねえちゃん……むにゃむにゃ」

 「リンクスちゃん……良いに匂い……くんくん」

 「……」


 約一名ピクリともしないが、生きてるよな?

 俺は洞窟での竜親子との生活を思い出し、ちょっとニヤけて眠った。



 帝国領辺境 ヒエレウス王国


 透明な液体が満たされた、円筒の水槽内に立つように浮かぶ男。

 管が入った口から時折空気が漏れ、流動した液体が青い髪を揺らす。


 水槽のすぐ側には、逆立った赤い髪の男と腰まで伸びた白銀の髪の女が立ち、水槽の中の男を見つめている。

 背後からの、布の擦れる音に振り向く二人。


 「待たせてしまいましたかの?カログリア、ニキティス」


 そう言って近づいて来たのは、金糸の入った法衣に身を包んだ老人だった。

 老人は二人に並んで、水槽を眺め、続けた。


 「メントルは今夜中にでも目を覚ますでしょう。既に腕も再生し、鎧も準備しました。目覚め次第出立して頂きますぞ」


 ほっとした表情をしたニキティスと、変わらず無表情なカログリア。


 ニキティスは肩の露出した赤いベストと、同じく赤いズボンを身に付け、カログリアは純白のタイトなドレスに身を包んでいた。

 老人は声のトーンを落として、二人に詰問する。


 「誰にも、何も、話してはおりませんな?」


 「ああ、裏門の兵士には口止めしといたゼ。メントルは大丈夫なんだな?」


 「魔獣を世界より駆逐する絶対強者たる勇者様が、大怪我をして逃げ帰って来たなど、あってはならぬ事。一度戻る用事が出来た事にしておきましょう」


 老人は注意深く辺りを見渡し、声を潜めた。


 「何があったのです?不意を付かれたとしても、勇者の鎧を纏った腕を千切るなど、想像出来ませぬな」


 「オイラは見てねえけど、メントルが朦朧としながら言ってたのは、亜竜とやったって……とにかく異常だったってよ」


 「アタシも相手した……幼体のくせに……」


 「たかが亜竜一匹を、勇者が三人掛かりで倒せないじゃと?」


 険しい表情を見せる老人。


 「だからオイラは見てねえって、三人バラバラに動いてたんだ」


 「最も冷静に状況を語れるメントルがこの状況なのは、致し方ありませぬが……取り敢えず詳しく話を聞かせて下さい。場合によってはその竜を捕獲して貰うやも知れませぬ」


 「……そう」


 「その竜の力を奪うのか?まあオイラは強くなれりゃ文句は無いゼ」


 作った力こぶをペチペチと叩くニキティスを、感情の希薄な顔で見上げるカログリア、何かを伝える様にじっと見つめている。


 「あっと、そうだった。ツブテを飛ばす見たこと無い武器で攻撃されたゼ。鎧が凹む程の威力だった」


 老人が眉間にシワを寄せる。


 「共和国が帝国に戦争を仕掛ける噂……現実味を帯びて来ましたね。正規軍だったと思いますか」


 「いや、遊撃にしても数が少ねえし、他の部隊との連絡を匂わせる物もなかったから、正規兵じゃねえと思うな」


 「まったく……戦争なぞ魔獣を尽く駆逐してから、すれば良いものを」


 「何で今戦争なんだ?」


 「オノマ・機装兵・勇者の儀などで魔獣に対してニンゲンが優位になって来たからの。いずれ来るニンゲン世界の覇権を求めてであろうが……愚かな」


 勇者二人と法衣の老人は、小声で会話を続けた。


 その様子は勇者の会議というよりも、黒い魔導師の密談の様な、陰鬱さを持っていた。

 





 

 

 


 


 

 


 


 



 

 


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 日曜日 20時

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