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37話 博士再び

 「久しぶりじゃのリンクスちゃん。リボン似合っとるの」


 「ありがとなのー。いろいろ教えてなの」


 翌朝目覚めた俺達は、リンクスの掘った洞窟を潰して、ハディート鉱山に急いだ。アノ老人に知恵を借りる為だ。


 シュタイン博士その人である。


 ハディート鉱山奥の隠し部屋で、老人は未だ研究を続けていた。

 体育館程の空間を持つ施設なのに、隅っこの狭いスペースでそこかしこに貼られたメモに囲まれながら、シュタインは生活していた。

 メモを見ても何をしているのか皆目見当も付かないが。


 「そっちのはお兄ちゃんかの?随分酷い有り様じゃの」


 そう、酷い有り様だ。


 包囲戦の最中、怒りに飲み込まれた俺は、ドラゴンへそして……。

 戻んなくなっちゃった。


 シュタインはドラゴン姿の二人を見ても、恐怖も驚愕も見せず愉快そうに口髭を歪めただけだ。


 リンクス、USB繋いでくれ。シュタインと直接話したい。


 『今なら、お兄ちゃん出来るかもなの』


 まじで?

 俺はシュタインの頭に手を伸ばす。


 「そ〜っとやるんじゃぞ。ワシが死んだら宇宙の膨張を止める研究が遅れてしまうのじゃ」


 何言ってるか判らんが、右手をそっとシュタインの頭に乗せ意識を集中する。アフマルと話した時を思い出してイメージ。


 『マイク音量大丈夫?チェック、1、2。紅茶がのみたいネー』


 「意味は判らんが聞こえとるぞ」


 有線会話機能来たーー!

 このアップグレードはでかいぞ!


 『博士、早速で申し訳ないんですが、昨日ドラゴンになっちゃいまして。このままだと何処にも行けないんで、ニンゲン戻る方法知りません?』


 「知らんの」


 即答かよ!

 同じ知らんでも、もうちょっと考えてくれよ。


 「竜化した時の条件を詳しく教えてくれれば、推測は出来るかもじゃ」


 条件……か。怒りに我を忘れて……全身に電撃の様な感覚が走って……赤黒い筋が走って、左腕から竜の鱗に侵食される様な。


 「おかわりじゃ」


 ぬ。あと同じ感覚があったのは……イーラの攻撃を受けた時、盾が割れて肘に当たって……その時盾剣になったな。

 あの時も、猛烈な殺意に飲み込まれそうになったな。

 リンクスの声で、正気を保てた気がする。


 「おかわりじゃ」


 く。とんかつ屋のキャベツみたいにお代わり要求して来るな。

 その前は、虫津波の片付けしてる最中にいきなり手に戻ったんだっけ?

 んで、その前がワニと戦ってる最中に初めて盾剣になったな。


 そして、俺の左腕はリンクスに喰われて、マザーに生やして貰った……と。


 「ごめんね、お兄ちゃん」


 「なんと……竜に授けられた腕じゃったのか」


 シュタインは大きく目を見開いて驚いた。

 そして口髭に手を当てて考えこむ。


 リンクスは今更ながらに申し訳無さそうな表情をし、俯いて盾剣に触れた。

 怒ってなんて無いからな。お陰で俺はリンクスと繋がったし、そもそもリンクスが俺を見付けてくれなかったら、生きて無いだろうし。


 「あんたが竜の因子を持っとるのは分かったが、何かキーとなる共通点があるはずなんじゃ……」


 え?竜の因子?授けられた?ちょっと分かんないんですけど。


 「肉体の欠損部を再生するには、その構成物質が必要じゃ。元素で言えば、酸素・炭素・水素・窒素・カルシウム・リン・硫黄・カリウム・ナトリウム・塩素等じゃな、ここまでは判るじゃろ?」


 お、おう。

 もうちょっと端折ってくれてもいいですけど。


 「腕を再生する時、あんたはそれらを母竜から貰ったんじゃ。因みにニンゲンから腕一本分の構成物質を一時に抜いたら、ショック症状を起こして死ぬじゃろの」


 俺は禍々しくアップグレードした、左の盾剣を改めて見つめる。

 SSレアだったのか。


 「成竜の因子を帯びた物質は、死んでも効果を発揮し続けるんじゃぞ」


 ん?死んでも?……今何か引っかかったな。


 ……イーラの板剣!竜の骨を芯に作りなおしたとか鉄子が言ってなかったか!

 んで、戦いが終わってからリンクスが俺に渡した白いモノ。


 竜の骨か。


 竜の骨が入った板剣で、左腕をぶっ叩かれたせいで、あの時盾剣が発動したのかな?んじゃワニの時は?


 「海嘯……虫津波の時は、よく成竜が上空で目撃されるんじゃが、その時は居らんかったかの?」


 「ドラゴンの気配あったの、空に」


 そうなの?気配とか判らんが、ドラゴンなんて……。


 あ。


 根地の森を抜けた辺りで、リンクスがやたら空ばっかり見てたな。

 あの時ドラゴンの気配あったのか?


 「条件は見えてきた様じゃの。一度目は海嘯を見張る成竜との共鳴、二度目は成竜の骨とのインパクトじゃろうな」


 共鳴?いっつもリンクスと一緒なんですけど。


 「幼竜と成竜の因子の強さは桁違いじゃ。因子の大きさで言えば、リンクスちゃんよりもあんたの左腕一本の方が、遥かに大きい筈じゃ。まあ、竜は新しい種じゃから謎の部分が多いんじゃがの」


 ゴメン容量不足っぽい。簡単に言うとどうすればニンゲンに?


 「成竜がキーで、怒りの感情がスイッチと仮定するなら、キーかスイッチかどっちか切ればいいじゃろの」


 怒りが静まってもドラゴンのままの俺は、スイッチが壊れちゃったって事?


 「コントロール出来てないだけかも知れんの。ココロはワシの専門外じゃから判らんが、もう一度成竜の骨とインパクトすればキーは回るかも知れんの。しかし……」


 そう言ってシュタインは俺の右手を頭からのけて、周りを回って、俺を観察し始めた。

 お?成竜の骨とインパクト。光見えて来たんじゃね?


 あれ?骨どこだっけ?


 ……昨日の森の中だわ。ドラゴンに変身しちゃった時、尾剣もワニマントもワニバッグも全部落として来たわ。

 クアッダ行けば、イーラがまだ欠片でも持ってるかな?


 「あんた……竜の因子が侵食するのは直接授けられたから判るとして……他の魔獣の遺伝子も侵食しとるな……ライブラが効いておらんのかの?」


 シュタインは再び俺の前の椅子に腰を下ろし、右手を掴んで自ら頭に乗せた。


 ライブラ?遺伝子?確かに俺の姿はリンクスとちょっと違う。

 今まで喰ってきた魔獣の特徴がそこかしかに見えるけど……マズイのか?


 ライブラってなんだ?


 「ライブラから説明か面倒じゃの……」


 シュタインの口から語られた「この世界の歴史」……。


 二十五世紀。

 世界はテロと民族紛争によって混乱していた。

 大国は一向に実らない調停介入を諦め、国益になる兵器輸出をする様になる。


 温暖化、砂漠化、異常気象、そして戦争。


 愚かなニンゲン達は、そのまま自分達の世界を滅ぼしてしまうかと思われたその時。

 一人の天才が戦争を放棄する発明をする。


 粒子の移動速度を制限し、通訳機能を備え、自己増殖、自己死滅を繰り返すナノマシン。


 素体の精製の難しさから、神の天秤(ゴッドライブラ)と呼ばれたナノマシンは、世界政府加盟国の過半数の同意を得て、世界に散布された。


 世界は静かになった。ライブラの散布により、ミサイルから銃まで爆発を伴う燃焼は全て抑制された。

 ジェット推進装置や内燃機関が作動しなくなった事により、世界は広くなり、コミュニティは狭くなった。


 貧富の格差や民族対立が無くなった訳ではなかったが、世界は殺戮兵器と言葉の壁を放棄した。

 恨みも無く言葉の通じる相手を自らの手で殺す職業は、廃れていった。


 リンクスが椅子で足をブラブラさせてる。

 飽きちゃったかーだよねーお話し難しいもんなー。


 「ま〜るかいてちょん、ま〜るかいてちょん♪」

 シュタインの背後のメモに落書きしちゃってるけど大丈夫か?


 シュタインはリンクスの手元を見ながら話を続ける。


 ナノマシンにはエネルギー問題に対するアプローチも盛り込まれていた。


 キーワードを発声する事による、ライブラの操作。

 分子を制御した熱操作、大気中の水分を集める吸水、光量子を制御した発光。

 これにより、極貧層の生活レベルは格段に向上した。


 温暖化曲線も緩やかになり、土壌の改善を待って、ゆっくりではあったが食料問題も解消に向かっていた。


 ……が。


 世界の限界は、既に許容量を越えていた。

 表面張力によって、辛うじて溢れないグラスの水の様に。


 温暖化による極地氷溶による海底撹拌によって、メタンハイドレードが波打ち、海面が燃える現象が世界で見られる様になると、永久凍土の融解が急速に進んだ。


 そして太古の悪魔が目を覚ます。


 エンシェントウィルス「リニュー」


 進化論を唱える学者が常に立ち止まる「突然変異」と言う壁。

 BがAから進化したとして、何故Aは進化を止めたのか。

 その突然変異の答えと思われるウィルスがリニューだった。


 プスプス


 「きゃ〜博士ストップなの、お兄ちゃん頭から煙出てるの」


 「わははは、面白いヤツじゃ」



 ん?あれ?話……終わった?寝てた?


 「ブルスク吐いてたの」


 落ちたのか……我ながら情けない。

 博士スマンちょ〜簡単に頼む。聞きながら考えるのキビシイっす。 


 「やれやれ、そうじゃなリニューは遺伝子を書き換える病気じゃ。亜人や魔獣は病気なんじゃ」


 この世界のヤツらの、病気の守備範囲がやたら広いの、分かった気がする。


 「そしてリニューを押さえるライブラが出る。完全じゃないがの。生殖遺伝は防げんし」


 子供作ると感染るのか?


 「それを理由に、帝国は徹底的に、魔獣だけでは無く亜人も抹殺しとる」


 ニンゲンって……なんで選民意識が高いんだろう。

 眼前に脅威があっても、同族で殺しあうなんて。


 「全くじゃな。呪われた種などと言ったヤツも居たが、その通りかも知れんの」


 「エーケーなの〜」


 リンクスが銃で遊びはじめた。AK?それなら俺でも聞いたことあるぞ、ロシアのライフルだよな?

 あ、そう言えばあの銃ってレールガン?電気使ってたし。あれ?でもAK?


 「旧来の火薬の銃じゃよ。プラズマが発生と消滅を繰り返すギリギリの領域で、ライブラが自己の分子構造を維持しようと……おほん、電気でライブラを瞬間的に麻痺させるんじゃ」


 お、おう、ありがとな。

 所でどうやって発電してんだ?風力?ソーラー?


 「比重発電じゃよ。水槽で回る車あるじゃろ?」


 熱帯魚とかの水槽の?空気で回る水車みたいなアレ?


 「あれにリムと非接触発電の磁石で発電するんじゃ。遠心力で比重を変えて電圧を変えられる永久機関なんじゃが、極東の島国にしか作る技術が無いんじゃ」


 何か今、誇らしい気持ちになりましたけど。

 永久機関とかカッコイイですけど。


 博士。こんな所で人殺しの兵器作ってないで、一緒に来ないか?発電カプセル運べば、ここじゃ無くても研究出来るんだろ?


 「ワシは研究が出来ればどこでもいいぞ」


 んじゃ今すぐ行こう。ここの施設の銃は全部使えなくしたい、どうすれば良い?


 「今すぐじゃと?」


 だって誘拐だもん。善は急げ、悪はもっと急げってな。

 シュタインは腹を抱えて笑った。


 「面白いヤツじゃの。準備に十五分、それと銃はカバーの筒の横から基板を抜けば使えんよ。あの扉の向こうにカバーが仕舞ってある」


 シュタインは言いながらも、既にデカイ鞄に次々とメモやらノートやらを放り込んでいる。


 『リンクス、競争するか。どっちが多く基板集められるか』


 「やるの!よいドンなの!」


 暇そうにしていたリンクスは、やる気マンマンで扉に走って行き……。


 「お兄ちゃん!キバンって何?なの!」


 戻ってきた。


 そして俺が一個目の基板を慎重に外すのを、俺より至近距離で見てから、隣のカバーに取り掛かる。


 「勝った!なの」


 『ま……けた』


 それも結構な差で。俺は盾剣の長さも、手の形も大きさも違うのをスッカリ忘れていた……。リンクスがブリッジ出来そうな位ふんぞり返っている。


 くぎゅううう。

 


 

 


 


 


 


 


 


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 水曜日 20時

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