36話 乱戦
月明かりの下、俺のカプセル破壊は続いている。
とにかく銃を使えなくして、リンクスが撃たれるのだけは避けたい。
二台並んだ馬車に、撃たれ、斬りつけられ、ようやく辿り着き、ケーブルを二本切断した。俺もボロボロだ。
その時。
世界がブレた。カン高い耳鳴り。
視界が色を失って行き、音は水の中にいるかの様に不明瞭だ。
頭を……打たれ……たのか?
マズイ……意識を失う……訳には……。
倒れたらしい俺は、盾剣を脚に突き立ててみるが、微かな痛みしか感じない。
益々狭くなる視界。音はもう聞こえない……。
ドーーン!
痛ってぇええ!
俺の体は激痛と共にバウンドした。
急速にフォーカスの合う世界。音は未だ不明瞭だが、手放しかけた意識が戻ったのは確かだ。
「なんで銃が効かないんだ!」
「貫通しない!バケモノめ!」
銃兵の狼狽が聞こえてくる。今撃ったのお前だよな。
気絶する寸前に撃ってくれたお陰で、激痛で意識を取り戻したが、あと数秒遅く撃たれてたら、俺はコイツに殺されてた訳だ。
フラフラと立ち上がる俺に群がる機装兵。
「銃も効かねえが、コイツの剣は俺達に通らねえ!なぶり殺しにしろ!」
「バケモンが調子乗りやがって!」
四方八方から打ち付けられる大剣。
激痛に全身が悲鳴を上げる。
何で笑ってやがる。
テメエもテメエもテメエも………。
羽交い締めにされた俺の胸に、銃口を押し付けて引き金を引く銃兵。
「ハハッツ!何発耐えられるか賭けようぜ!」
「そいつはいいな!」
コイツもコイツも……狂気に駆られた顔で笑ってやがる。
「もう抵抗してないんだから、捕縛しとけばいいだろう」
「仲間が大勢やられてんだ!」
「だからと言ってこんなリンチは」
ダーーン!
「なーーんだ、銃はちゃんと予定の威力出てるなぁ」
「ハハハハ!偉そうに、何様だよ!」
リンチを非難した男は、撃たれた。
仲間に撃ち殺された。
リンクス……逃げろ……コイツら狂ってやがる。
自らの努力に寄らず手に入れた力は、未熟な精神を一瞬で蝕む。
笑いながら俺にリンチを加えるコイツらこそ「バケモノ」だ!
『……リンクス?』
『おい!リンクス返事しろ!』
離れ過ぎたのか?まさか……リンクス……。
リンクスがリンチされている姿が脳裏をかすめる。
ボロボロで、血だらけで、助けてと叫ぶリンクスを、笑いながら、なお執拗にリンチする狂ったニンゲン。
その時……
俺の魂が……
吠えた。
メキッ、メキメキッツ!
盾剣が脈動し、赤黒い筋が侵食するように体に伸びてゆく。
神経を直接いじくり回される様な激痛が全身を襲い、視界は赤く染まる。
リン……クスに……何かあったら……テメエラ……クイツクシテヤル。
戦場の一角。
青銀の鎧を纏った男は、ワイヤーに繋がれたナイフを駆使して、機装兵を一体また一体と戦闘不能へと追い込んでいた。
巧みにナイフを操り、間接部に突き立てては、凍結してゆく。
機装兵の振るう大剣は空を切り、ようやく捉えたかと思われた瞬間、腕甲によって塞がれる。
「ふむ。勇者の鋼の硬度は十分だな」
大剣を防いだ腕甲は、表面に一筋の傷を受けただけ。その傷もスッと消える。
青銀の男の周囲には、既に十を超す機装兵が氷漬けになっていた。
その時。
男は戦慄を覚えて振り返った。
「なんなのだ、この強烈な殺意は………強大な魔獣の様な」
青銀の鎧を纏った男は、駆け出した。
途中無防備に背中を見せて立ち尽くす機装兵二体を凍結させ、男は見た。
「ドラゴン!?いや、亜竜か!?」
その光景は言葉で現すならば「メチャクチャ」だった。
機装兵の脚を掴み、振り回し、叩きつける。至近から放たれるツブテを尽く左腕の盾で弾く。盾から伸びた長大な剣をなぎ払い、まるで積み木を崩すが如く機装兵をなぎ倒すモノ。
全高およそニメートル、尾の長さも約ニメートル。
赤黒い鱗に覆われた体、ドラゴンに似た頭部、左腕の盾とそこから生えた禍々しい形をした長剣。
バランスが悪い程、不自然に大きな手足。
体中のそこかしこには、ドラゴン以外の魔獣の要素が見られる。
前方に突き出した角。
獅子の様なたてがみ。
背中に生える花崗岩の様な突起。
剣が生えた様な尾。
「魔獣を滅ぼさんが為に授かった勇者の力、その全てを持って滅ぼす!」
青銀の男は背中下部の装甲を開いた。
そこに見えたのは、左右三対に収められたナイフ。
その内一本だけが、ナイフの穴に青白い光を湛えている。
背中に手を回し、両手を前に出すと同時に幹に突き立つ五本のナイフ。
男は何かを呟きながら幹に近付くが、マスクの為に言葉は判らない。
幹の前に立つ男の両手、十本の指の間には青白い光球があった。
青白い光球は幹に突き立ったナイフに近づけられると、自ら指間から離れ、ナイフの穴に収まって行く。
背中の装甲に触れると、ワイヤーに巻き取られてナイフは背中へと戻った。
視線を切ったのは僅か五秒程、振り返った青銀の男は眉をひそめた。
二十体は居た機装兵は尽くバラバラになり、ツブテを飛ばす黒い筒を持った兵士は肉塊に、馬車に積まれた円筒の何かはバチバチをと音を出して煙を上げていた。
亜竜が居ない。
男は全身に恐怖を覚えて飛び退る。
ズドン!
上空から襲いかかって来たのは、亜竜の姿をした殺意。
左腕の長剣は、さっきまで男が立っていた地面に、深々と突き刺さっていた。
男はナイフを二本投じる。
ナイフは青白い尾を引いて、左右から亜竜に迫る。
キキン
左右からのナイフは、二本とも盾によって弾かれた。
直後ナイフの光球が光を発し刀身を氷の結晶で覆うが、亜竜の盾とは既に接点が無く、凍結しなかった。
「尋常では無い反応速度の様だな」
青銀の男は、巻き取られたワイヤーによって手元に戻ってきたナイフを両手に握り、意を決して接近戦を挑む。
そして再び戦慄する。
「この亜竜………異常だ!」
男の接近に対して、亜竜は後方に一歩飛び、距離を取ると見せて次の瞬間肉薄する。
左腕の長剣をなぎ払い、男が姿勢を低くした所に、足払いと尾の連続攻撃。
突き出されたナイフを盾で弾き、首への突きをフェイントとした脚への突きを躱し、男を蹴り上げる亜竜。
素早さと小回りで、上回ると踏んだからこそ挑んだ接近戦であったが、素早さばかりか接近戦での変幻多彩な技に息を飲む。
三手に一手は攻撃を受け、勇者の鋼の鎧は凹み、亀裂を生じた。
「……ばかな、これでは鎧の自己修復が追いつかない!」
素早さで上回ると思えばこそ、防御力で圧倒出来ると思えばこその接近戦。
まさか魔獣相手に技までも遅れを取るなど、到底認められる現実では無かった。
男は距離を取り、赤い光球を飛ばす。
そして何度目かの驚愕をする。
赤い光球を見た亜竜は、足元から小枝を拾い上げ、光球に投じた。
空中で小枝に触れた光球は、二十センチ程に膨れ上がり、高温を発する。
「亜竜が!オノマを知っているだと!」
驚愕の隙を付いて亜竜の長剣が迫る。
間一髪上体を反らして躱す男。
「退けぬ、退けぬのだ。勇者として全ての魔獣を滅ぼす使命を背負う身、亜竜といえど退けぬのだ!」
男は、左右と上方にナイフを飛ばしつつ、両手にもナイフを握り、再び亜竜との距離を詰める。
「一刺し、一刺し出来れば、私のナイフが全てを凍らせる!」
赤銀の男は、炎の中に佇んでいた。
樹木の焦げる匂いに混じる異臭は、ゴムの溶ける匂いか、人の焼ける匂いか。
「しっかし機装兵ってのは無駄に硬えな、当たり所が悪いと手が痺れるゼ」
そう言って、手をひらひらさせる赤銀の男が手にするのは、トンファーにも似た金属製の武器だった。
握りに対して直角に伸びる五十センチの棒。
その中央の穴には赤い光球が光る。
握りを中心にクルクルと向きを変える棒は、時には短い方で突き、時には長い方で叩き、二の腕に添えて防ぎ、持ち替えて脚を刈る。
そして、棒の先端部が触れる度に高温を発する。
「おらおらおら!」
機装兵の懐に飛び込み、連続でトンファーを振るう赤銀の男。
トンファーで打たれた所が赤く発熱し、連続で打たれる事で、胴体の装甲が真っ赤に灼熱する。
「ぐあぁぁああ」
機装兵のキャノピーの中に立ち上る炎。
キャノピーを掻きむしり、転がり、やがて動かなくなる機装兵。
時折大剣や銃弾が赤銀の男を捉えるが、勇者の鋼で出来た鎧を貫く事は出来ない。
「ヘッ!掛かって来い!オイラが全て灰にしてやるゼ!」
戦場を言葉通り灰にして回っていた赤銀の男が、ピクリと動きを止める。
周囲には氷漬けになった機装兵数体が、彫像の様に立っていた。
「メントルの跡……何だ?向こうの温度……低すぎねぇか?」
冷気に誘われる様に移動してきた赤銀の男は、三メートル立方の氷の塊を見つけ、走りだす。
「メントル!メントル!何があったんだ!おい!聞こえるか!」
赤銀の男が駆け寄った氷塊の中には、膝を付いてうずくまる青銀の男が居た。
氷解に両手と額を擦りつけて、中の男に叫ぶ赤銀の男。
「生きてるよな!壊すゼ!」
トンファーで氷解を乱打する赤銀の男。
辺りに氷片が飛び、水蒸気が立ち込め、氷塊を半分ほど砕いた所で氷塊が砕け散り、中に居た青銀の男が地面に崩れ落ちる。
ガチャンと鎧を打ち合わせ、抱きとめる赤銀の男。
青銀の男のマスクが収縮し、ゴトリと地面に落ちると、弱々しい声が口から搾り出された。
「こうして待っていれば、来てくれると思っていたよニキティス」
「何があったんだ、……おい!右腕どうした!」
「喰い千切られた……ここから早く離脱するのだ、あの亜竜は尋常じゃない。カログリアにも合図を」
ニキティスと呼ばれた赤銀の男は、腰から筒を取り出し空に向けると、紐を引いた。笛の様な音を立てて空へ飛んだ光球は、上空から夜の森を照らした。
右腕の付け根の傷にナイフを当て、傷口を凍結させて止血したメントルと呼ばれた青銀の男は、ニキティスに肩を借りて立ち上がる。
「んで、お前の腕喰い千切ったヤツはどうした?刺し違えたのか?」
「……いや、突然あらぬ方を睨みつけたかと思ったら、そっちに走って行ってしまったのだ、私など眼中に無かったかの様に。命拾いしたのは確かだが、正直ショックだよ」
「顔色がヤベエ、あんましゃべるな。生きてりゃリベンジってだけだゼ」
赤と青の男たちは、支えあう様に戦場を後にした。
「あっちいけなの!しつこいの!」
「これ程手こずる……幼体に……」
リボンのドラゴンリンクスと、白銀の女カログリアの激闘は続いていた。
ドラゴンは時折遠くを気にする素振りを見せ、戦いに集中していない。
にも関わらず、白銀の女はドラゴンを倒し切れないでいる。
「お兄ちゃんの声聞こえない……もう頭きたの!」
「仲間……合流させない」
ドラゴンは大きく飛び退いて距離を取った。そして何かを呟く。
「A9・A10ドーパミン最大放出、トランスポーター閉鎖……」
ドラゴンに追いすがりレイピアを振るい、数合打ち合わせた白銀の女は、マスクの中、初めて表情を変え、目を細めた。
「バカな……あり得ない……」
ずっと均衡を保っていた力の天秤が、にわかにドラゴンに傾き出したのだ。
速さで置いて行かれ。
力で弾き返され。
予測で裏切られる。
それまで一度たりとも傷つけられた事のない白銀の鎧が、槍で傷付き、蹴りで凹む。
「一人では……無理か」
そう呟いて、腰に手を伸ばした時。
笛の様な音が響いて、空が明るく光った。
一瞬だけ光を見上げた白銀の女は、一切のためらいも見せずに逃走した。
振り向かずに、背後に風のオノマを乱発し、瞬く間に暗い森へと消えていった。
ドラゴンは「ふ〜」っと一つ息を付いて、小さく呟く。
「ドーパミンカット、トランスポーター開放」
目眩を振り払う様に頭を振ったドラゴンは、何かに気付いて彼方を見る。
風が吹き、木の葉が舞っても、じっと彼方を見つめたままのドラゴン。
水玉の赤いリボンを結んだ左耳が、ピクリと動く。
「……お兄ちゃん?ヤバイの」
風を切って走りだしたドラゴンは、低く真っ直ぐに疾走する。
そして見つけた。
狂った様に暴れながら、こちらに走ってくる左腕が盾剣なドラゴン。
リボンのドラゴンは疾走の速度そのままに抱きつく。
「お兄ちゃ〜〜ん」
どご〜〜ん
「なんなの〜〜〜〜」
飛びついたリボンのドラゴンを、盾で彼方に弾き飛ばし、なおも暴れ続ける盾剣のドラゴン。
リボンのドラゴンは、暴れまくる盾剣のドラゴンの前に立ち、睨みつける。
「おにぃ〜ちゃ〜ん?いくら飲まれてても、リンクスわかんないなんて〜」
暴れまくるドラゴンが、リボンを見てピクリと動きを止める。
「サマソ竜巻しょー竜拳なのーー!」
謎の連続攻撃を受けた盾剣のドラゴンは、土煙の尾を引いてキリモミしながら飛んでいった。
『……ちゃん、お兄ちゃん』
俺の意識は、聞き慣れた声に急浮上した。
ガバッ!
良かった〜〜リンクス無事だったか〜〜。
俺は深い深い溜息を付いて、リンクスをギュっと抱きしめる。
あれ?リンクス縮んだ?ちっちゃくね?
『痛いのお兄ちゃん、手加減してなの』
『すまんすまん、何か不安と怒りが……んで良く分からなくなっちまって』
あれ?俺の右手、爪ありますけど。盾剣がアップグレードしてますけど。
リンクスが縮んだんじゃ無くて、俺がデカくなってますけど。
……って俺……なんでドラゴンなってんの?
足に木の枝、結んであるんですけど。シロとクロが怯えてますけど。
『そう言えば白いヤツに絡まれてるって言ってたけど』
『連○の白い悪魔なの』
この時点でようやく俺は周りを見渡した。
場所は判らないが、リンクスが掘った洞窟っぽい。
危険はなさそうだと思ったら、途端に眠気が襲ってきた。
疲れた、凄く疲れた。
あったかい。
俺はリンクスを抱きしめたまま、コテンと横になった。
リンクスのぬくもりを感じたまま、俺はあっと言う間に眠りの池に沈んだ。
良かった……本当に良かった……。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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