33話 救出
「こっちよ」
姿を消して、街門をあっさり通過した俺達は、けもみみ少女「リース」の先導でハリーブの街中を移動していた。
夕暮れ時の街中は慌ただしく、ちっちゃいのが三人怪しい動きをしていても、気に留める者は居ない。
曲がり角の度に「あ、落としちゃった」とか「筍生えてたの」とか言って、地面に這いつくばって匂いを探る二人。
リンクス、リースの真似してるだけで匂い判らんでしょ。
ワハイヤダの屋敷発見。
でけーー、体育館の上にお屋敷が乗っかってる。三階建てかな。
赤毛の暗殺者コキノスの匂いは感じないらしい。屋敷の中でくんかくんかして見付けて貰おう。
屋敷の庭には十人程の見張りが見える。交代要員とか考えて屋敷の中には倍以上は居るだろうと見積もっておく。
深夜まで時間があるなアレ決めとくか。
ハンドサイン
映画等の特殊部隊なんかが使ってる「マテ」とか「攻撃」とかの合図を手でやるアレだ。
顔の前に手を上げて、シュシュッって合図出して、タタッって突入するアレだ。前からやってみたかった。
俺達三人は数件離れた、明かりの点いていない屋敷の屋根に飛び乗り、作戦会議を始める。俺が合図を見せてリンクスが発声、リースが復唱する。
ぶっちゃけ俺とリンクスは通話があるから要らないんだが、リンクスも楽しそうに手をシュシュッってやっている。
「アタイやるから読んで」
自分指す、右手に左手かざす、俺指す、ガッツポーズ上下。
「私、敵、あなた、急ぐ。なの!」
「すごいリンクスちゃん!」
文法メチャクチャじゃないか。急いで何やらせたいんだよ。
「リンクスやるの」
自分指す、ハンセンのウィーの中指立ち、尻でパタパタ、耳横でパー、更にドヤ顔で耳横でパー。
「私、えっと……七かな?、最後は聞く」
俺も途中解かんないな。
「俺の名を言ってみろ。なの」
適当に作るんじゃないよ!なんだ最後のドヤ顔の「あ〜〜ん?」は。
そんなこんなで、意外に楽しく待ち時間を潰せた。
スマホ無くても平気じゃん。
深夜俺達は潜入を開始した。
奇襲は朝方が良いらしいが、今は時間が貴重だ。
のんびり構えてワハイヤダが帰ってきたらマズイ。
あ……あれ?
俺はとんだ思い違いをしていた。
俺、リンクス、リースの三両編成で姿を消していると、真ん中のリンクスがサインを出せない。
あんなに楽しそうに練習してたのに。
いや、それ以前に……お互いが見えない。
全員消えてて一体誰のサインを見るんだ……と。
く〜ハンドサインやりたかったなぁ。
俺の落胆をよそに、リーズは床に這いつくばって匂いを嗅ぎ、俺達の手を引く。
たぶん。
リンクスも両手が塞がっていながらも、油断なく周囲に目を懲らしている。
たぶん。
連結で消えるのやっぱり不便だな。
等と思いながらも屋敷の探索は続いている。
一階ホールでは、不眠番の後ろをすり抜け。二階の長い廊下では、居眠り衛士を起こさないように抜き足差し足。
そして三階、遂にワハイヤダの執務室の奥、寝室まで来てしまった。
「ここに微かに赤毛の匂いが残ってるけど……子供の匂いは分かんない」
見覚えのある鏡だ。
全身を写す楕円形の鏡。そしてあのベッドで俺は……。
ゾゾゾゾッ……寒気が。
あれ?なんか解るぞ。
夢で見ていない部分までデジャブーを感じる。
三人で再度、一階まで降りる。
一階ホールを通る時、柱時計が十二時のお知らせを開始してチョットびっくりした。調理場を抜けて、裏庭に出て、倉庫へ。
大きな南京錠が掛かった頑丈そうな鉄扉。
柱時計はまだ鳴っている。タイミングを合わせて、漆黒の短槍で蝶番を壊すリンクス。GJ。
一応扉を中から閉じて、そして倉庫の奥隅……。
あった!隠し扉だ!
コキノスに導かれる様に、狭い階段を降り地下室へと足を踏み入れる俺達。
薄暗い地下室には、予想通り見張りは居なかった。
弱々しい光のオノマが天井付近に一つあるだけで、窓も無く空気は淀んでいる。
部屋の四隅に狭い牢がある。
三つは空だ。
いた。
牢の隅で膝を抱え、抱いたヌイグルミをクッションにして眠る赤毛の少女。
アフマルだったか。
水色のワンピースは汚れ、ポニーテールに結った赤毛もバサバサだ。
『リンクス、俺の腕喰わす以外に、アフマルと話す方法無いかな』
『試してみるの』
「アフマル……アフマル、起きるの」
アフマルは顔を上げて辺りに目を凝らす。
見覚えのあるキツイ目だ。
「ボクを呼ぶのは誰?」
ボクっ娘だった。
姿を現す俺達。
リンクスは牢の鍵を壊し、扉を開ける。
「お話するの、こっち来るの」
ヌイグルミを抱えて立ち上がったアフマルは、ゆっくりと俺の前まで来た。
アフマルの頭に静かに左手を置くリンクス。右手を俺の頭に伸ばし……。
ガッシ!
痛い痛いリンクス痛い、アイアンクロー止めて。
「集中して話しかけるの」
リースが目を見開き、頭巾の上から口を抑えている。
え?俺の頭大丈夫?
『聞こえるか?アフマル、あふまる、ahumaru、おーーい』
「うぁ……ボクの頭の中に声が入ってくるよ」
『アフマル、お前を助けに来た、ついて来い』
「やだよボク、母さまと約束したんだ。待ってるって」
『コキノスは……来ない』
「母さまは必ず迎えに来るって、母さまはどうしたの?」
言い淀んだ俺は、言葉を選ぼうとしてヤメた。どうせだだ漏れだ。
『コキノスは死んだ』
「嘘だ!母さまは強いんだぞ!剣術だってオノマだって!強いんだぞ!」
『俺が殺したんだ……そして最後の言葉でお前を助けてくれと頼まれた』
「嘘だ!嘘だ!母さまがお前なんかに負ける訳無い!嘘だ!」
アフマルはリンクスの手を払いのけ、泣きながら俺の胸をポカポカと殴り続けた。
痛え……痛えなぁ……。
俺はアフマルの気が済むまま叩かれた。自分の手だって痛いだろうに……。
やがて、激しく揺れていた赤いポニーテールは、小刻みに震えた。
崩れ落ちそうになるアフマルを、俺はきつく抱きしめた。
「嘘だ、嘘だ……」
何も告げずに連れ出した方が、良かったのだろうか。
時間を掛けて心をほぐし、折を見て伝えた方が良かったのだろうか。
いや、多分違う。
嘘から始まった関係はきっと崩れる。
心を許してから聞かされた方が、裏切られたと強く思うだろう。
真実は最高の戦略。正直は最良の戦術。
どこで読んだか思い出せないが、何かの本に書いてあった。
そして「その場しのぎ」は俺の人生経験上、最良の結果をもたらした事は無い。
「母さま……母さま……」
すすり泣くアフマルを、俺はきつく抱きしめる。他の術を知らない。
「アフマル、泣いてないでママの言うこと聞くの」
「何だよ!お前らの言うこと何か信じない!母さまはボクを迎えに来るんだ!」
俺の腕を振りほどき、リンクスに殴りかかるアフマル。
バチィィィイン
リンクスに頬を叩かれたアフマルは、壁まで吹き飛んだ。
おい、手加減……したのか。
驚いてリンクスを見つめるアフマル。
「ママの願い、わからなきゃダメなの」
リンクスは目に一杯の涙を貯めていた。
「ママはリンクスに生きてて欲しいから、お兄ちゃんに預けたの。コキノスもアフマルに生きてて欲しいから、お兄ちゃんに頼んだの」
リンクスは変身を解いた。
「お兄ちゃんはドラゴンに選ばれたの、コキノスにも選ばれたの。アフマルがここで死んでもママ喜ばないの」
アフマルは、ドラゴンを目にして両目を見開き……。
「キアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
甲高い声で叫んだ。肺が空になるまで叫んだ。
二度息を吸い直して、叫んだ。
叫ぶのを止めたアフマルにリンクスはもう一度言った。
「お兄ちゃんはドラゴンに選ばれたの、コキノスにも選ばれたの。アフマルがここで死んでもママ喜ばないの」
放心状態のアフマルに俺は手を伸ばす。
「ママ喜ばないの」
アフマルはコクリと頷き、俺の手を取った。
今の叫び声で人が来るだろう。
急いで脱出しないと、地下室に閉じ込められて、火でも使われたらまずい。
アフマルをリースに預けて、俺が先頭になって階段を駆け上がって行く。
倉庫の扉は閉じたままだったが、外には十を超す気配がある。
『俺が引きつけるから、二人を抱えて姿消して遠くに跳ぶんだ』
『お兄ちゃんは?』
『大丈夫、俺はタフい』
心配そうな顔をしながら頷き、アフマルとリースを抱えるリンクス。
今だ!
ドーーン!
突如弾け飛んだ鉄扉に、衛士が数名吹き飛ばされる。
直後に倉庫から飛び出した小男は、左腕の剣を振るい次々と衛士の武器を弾き飛ばして行く。
「な!何だコイツ!早……」
言い終わらない内に盾で殴打され、血糊を引いて転がる衛士。
ドン!
倉庫入り口に立ち上る土煙と、くぼんだ地面。
一瞬目を奪われた衛士は、次の瞬間自分の剣が砕けるのを見る。
「相手は一人だ!囲んで一斉に攻撃しろ!」
号令と共に、頭上から四本の剣が同時に小男を襲う。
頭上からの剣を盾剣をかざして受け止めた直後、更に四方から槍が突き出される。
小男の回りに閃光が走り、突き出された槍先を尽く切り落とす。
閃光がもうひと回りすると、盾剣によって防がれていた剣が宙を舞う。
二本は剣だけ。二本は剣を掴んだ腕ごと。
一斉攻撃をはじき返した小男の右手には、鞭にも似た武器が握られていた。
マントがはだけ、左腕そのものが盾で剣なのが見えると、衛士達はあからさまに怯んだ。
「バ、バケモノか……」
小男は指示を飛ばしていた衛士に駆け寄ると、すれ違いざまに剣を持つ腕を斬りつけ、そのまま暗い街に溶けていった。
言葉も無く立ち尽くす衛士達。傷ついた衛士のうめき声だけが庭に響く。
「何をしている!追え!」
互いに顔を見合わせるばかりで、誰も我先にと動こうとしない。
「追うんだ!捉えた者には莫大な褒美を出すぞ!」
腕の傷を抑えながら男は叫んだが、反応は鈍い。
「褒美は幾らなんで?」
「チッ!五万……いや十万クルシュ出す!」
ようやく動き始めた衛士達の背中に、もう一度舌打ちをして男は毒づく。
「ゴロツキ共が!ロクに働きもせんくせに金・金・金と!……お前らは中に入って手当を受けろ」
腕を失ったゴロツキなどすぐにクビにしてしまいたかったが、ここで放り出してしまっては、ただでさえ人が集まらないのに「使い捨てにされる」と噂が立ち、人が居なくなってしまう。
ラアサの撒いた毒はまだ十分に効いていた。
時は数日遡り、武闘大会翌日の晩餐会の席。
正式な出席者は。
傭兵団長イーラ。鉄鎖のシルシラ。鬼神フェルサ。土木部のアゴ。剣術指南ガビールの5名だけだった。
赤毛のコキノスは死亡。アニキとリンクスは影武者。自称天才と最初に戦った者は二人共既に王国を離れたとの事。
晩餐会出席者が身内だけなのを良いことに、クアッダ王はラアサとフィリコスを招き、その場を国策会議の場とした。
最初から料理が並べられたテーブルに皆が招き入れられる。
まず最初にお言葉を賜ったのがガビール。
「ガビール、此度の武闘大会での優勝見事であった。褒美として予てより双方から申し出のあった婚約の件……認める。我が娘を幸せにしてやってくれ。そして将軍としてクアッダに尽くす様に」
「は!有り難き幸せ!マルヤム嬢は必ず幸せに致します」
立ち上がり、深々と頭を垂れるガビール。
「んな約束があったとはなぁ、マルヤム嬢ってお前ぇが助けたあの子だろぉ?」
ラアサが愉快そうに口を挟む。
「ええ、ここクアッダに縁を繋いでくれた人です」
「会場でもパレードでも見なかったなぁ」
「陛下の第三ご息女でありながら、でしゃばった真似を嫌う、大変奥ゆかしい方なのです」
「や、こんな所でのろけられても困るのである」
場に和やかな笑いが溢れ、ガビールはクアッダ王の合図で腰を下ろした。
次に名を呼ばれたのはフェルサ。
「フェルサ殿惜しくもであろうが準優勝見事であった。どうだ?将軍として我が国に根を下ろさぬか」
「陛下、有り難きお言葉なれど、ワタクシはまだ修行中の身。半人前ゆえ師匠の元で今暫く修行を続けたく」
立ち上がり体を折るフェルサは、テーブルに頭を付けて、非礼を詫びた。
「おっとそう言えば……ジョーズから二人に預かってたモンがあるんだった」
ラアサは懐から二通の手紙を出し、フェルサとガビールの二人に渡した。
決勝が終わったら、結果に関わらず二人に渡してくれと言われていた物だ。
ジョーズしか知らない字で書いてあるから、渡したら内容を説明してくれと言われていた。
免許皆伝
既に戦士として十二分に成長したフェルサに、自分の意思で道を決める様にと、したためられた手紙。
舎弟卒業書
一国の重鎮から兄貴呼ばわりされるのもいい加減苦しいので、もう舎弟は卒業してくれ。といった内容の手紙。
手紙を預かったフェルサは訝しげに手紙を眺め、開こうとしない。
一方のガビールは嬉々として手紙を開き……。
「ひぃぃぃぃいいい!」
情けない声を上げて、椅子から転げ落ちた。
「おいおい、舎弟卒業しろって手紙で何をそんなに……違うこと書いてんのかぁ?」
ラアサが床に落ちた手紙を拾い……。
「ラアサ殿!やめた方が!」
「うひぃぃぃぃいいい!」
ガビールと同じように、椅子から転げ落ちるラアサ。
「な、何だあの魂の底から湧き出す恐怖心は……」
「師匠の絵は……呪われているのです」
何が起こっているのかサッパリ分からない他の出席者はポカンとしている。
クアッダ王の後ろに控える老執事が、ハッとして耳打ちする。
「そう言えば三十人の鬼神達は、アニキ殿の事を呪画師殿と呼んでおりました」
「あの男……果てしないな」
晩餐会の席は、クアッダ王の盛大な笑い声に包まれた。
ちなみに二通の手紙は、鉄の箱に入れられ、城の堀に沈められた。
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