32話 道連れ
俺とリンクスは、姿を消したまま街を出て、一時間程移動した。
ワハイヤダの密偵が残っていて、見つかってしまったらせっかくラアサが立ててくれた作戦が無駄になる。
ラアサに教えて貰った場所で、盗賊達と会って黒馬を二頭借りる。
以前イナブからクアッダに移動する時は、馬車を借りたが、その時練習したお陰で、走らせる位なら乗馬も出来る様にはなっている。
「足は早ええんすけど、気性は荒いですぜ」
馬を借り受ける時そう説明されたが、暴れたのは最初だけで大人しいものだ。
軍人の様に常に姿勢正しく、怯えた様に従順だ。
イナブの手前の町に寄って馬を変えてくれ。と盗賊団のメンバーに言われたが、そんな町あったっけ?
変え馬があるならと、馬を乗り潰す勢いで日が落ちるまで走り続けた。
大分距離は稼げた筈だ。
馬の見張りをリンクスに頼んで、晩御飯を狩りに行く。
飯も喰わずに移動して来た為ハラペコ。
さっさと狩って帰らないと、リンクスが馬食べちゃわないか心配だ。
デカイの発見
熊っぽいが、片方だけ羽が生えている。
何アレ?飛ぶの?
全長三メートル程の片羽熊は、致命傷を受けるまで俺の接近に気付かなかった。
食事中だった片羽熊の風下から素早く近付き、首に盾剣を根本まで突き刺す。
流血しながらも二本足で立ち上がり威嚇する片羽熊の脚に、尾剣を絡ませて引き斬る。
完全に切れはしなかったが、腱を切ったのだろう、片羽熊は音を立てて倒れた。
すかさず耳から盾剣を突き刺し、脳を破壊する。
よし、上手く戦えた。
尾剣の練度も上がってきたな。
だが……。
片羽熊がデカ過ぎで運べない。
解体したら血の匂いで他のも来ちゃいそうだし、リンクス呼びに戻るか。
リンクスが掘った、馬を隠した岩穴近くまで来た俺は、岩穴を覗きこむ人影を見つけた。
風下だったお陰でまだ気付かれては居ない。
馬泥棒か?
『リンクス、消えて俺の所まで来てくれ。妙な客がいる』
『ごはん?』
『ご飯は狩ったから、コイツ食べるかは後で決めような』
『はーーいなの』
姿を消したリンクスが、人影の側を通った時。
「良い匂い……」
コイツ隠れてるくせに喋りよった!
あれ?どっかでこの展開あったな……。
「馬車荒らしなの」
「キャーー!ドラ……!!」
突然そばに現れた、リボンを付けたドラゴンに驚いた人影は……。
ぽて
その場で気を失った。
黒子みたいな頭巾被ってるけど。
う〜む、どうしようコレ。
『食べていい?』
『そうだな、先に飯にするか』
俺は馬や荷物を盗まれても困るので、後ろ手に手だけ縛って岩穴に寝かせ、片羽熊を食べに行くことにした。
「ん……」
小柄なソイツが目を覚ました様だ。
「ひっひいいぃぃ」
何だよ騒がしいな、リンクスは女の子になってるし何に怯えてるんだ?
「リボンの子!逃げて!」
俺だった。
「お兄ちゃん大丈夫なの」
「だって!毛も生えてなくて腕が剣とか……あなたも病……気なの?」
「リンクスなの、お兄ちゃんなの」
目覚めて最初のシーンが悪かったかな。俺は今、岩穴の中で片羽熊の毛皮を裏スキしてる真っ最中だ。盾剣で。
今までは、剥いだ毛皮の肉面にたっぷりの塩を乗せて保存し、立ち寄った村等で買い取ってもらったりしていたのだが、今回のはデカ過ぎた。塩が無くなっちまう。
って事で、自分でなめす所までやる事にした。
裏スキで肉や脂肪の膜を取って、洗いで毛皮の脂肪を抜いて、なめし石でひたすら叩く。これが俺が、たおんたおん……もとい、ラティーの弟ヤイヤから習った革のなめし方だ。
「どしてココ見てたの?お馬さん欲しいの?」
「ま、まずは縄解いてよ。それまでは何も言わないわよ」
「いいよ、なの」
「え?良いの?」
あっさり自由を回復した小柄なヤツは、黒子っぽい頭巾に手を掛け……。
「アタイも病気なんだ……」
少しためらった後、布を脱いだ。
茶色いショートの髪の両側に垂れたみみが生えている。
鼻は犬っぽく前に出ていて、先が黒い。
手はニンゲンのそれだが、マントをずらして尻尾も見せてくれた。
けもみみ少女キターー
尻尾垂れてるから「警戒なう」か?
今は手がびちょびちょだけど、後で尻尾触らしてくれんかな。
痛い痛い。リンクスが見えない尻尾を俺の顔に押し当てて来る。
「アタイ……何か重大な事を忘れてる気が……」
この岩穴はリンクス削岩社が掘ってくれた人工の岩穴だが、入り口は小さく、中で曲がってから少し広くしてある。ラアサのアジトを参考にさせて貰った。
リンクスの光のオノマが天井付近から岩穴内を照らしているが、外には光が漏れない構造だ。
馬二頭も中に入れてある。リンクスに初めて対面した時、狂った様に怯えた馬達だったが、リンクスで慣れたのか、僅か一日にしてその辺の魔獣ではビビらない程逞しくなっていた。
「食べる?なの」
リンクスは片羽熊の肉の塊を、けもみみ少女の前に置いた。
「え?まさか生で?あり得ないわ……」
けもみみ少女は、腰を上げて岩穴の外に出て言った。
『行っちゃったの』
『何だっただろうな』
数分後、枯れ枝を両手に抱えた、けもみみ少女の姿が岩穴にあった。
戻って来よった。
しかも。
腰のバックから火打ち石を取り出すと、慣れた手つきで火を起こし、ナイフで一口大に切った片羽熊の肉を串に刺し、炙っている。
「生肉なんて食べるから病気になるのよ、って言うか何食べたら腕がそんな事にになるのよ、剣でも食べたの?野蛮だわ」
何言ってるのかサッパリだが、剣食べるとかどこの雑技団だよ。
しかも居座る気マンマンじゃねーか。
煙たいんですけど。
今度は俺が腰を上げ、岩穴の外に出て行く。
キンッ!キンッ!
甲高い音を数回立てて、岩穴の天井から剣先が現れる。
丁度火を起こしている真上に穴が空き、煙が抜けてゆく。
けもみみ少女は口をあんぐりと開けたまま、俺が裏スキを始めるまで瞬きすら忘れていた。
「剣で岩に穴……まさかその魔獣も自分で?……何者よ一体……」
「お兄ちゃんなの」
俺の左に座って、裏スキを興味津々で見ていたリンクスが胸を反らす。
ヒヒンっと馬達も胸を反らす。
お前らなんで威張ってんの?
腹が膨れてひと心地着いたのか、けもみみ少女は自分から喋り始めた。
「アタイの名はリース、ハリーブに行かなきゃならないんだ。んで、馬の匂いがしたんで、ちょっと失敬できないかな〜って」
やっぱり馬泥棒だった。
犬なのにリス……。
俺たちもハリーブに行くと伝えると、リースは飛び上がって喜び「助かったわ」と言った。
誰も連れてくとか言ってませんけど。
けもみみ少女リースは、俺とリンクスの匂いをくんかくんかして。「捕まったのも結果オーライ。ヨロシクね」と小さく拳を握った。
「どしてナツメの馬車倉庫、いたの?なの」
「何で知ってるの!?」
リンクスの言葉にハッとして口を押さえたリースは、クアッダでのナツメ商会の倉庫での出来事を思い出す内に、再びハッとし、慌てた様子でキョロキョロしだした。
「ドッ、ドラゴンが居たのよ!逃げないと喰われちゃう!」
忘れてたのかよ。
そして、リンクスの頭の上、赤地に白い水玉の大きなリボンに視線が固定。
「リンクスなの」
リンクスを覆う空気が歪み、リボンを付けた少女が、リボンを付けたドラゴンへと姿を変える。
ぽて
けもみみ少女リースは、またも気を失った。
……面倒くさいから、放っといて寝るか。
武闘大会は今日決勝か。フェルサとガビールどっちが勝ったかな。
んで、明日がパレードと晩餐会。ナツメ商会の監視が、俺達が居ないと気付くのは早くとも晩餐会翌日。ハリーブに情報が届く頃には、コキノスの子を救い出しておきたい。
電話等の通信手段が無いこの世界では、情報の重要さが改めて認識出来る。
それを理解し、早く正確に伝える術を確保しておく。ラアサの凄さを再認識させられる。
初めて遭った時は牢屋居たくせに……。
あれ?そんな凄いヤツがヘマであっさり捕まるか?
そんな事を考えながら俺はまどろんだ。
おくるみに包まれた、赤ちゃんを抱えながら走る俺。
追って来るのはフードを深く被った者達。
オノマで姿を消しても、周囲に泥水が降ってすぐにバレてしまう。
懸命に逃げる俺は、小鉢に紐を掛けた模様の小旗を掲げた商隊に助けを求める。
諦めた様に引き上げるフード達。
このフードって確か帝国のヤツらだよな?
んで小旗の模様はナツメ商会。
帝国から逃げてナツメ商会に保護された?
ぐったりして息も浅い赤ちゃんが、医者に抱かれて連れて行かれる。
泣いてワハイヤダにすがる俺。悪人顔してやがるなワハイヤダ。
子供の病気か何かで借りを作ったのか……。
鏡の前で裸の俺。いやコキノスか、引き締まった綺麗な体してるな。
う〜んエロイ。
その俺の背後に立つ、白髪長髪の男。
乱暴に波打つ赤毛を掴むと、ベッドへと押し込む。
覚悟した様に無抵抗な俺。
ちょ!俺起きて!!
起きて!超ーー起きてぇぇーー!!
ガバッ、ぜーーぜーー。
「だいじょぶ?お兄ちゃん」
危うく掘られる所だった。
分かったよ、必ずお前の子を助け出してやる。
ワハイヤダへの悪寒がパネエ。
急がないと掘られるだけじゃなく、出産までさせられそうだ。
「ワハイヤダやっつけるの」
「え?あなた達もワハイヤダを狙ってるの!?」
振り向くと、ハッとして口を押さえるリースが居た。
コイツの性格は予想が着いた。リンクスと二人でじ〜っと見つめる。
「アタイは何にも……言って……」
じ〜〜
「だってあなたがワハイ……」
じ〜〜〜
「分かったから、その目は止めて!」
リースは勝手に自白を始めた。ちょろい性格してらっしゃる。
自分たちが「亜人」と呼ばれる遺伝性の病気であること。
帝国では亜人は抹殺の対象で、共和国でも迫害されて、辺境で集落を作ってヒッソリ暮らしていたこと。
そんなある日、突如「鉄の兵」が集落を襲った。
爪も牙も刃も通さない鉄の兵、わずか三体の鉄の兵に集落は壊滅した。
僅かに生き残った数名が、敵討を誓う。
調べた所では、鉄の兵は機装兵と言い、ナツメ商会が共和国に売り込む為に、集落の虐殺を行った事が分かった。
そして機装兵のプレゼンをしていたのがワハイヤダ。
俺の世界でもあったな、武器のプレゼンの為に虐殺……。
胸くそ悪い。
「だからワハイヤダは、アタイの獲物よ」
まあ、俺の狙いはコキノスの子だから、ワハイヤダはくれてやってもいい。
でも、ナツメの幹部は相当数の護衛が付いてるって、ラアサが言ってたけど大丈夫か?リース。
「アタイがこの鼻で、ヤツの所まで連れて行ってあげるわ」
えっと、翻訳するとボコボコの虫の息にして、トドメは譲れって事か?
俺、本人に用無いんですけど。
「アタイ……何か忘れてる気がする」
もう思い出さなくて良いよ。
また気絶されても面倒だし。
取り合えず、俺が抱える格好で馬に乗り、盗賊のメンバーに言われたイナブ手前の町を目指した。
リンクスは不満顔だったが、リースに馬預けて逃げられたら嫌じゃん。
馬の疲労具合を見ながら、可能な限りの早さで先を急ぐ。
リースの話で、ワハイヤダが準決勝前夜まで、クアッダ王国に居た事も分かった。
よし、ツイてる。ワハイヤダがどの様な移動手段を持ってるかは知らんが、俺達より早く移動出来るとは考えにくい。
ナツメ商会の幹部には常に十人以上の護衛が付いてるらしいから、ワハイヤダがハリーブに居ないだけで救出作戦の成功率はグッと上がる。
イナブにあと半日って所にその町はあった。
高い木の柵は外側に少し傾き、円形の町と相まってカップケーキの様だ。
そして俺はこの柵の作りに見覚えがある。
イワンだ。
異世界からの迷い人、短命の鬼神イワン。
辺境の村を少しでも魔獣から守ろうと、まさに命を掛けた男。
イワン、お前の心は、確かにこの世界で息づいているぞ。
帝国辺境から広まったこの建築様式は「イワン式」と呼ばれ、今やスタンダードになりつつあるそうだ。
やべ、なんか目頭が熱くなってきた。泣きそう。
けもみみリースには、馬の給水の時にリンクスがドラゴンであることを、再度見せておいた。
大事な場面で思い出して、気絶されても敵わんし。
気絶こそしなかったが、初めは酷く怯えていた。
尻尾がオマタに入っちゃう位に。
「え?おめえホントにジョーズ?」
「んーー似てるっちゃ似てるが……随分なナリになっちまったな」
町の門番に盗賊団のメンバーから預かったメモを渡したが、変わり果てた姿に戸惑われた。
好きでこうなったんじゃ、ありませんけど。
町は絶賛建設中だった。あちこちに資材が積まれ職人達が忙しそうに働いている。
「リンクスちゃん!あっちから凄いいい匂い!」
「いい?お兄ちゃん」
『ああ』
ニュ○タイプなの?順応性高すぎだろ。
子供は可能性の塊……こういうの見ると納得するわ。
変え馬を取りに行ったが、目的は果たせなかった。
手違いでもミスでも無い。
馬が交代を拒んだのだ。
俺以外が手綱を引こうとしてもガンとして動かず、鞍を外そうとする馬子に噛み付く。更には用意された変え馬を追い払う始末。
馬が乗り手を選ぶ。
強い乗り手を得る事は誇り。
じっと俺を見つめる馬達の、焦げ茶色をした、どこまでも深い瞳はそう言っている気がした。
分かった、ついて来い。
そして命果てた時は、俺が喰ってやる。
俺達をここまで乗せてきた二頭は、膝を折り頭を垂れた。
そしてそのまま四本の脚を投げ出し、五体投地した。
ちょ、間接の構造とかどうなってんの!?おかしいから!キモイから!
分かったからもう立って。
「馬の五体投地、初めて見たぜ」
「完全服従なんか」
馬子が慄いて数歩下がる。
よし、お前らは今から「マツ○ゼ」と「黒○号」だ。
ぶん!ぶん!
二匹が全力で首を振る。……横に。
名前は拒否られたが、頼もしい足を得て俺達はいざハリーブへ向かう。
リンクスどこ行った?
『おいし〜〜〜の』
どっかで何か、喰ってた。
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