31話 智将
赤い波打った髪をした女の子が、ボロボロの布……いやヌイグルミか?を抱いて壁際に座っている。
目つき悪いガキだな、何も無い所を睨んで誰かが話しかけてるのに見向きもしない。
誰かに似てるな……アフマル?誰だそりゃ。
そう呼ばれたガキが、さっきまでの仏頂面がウソの様な、明るい表情で立ち上がり走ってくる。
何かにぶつかって転ぶガキ。
伸ばされた手と、ガキとを隔てる鉄格子。
鉄格子越しに何度もガキにキスをする俺……おれ?
ジジイが見下ろしてやがる。白髪長髪でほっそいジジイだ。
ワハイヤダ?逢った事ないな。
ん?毛の無い小男に剣を突き刺されてるな……アレは俺か?じゃあ俺は誰だ?
向こうの俺の顔は血にまみれている。怯えた顔してやがる。
「……あたしの子を……助けて……」
こっちの俺が呟いた所で、目が覚めた。
夢……か……。
今のは……コキノス……なのか。
『お兄ちゃん大丈夫?』
俺の左脇に頭を突っ込んで寝ていたリンクスが、目を覚ます。
『血?』
『ん?ああ、確かにコキノスが吐いた血を顔に浴びたが……口に入ったかな』
今まで血の滴る生肉も随分喰って来たが、こんな夢を見たことは無かった。
何故こんな夢を?
罪の意識?
怨念?
窓の外は薄っすらと明るくなり始めていた。
夜明けは近い。
昨日の話をしよう。
クアッダ王を暗殺から救った俺とリンクスは、反則負けとなった。
正確に言うと、俺は場外負けですけど。
リンクスは対戦中の選手に手を貸した、との規定に触れたそうだ。
貸したのは足ですけど。
クアッダ王が「余の命を救ってくれたのだから」と優しく諭すと。
「意見書を提出して協議の後、妥当であれば来年からはそうなります」との事。さすが鉄子、国王相手でも一歩も引かねえ。
ただ、酷く残念そうな顔をしていた様には見えた。
視線は、尾剣のせいでボロボロになった、ズボンの股間に釘付けだったが。
建前上、クアッダ王の大事を取って、決勝戦は翌日に延期された。
そして今。
夜明け前の城門前に立つのは、俺、リンクス、ラアサ、フィリコスだ。
クアッダ王とラアサと引き合わせたかったのだが、俺とリンクスだけだと門前払いされるかも知れない。恩人とは言っても部外者。こんな時間だしな。
そこでフィリコスを連れてきた。薬を処方したのはフィリコスだし「追加の薬を持って陛下のご様子を伺いに」とでも言えば入れてくれるかも知れない。
作戦は成功し、時間外アポなし凸は叶った。
クアッダ王は自分の応接室に俺達を通してくれた。
ダミーの薄壁一枚隔てた向こうからは、三十を超える気配がする。
「夜が明けてからではいかんのか?」
クアッダ王はあくびをしながら椅子を勧める。
「初めての顔がおるが、その者との目通りが緊急の要件なのか?」
「お兄ちゃんとリンクス、ここを離れるのなの」
「なに!?」
僅かに腰を浮かせたクアッダ王は、ノックの音で腰を下し、茶を支給するメイドが扉を閉めるまで、沈黙が流れた。
リアルメイドだと?……痛い痛い足踏まないで。
咳払いを一つしてから、ラアサは手を上げ発言を求める。
頷くクアッダ王。
「初にお目に掛かりますクアッダ国王陛下。私の名はラアサ。砂嵐盗賊団の棟梁を致しております」
「まじか、ラアサだってよ」
「もうちょっと寄れよ見えないだろ」
壁の向こうの皆さん、声駄々漏れですけど。
ラアサの喋り方も、いつもの間延びしたのじゃ無いし。
フィリコスは場違いなのを感じてか、一言も発しない。
「き……貴公がラアサ殿か、初めてお目に掛かる。クアッダだ」
「しかし陛下、本物であると言う保証は……」
老執事のささやきに、ラアサがすかさず答える。
「保証も証拠も御座いません。作れる証拠に如何程の価値がありましょう。私めと話し、その結果ラアサ足ると感じればラアサ、足らぬと感じればニセモノでしょう」
「……まことのラアサか……」
クアッダ王は愉快そうに、髭に隠れた口元を歪めた。
「本物らしいぞ」
「だから見えねえって」
「聞こえないから静かに」
あーー……壁盛り上がってますけど、物理的に。
「そう言えばさっきアニキ殿とリンクスちゃんがココを離れるとか?」
「えっと……女の子をきゅ……ラアサが口八丁なの」
丸投げしたーー。しかも口八丁って何となくイメージ悪いーー。
「思い出されるもの不愉快とは思いますが……暗殺者がワケありで」
ラアサは口八丁に説明してくれた。
暗殺者コキノスは娘を人質に取られて、凶行に及んだこと。
卑劣な手を使ったのが、ナツメ商会序列四位のワハイヤダで、クアッダ開戦に積極的な立場を取る幹部であること。
『お茶、甘くておいしいの』
『アップルティーかな?旨いな、俺のロクムも食べていいぞ』
『きゃーーありがとなの』
そしてラアサは付け加えた。この二人がハリーブで上手く事を運んだならば、開戦は半年は遅延するであろうと。
「それ程にか!」
「しかしアニキ殿は民に手を掛けるを良しとせぬのでは御座いませぬか」
「ハリーブで暴れる訳ではありません。この二人は実際にジュウを知っています。そして……使えると思っていたジュウは再び研究施設に戻ることとなります」
「ん?どうゆう事だ?詳しく聞かせてくれ」
メキッ
ズーーン、ガラガラ……。
遂に圧力に耐えかねた薄壁が音を立てて崩れ、壁の影でひしめき合っていた警護兵が応接室に雪崩をうって倒れこむ。
俵の様に折り重なった兵士達は……。
王様にビシッ!
俺達にビシッ!
と、二度敬礼をすると「スイマセン陛下」と頭を掻いた。
「ええい!軍部長と傭兵団長も呼び出せ!揃って会議室に移動だ!」
兵士達はドタバタと立ち上がり、再度ビシッ!と敬礼をした。
あると良いな……敬礼大会。
会議室。
初めて目にする軍部長なる人物は巨人だった。
いや、俺から見てだが。
身の丈は二メートルを越え、幅も十分にある。
何と言うか……距離感狂う。
彫像の様に無表情で、愛想笑いの一つも無い。モアイみたいだ。
立ってるだけで分かる。コイツ強いゾ。
会議室のテーブル。
最上座のクアッダ王を挟んで、右に軍部長モアイと、左に傭兵団長イーラが座る。老執事はクアッダ王の後ろ。
右に軍の隊長格、左に傭兵団の隊長格が偉い順に座り、俺達は一番下座だ。
モアイのせいで、クアッダ王までの距離が近いのか遠いのかイマイチ判らん。
そして、部屋の壁沿いに護衛の兵がズラリと立っている。
部屋に入る時に「チャイかコーヒーか」と聞かれた。
コーヒーあるの!?チャイは知らないけどコーヒー飲みたい!
さっきアップルティーを飲んだ者は全員、コーヒーを頼んだ。
全員が着席した所で、老執事が暗殺未遂からここまでの経緯を説明する。
ラアサを紹介した所で、ざわめいたがクアッダ王の合図で説明は続けられた。
俺の目は、下座側入り口近くでコーヒーを淹れているメイドに釘付けだ。
深さのある片手鍋に、コーヒー豆の粉末を入れて水から沸かしている。
出て来た泡をスプーンで丁寧にすくい、用意されたカップに均等に分けている。アクじゃないのか?
一度強火にしてから火を止める。コーヒーの香りが漂ってくる。はよ。
メチャメチャ静かにカップに注がれるコーヒー。
さっきの粉末がインスタントじゃないとすると、上澄みだけ飲むのかな?
隣では二段のヤカンでお湯を沸かして、上のヤカンから紅茶が注がれる。
チャイってお茶の事か。
「……と、以上が早朝の茶会を催す事となった経緯で御座います」
席に着く全員に、コーヒーとチャイが支給された時、丁度老執事の説明が一段落する。お茶うけはクッキーの様な焼き菓子だ。
「一服しながら、皆の意見を聞かせてくれ」
『マテ、リンクス。多分クアッダ王が先に口を付けてからだと思う』
『まつの』
コーヒーカップをじ〜っと見つめたまま、両手を膝の上に置くリンクス。
クアッダ王は皆に先駆けてコーヒーを口にし「旨いな」と笑った。
皆がカップに手を伸ばす。
王様、髭にコーヒーの泡ついてまっせ。
俺も久しぶりのコーヒーを口にする。
く〜旨い。
「にが〜いの」
『俺のクッキー食べていいぞ』
俺がリンクスにクッキーをやるのを見て、フィリコスもならう。
空気感ぱないフェイリコスだが、コーヒーは初めて飲むそうだ。
コーヒーをチョット飲んでは、苦そうに顔をしかめ、すぐさまクッキーを口にするリンクスに、左右からクッキーがリレーされて集まってくる。
カップソーサーに山盛りになるクッキー。
「ありがとなの、ございますなの」
リンクスは右にも左にもお辞儀をしてから目を輝かせた。礼儀正しい子だ。
その間にも闊達な意見交換はされていた。
暗殺者の黒幕は本当にナツメ商会なのか。
アニキ一行がこの国を離れるのは王国に取って危険ではないのか。
王国からどれ位護衛を付けるのか……等、様々だ。
クアッダ王が手を挙げると、皆が注目し静かになった。
「ラアサ殿、今出た意見も踏まえて、先ほどの説明の続きを」
「発言させて頂きます」
ラアサは語りだした。
ジュウが既に最終テストの段階に入っていること。
対帝国との決戦兵器として準備しているジュウが、火力不足だと誤認させる方法があること。
誤認に成功すれば、ジュウは再び研究施設で実験を繰り返すハメになること。
コーヒーを飲み終えた人達が、コーヒーカップをソーサーの上でひっくり返している。作法なのか?取り敢えず真似てみる。
「して、その誤認させる方法とは?」
ラアサが俺を見つめる。
その表情が智将のソレから、徐々にヌケサクのソレに変わる。
「ジョーズが撃たれりゃいいんですよ」
はぁ!?
「コイツの硬さは折り紙つきでさぁ、魔獣を一撃で倒す攻撃も屁でもねぇ。ジョーズ撃たれる、ジョーズ無傷、ジュウは失敗って寸法でさぁ」
「なるほど」
「確かに」
なるほどじゃねえよ!
体に穴が空いたかと思うほど痛いんですけど!
気絶したら死んじゃうんですけど!
「コチラからの護衛はどの程度の規模を考えているであるか?」
こらイーラ、さくっと話進めんな。
「無用です。ハリーブにはジョーズとリンクスちゃん、二人だけで行ってもらいます」
「フェルサ殿やシルシラ殿さえも伴わないのであるか……」
ラアサは智将モードに戻って続ける。
潜入と救出が今回の主であること。
二人は潜入に特化しており、大世帯では利点を失うこと。
俺とリンクスの影武者を立て、側近中の側近と共にクアッダに滞在していると思わせて、相手から二日の時を奪うこと。
ん?ソーサーの上のカップ、元に戻したな……ソーサー汚しただけじゃね?
まぁ、真似しとくけど。
仮にナツメ商会の動きが、ラアサの予測を超えたとしても、フェルサやガビールや三十人の鬼神、更には王国周辺に伏せてある砂嵐盗賊団の奇襲等で、ジョーズの帰還までの時間位は稼げるだろうと。
「こ……これ程か……智将ラアサ……」
声を絞り出せたのはクアッダ王のみで、他の者はラアサの言葉の意味を吟味する様に、口を噤んでいる。
ラアサすげえな……俺がリンクスと一緒にラアサの宿を訪れて「コキノスの子を助けに行きたい」と伝えたのがほんのニ時間前。
仮に今の今まで考えてたとしても、たった二時間でこれだけの計画をひねり出せるのか……元々は俺の自責の念からのわがままだぞ。
「ふむ……少し考える時間が必要だな……ん?珍しい模様が出ておるな」
クアッダ王は空になったコーヒーカップに目を落とす。
「皆の占いは何と出ておるかな?」
は?占い?
カップひっくり返したり、ソーサー汚したりしてたの、占いなの?
「見たことの無い模様が出たのである」
「コーヒー占いですか……私のは……」
「オレのとお前の、似た模様だな」
「ん?おれのも似た感じだが……」
「皆似た模様みたいですが……何でしょう?」
「ドラゴンなの!」
「確かに言われてみればドラゴンの様にも……」
「って皆そろってドラゴン?」
「ドラゴンだと……?」
オカルトにまで影響するとか、リンクスぱねぇ!
「ドラゴンは……何の啓示か……記録を紐解いて調べよ」
「はっ、陛下」
ラアサが立ち上がって、脱線しかけた話を元に戻す。
「国王陛下、今は一時が惜しい時です。二人が抜けた穴は私めが、この頭脳を持って補います。どうか二人に行動の自由を」
一瞬だけ考えたフリをしたクアッダ王は「必ず生きて顔を見せる様に」と告げて、俺とリンクスの行動に理解を示してくれた。
その場からすぐに旅立つ俺とリンクス。
「宜しかったので御座いますか、陛下」
心配そうに話しかける老執事に、クアッダ王は笑って答えた。
「良いも悪いも、そもそも部下でも臣下でも無い二人の行動を、余がとやかく言える筋など無いのだ。あの二人はラアサ殿との繋がりを持たせる為に寄っただけに過ぎん」
クアッダ王はコーヒーカップに視線を一度落として続けた。
「それに、智将とも賢者とも言われるラアサ殿が、味方に付いてくれると言うのだ。一国の支援を取り付けたにも等しい土産ではないか」
クアッダ王の言葉と同時に、会議室に朝日が差し込む。
まるで「陛下の英断を祝福するかの様で御座いました」とは老執事の談だ。
結局、コーヒー占いで、ドラゴンを思わせる過去の記録は出てこなかった。
だが後日、ドラゴンの模様は「すぐ行動せよ」の啓示とされ、未来へと語り継がれて行く事となる。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回更新予定 水曜日 20時




