30話 師弟対決
武闘会場はもの凄い熱気だった。
その熱気に、天気までも応えたかの様な快晴。
超満員に膨れ上がった会場は、準決勝の開始を今か今かと待っていた。
そして闘技場に立つのは師弟関係にある二人。
「皆さん!こんにちは!」
「「「こんにちはーー」」」
「武闘大会もいよいよ最終日!今日の対戦も楽しみですね!」
「「「そうですねーー」」」
「皆さん、応援する選手は決まってますか!」
「「「そうですねーー」」」
「それでは準決勝一試合目を始めたいと思います!」
「「「わーーーー」」」
鉄子、その番組もう終わったぞ。
「決勝番号四番!技巧派鬼神フーーェルサーー!鬼神らしからぬ高度な駆け引き!準決勝はフルプレートを着用して挑みます」
「キャー、フェルサ様〜〜」
「フェルサ殿ーー!」
「そのお髭でゴシゴシされたいの〜〜」
黄色い声援にマニアが混じってるな。
いいなモテて。
「決勝番号八番!小さな巨人アニキ様〜〜!脅威の硬さで二度に渡り観客を危機から救った奇跡の漢!」
「「「アニキ様〜〜」」」
「「「アニキ!アニキ!アニキ!」」」
「固くなって〜〜」
うお?意外に人気あるな!
固くなれってなんだよ。
「今日も固い巨人のポロリはあるのでしょうか!期待が膨らみます!……え?フェルサ選手は炎のオノマなし?……チッ使えネーな」
ちょ、黒鉄子怖いんですけど。
「この師弟対決、弟子が日頃の鍛錬の成果を十分に発揮するか!はたまた師匠が面目を保つか!軍配はどちらに上がるのでしょうか!」
「師匠、俺様の全てをぶつけさせて頂きます」
熱い言葉とは裏腹に、フェルサは落ち着いた表情をしていた。
気負いも無く、構えもリラックスしている。
この武闘大会で最も成長したのはフェルサだろう。
積み重ねた努力が、勝利で得た自信によって、確かな実力へと昇華している。
しかも手の内知られてるし、間違いなく強敵だ。
だが見せていないモノもある。勝つ策もある。
ふふふ、おっさんのしぶとさを見せてやる。
「準決勝一試合目、ハジメ!」
開始の合図と共に、フェルサは果敢に攻めてきた。
フルプレートを纏ったフェルサを見るのは初めて遭った時以来か。
鋭い連撃は盾剣に防がれる。
予備動作小さくなったな。以前の力任せに板剣を振り回す姿とは別人だ。
静から動、動、静、静から無をへて動。
十合、二十合……速度と正確さは更に上る。
やばい防御が追いつかなくなって来た。
「これ程とは……驚いたのである」
「どこの流派でもありませんね、防御に特化したと言われる水如派でも、これは……無理です」
「ですガ、マスターは捌ききっていまス」
特等席のイーラ、ナフル、シルシラが唸る。
三十人の鬼神達「リンクス親衛隊」はクアッダ国王の正式な依頼により、闘技場の外周に待機している。
待機した鬼神の眼前から、土壁が一枚、また一枚と立ち上る。
音がしないのに切っ先が音速を超えている。
俺が回避した斬撃から生まれた衝撃波を、土壁が防いで観客を守っている。
俺は腰に括りつけたモノを覆う、ワニ革の袋を取り払う。
俺のターンだフェルサ。
距離を詰める俺。板剣を正中線に構えて、備えるフェルサ。
低い位置から股間を狙って突きを出す。
板剣を振らずに下げる事で、最低限の動きで柄で俺の刺突を防ぐフェルサ。
懐でコマの様にクルリと回り、低い位置から首目掛けて薙ぐ。
板剣で受け止めながらも状態が仰け反るフェルサ。
俺は回転の勢いを殺さずに尻を振る。
腰に括りつけられた、鱗を組んだ武器が、鎖の様にフェルサの足に巻き付く。
足甲を付けて無ければ、このまま引き抜くだけで足一本取れる、尻尾を模した武器だ。
洞窟でのじゃれあいの時から、俺はリンクス達の尻尾の攻撃に散々やられてきた。
尻尾を失ったのはニンゲンの退化じゃ無いか?って思える程散々にだ。
フェルサは咄嗟に自ら足甲を砕いて、隙間から足を引き抜く。
俺は飛びのくフェルサに更に肉薄し、振り下ろされた板剣を盾で受け、回し蹴りで足を払う。
足の裏で回し蹴りを受けたフェルサを、遠心力によって振られた尾剣が襲う。
腰を振り上げ、軌道を変えた尾剣は無防備なフェルサの腕の付け根に絡み付き、腕甲の留め金を破壊する。
俺はワニの鱗を手に入れた時から、この武器を構想した。
チェーンの様な構造で、横には稼働するが縦には稼働しない剣。
だからこうして!
腰から外した尾剣を右手に持ち、鋭く突く。
手首を振って鞭の様に剣先を振り刺す。
「クッ何と変幻な動き!」
フェルサは次々に装甲を剥ぎ取られ、既にヘルメットも無く、胸甲のみ。
懸命に目を凝らして、尾剣の動きを見極めようとしている。
そしてこの武器を使えるのは俺だけだ。
普通のニンゲンは振った後に巻き付いてくる剣によって自らを切り裂いてしまう。だが俺の皮膚は刃を通さない。
スゲー痛いけど
無論訓練も積んできた。フェルサは火を通さないと喰わないから飯遅いからな。
フェルサが喰ってる間に、本物の尻尾を持つリンクス相手に。
盾剣で受け、体当たりで崩し、尾剣を鞭の様に振るい、回し蹴りを見舞う。
回転し再び視界に入った右手は無手で、防御に出された板剣の柄を握り、捻られた腰から振り出された尾剣が、胴体に巻きつき、遂には最後の胸甲をも弾き飛ばす。
「な……なんだこれは……腕が三本……いやそれ以上ある様な攻撃である」
「こんなの……目で見て対処出来ませんよ」
「お兄ちゃんのシッポなの」
リンクスの後ろに土埃が巻き上がっている。
見えないけど尻尾振り回してるだろ、絶対。
「アニキ様……す……凄い腰使い……」
こら鉄子、やらしい発言するんじゃない。
貴賓席では。
「なんじゃありゃぁぁぁあ!!」
「陛下!ご自重下さい!陛下!陛下!」
興奮したクアッダ王がすっかり地を曝け出して、またも貴賓席から落ちそうな程身を乗り出し、老執事にベルトを引っ張られている。
いや、マジで落ちるから。
ん?
貴賓席、クアッダ王の背後……何だ?
『リンクス!!』
『らじゃなの!』
「おーーっと!フェルサ選手をあと一歩まで追い詰めたアニキ様!フェルサ選手に背を向けて一目散に逃げます!どうしたんでしょう!」
闘技場外周を守る鬼神を、一息に飛び越える、着地点では地面に背を着け両足を上げたリンクスが待ち受ける。
「スカイラ○ハリケーンなのーー」
互いの足の裏を合わせ、カタパルトよろしく、俺を上方、貴賓席へと撃ちだす。
やらせん!
貴賓席から落ちそうな程に、身を乗り出したクアッダ王の背後。
歪んだ空気が見える!光のオノマだ!
俺は歪んだ空気に盾剣を突き刺し、そのまま押し込んで壁に縫い付けた。
光のオノマが消え、姿を現したのは、短剣を何度も何度も俺の腕に突き立てる赤毛の女だった。
コイツ、昨日戦ったオノマ使いだ。
胸の中心を盾剣に貫かれ、壁に縫い付けられているにも関わらず、赤毛の女は俺を蹴り、短剣で斬りつけ、俺とクアッダ王を睨みつけた。
投げつけようとした短剣を、俺に素手で掴まれ奪われた時、ようやく大人しくなった。
ゴフッ
気管に詰まった血を俺の顔に吐き出すと、鬼の形相は急速に悲哀の表情になり、
弱々しく呟いた。
「……あたしの子を……助けて……」
最後にそう言って赤毛の女は息絶えた。
壁に縫い付けた盾剣が抜かれると、赤毛の女は糸の切れた人形の様に、自らの血泥に倒れた。
「陛下!陛下!!」
老執事の悲痛な声が耳を叩く。
クアッダ王を見ると、背中に微かな切り傷があり、うずくまって唸り声をあげている。
そして短剣の刃を直接握った俺の右手には、ねっとりした液体。
毒か!
『リンクス!刺とフィリコスだ!』
『らじゃなの!』
階下から投じられた漆黒の短槍、大槍蛇の刺を掴んだ俺は、躊躇無くクアッダ国王を刺し、そばにあった水差しの水をクアッダ王の背中にぶちまける。
クアッダ王は短く痙攣すると動かなくなった。
「き、貴様!陛下に何をする!」
「陛下!陛下!」
「うわぁぁああああ」
殺気立つ貴賓席に、リンクスに抱えられたフィリコスが飛び込んでくる。
右手の粘液を見せると、フィリコスは匂いを嗅ぎ顔をしかめた。
「ニ尾大蛇の毒です!すぐに切り落とさないと死んでしまいます!」
「薬ある?なの」
「見本に持って来た物が宿に……うわああぁぁぁぁ」
来た時と同様に、リンクスに抱えられて飛んでいったフィリコス。
そこにドカドカと駆けつけたイーラとシルシラ。
シルシラが、目ざとく毒の塗られた短剣を見つける。
「陛下を動かすナ!傷口を洗え!」
「暗殺……であるか」
「何ノ毒か分かったのカ!?」
「ニ尾大蛇の毒と若者は申しておりました」
傷口を水で洗い流しながら、老執事は蒼白になって答える。
「ガ?ニ尾大蛇の毒でハ……もはや……」
ガックリと肩を落とすシルシラは、俺の持つ大槍蛇の刺を見る。
「マスター!大槍蛇の刺で刺したノですか!」
頷く俺。
「薬があれバ、助かるかも知れませン!心臓が止まって毒が回って無いなラ」
「ぅわぁぁああああ」
ドーンと音を立てて着地した、リンクスに抱えられたフィリコス。
フィリコスに大事そうに抱えられた二本の薬瓶。
「お薬なのーー」
「へ、陛下をお助け下さい!」
「ご指示を!」
フィリコスは再度入念に傷口を洗い、傷口の周囲に消毒したナイフで小さな傷を幾つも付けると、持ってきた薬を全ての傷に刷り込んだ。
清潔な布を当てて包帯を巻くと、包帯の上から更に薬を掛け、最後に革の帯を巻きつける。
「後はこの薬を飲ませたいのですが……」
トン、ぷすり、トン
リンクスは言い終わらない内に俺から刺を掠め取り、心臓辺りを叩いて蘇生させ、目が見えないと困るのと思ったか刺でもう一度刺してから、再度蘇生させた。
リンクス容赦ねーな。
覚醒したクアッダ王は、苦しそうに胸を抑えながら薬を飲み干した。
クアッダ王にショック症状等が出ないのを確認すると、フィリコスは思い出した様に「お兄さんも早く!」と薬を差し出した。
「お兄ちゃんは、だいじょぶなの。王様飲むの」
リンクスから薬を受け取ったクアッダ王は、もう一本薬を飲み干した。
クアッダ王から視線を転じたフィリコスが、おずおずと質問する。
「もしかしてその槍で仮死状態にしたんですか?」
頷く俺。
「多分、仮死状態にしてなかったら、この早さで処置しても際どかったと思いますよ」
「それほど強い毒であるか?」
「ニ尾大蛇の生息地に足を踏み入れる人は、必ず薬を持ちます。噛まれた直後に処置しても、助かるかは半々と言われています」
青ざめる人達を安心させる様にフィリコスは続けた。
「でも仮死状態にしたお陰で、毒は全身には回ってませんし、いち早く傷口も洗われています。ショック症状が出ていない事からも心配は無いかと」
安堵の空気が貴賓室に流れると、一人また一人と膝を付き頭を垂れる。
俺に。
「陛下のお命をお救い頂き、誠に有難う御座います」
「「「有難う御座います」」」
うわぁ、やっぱこういうの苦手だわ。
老執事の肩を借りて立ち上がろうとするクアッダ王。
リンクス伝えてくれ。
「王様ひとりで立つの」
「え?そんな酷な……」
「黒幕どこかで見てるの、毒効かないって見せるの」
「た、確かに……この騒動を見れば毒に侵された事は明白なのである。それでも尚、陛下が颯爽と立ち上がり手を振れば、毒殺は無意味と悟るかも知れないのである!」
頷いたクアッダ王は、力を振り絞って自らの足で立ち上がり、どよめき続ける国民に笑顔で手を振った。
「「「おおおお!!国王陛下バンザーーイ!!」」」
「「「クアッダ王国バンザーーイ!!」」」
手すりの影で、クアッダ王のガクプルする膝を懸命に支える老執事。
頑張れ、ク○ラなバ○ビちゃん。
『お兄ちゃん?』
皆が、クアッダ王の姿に感動している時。
俺は一人、血にまみれた赤毛の暗殺者を見ていた。
既に光を失った瞳から涙が流れている。
息絶えてから、流れたのか……。
名前は……確かコキノスだったか。
そうだ。俺が殺した。
いつかはあるだろうと、思ってはいた。
覚悟はしていたつもりだった。そうツモリだ。
だから今俺はこうして、人目がない所まで走ってきて……。
吐いている。
激しい目眩とムカムカに立って居られず、地面に突っ伏している。
胃液と一緒に涙が出る。
殺さずに済んだろうか?
いや、この過酷な世界でそんな考えを持ってしまったら、きっと大切な人を殺す事になる。
両の手を広げた所までしか守れない。
それで良い。
そして腕は急には伸びない。
今は怒りとも悲しみとも付かないこの感情と、溢れる涙を出し尽くそう。
背中を擦ってくれるリンクスの手が、とてもとても暖かかった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回更新予定 日曜日 20時




