29話 各派各様
武闘大会最終日前夜。
俺、リンクス、フェルサと「マイマスター」と言って離れないシルシラの四人は、ガビールの屋敷に招かれて食事をご馳走になった。
入り口近くの床に座って、テーブルに付こうとしないシルシラに「命令」して同じテーブルに着かせ、やっと食事を始める。
「この様ナ、寛容なご主人様ハ、今まで知りません」
目に涙を浮かべて話すシルシラだが、俺が奴隷とか知りません。
その後、一番弟子やら一番舎弟やら一番奴隷やら言い出して、賑やかになったが、結局「リンクスのお兄ちゃんなの」の一言に皆が微笑んで、食事が始まった。
そして今に至る訳だが……。
「陛下……この様な場所に……」
ガビール、シルシラ、使用人の老夫婦が揃って跪く。
俺もならおうと腰を浮かすと。
「良い。今夜は忍びで来たのだ。畏まるなと敢えて今だけ命令する」
精悍な顔に笑顔でそう告げると、使用人に椅子を二つ運ばせ、呆気にとられる俺達をよそにテーブルに着いた。
恐る恐る皆がテーブルに付くと、クアッダ王は俺に向き直り、頭を下げた。
「この度の、お主の献身的振る舞いに、改めて礼を言う」
えっと、畏れ多いのか?意外と普通なのか?判断に困る。
「そうか、お主にとっては普通の行動なのか。実に面白い男だ!」
クアッダ王はそう言って豪快に笑った。
確かに歴戦の凄みは隠しようも無いが、何だろうこの親しみやすさ。
豪胆な隊長さんって感じしかしない。
「ん?国王らくしないか?だってしょうが無いだろう、俺だって生まれながらの国王じゃねぇし」
一気に砕けた話し方になった国王に、隣に座る老執事が「やれやれ」って顔をする。
国王が言うには、もともとは一傭兵だったらしい。
武勲を重ねて部下が増え、小さな町の専属になった。
農地改革などを進めるうちに、安全を求めて人が増え、町から街に。
外交の都合上代表を名乗る様になった頃、移住者の一団が鉱脈を掘り当て鉱山を所有するに至ると、周辺地域から「国」として認知される様になる。
住民と協議に協議を重ねて直接民主制を打ち出し、街を作り直し、魔物や近隣勢力を退け、今では帝国にも共和国にも属さない中立王国の中で上位の発言権を有する程になった……との事。
なにそれカッコイイ。物語に出て来そうな立志伝中の人物じゃないの。
「お兄ちゃんから王様にお話があるの」
何だ?とクアッダ王が俺に向き直る。
いや、俺、お話できませんけど。
「ガビールにも教えたの」
話を振られたガビールが背筋を伸ばして、クアッダ王に向き直る。
急に神妙な顔になったガビールに釣られた様に、クアッダ王も統治者の顔になる。
「陛下、共和国が我が国に戦端を開く気配があります」
「帝国に先駆けてか」
ガビールはフェルサから聞いた、ラアサが語ったと言う話を伝えた。
帝国との戦いの気運が高まるなか、帝国に先だってクアッダが攻められる可能性。
そしてその際に取られるであろう、作戦とその対処法。
最初クアッダ国王は、まず「ラアサ」の名に驚き、話が進むにつれて眉間の皺を深くした。
機装だと?それと「ジュウ」とは何だ?
「何だフェルサ殿」
「何だリンクスちゃん」
「なあに?お兄ちゃん」
混ざりたかったのか?
喋れないの分かってて俺に振るんじゃあ無いリンクス。
「金属のつぶてを、火薬を爆発させる力で飛ばす武器なの」
投げ槍よりも威力があり、弓よりも遠くへ飛ぶ、小石の様なつぶて。
クアッダ国王は訝しげな顔をして言った。
「バクハツとは何だ?」
え?爆発は爆発だろ。芸術とは何だ?と聞かれたら爆発だ!と答えてやるが、爆発は芸術ではない。
爆発を知らない?
どうゆう事だ?
「ぼんっていうの」
「ボン?膨らむのか?」
「ぼんの上がどーんなの」
リンクスとクアッダ王は、不毛とも言える会話を繰り返している。
と言うか、リンクスは相手が国王様でも平常運転だな。
そこへ、ガビール家の使用人がガビールに耳打ちする。
「陛下、来客の様で、失礼致します」
ガビールに続いて、すっと腰を上げたクアッダ王は「続きは晩餐会の後に」と言い残し、老執事と共に裏口へと通じる扉へと姿を消した。
ガビール邸からの帰路。足早に歩きながら、クアッダ王と老執事は囁き合う。
「まさかアニキが、あのラアサとも繋がりを持っているとはな」
「共和領随一とまで言われる智将でごさいます」
「ラアサがナツメ商会を的に掛けているのは、我が国にも聞こえている。ナツメ潰しのついでに、我が国に助力すると言うのか」
「相手がラアサ殿となれば、踊らされる可能性もございます」
「それでも我が国に簡単に滅んで貰っては困る故、接触して来た。と考えるのが妥当だろう。単にナツメや共和国の背中を討つだけなら、我が国を滅ぼして油断した瞬間が最も効果的だろうからな」
二人は王城の小さな裏門を見張る老衛士に目配せして、城内に入った。
ふーっと安堵の息を漏らした老衛は、相棒の若い衛士に声を掛ける。
「わがままを言うてすまんな、見張りを交代してくれんか」
「何だよ、まだ良いって言ったり、替わるって言ったり」
「年寄りは労るもんじゃ」
若い衛士が、ブツクサと文句を言いながらも裏門の見張りに付くと、老衛士は遅い休憩に入った。
この老衛士が、クアッダ王がまだ傭兵だった頃からの配下なのを知る者は、数名しか居ない。
同時刻、クアッダ王国から一時間程の森の中。
微かな月明かりに照らされた数体の人影が、人目をはばかって姿勢を低くしていた。
周囲を警戒し、円状に散開した武装した男達の中心にいるのは、白い長髪に長身痩躯の初老の男と、短い赤い髪の女だった。
「優勝できんとは、計画とは違うな……」
「申し訳ございませんワハイヤダ様。アニキなる異形の者が……剣は通らずオノマすら防ぎ……」
「コキノス……その言い訳をハリーブにおる子に聞かせるか?」
「ワハイヤダ様!あの子には手を出さないで下さい!どうか……」
「ならば結果を出すのだな。そうすれば子もその手に抱ける」
「……必ずや」
「コキノスよ儂とて無駄に残忍な訳では無い。結果を求めておるのじゃよ。あの小賢しいブタを、ネヒマを追い落とすだけの成果がな。こちらでも手は回す、期待に応えるのじゃぞ」
護衛に囲まれたワハイヤダの姿が完全に見えなくなるまで、コキノスは視線を上げなかった。
ワハイヤダを視界に収めたら、この殺意を抑える自信がなかったのだ。
今短気を起こす訳には行かない。あの子を取り戻すまでは。
コキノスが密かにクアッダに戻った頃、先ほどの密会場所に一つの影があった。
四つん這いになって、何かを探してでもいるかの様な、小さな影。
「コレは赤毛の女のだから……コッチがワハイヤダの匂いね。大人しくハリーブの屋敷に篭ってればイイのに。アタイの鼻からは逃げられないし」
地面から顔を上げた人影は小柄で、頭をすっぽりと覆う布で顔を隠していた。
フンと鼻を一つ鳴らすと、その人影は頭を覆う布を脱いだ。
一陣の風が吹き抜け、雲が動くと月が小柄な人影を照らす。
小柄な人影は子供の様に見えたが、ニンゲンとは別の生き物だった。
茶の頭髪の横には垂れた耳があり、鼻はやや前方にせり出し、先は黒かった。
くりっとした瞳は殆どが黒目。
そして風になびいたマントの、腰部分からは尻尾が生えていた。
「アイツの馬車に細工しようとして、ドラゴンと火事で街の外に逃げたけど。お陰でアイツの匂いを見つけられたわ……結果オーライ」
そう言って部分的に犬な少女は、小さく拳を握りしめた。
翌朝、宿で朝食をしていて、俺はおかずをポロリとこぼした。
左手が盾剣だからしょうが無いが、片手での食事は食べにくいしお行儀悪い。
床に跳ねて、テーブルの下に転がった芋を拾おうとして、テーブルの下を覗くと……。
足が多い。
俺、フェルサ、シルシラ、そして床に届かずにプラプラさせているのがリンクスの足。
……もう一人分足がある。
芋を拾わず、テーブルから顔を出すと。
「よぅジョーズ。ひでぇ有り様だなぁ」
ソイツは俺の盾剣と、毛のない頭をみて苦く笑った。
ヌケサク……もとい、ラアサ、お前いつからソコに居た。
ラアサの後ろには、イナブでも同行していた二人が立っていた。
コイツらまじで忍者とかじゃ無いだろうな、見えるまで気配無いんですけど。
「これはラアサ殿、お久しぶりです」
「武闘大会に出てるとは思わなかったなぁ、しかもガビール含めて四人で準決勝とか……いやぁすげぇすげぇ」
「この方ガ、共和領随一の賢者、ラアサ殿なのですカ……」
ちょ、ラアサってそんなに有名人なの?
賢者って上位ジョブ?
「リンクスちゃん、そのリボン可愛いなぁ」
「お兄ちゃんが買ってくれたの!」
リンクスが椅子の上に立ち上がってモデルポーズを取る。
食事中ですよ、やめなさい。
「ナツメ商会の動きは、上手く抑えたみてぇだなぁ。ジョーズだろ?魔獣の密輸なんて絵書いたの」
分かってらっしゃる。
「晩餐会で国王に進言しようって腹か?」
分かってらっしゃる。
「まぁ、決勝でりゃ晩餐会には参加出来るから優勝しなくてもいいんだけどな」
ほんとに良く分かってらっしゃる。
情報収集の賜物なんだろうが、集めた雑多な情報から事実を見つけるのはセンスが要る。ホント頭いいなラアサ、捕まって牢屋に居たくせに。
「晩餐会確定なら紹介しときてぇヤツが居るんだぁ」
ラアサはそう言って、宿屋の入り口の方にに声を掛けた。
「リンクスちゃん!リボン可愛いよ!お兄さんもお久ぶりです」
現れたのは見覚えのある青年。寝癖頭は、くせ毛なのか?誰だっけ。
「お兄ちゃんが買ってくれたの、フィリコスなの」
フィリコス?……すまんリンクス、もうちょっとヒントちょうだい。
『薬草取りのフィリコスなの』
おお!薬草取り過ぎて大金持ちにしちまった、あの青年か。
「知り合いかぁ?ジョーズも大概だなぁ」
ラアサの話はこうだった。
ナツメ商会の弱体に合わせて、商会に取って代わる流通商を探していた。
商会から信用と金に次いで仕事を奪い、依存価値を下げる為だ。
寡占状態ではいくらナツメ商会が弱体しても、切り離す事が出来ない。
幾つかの候補は、多かれ少なかれナツメ商会の紐が付いており、対抗馬の擁立に難航したこと。
ある時、共和領辺境で一時的に薬草の価格暴落が起こった。
何かを感じたラアサは調査を命じ、膨大な量の良質な薬草を備蓄する青年を見つける。
フィリコスは、ナツメ商会による賄賂と恫喝による間接支配を叩き潰すというラアサの考えに賛同した。
「天使の兄弟から授けられた富、無一文になっても元に戻るだけです」そう爽やかに笑って、莫大な財産の管理を全てラアサにまかせてくれたらしい。
スタッフとノウハウをラアサが、資金をフィリコスが出し、フィリコスの商会は急速に組織を組み上げた。
ナツメ商会の食い込みの浅い、中立王国から徐々に切り崩し、今では共和国と帝国以外の太い客は、ナツメ商会との取引を見合わせているとの事。
ナツメ商会への襲撃。
対抗できる商会の組織運営。
顧客の切り崩し。
開戦への妨害工作。
全てをこの短期間に並行してやってたのか……。
有能とかってレベルじゃねぇ、頭何個あるんだよ。
ラアサのやろうとしている事は、単にナツメ商会を潰すにとどまらない。
戦争の芽を摘んでるんだ。経済の為に引き起こされようとしている戦争の芽を。
戦争が始まればクアッダ王国の次に被害を受けるのは、共和国と帝国の中間に位置する辺境一帯だ。
フィリコスの村も、根地の森も、ワニ達も、そしてイワンが命を賭して守ろうとした村々も……。
くそっ!戦争なんて言われても何の実感も無かったが、触れ合った命が無残に散る姿をイメージしたら胸糞が悪くなってきた。
のんびり武闘大会なんかに出てる自分にイライラしてきた。
もっと出来ることがたくさんあったんじゃ無いか?
もっと積極的に、直接的に動けたんじゃ無いか?
「ジョーズ……ジョーズ、お前がクアッダでのナツメの動きを完全に止めてくれたお陰で、出来ることが一杯増えたんだぜぇ」
……そうだ、大事なのはこれから出来る事だ。
俺に出来る事は何だ。
国王と顔を合わせる事が出来た。
途中までだったが共和国の先制攻撃の可能性の話も伝えられた。
抑止力
俺がいた世界ではそんな言葉があった。
お互いが強力な武器を持つことによって、甚大な被害に思いを馳せ、戦争行為をためらう気持ちを共有する。
恐怖を共有出来るなら、なぜ愛を共有出来ないのか。
「武器商人に踊らされている」そう鼻で笑ったものだが……。
戦争を始めるのは人では無い、経済だ。
前線から遠い者程、好戦的になる。
そして声高に戦争を賛美する者程、法によって守られている。
思考が飛躍した。悪い癖だ。
なんだっけ?
そう、抑止力だ。
クアッダ王国に対して戦争を仕掛ければ、損がデカイと思わせる事が出来れば、この戦争は回避できる……かもしれない。
しかしクアッダ王国と共和国の戦争は避けられても、共和国と帝国との戦争は?
あの辺境一帯に戦火が及ばない方法は……。
『お兄ちゃん、顔怖いの』
『え、そうか?』
そうだな、まずは今出来る事からだ。
とりあえず俺は、床に落とした芋を拾って口に入れた。
「し、師匠……」
「ご主人様……」
「ジョーズお前……」
え?
床キレイだったよ?
三秒たったからダメ?
三人のジト目をよそに、俺は朝食を平らげ席を立った。
さーー準決勝だ!
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