27話 天才
決勝、第五試合。
会場全体が、天才イケメン剣士イーリスと王国剣術指南役ガビールの戦いを、今か今かと待ちわびて居た。
このキャーキャー言われてるイケメン野郎がガビールに「けちょん」とやられる様を俺もとても楽しみにしている。
一つだけ気がかりな事があるとすれば、解説がガビール押しな事位か。
「イーリス選手始めますよ。いい加減準備して下さい」
「おぉ美しくも爆発的な豊満美溢れる君よ、全ての姫達に投げキッスを終えるまで、しばし時間をくれまいか」
何だその意味不明な言葉使いは?自分に酔ってやがる。キモイ。
「ちっ、早くしろよキザ野郎、進行が遅れるじゃねーか」
お?聞こえたぞ鉄子。
今、黒鉄子がチラリと顔を見せたな。
そーかそーかお前もイケメンは気に入らんか、暗黒面でも鉄仮面よか良いと思うぞ。こっちの仲間に入れてやろう。
業務を完璧にこなす事に、至福の喜びを見出しているであろう鉄子からすれば、自分は特別だと思い込んでいるイケメンは、根本的に嫌いだろうな。
「では!大会規定に則り五試合を開始します!ハジメ!」
号令がかかったにも関わらず、イケメンは余裕をかまして投げキッスに興じている。ザコ臭パナいんですけど。
そして今の状況を正確に表現するとすれば「志○うしろーー!」だ。
ガビールが既に背後で剣を振り上げている。
ガインっと鈍い音がしてイケメンは場外へと転がった。
頭を振りながら立ち上がると「卑怯な!」などと言いながら円の内側に戻り、ようやく剣と盾を構える。
見るとイケメンのヘルメットは後頭部がすでに凹んでいる。
丈夫なヘルメットで良かったな。
「ふふふ、剣術指南ガビールさん、アナタならワタクシが本気を出すにふさわしいかも知れませんね。なんせワタクシは天才!そう!言うなればあまりにも天才過ぎたのです!」
この世界のヤツらって戦いが始まってからも喋るヤツ多いな。
それがこっちの様式美なんだろうか、ガビールも聞いてるし。
「イーリス選手、本日二戦目ですが、消耗具合はどう見ますか?解説のファムさん」
「先程の戦いを見るに、それ程消耗はしておらんでしょうな。対戦相手は実力を発揮できずに破れた様に見えましたな」
解説の間にもガビールはイーリスを「がんがん」攻め立てていた。
防御に手一杯に見えるが、どうした自称天才。
「くっ流石ガビールさん水如派の免許皆伝であるワタクシを追い詰めるとは」
「ん?水如派と言うことは、ナフル殿の知り合いであるか」
「え?知りませんよ?少なくとも宗家の直弟子ではありませんね」
イーラの質問に答えるナフル。
話の感じからすると一本髪は水如派宗家の直弟子らしい。道理でなぁ。
後でもう一度、防御をお勉強させて頂きたい。
「いいでしょう、ワタクシの実力をお見せしましょう。但し本気で戦ったことがありませんので、手加減出来ないかも知れませんよガビールさん。なにせ大天才ですから」
距離を取って構え直すイーリス。何やら変わった構えだ。
やけに前傾姿勢で、突き出した剣を持つ腕が伸びきっている。
出したことも無い本気を実力とか、何言ってんだろうね。
自称天才が自称大天才にクラスアップしてますけど。
「くらえ!○○派奥義○○斬改!」
スカーーン
踏み出しそうとした足を、あっさり払われてコケるイーリス。
「ぐ……ならば○○派奥義○○飛翔改!」
ごろごろーー
飛び上がろうと姿勢を低くした途端に、がビールに肩を蹴られて後ろに転がるイーリス。
会場からは「イーリス様ぁぁあ」と悲鳴にも似た声援が上がる。
俺からは「イーリスざまぁぁぁあ」の言葉を授けよう。
「おーーと!これは素晴らしい!ガビール選手イーリス選手の技を尽く潰しています!流石は剣術指南役!」
『お兄ちゃんも食べる?』
『へ?』
リンクスが両手に串焼きやら揚げ物やらを持っている。
どっから持ってきた……と振り返ると、鬼神が全員、屋台の料理を両手で大事そうに持ち、リンクスの片手が空く度に隣に来て食べ物を献上している。
……何が起こっているんだ……。
貴賓席
白髪の僅かに混じる短髪に、黒々とした濃いヒゲを蓄えた男が、つまらなそうに頬杖をついて、闘技場を見下ろしている。
クアッダ国王である。
「なんだあの道化は」
「は、七つの流派を一年足らずで全て免許皆伝した天才と……」
「ん?イーリス・ヒェートス?……帝国のヒェートス家の者か?」
「十数番目のご子息だそうです」
「ゴリ押しで入門させられた師匠共が、扱いかねて免許皆伝して放り出したのだろうな。上辺を撫でただけの、ものまね剣ではないか」
「出てこなければメッキも剥がれずに済んだので御座いましょうが」
闘技場
自称大天才のイケメンは、自己流に改悪した奥義とやらを繰り出し続けていた。
いや、正確には潰され続けていた。
わざわざ名前を叫んでから構えるせいで、どんな技かバレバレ。
十分な修練を積んでもいないので、技自体もしょぼしょぼ。
そしてイケメンぼろぼろ。
「くっ、そんな……この超天才の技が通じないなんて……」
イケメンの天狗になった鼻を根本から折ったガビールが、終わりにしようと近づいた時、イケメンは最強最大の奥義を放った。
「ぼ、僕のパパは帝国のヒェートス卿なんだぞ!僕に恥をかかせたらどうなるかよく考えろ!後悔しても知らないぞ!」
超絶奥義・レインボーフラッシュ
必要ステ:親の地位、親の財産、親の権力
虚栄心極大、自尊心極大、自制心極小
効果 :相手による
親の七光りキターー!こんな場所で親の名を出すことが恥と気付かない辺りが大天才の名に相応しい!いや、今超天才って言ったな!
言葉使いも子供になったうえにパパとか!
レインボーフラッシュは会場全体をさむ〜〜い空気で包み込んだ。
観客全員がジト目。
勿論ガビールも冷ややかな目でイケメンを見つめている。
「あ……あれ?」
ガビールがひれ伏すとでも思っていたのだろうか。
卑屈に取引でも持ちかけてくるとでも思っていたのだろうか。
自分の予想とは違う反応に狼狽えるイケメン。
「謝るのである!」
突然隣から腹に響く声が上がる。イーラだ。
「この王国は、帝国にも共和国にも膝を屈せぬ独立不羈の精神の集う国である。この様な場所で親の威光に頼ったお前を誰も大人扱いしないのである!」
なかなか立派な精神だと思うが、何で謝れ?
ガビールがつかつかとイケメンに近づく、「ぱーんぱーん」と往復ビンタをかましたと思うと、鎧を剥ぎ取り、服を破り、素っ裸にして、抱え込んだ。
スパーーン
スパーーン
「や!やめろよぉ〜!みんな見てるだろぉ!パパに言いつけるぞぉ」
尻叩き。
親が子供に躾ける時にやるアレだ。
わははははは!ざまぁねえなイケメン!
愉快愉快!もっとやり給えガビール君。
「イーリス……態度は大きいけど、ナニはちっちゃかったわね」
「自立心は足りないけど、皮は余ってたわね」
さっきまで黄色い声援を送っていたお嬢さん達からも、冷たい声が流れる。
尻叩きは、イケメンが泣いて「ごめんなさい」するまで続いた。
「くくっ、とんだチン事がありましたが、勝者ガビール選手となりました。カワいそうではありますが、ぷっ、一皮ムケて大人になって欲しいものです」
黒鉄子がとても楽しそうだ。
隣の解説のジジイが、恐ろしい物を見る目で鉄子を見てますけど。
「兄貴、締まらない戦いを見せてしまって申し訳ないっす」
「お兄ちゃんは大喜びなの」
戦いを終えたガビールが申し訳無さそうに戻ってきたが、俺は大満足だ。
オヒネリ飛ばしたいくらいだぞガビール。ヨクヤッタ。
「ガビール殿準決勝進出おめでとう、師匠の一番弟子として、先に準決勝進出を決めた者として、お祝い申し上げる」
「これはかたじけないフェルサ殿、明日は互いに頑張りましょう。一番舎弟として、兄貴の弟子の健闘もそれなりに期待しておりますぞ」
「「ふふふふふ」」
「これ程闘志溢れるガビール殿は、見たことが無いのである……」
イーラが気圧されする程、メラメラの二人。
ってか俺まだ準決勝進出してないんですけど。
「続きまして!本日最後の試合となります!決勝第六試合を開始します!」
会場は再び熱気に包まれる。
「決勝番号一番!神速のレイピア使いコキノス!初出場ながら見事決勝に勝ち進んだ美貌の剣士!」
「「おおーー」」
「美人だな〜」
「すげえ早いんだぜ」
「決勝番号八番!不意打ちのアニキ!突如発生した謎の盾によってイーラ選手を下し、本日二戦目となります!」
「うおおぉぉぉ!」
「「「アニキ!アニキ!アニキ!」」」
「「「呪画士どの〜〜」」」
鬼神達だけでなく、イーラの応援をしていた兵士達も応援してくれているが、異様に暑苦しいんですけど。
「解説のファムさん!どう予想されますか?」
「コキノスは予選でも、素晴らしいスピードで圧倒してましたからの。一方のアニキもスピードはありますが、イーラの山崩しを二度も受けています。隠してはいても負傷はあるでしょうな」
ありませんけど?
「兄貴!決勝で待ってるッスよ!」
「俺様も決勝で待ってます!」
「リンクスも待ってる!なの」
お前らトーナメントが何だか調べてこい。
さて、オバカは放っといて目の前の女剣士だが……。
赤く波打つボブカット、キツそうな目元に皮鎧。
どっかで会ったことがあるような。
『オノマ使いなの』
あ!ナツメの倉庫燃やした赤毛の女か!髪短くなってたんですぐ解らなかった。
武闘大会に出れてるって事は、ナツメの関係者じゃ無いって事か?
鉄子のアナウンス聞いた感じだと、予選ではオノマ使わなかったみたいだな。
つまり、オノマに頼らなくても予選を勝ち抜けられる腕はあるって事か。
「それでは、決勝六戦目……ハジメ!」
赤毛は合図と同時に素早く距離を詰め、レイピアによる刺突を繰り出した来た。
速い!そして鋭い!
俺は盾と二本の剣で続けざまにレイピアを捌く。
高く、低く、右に、左に、連続で放たれる突きは全て防がれる。
「コキノス選手素晴らしい連続攻撃!しかしアニキ選手も見事な防御です!」
「連戦による消耗は無いようだな、ならば!」
赤髪は一言俺に声を掛けると、距離を取った。
微かに動く唇、剣を持たない左手で作られる「Cの字」
アレ見たことある!オノマが来る!
声が聞こえないから、なんのオノマか解らないが、狙いを定めさせない為に俺は速度を上げて赤毛の周りを回る。
「ん?アニキ殿の動きが変わりましたね。どうしたんでしょう?」
「何かを警戒している様なのである」
首を傾げるナフルとイーラ。
何となく釣られて首を傾げる後ろの鬼神達。
「何でしょうアニキ選手!コキノス選手の周りを跳ぶ速度を益々あげるーー!」
見えた!
Cの字の、指の間に小さな炎。
レンガをも溶かした炎が来る!
放たれた小さな炎は、投げられたボール位の速さで俺に迫る。
前に見た事があるお陰もあって、俺は小さな炎を回避した。
「オ!オノマです!!そこ逃げて!」
鉄子の絶叫。
小さな炎が飛んだ先は、リンクスやフェルサが座る特等席だった。
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次回更新予定 水曜日 20時




