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26話 漆黒の短槍

 帝国と共和国の境界線に位置する、クアッダ王国。

 王国の商と武の発掘の為に、年に一度行われる武闘大会。


 コロシアムには大勢の人が集まり、大変な賑いを見せていた。

 今年は例年に無い「豊作」の年であると言えた。


 貴賓席、質素な玉座とも上等なソファーとも言える椅子に腰を下ろし、頬から顎までビッシリと生えた濃い髭の男が、傍らに佇む老執事に明るく話す。


 「商いの方はナツメ商会を除外出来たお陰で、我が民は潤っておるようじゃな」


 「左様で御座います。最終的には二割程税収が増えるとの試算で御座います」


 「武の方は、新たに頭角を現した者を先んじて我が国に迎える事が出来れば、質の向上だけでなく、互いの切磋琢磨も進む」


 「陛下の彗眼、恐れいります」


 「お前が俺に恐れ入るなど、道楽もたまには良しだな」


 国王が上機嫌なのは貴賓席に居る皆にとって、幸せな事であった。



 「それでは本日の組み合わせも後半に突入!決勝戦第四試合を始めます」


 屋台に買い出しに行っていた者や、用を足しに席を離れていた者が急ぎ足で会場に戻ってくる。


 「決勝番号三番!謎の美少女リンクス!予選では無手でしたが決勝では短槍を使う様です」

 

 「リンクスちゃんがんばって〜!」

 「怪我しちゃだめよ〜」

 「「「リンクスちゃ〜〜ん」」」


 おばちゃん達に人気があるようだが、会場の一角から野太い声援が聞こえるな。


 「「「リンクスたちゃ〜〜ん」」」


 「誰だ!かんだヤツは!」

 「コレはコレで可愛いんじゃないか?」

 「うむ、可愛いな」

 「差別化も図れるぞ!」


 「「「おおお!」」」


 「せーの」


 「「「リンクスた〜〜ん」」」


 フルプレートに身を包んだ大男達が、左手を腰にあて右腕を真っ直ぐに伸ばして手を振っている。その数約三十。

 全員が全員おんなじポーズだ。

 先頭の男は赤い髭……。


 見なかった事にしよう。


 「決勝番号六番!怪力無双ザクン!昨年は準決勝まで進んでいます!」


 「おおお!」

 「ザクンの兄貴ーー!」

 「今年こそは優勝ですぜーー!」


 声援を送っているのは作業員風の格好をしたヤツが多いな。

 筋骨隆々の見事な巨体だが……アゴなげーな。

 病気か?


 「悪いなお嬢ちゃん、土木部の予算増収の為に負けられねえんだ、悪く思うなよ」


 「ロクム部も予算がんばるの」


 「……ロクム部?」


 首を傾げるアゴ。

 顎をかくアゴ。


 紛らわしいが、アゴが強烈すぎて既に名前をわすれた。

 

 「ザクン選手が手にするのはハルバート!突く斬る引っ掛けるなど多彩な使い方の出来るポールウエポンです!」


 「ここは流石にザクンでしょうな。いかに今年は番狂わせが多くとも、あんな少女にザクンが負ける要素がありません。戦うザクンもやりにくいでしょう」


 勝ち確だな。


 解説のジジイの裏買っとけば全試合取れるな。


 「決勝第四試合……ハジメ!」


 十分な距離からリーチを活かしたハルバートの一撃が、リンクスの頭上に迫る。


 「ブレイ○スパイラルなのーー」


 一瞬でアゴの懐に潜り込んだリンクスが逆立ちの姿勢で、巨体を蹴り上げる。

 おおーーニンゲンってあんなに高く跳ぶんだな。


 リンクスは短槍を構えてアゴの落下を待つ。

 おっと!忘れてた。


 『ソレ使わない方がいいかも』


 『どして?』


 『分かんないけどヤバそう』


 リンクスは短槍を引き、落下して来たアゴを避けた。

 

 地面に落下し、大きくバウンドするアゴ。

 衝撃で肩の鎧が外れる。


 ぷすっ


 リンクスは露わになった肩に、短槍をほんのちょっと刺した。


 刺しよった!

 刺しよったでこの子!


 『使って見ればわかるの』


 確かにそうですけど!シルシラの顔がヤバイんですけど!


 「「「うおーーリンクスた〜〜ん!!」」」


 後ろの親衛隊ウルサイんですけど!


 地面に落ちたアゴは激しく痙攣した後、泡を吹いて動かなくなった。

 ピクリともしない。


 ……え?ちんじゃった?


 リンクスがおもむろに近づき、心臓の辺りをトンと叩く。


 「!っかはっ!はッはぁ」


 心臓止まってたの?

 激しく息を吸うアゴは、キョロキョロして手探りを始めた。


 「あっと……失礼しました!どうやらリンクス選手がザクン選手を蹴りあげた様です!落下の衝撃で気絶したらしいザクン選手をリンクス選手、起こしました!」


 鉄子のアナウンスの声に「ヒッ」と怯える様に後ずさるアゴ。


 「そしてどうしたのでしょうかザクン選手!様子が変です!」


 リンクスが短槍の先に付いた血を指に付けて、ペロリと舐めている。

 一体何が起こっているんだ。


 俺の視線に気付いて地面に座ったままのシルシラが、蒼白な顔で説明する。


 「大槍蛇の刺ハ、二つの毒を持つと言われてまス。一つハ神経毒、ザクン程の強靭な肉体を持ってしてモ、心臓が止まる程ノ。仮に蘇生出来たとしてモ、もう一つの毒デ、目が見えなくなるとカ……ザクンはもう……」


 エグイな大槍蛇。


 『この人、視覚と聴覚が入れ替わってるの』


 『へ?』


 『もどすの』


 リンクスは、大きな音に怯えた様子のアゴに、もう一度「ぷすっ」とした。

 シルシラが「また刺した!」ってあんぐりしている。


 激しい痙攣>仮死状態>心臓トン


 会場は固唾をのんでリンクスの行動を見守っている。


 ゼエゼエと激しい呼吸をしながら上体を起こしたアゴは、周りを見渡し、目をパチクリさせ、自分の両手を見た。


 「おお!戻った!視力が戻ったぞ!」


 戦いを忘れてはしゃぐアゴ。

 そこは「見えるぞ!私○も敵が見える!」で来て欲しかった。


 「ガ?視力が戻っタ?え?」


 「うおおぉ!ありがとうリンクスちゃん!オレには分かる!戻してくれたのがリンクスちゃんだと!二度と土木作業が出来ないのかと……死んだほうがマシだと思ってたよぉぉぉ!」


 二度程死んでますけど。


 アゴは、腰のナイフを地面に突き刺して降参の意を示すと、感激のあまりリンクスに抱きついて「ギョッ」とする。


 「内緒なの」


 すぐさまリンクスから離れ、地面に大の字に手足を投げ出して、コクコクと頷くアゴ。


 「しょ、勝者!リンクスーー!」


 「何が起こったーー!」

 「リンクスちゃーーん」

 「「「おおお!リンクスた〜〜ん!」」」


 会場を包む大歓声。人気あるなリンクス。

 この歓声を送るヤツらの中に、今起こった事を理解してるのがどの位いるか。



 貴賓席


 「何が起こったかサッパリだが面白い!面白いぞ!」


 「陛下、帝国側に属していた鬼神三十名程が、王都に乱入したとの報告が」


 「何だと!軍部長とイーラを招集しろ!してその鬼神共は何処に!」


 老執事はゆっくりと腕を上げ、指をさす。

 指し示された方向を見やるクアッダ国王。


 そこには。


 「「「リンクスた〜〜ん」」」

 「「「ばんざーい!ばんざーい!」」」


 リンクスを称えて闘技場そばまで押し寄せた、鬼神達の姿があった。

 闘技場から俺の左へと移動したリンクスに、鬼神達が跪く。


 「リンクスたんを応援すべく馳せ参じました!」

 「「「馳せ参じました!」」」


 「呪画士殿にも、お許し頂きたく!」

 「「「頂きたく!」」」


 パチクリと瞬きをするクアッダ国王。

 腕をゆっくりと下げて、同じくパチクリする老執事。


 「あーーアレはなんだ」


 「乱入致しました鬼神で御座います」


 「ソレは分かる、アノ状況はなんだと聞いておる」


 口を開きかけた老執事の元に、軽装の男が現れ耳打ちする。


 「陛下、短時間ではありますがアニキ殿に関する報告が届きました」


 「申せ」


 老執事は噂が元ですので、と念を押した上で話しだした。


 アニキなる者は、鬼神フェルサの武道の師匠であること。

 少女リンクスの兄であること。

 剣術指南役であるガビールが兄貴と慕っていること。


 さらに。


 今しがたシルシラまでも弟子入り志願したこと。

 実は予選で、イーラに防御指導をした水如派師範のナフルが敗れていること。


 さらに。


 鬼神達がトラゴスの傭兵契約を更新せずに、リンクスを慕って来たこと。

 鬼神達が「呪画士」と呼び、敬意を払って接していること……。


 「大物ではないか……何故今まで野に埋もれておったのだ」


 「そこまでは判りかねますが、権力に縛られるのを嫌う者かも知れませぬ。武術も学問も、達人級にはそのような者も多いとか」


 「ふむ……何としても抱え込みたいな……」


 「慎重になさりませんと、敵対されれば恐るべき戦力で御座います」


 「イーラに匹敵するやも知れぬ兄弟に鬼神、ガビールにシルシラ、三十名の鬼神達……小国を滅ぼせる戦力ではないか!アニキの情報を引き続き集めよ」


 老執事は軽装の男を再び呼び、耳打ちをした後、国王の傍らに佇んだ。



 「では、五戦目の準備に入りたいと思いますので……そこの鬼神の方々、席にお戻り下さい」


 「おすわりなの」


 「「「は!リンクスたん」」」


 赤髭を始めとした鬼神達は、デカイ体を無理やり押し込めて、特等席に腰を下ろした。


 せめーし、暑苦しいから!


 リンクスの隣に誰が座るかで、ジャンケンポーーンの儀式を始めそうだったので、全員二列目より後ろに座らせた。リンクスが。


 ココの戦闘力おかしな事になってるんじゃないか?警備担当の兵がソワソワしてるぞ。

 

 「アニキ殿は呪画の技も使うのであるか?」


 「またまた秘密の匂いがしますね……」


 「ジュガとはなんですカ?」


 「お兄ちゃんなの」


 何か訳分からなくなって来た。

 鉄子、早く始めてくれ。


 「決勝、第五戦目を開始します。決勝番号二番!ガビーーールーー!王国剣術指南役にして双刀の達人!」


 「ガビール殿!王国軍部の名誉の為に!」

 「「「ガビール殿ーー!」」」


 鎧を身につけた、兵士らしき人達の応援が多いな。

 イーラも負けたし、軍関係はガビールしか残ってないのかな?


 「予算を増やして新しい槍を!」

 「盾が先だ!」

 「とにかく予算だーー!」


 何この武闘大会ではあり得ない声援。


 「この国は直接納税であるから、武闘大会は恰好のアピールの場なのである」


 なるほど。軍や傭兵は力を示して予算を獲得するのか。

 さっき、アゴも予算がどうとか言ってたが……これだけ力があるんだから、予算が増えればもっと成果が出るぞってアピールか。


 「決勝番号七番!イーリス!門を叩いた全ての流派を習得した天才!第二試合でも多彩な技で圧倒していました!」


 「きゃーーイーリス様ーー」

 「お顔だけは傷付けないで〜」

 「イーリス様〜こっち向いて〜」


 白人系の秀麗なお顔に、波打った長い金髪。

 女性ファンからの黄色い声援が飛ぶ。


 薔薇咥えてそうな、ベルサイユな感じだ、まつ毛長すぎだろ。

 オスカルと名付けよう。


 『俺見てないけど、どんな感じ?』


 『チャラい中二病なの』


 は?


 「ワタクシの超絶絢爛、変幻自在、無双無比な剣技で、姫様方に勝利をお届け致しましょう」


 「「「きゃ〜〜イーリス様〜〜」」」


 恥ずかしいセリフと共に優雅に頭を垂れるオスカルに、熱狂する若い娘達。

 リンクスの言葉がアジャストした初めての例として、記憶しといてやろうオスカル。


 ガビールさん、そのむかつくイケメンやっちゃって下さい。


 イケメン、けちょんけちょんの図。

 ふふふ、楽しみだ。


 

 


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 日曜日 20時

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