23話 速攻VS竜骨剣
武闘大会二日目。
コロシアムには朝から大勢の人が詰めかけていた。
肉と玉葱の串焼き、焼き肉を挟んだホットドッグ、ザクロのジュース、薔薇水。
たくさんの屋台が並び、呼び込みに躍起になっている。
「昨日より、五クルシュ高いの」
「ぐっ」
リンクスが、串焼き屋の便乗値上げを目ざとく見つけると「内緒だよ」といって、店主が串焼きを一本くれる。
昨日は三十クルシュだったらしい。流石食いしん坊さんは見てらっしゃる。
原価なんてたかがしれてるだろうからな。ナツメの暴利に比べたら可愛いもんだ。
コロシアム入り口で、ガビールとも顔を合わせ、連れ立って会場内の控室へ。
「揃いましたね。プレートを提示してクジを一人ずつ引いて下さい」
爆乳が現れた。 揉む
飛び込む
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『もぐの』
『止めなさい』
決勝参加者が一列に並び、順にクジを引いてゆく。
皆強そうだ。
俺が八、リンクスが三、フェルサが四、ガビールが二だった。
「それでは、闘技場に入場したら、今引いた番号に並んでお待ち下さい」
鉄子は相変わらずの固さだ。
爆乳も実はカチンコチンかも知れない。
リンクスさん痛いです。足踏んでます。
会場の地面には幾何学模様の線が引かれている。
『あーなるほど』
闘技場場に選手が入場すると歓声が上がった。
選手が各々、番号の振られたマスへと並ぶ。
一際大きな歓声が上がって、二階の貴賓席にクアッダ王が姿を現す。
他の参加者に習って、膝を付き頭を垂れる俺達。
王の居る貴賓席から闘技場を見下ろせば、俺達参加者がトーナメント表に並んで居るのが見えるだろう。
魔法でオーロラビジョンとかがテンプレじゃないの?
実況とかあるのかな?
場内に大音量で響く選手名。
端から順に名前を呼ばれて立ち上がる。
スピーカーあるのかよ!
イロイロ突っ込みたいが、王への顔見せが終わると、開会が宣言された。
「遺憾なく武勇を発揮すべし!以上!」
挨拶短っ!
観客席からは歓声と共にクアッダ王万歳の声が上がる。
どうやら民衆には人気があるようだ。
街全体も活気があるし、自分達の街だって意識が住民から伝わってくる。帝国の街トラゴスとは雰囲気が随分違うな。
一度控室に戻って装備を整えると、スグに呼ばれた。
「兄貴、決勝で待ってるっすよ」
「師匠!頑張って下さい!」
「ぶっとばすの」
三者三様の激励を受け、俺は闘技場に戻る。
予選とは違い、装備は全て実戦装備、オノマの使用も許可されるらしい。使えませんけど。
直径三十メートルの円が闘技場、決勝のリングだ。
予選同様、円の外が場外で、場外から一分以内に戻らなければ負けとなる。
相手を殺さずに勝つのが、美しい勝ち方とされているが、殺したからと言って罪にはならないそうだ。相手の力量を見定め、降参するのも戦士としての能力だとか。
人殺し?ちょっとヤダな……。
ヌルい考えなのは自覚しているが、感覚的な物だから仕方ない。
「決勝番号九番!竜骨剣の鬼神イーラ!昨年の準優勝者にして王国傭兵団長!」
「うおおぉぉぉ!」
「イーラ殿ぉぉぉ」
「「「イーラ!イーラ!イーラ!」」」
鉄子のアナウンスに湧き上がる場内。
会場の一角からはやけに野太い声援が飛んでくる。
準優勝?傭兵団長?俺もう終わってね?
「手にするは、鬼神の象徴である板剣を、竜の骨を芯に鍛え直したと言われる逸品!竜骨剣!規格外の破壊力に、全身を覆う金属鎧!今年は優勝なるかーー!」
鉄子……実況メチャ熱いやん。
場内が静まるのを待って鉄子は再び息を吸い込む。
「決勝番号八番!不意打ちのアニキ!初参加ながら実にセコーーーーーーーイ戦い方で決勝進出!武器はアリゲートの鱗剣と小型の円盾!イーラ相手にどこまでセコイ手が通じるか!」
パチ、パチ
パラパラの拍手ありがとう。
鉄子め……扱いに差がありすぎるだろ。
まぁ、今朝聞いたら、決勝残れば晩餐会呼ばれるらしいから、既に目標は達成済みだ。
後は、俺の努力がどの程度通用するか試すだけだ。
特に気負いも無い。
パラパラな拍手のお陰で、聞こえてくる囁きがある。
「これはナフル殿、今回は残念でしたな。イーラ殿の応援ですかな?」
「実力及ばずですよ。俺はアニキと言う選手を見ておきたいな」
一本髪が特等席で腕を組んで俺を見ていた。
ぎゃふんって言った男だ。
「解説はお馴染み、元剣術指南役ファムさんにお越し頂きました。ファムさん、この対戦どう予想されますか?」
「イーラが何秒で倒すかが焦点でしょうね。トーナメントでは消耗しないと言うのも戦略のうちですからね。アニキは死なないで欲しいですね」
解説まで寄ってやがる。
まあ良い。
師匠は楽しく頑張るからな!
後は任せたフェルサ。
「がはははは!今年はクジ運が良いのである!おっとお主を馬鹿にしておるのではないぞ。予選から棄権者続出で殆ど戦って無いのである!ワシの竜骨剣は、何でも切れるゆえお主には死なない事を望むのである!」
豪快な声がフルフェイスの兜を震わせている。
目と口の所に、線の様な穴が開いており、頭頂部には魔物の尻尾だろうか、房が付いている。
「ワシの名はイーラ!お主には死なない事を望むのである!」
さっき聞きましたけど?
解説もだけど、なに?俺って死ぬ前提なの?
ちょっとやる気出て来ましたけど。
俺は、鱗剣と円盾をリラックスして構え、開始の合図を待つ。
貴賓席
座り心地優先の、装飾が殆ど無い椅子に座る濃い髭の男性。
所々白いものが混じる短い髪を除けば、加齢を感じさせる物は何一つない。
逞しい体躯、盛り上がった上腕二頭筋。興奮と好奇心とに溢れた黒い瞳。
いずれも若々しい生命力に溢れている。クアッダ国王その人である。
クアッダ国王は昨日とはうって変わって、前のめりで会場を見下ろしている。
サイドテーブルには、酒やツマミ、干した果物が置かれているが、手を付けた形跡は無い。
「イーラは今年は早くから優勝を目指して居たからな。意気込みも去年とは別物だろう」
「左様で御座います。難のあった防御面を強化する為に「水如派」の師範代であるナフル殿を招いて修練を積んだとか」
「ほう、水如の師範か……その者は武闘大会には出なかったのか?」
「決勝にお姿が見えないと言うことは、参加なさらなかったのでしょう」
「流派のメンツもあろうな」
「始まる様で御座います」
クアッダ国王と老執事は視線を闘技場に移した。
「決勝第一戦目……ハジメ!」
鉄子の号令で始まった戦いは、大方の予想を裏切った。
イーラの一撃で終了。あるいはアニキの防戦一方からのリタイアを想像していた観客が見た物は……。
「ぐぅうおおお!」
息も付かせぬ連続攻撃に、堪らず竜骨剣を薙ぎ払って地面をえぐり、後方へ飛び退くイーラ。
闇雲に放った一撃の為に、土煙の中、イーラ自身もアニキの姿を見失っていた。
着地寸前。つま先が地面まであと一センチの所で、足を払われる。
ぐるんと空中で回転し、肩から激しく地面に衝突するイーラ。
上体を起こすよりも早く蹴り上げられ、イーラの頭が中を飛ぶ。
空中に弧を描く頭。
カーン
甲高い音を立てて転がった頭は、兜だけであった。
地面に背を付けたまま、竜骨剣を風車の様に回転させて追撃を防ぎ、地面を転がって距離をおくイーラ。
兜が跳んだ事によって現れた顔は、太い眉と深い皺が刻まれた眉間が印象的な、壮年の美男子だった。
「がはははは!ワシとしたことが油断したわ!」
イーラは肩を揺すって笑ったが、目は相手を睨みつけたままだった。
視線の先に立つ小さな男は、油断なく盾を構え、構えているだろう剣は見せない。
数瞬の間の後、「ワーー」と歓声が上がり、我に返る実況。
「し、失礼しました!アニキ選手の目にも止まらぬ連続攻撃!イーラ選手も竜骨剣を回転させて追撃を阻止!再び相まみえます!今の攻防はどう見ますかファムさん」
「……イ、イーラの憎い演出ですね。これで盛り上がる」
特等席
「イーラ殿……兜まで飛ばすとは演出が凝ってますな〜」
「なんだ?アニキのあの動きは、予選とはまるで別物ではないか」
「え……演出ですよね……」
「目を逸らすと後悔することになるかも知れません」
一本髪のナフルと、隣の男は、再び闘技場を注視した。
闘技場
俺は舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。あの蹴りで意識を刈って終わりにしたかったのに、とっさにポイントをずらして急所を外されたばかりか、ダメージのダの字も感じさせない動きに追撃を断念せざるを得なかった。
次からは油断してくれないだろうなぁ。
先手を取り続けるか、受けに回ってカウンターを伺うか……。
高揚する自分を自覚しつつ、冷静になろうと務める。
向こうの方が焦ってるはずだ。
何が来ても意識だけは飛ばされないように、集中する。行くぞ!
「あーっと!アニキ選手行ったーー!」
イーラに真っ直ぐに突っ込みながら、盾で剣を隠す。
一瞬迷ってくれれば儲けものだ。
振りかぶる様に肩を見せて、盾の下から突きを出す。
腹部プレートに、角度よく突き立った鱗剣は、ほんの数センチだが、プレートを突き抜けて皮膚を傷つける。
「アニキ選手の突きはイーラ選手の鎧を貫いたか!?」
中に鎖帷子を着ているはずだが、それを破れた手応えは無い。
コオォォォ
息吹!ヤバイ、開放とかってやつでリミッター解除の攻撃が来る!
上段から音を越える早さで振り下ろされる竜骨剣。
ポイントをずらすために、敢えて踏み込んで盾で受ける。
バガーーン
金属製の円盾が音高く割れ、竜骨剣を受けた肘の辺りに痺れる様な激痛が走る。
ぐあ!痛えぇ!
「開放したイーラ選手の一撃でアニキ選手の盾が割れたーー!って、え?盾だけ?」
「手加減ですね」
肩口まで感覚が無くなる。
俺は反射的にイーラの胸を蹴り、バク宙で距離を取ろうとしたが。
しまった!俺が軽すぎてイーラの体勢が崩れていない。
着地前に追撃を受ける!
メキメキッ
唸りを上げて左から右に払われた竜骨剣。
バットで打たれたボールの様に吹き飛び、コロシアムの壁に激突して土煙を上げる俺。
ガラガラとコロシアムの壁が崩れ落ちる。
「決着ですね。秒殺ではありませんでしたが、ま、私の予想通りですね」
「未だ土煙の立ち込めるコロシアムの壁!果たしてアニキ選手!息はあるのか?場外リタイアのカウントダウンが進みます!」
「「「おおおぉぉぉ」」」
コロシアムを覆う大歓声。
しかしイーラは歓声に応えない。
訝しげな顔で、自らの剣と未だ崩れ続けている壁を交互に見ている。
貴賓席
「いや〜流石はイーラ殿で御座いますね。ちゃんと盛り上げて……」
「黙ってろ」
「し、失礼致しました」
特等席
「イーラ殿、勝どきを上げませんね?」
「おかしい……」
「え?」
「竜骨剣であれほどの斬撃を受けては、体が二つに千切れるはず」
「えええええ」
闘技場
ガラッ
また大きく崩れ落ちる壁。
未だ吹き晴れぬ土煙は、その衝撃の強さを物語る様だ。
ゴト
穴の開いた壁から音がする。
警戒しながら目を凝らすイーラ。
土煙から見えたのは両刃の直刀。
直刀は煙から伸びるに連れ、丸い盾と一体の特異な形をさらけだす。
崩れた壁の穴から這い出てきた男は、二本の剣と一つの盾を身につけていた。
コロシアム全体の刻が止まったかの様な静けさの中。
悠然と闘技場に戻る男は、不敵に笑った。
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