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21話 前夜災

 クアッダ王国、役所。


 メインストリートの突き当りに役所はあった。実に判りやすい。

 石造りではあったが、周りの建物に比べると見窄らしい。

 実に健全だ。直接納税だからか、公的機関の建物が無駄に大仰だったり華美だったりしない。

 イイネをポチッとしたい。


 その役所の中は大変な賑いを見せていた。

 武闘大会の受付窓口に黒山の人だかりが出来ている。

 行けば分かるという情報通りだ。


 俺達三人の手にはピシュマニエがある。昨夜追加補充しそこねた蜘蛛の糸の様な綿菓子だ。

 今朝、起き抜けに情報収集を済ませてきた、お菓子屋さんで。

 リンクスにロクムはいいのかと聞くと、意外にもまだあるとの答え。

 大事に食べてるらしい。


 何度も割り込みされながらも、やっと窓口に到達。

 なんじゃいこりゃあ!

 受付嬢の爆乳に目を奪われる三人。


 「食べていい?」


 「いや俺が食べ……」


 痛い痛い!なんで足踏んでんのリンクス。今言ったのフェルサだから。


 「お申込みはそちらの髭の方ですか?付き添いの方は混雑の元ですので外でお待ちください」


 「優勝する!なの」


 「……えっと参加資格は特に有りませんが、保証も無いですよ?」


 「三人共参加します」


 「……知りませんよ。参加費の払込みと同時にクジを引いて頂いて、即ブロック分けされます」


 乳以外は態度も話し方も固い女だ。

 痛い痛い、足踏まないで。あの谷間は視線を固定するオノマが掛かってるんだって。


 ブロック分けって、受付の向こう側に貼り出してあるアレか。

 一から千までの番号が書かれ、百毎に太い線が引かれている。

 千人だと!?


 「お名前をどうぞ」


 「リンクスなの、お兄ちゃんなの、フェルサなの」


 「リンクスさん……フェルサさん……お兄さんのお名前は?」


 その時突然、役所の入り口から声が掛り、大勢が声の方を向く。


 「兄貴!」


 「アニキさん……っと」


 「兄貴!俺っす!ガビールっす!生きてたんすね!」


 「ガビール殿が兄貴って呼んでるぞ」

 「誰に話し掛けてるんだ?見えねえ」

 「あの鬼神か?」


 自然に割れる人垣の間を歩いてくるのは、正装の軍服に身を包んだ、剃頭に堂々たる体躯の男。


 世紀末ザコだった。


 「ガビール殿、この方達に私的な用でしたら、申し込みの後でお願いします。業務が滞りますので」


 「あ、ああ失礼した。兄貴、外で待ってるっす」


 固い!固いぞこの女!鉄の女だ。周りの反応を見るにソコソコ偉そうなザコ相手に、業務最優先を貫く姿勢。行政官としてかなり優秀と見た。秘書兼メイドに欲し痛い痛い。


 「では、三人分の参加費九千クルシュを収めてクジをどうぞ」


 「俺様達は三人なんだが、ブロックを分けては貰えるかな」


 「そういった個々の対応はしておりません、全てクジです。異議申立ては申し込みをキャンセルして、そちらの窓口でどうぞ、来年以降に反映される可能性があります」


 「そ、そうか分かった」


 鉄子よ、いくら破壊力抜群の爆乳を持っていても、それでは嫁に行けまい。

 三人分の参加費をフェルサの坑道調査の報酬から払ってクジを引く。


 「引くの」


 「八十番、四百二番、七百五番ですね」


 三人共運良く別のブロックになり、胸を撫で下ろすフェルサ。


 「師匠と早々に当たらなくて良かったですよ」


 「では、リンクスさん、フェルサさん、アニキさん、これで参加申し込みは完了です。大会終了までこの札を無くさないで下さい」


 そう言って番号の書かれた銅板を渡されたが……。

 アニキ……だと?

 早速ブロック表に名前が書き出される。


 「なんだアニキって名前なのか」

 「そうだよな、あのチビがガビール殿の兄貴分な訳無いもんな」

 「お嬢ちゃんも出るのか?怪我しなきゃいいけどな」

 「フェルサってのは鬼神か」


 肩を落とし重い足取りで役所を出た俺を「絶対生きてるって信じてたっすよ」と満面の笑みで迎える世紀末ザコ。

 無性に殴りたい。



 その夜、俺達は世紀末ザコの家に招待された。

 豪邸ではないが中々に立派な家に、使用人らしき老夫婦。


 しゅ、出世しちゃったの?ザコでヒャッハーだったのに。


 夕食では立てた鉄串に肉を何層にも刺し、暖炉の熱でクルクル回しながら焼いて、そぎ落としながら取り分ける。という見たことのない料理が出て来た。

 上手に焼けました〜の丸焼きとは違った焼き方だ。


 白いピラフに削ぎ落とした焼き肉、焼いた野菜、煮込んだミートボール、白身魚のフライなど高そうな料理が並ぶ。

 お金払いませんけど。


 「生肉ないの」


 「リンクスちゃん……だっけ?生肉食べたら病気なるっすよ」


 食事が一段落してから、世紀末ザコはこれまでの事を話した。

 俺とはぐれてから、心を入れ替えて剣の道に立ち戻ったこと。

 ラアサの元で、盗賊団の襲撃部隊の指揮を取っていたこと。


 ある時、襲ったナツメ商会裏組織の荷物に、誘拐されたクアッダ王国第三王女が居たこと。

 そして、護衛として請われて王国の客人となり、剣の腕を見込まれて、現在は剣術指南の地位にあること。


 何その成り上がりストーリー。カッコイイんですけど!

 誰かに自慢したい。


 「師匠、ガビール殿に例の話を聞いて貰ったらいいんじゃないですか」


 「何?師匠だと?フェルサ殿が弟子で、俺は弟分……ふふ」


 「いやいや、俺様は師匠から直に教えを受ける身……ふふふ」


 何そこでバチバチやってんだよ、話し進まんだろ。


 「リンクスのお兄ちゃんなの」


 参戦しないの。


 「金属のつぶてを飛ばす武器すか……それを揃えて帝国に宣戦布告。特需に釣られて人も物資も放出したクアッダ王国を蹂躙……あり得ない話じゃ無いっすねぇ」


 「中立派筆頭のクアッダ王国を先に叩く事は、開戦後の離反を防止する意味で、政治的に有効な選択肢の一つだとラアサ殿は言ってましたね」


 「任せてくれ兄貴、オレが将軍達にさり気なく吹き込んでおくっすよ」


 「まぁ、俺様が武闘大会で優勝して、王様に直接進言しますよ」


 「「ふふふふ」」


 二人で気持ち悪い笑いを浮かべるのはやめろ。


 「リンクスはお兄ちゃんのお手伝いなの」


 フェルサとガビールが異様に固い握手をして「負けん」と言葉を交わし、その晩は解散した。

 武闘大会の開催は三日後らしい。



 寝静まる街、尻尾が二本の猫が何もない路地に威嚇の声を上げる。一瞬の間をおいて悲鳴にも似た鳴き声を上げて逃げ出す。


 クアッダ王国正門近く、馬車を預ける倉庫脇の路地。

 微かに揺れる空気が二つ、倉庫番の後ろをすり抜けて、倉庫の中へと入って行く。


 ゲップ


 倉庫の入り口からの不審な音に、振り向く倉庫番だが、何も見いだせず巡回へと戻って行く。


 『ごめんなの』


 『バレて無いからいいさ』


 俺とリンクスの二人が、姿を消して忍び込んだのは、ナツメ商会の借りる馬車倉庫。

 盗賊団を動かして、ナツメ商会の流通に圧力をかけているラアサに、援護射撃をしとくつもりだ。


 とは言え、やることは器物損壊。犯罪だ。


 馬車の車軸に細工して、荷物積んで走ったら車輪ハズレて、ガッタンゴロゴローってなる予定だ。資金が潤沢なら、先に壊れる部品の買い占めまでしたい所だが……。


 十台を越える全ての馬車に細工を終えた時、倉庫の入り口から物音がした。

 リンクスと手を繋ぎ、姿を消して倉庫の隅に移動する。


 「あ、あれ?」


 ゴソゴソ


 「え?こっちも?」


 倉庫に入ってきた小柄なヤツは、頭から顔にまで布を巻いており、顔は判らない。

 馬車の下に潜り込んで、俺達が細工した場所を見ては、次の馬車へと移動していた。


 修理したり騒いだりする様子はない。

 味方……とまでは言わないが敵では無さそうだ。


 カタン


 倉庫の入り口から再び物音。

 倉庫番?では無さそうだ。姿勢を低くしてキョロキョロしながら倉庫に入ってくる。

 大柄な体を縮こませて馬車の下に潜り込む。

 先に入ってきた小柄なヤツは、足音を殺して倉庫の隅に移動……ってこっち来ないで。


 馬車の下に潜り込んだ大柄な人は、あれ?とか、お?とか言いながら馬車の下を移動している。


 流行ってんの?馬車荒らし。


 カタリ


 また入り口から物音。

 ちょっと、人来すぎでしょ。ネットの掲示板で馬車荒らしの依頼出てないよね?


 後に入ってきた大柄なヤツは、入り口から一番遠い隅に逃げる。

 入り口に立つのは革鎧を身につけた女。逆光で顔は見えないが、腰まである赤い髪がウェーブしているのは分かる。


 「裏口を見張れ、逃すなよ」


 赤髪の女は、入り口の外に居たであろう倉庫番に命令を下し、倉庫の中へと歩を進めた。


 『チャンスだ、今の内に入り口から逃げよう』

 『らじゃなの』


 俺とリンクスは、手を繋いだまま、近くに逃げてきた小柄なヤツの後ろを通り過ぎたその時。


 「いい匂い……」


 まじか!隠れてるくせに、小柄なヤツ!呟きよった!

 慌てて自分の口を抑える小柄なヤツ。


 赤髪の女は声のした方へ三歩近づき、倉庫の隅の暗がりを睨みつけた。丁度俺達の目の前で。

 ボソボソと赤髪の女が呟くと、突き出した左手の先、Cの字を作った親指と人差指の間に小さな炎球が出現した。


 おお!何たるサービスカット!特等席!こんな間近で炎のオノマが見れるなんて!

 しかも炎に照らし出されたお顔は、目元がキツメな美女だ。ファンタスティック。


 「出てこなければ、そこの馬車ごと炎で包む」


 「……」


 「そこに居るのは判ってるんだ!姿を現せ!」


 「呼んだ?なの」

 「うおわぁぁ!」


 突然予想外の方向、しかもすぐ側から声がして、赤髪の女は驚き反射的に左腕を上げて顔を庇った。

 リンクス!呼ばれたの俺らじゃねえから。

 バレちゃったよ。


 チリチリ


 赤髭の女の髪が燃えている。咄嗟に左腕を上げて顔を庇ったせいで、炎が髪に触れてしまったらしい。「うあっ」と呻いて、髪を叩いて炎を消そうとするが消えない。


 「飛べ」


 赤髭の女はあらぬ方に、炎の玉を飛ばし、大慌てで髪の火を消す。


 「あ」


 やっと髪の火を消した女が見たのは、派手に燃え上がる馬車だった。

 燃え盛る炎に向けて再度左手をかざす女。


 「大気に満ちる力の素よ。濁流となれ。水を……」


 「のぁああああああ!!」


 「今度は何!」


 今度大声を上げたのは、倉庫の奥に隠れた大柄なヤツだった。

 腰を抜かし、目を見開いた大柄なヤツは赤髪の女の背後を指さしガクガクと震えている。


 「ド……ドラ……ゴン……ひいぃ!喰われる!」


 大柄なヤツは叫び声を上げると窓を破って、一目散に逃げ出した。

 女の背後に揺らめくのは、燃え盛る炎によって、壁に映し出されたリンクスの影。

 その影は大きく不気味にうごめいて見える。


 あら?想定外の光源は影は出ちゃうんだ。

 お天道さまの下では影も人の形だったのに。


 「ヒッ!大気に満ちる力の素よ。五連の業火を。ここに炎を……飛べ」


 赤髪の美女は半狂乱になりながら、両手で玉を掴むような形を作り、それぞれの指の間に、二センチ程の火球を五つ生み出すと、壁に揺らめくドラゴンの影に飛ばした。


 ちょっあぶなっ!熱っつ!


 壁に当たった火球は二十センチに膨れ上がりレンガを溶かし始めた。

 放射される熱で壁際の馬車が燃え上がる。


 俺達は姿を消したまま、倉庫の入り口から飛び出す。

 突然の火事に倉庫街の人が、わらわらと道に出て来て辺りは騒然となった。

 数件先の家の屋根から火事を見つめる俺達。

 火事現場の両隣の倉庫は、水を掛けるでもなく中の物を運び出している。


 オノマってあんなにスゲェの?良くは知らないがレンガの融点って千度以上じゃないの?

 それにドラゴンに対するパニックぶり。鉱山の時も驚いたが、この世界のドラゴンってどんな存在なの?


 『ドラゴンはドラゴンなの』


 リンクスは何故か胸を張っているが、褒めたつもりは無い。

 火事とドラゴンか……アイツならどんな便乗をして見せるかな……。


 リンクス達と火事現場を挟んで反対側の路地。


 「け、結果オーライ」


 煤にまみれた小柄な人物が、小さく拳を握りしめていた。



 翌日の昼過ぎ。

 ガビールが俺達の宿を訪ねてきた。


 「兄貴、ナツメ商会がヤバイこと企んでたみたいっすよ。フェルサの野郎は?」


 「フェルサはお出かけなの」


 ガビールはフェルサが居ないのを確認すると、ニヤリとして俺に話し始めた。


 「今しがた入ってきた情報なんすがね……って兄貴やけに上機嫌っすね」


 ふふ、良いから続け給え。


 ガビールの持ち込んだ情報に寄れば。ナツメ商会は軍部の監視下に置かれ、全ての活動を一時休止させられているそうだ。


 理由は「危険魔獣の密売」


 クアッダ王国に有力なコネを作れないでいる商会が、希少な魔獣を密売して、そこを入り口に政府中枢へと食い込もうと画策していたらしい。

 所が、昨夜捕獲して来た魔獣が暴れだし、討伐するために、市街地では使用を禁じられている強力なオノマを使用。倉庫街一帯を火の海にしたそうだ。


 「その希少な魔獣って何だと思うすか」


 ふんふん、続け給えガビール君。


 「ドラゴンだって話しなんすよ!んな訳きゃ無いと思うんすけど、ドラゴンを見たってヤツや、その場で仕留めたってヤツも居たり。でも死骸はおろかドラゴンの形跡すら無いんす」


 ドラゴンの形跡てのはアレか?そこら中食い散らかした跡が……ってヤツか?

 うちのリンクスはお行儀良いぞ。


 『美味しいか?』


 『ほっぺとほっぺが落っこちるの』


 リンクスはロクムをちょびっとかじっては、紙に戻し、両手を頬に当ててクネクネしている。


 「さっき一時報告が上がったんすけど、ドラゴンって話はガセだろうと。商会の企みの調査がされるんすけど、武闘大会が始まるんで後回しにされますね。王都を危険に晒したってんで、ナツメ商会と取引するヤツはもう居ないでしょうね」


 このクアッダ王国でも、ナツメ商会のやり方を苦々しく思っていた連中は多いそうだ。

 その商会が、稼ぎ時の武闘大会の期間中も活動休止となり、喝采を叫ぶ者までいるそうだ。


 「何にせよナツメ商会に鈴を付けたかった兄貴には朗報っすね」


 「師匠!只今戻りました!」


 「おおフェルサ殿、オレはもう行かなきゃならんが、兄貴に超重大な情報を持ってきた所だ。後程貴殿の意見も聞かせてくれ」


 「かたじけないガビール殿、そなたは宮仕えの身、後の事は俺様にお任せあれ」


 「「ふふふ」」


 固い握手をして、部屋を出て行くガビール。


 「んで、ガビールの野郎はなんて?」


 コイツラ本当に仲良いな。どっちか居ない時はお互い野郎呼ばわりだし、顔合わせると張り合って大物ぶった変な言葉遣いだし。


 フェルサが朝から居なかったのは、情報収集ではなく拡散の為だ。

 さっきガビールが持ってきた情報。それは全て俺が考え、フェルサに流して貰った噂を、軍部が聞き集めて構築した物語だ。ラアサも真っ青な便乗ぶりだと自負している。メシウマ。



 その日の夕方、武闘大会の申し込みは締め切られた。

 だがここに、虚空を見つめる一人の人物がいる。


 鉄子


 その手には八十番、四百二番、七百五番のクジ札。

 完璧な準備と完璧な業務だったにも関わらず、何故かダブった三枚のクジ。


 同僚の慰めも聞こえない彼女は、クジを見つめ肩を落としたまま、終業時間まで一言も話さなかったという。


 俺は知っている。クジを引いたリンクスが光のオノマで、番号をイカサマしてた事を。

 サイコロの時にやってもらえば良かった……。

 もう博打やりませんけど。いや、必勝なら博打とは言わないのでは……。

 


 


 



 


ここまで読んで頂きありがとうございます。


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