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18話 イナブ

 イナブの街。ナツメ商会によって作られた宿場街。

 そしてナツメ商会の「金を吸い上げる」システム。


 高い塀に囲まれた街の入り口に、何組かの旅人と、いくつかの商隊が並んでいる。

 俺達ナツメ商会の馬車は、手形を見せただけでスルーだったが、金を払っている様だった。


 街なかの倉庫に馬車を入れ、馬を預ける。


 『お菓子屋さんないの』


 建物は立派なのに、人の数もまばらで、閑散としている。

 何だろう?ゴーストタウンなイメージだ。


 「師匠お待たせしました。明日の昼までは、コレを見せれば各街の移動は無料だそうです」


 フェルサはそう言って、俺とリンクスに名刺サイズの銅板をよこした。

 ナツメ商会の紋と数字が書かれた銅板。通行証なのか?各街って?


 「報酬も貰いましたし、飯街いって何か食いましょう。俺様が奢りますよ」


 そう言ってスタスタと歩き出し、乗り合い馬車にのるフェルサ。

 フェルサの話しでは、ここは宿街で馬車置き場と宿屋しかなく、食事は飯街に移動しなければならないらしい。飯街には食堂しか無く、酒も出さない。

 酒街には酒場や賭博場や娼館などの娯楽施設があり、商街には道具屋や武器屋があるとか。


 それぞれの街に入る度に少しばかりの金を取られるが、通行証を買えば乗合馬車で自由に出入りできるとの事。


 どこのテーマパークだよ。どんだけ守銭奴なんだ。不便でしょうがないだろ。

 街道を切り開いて街を作り、効果的に金を吸い上げる仕組み。感心はするが尊敬はしないな。


 乗り合い馬車で数分、高い塀に囲まれた街が見えてきた。あれが飯街だろう。

 徒歩で歩くには微妙に面倒な距離。何てイヤラシイ都市計画。


 日も沈み、夕飯には遅い時間だが、飯街はそれなりに賑わっていた。

 売れ残りをさばこうと安売りしている声もする。


 「適当な所に入りましょう。リンクスちゃん何食べたい?」


 「ロクムなの」


 『ご飯になさい』


 「生肉なの」


 「や、生で肉出す所はないなぁ」


 結局、フェルサに適当に選ばせる。数分後湯気と香りを纏って運ばれてきた料理達。


 「柔らかいの、溶けるの」


 出て来たのは、肉がとろける程何日も煮込んだと思われるシチューに、フカフカの白いパン、肉と野菜の串焼きに、ザクロのジュースだ。全て大量だ。

 テーブルに載せきれない程の料理を、ウェイターが目を見張る勢いで胃袋に収めて行く三人。

 どの料理も冷めること無く完食された。ご馳走様でした、合掌。


 食いっぷりが見事だとかで二千クルシュにまけてくれた……が、高くね?

 フェルサの四日分の報酬が八千クルシュだったか。相場の二倍とも言ってたよな。

 確かに大量に食いはしたが、随分と高いんじゃないか?


 ウェイター曰く。


 街道が出来るまでは、森を大きく迂回して二十日間の野宿の旅程だった共和国辺境と帝国辺境。

 森を切り開いて旅程を半分にしただけでも十分得な上に、街道の中間地点で安全と上等な食事が得られるのだから、妥当な値段だとか。


 そう言われるとそんな気もするが、騙されんぞ。

 ヌケサクからナツメ商会の悪徳っぷりは聞いてるからな。

 周りに街が出来そうになると、井戸に毒まで入れて邪魔をし、酒街では賭博で金を巻き上げ、高利貸しして奴隷にするんだろ。


 席を立つと、店主を名乗る人物が奥から現れ「イナブは初めてのようですな、酒街もご覧になって下さい」と、チケットをくれた。チケットそのものは換金出来ないが、チップ一枚相当として賭けられるそうだ。勝ってチップを手にしたら換金してホクホクして下さいと。


 そうやってチョロっと勝たせて、のめり込んだ所で根こそぎやるんですね。ワカリマス。


 「ゲームするの?」


 「そうですよお嬢ちゃん、そしてゲームに勝てばまた美味しいご飯が食べられますよ」


 「別に美味しくはなかったの」


 「ぐ、このガキ……」


 瞬間、店主の顔が引きつる、いいぞリンクスもっとやれ。

 俺はコイツラの欲にまみれた視線がさっきから嫌だった。

 俺とリンクスが店に入ろうとしたら、汚い物を見る目で、入るのをブロックしたくせに、鬼神が同行者と知れると手揉みした。鬼神は稼ぎが良いからだろう。


 料理の値段も時価だろう。店内に値段を思わせる物が何一つ貼られていない。

 あれ?店内に短冊下げてるのは、日本だけか?

 ヌケサクから話を聞いていたせいかも知れないが、とにかく胡散臭い気がして仕方ない。


 「お嬢ちゃんは娼館には入れませんが、賭博場には入れますので一度足を運んでみては」


 リンクスが行きたがったので、ちょっと足を運ぶ事にする。

 飯街を見て回ったが、たおんたおん村の人は見かけなかった。

 賭博場にいるとは思わないが、酒街も探してみて、翌朝早起きして宿街を探すのが良いだろう。


 村の名前?……覚えてますとも、フェルサが。



 「どこ行った!なめやがって!」

 「まだ酒街からは出てねえ筈だ!門閉めてこい!」


 俺達は今、三人仲良くお手々繋いで、屋根の上で姿を消している。

 眼下の街を慌ただしく、頑強な男達が走り回る。手には剣やら棒やらを持っていて物騒だ。


 どうしてこうなった。


 酒街に入った俺達は、たおんたおん村の人が居ないか一通り酒場を覗き、特に収穫もなく賭博場に入っていった。

 吹き抜けのホールは熱気で溢れており、各テーブルからは「よっしゃー」とか「そんな~」とか大きな声が流れる度に歓声が上がっていた。


 この手の商売のやり方は知っている。最初は勝たせてくれるのだ新顔には特に。


 タイルで出来たトランプっぽいので、マージャンみたく四人で囲むテーブル。

 ルールがさっぱり判らん、却下。


 こっちはバカラか?カード絞りすぎてヨレヨレじゃないか。

 バンカーがシューターに手を乗せっぱなしだし、イカサマし放題だろ?却下。


 おいちょかぶとか、チンチロリンとか、無いかな~って見渡したら……あった。

 いやちょっと違うか。サイコロを二つ振って大騒ぎしている。


 食堂で貰ったチケットを手に、サイコロを振っては一喜一憂する様子を見ていたら。


 「おや、初めての方ですかな?次私が振りますので、パスラインに賭けてみては?ビギナーズラックにもあやかりたいですし、私は今日キテますよ」


 身なりの良い温和な紳士が話しかけて来た。

 サクラの方ですね、ワカリマス。


 勝ち馬に乗れとも言うし、勝たせてくれるならありがたく勝たせて貰おう。

 ちょびっと勝ったらさくっと換金してしまえばいいのだ。


 三人分のチケットを紳士の示す場所に置く。


 「お、ビギナーズラックか、俺も乗るか」

 「ダヒカ氏が振るのなら俺も」


 テーブルのそこかしかにチップが積まれていく。色んな所にチップ置いてるけどどうなの?


 紳士が両手でサイコロを包み、コロコロと両手で揉んでフッっと息を吹きかけてから放る。


 「スネークアイズ!」


 どよめきが起こる。一が二つ、ピンゾロだ。

 配当高いとか?よっしゃ!配当はよ。


 チケットは杖によって回収され、代わりにチップが……え?

 何事も無かったかの様に、次のゲーム始まっちゃってますけど?

 勝ったのにチップくれないの?あまりの高配当で後でくれるとか?

 の割に、スルー感パナイんですけど。


 目をシパシパさせて紳士を見上げると。


 「いや~負けてしまいましたね、さっきまで七を出し過ぎましたかな」


 マテコラ


 お前がサクラだって事は分かってんだよ!杖もったサイコロ渡す男とアイコンタクトしてたじゃねーか。それともヘボイのか?裏メンのくせに狙った目も出せねーのか?あ?


 「まあまあ、娯楽ですから、次はご自分で振ってみてはいかがですか?一投目で七か十一を出せばそれだけで勝ちですよ」


 やったる


 フェルサ、金出せ、今までの月謝だ。弟子入りしてんだから上納金よこせ。


 そして……。

 俺は戦力を小出しに逐次投入し、抜き差しならない戦況に陥った。


 「師匠……もうこんぐらいで……」


 肩触るんじゃねーよ!ツキが落ちるだろうが!

 ありえねーだろうが!二と三ばっかなんだよ!チップ持ってくな!

 やっと七が出たと思ったら「二投目だから負け」とか聞いてねーよ!俺の歓喜返せや!


 やられたのか……最初から絞りまくる気だったのか?

 勝手な思い込みで、全財産ぶっこんだ俺が「上鴨」だったのか?

 グラサイなのか?サイコロに細工したイカサマなんだな!


 俺はヒートアップした思考のまま、ピンゾロの目を出したサイコロを、引き寄せようとする杖を掴みサイコロを掻っ攫い、ガリッと噛じった。


 「ちょ!なにを」


 割れたサイコロは六側に鉛が仕込んであった。六の反対側は一。

 マジでグラサイじゃねーかよ!


 「イカサマ?」

 「サイコロすり替えてたのか?」


 「ふざけんなどんだけ金使ったと思ってんだ!」

 「金返しやがれ!」


 テーブルの客から怒りが噴出すると同時に、混乱がホール全体に広がって行く。

 奥の扉が荒々しく開き、無骨な男達がホールに雪崩れ込む。


 「よーいドンなの」


 俺達はトンズラを試みるが、用心棒に行く手を阻まれ、テーブルをひっくり返したり、バーカウンターを走ったりしてホール中を駆け巡り、シッチャカメッチャカした挙句、入り口と間違って奥の金庫室に入り、壁を破って逃走した。


 「師匠が博打にアレほど熱くなるとは思いませんでした」


 「バクチ禁止、なの」


 すんませんでした。

 は~、久しぶりにやらかしたな。


 俺の人生最大の忘れ物は「車」だ。

 雀荘で三日徹夜し、自分で乗って行った車を忘れて、タクシーで帰った事があった。

 「マージャンのマは麻薬の麻」なんて言ってたヤツも首釣ったな。


 制御不能になるから近づかない事にしようっと。

 ごめんねフェルサ、全財産スッっちゃって。テヘペロ。


 結局俺達は翌朝、酒街の門が開かれるまで屋根の上で過ごし、やけに騒がしい酒街を、他の客に紛れて後にした。

 老夫婦と使用人バージョンで。



 茂みでご飯する俺達。

 今日のご飯は蛇の様な長い尻尾を持つフクロウ風の鳥だ。


 狼牛を捕食している所を捕食させてもらった。食物連鎖なう、だ。

 物音がする度に、蛇フクロウが真後ろまで首を回して振り返る為、その都度動きを止める。

 リンクスが通話で「だーるまさんが、こーろんだ」なんて言うから楽しかったが。


 この茂みからは、頭を出せばイナブの宿街の門が見える。

 たおんたおんの捜索をしたいのだが、なんせ昨夜ナツメ商会の金庫をぶち壊して追われる身。

 イナブから離れる決心も付かず、こうして遠巻きに街に出入りする人を眺めている。


 さて、どうしたものか。


 変身出来るのはリンクスだけ。

 たおんたおん村の人の顔を知っているのは俺だけ。

 まともに聞き込み出来るのはフェルサだけ。


 三人一緒じゃ無いと、酷く欠陥品な匂いがするのは気のせいだろうか。


 「これお前らが獲ったのかぁ?すげぇなぁ」


 いきなり背後から声がして驚いた。

 だが、このひどく間延びしたしゃべり方は聞き覚えがある。

 俺は笑顔で振り向いた。


 「久しぶりだなぁジョーズ。ちょっと感じ変わったかぁ?」


 「リンクスなの、お兄ちゃんなの、フェルサなの」


 見るからに盗賊って格好、ちょっと抜けた愛嬌のある顔、ヌケサクだ。

 ヌケサクの後方に二人、旅装の男女が立っている。この距離まで気付かなかった。流石盗賊って所か。

 フェルサ良かったな。リンクスの自己紹介にやっとランクインしたな。


 「こんにちはリンクスちゃん。んでそっちは鬼神か?」


 「フェルサだ。所でその……ジョーズと言うのが師匠の名前なのか?」


 「あぁ、聞き上手なんだぜぇ」


 「……」


 「お兄ちゃんなの」


 

 ヌケサクは「良く生きてたなぁ」と笑ってから、あの日の事を話してくれた。

 バリスタの矢を背中に受けて、帰りの馬車で意識を失ってからの事だ。


 馬車の通れる道を使ってアジトに戻ろうとしていた道中、ナツメ商会の師団に奇襲をされた事。

 俺の乗った馬車が沢に転落、戦闘で多くの仲間を失った事。

 ガビールは更生して幹部になったが、今は腕を見込まれて王国に召し抱えられた事。

 ナツメ商会本部のある都市に潜入して、襲撃した部隊の頭を惨殺した事。


 そして今朝、イナブの酒街を強盗したこと。


 「いやぁ流石はジョーズだわ。イナブでのナツメ商会の金の中心を襲ったんだろぉ?」


 「ラアサ様の指示で、早急に作業員に扮して賭博場の壁の修繕に紛れ込み、瓦礫と一緒に金を運び出しました」


 ラアサって誰だろう?こないだも出て来た名前だな。

 盗賊のボスとかスポンサーとかだろうか。

 ガビールって誰?


 それにしても見事な便乗っぷりと言える。

 酒街から出る時やけに騒がしかったのは、朝に強盗されたからか。

 老夫婦に変身していたからかも知れないが、この世界のセキュリティは甘々だな。

 簡単に街から人出しちゃいかんよ。


 フェルサが俺達と出会ってからの足取りを、ヌケサクに伝えている。

 リンクスがドラゴンなのは、流石に察して伏せてくれている。


 「お前らジョーズの為に情報仕入れてこい。イニドリス村の人だ」


 「「は、ラアサ様」」


 後ろの二人が頭を下げて、茂みの奥へと消えて行く。


 え?ヌケサク = ラアサ なの?

 ラアサ = 盗賊頭 でいいの?


 この盗賊団は長くない、だって頭がヌケサクとか残念すぎるだろう。

 と思っていたら、フェルサが。


 「貴方が【砂嵐】盗賊団の棟梁ラアサ殿でしたか。情報分析、奇襲戦術で共和領随一と噂の」


 フェルサの、ヌケサクへの評価が異様に高いんですけど。

 人違いだって。そいつは人探しに行って捕まっちゃう様な、オッチョコチョイですけど。


 「ラアサ様。イニドリス村の者はイナブの街には、入っていないようです」


 うお!びっくりした。

 後ろからいきなり声がしたと思ったら、さっきの二人がもう帰ってきた様だ。

 ヌケサクはともかく、部下の能力は高そうだ。


 え?たおんたおん居ないの?


 「イニドリスの情報は引き続き集めさせるからよぉ、ちょっくら手伝ってくれよ」


 ……どうしてもヌケサクが凄い人には見えない。

 最初の印象って大事なんだな……気を付けよっと。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


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