17話 護衛
護衛の商隊と共に北東へ移動すること半日。
出発の遅れを取り戻そうと言うのか、かなりのハイペースで進む二台の馬車。
森を切り開いて整地された街道は、馬車がすれ違えるだけの、まず立派なものだった。
「ま○う〜なの〜」
リンクスが馬車の中で、両手を頬に当てて体をくねらせている。
御者の一人が、逃げ出しそうになった馬を捕らえたリンクスに、くれたお菓子。
ちょびっと噛じっては、紙に置いて悶え、ちょびっと噛じっては、紙に置いてクネクネしている。
馬を捕らえたと言っても、逃げた馬にリンクスが「タベルヨ」と言ったら、怯えた様に馬が立ち竦んだだけなんだが。
ロクムというお菓子らしい。砂糖にデンプンとナッツを加えて、正方形に切った後、再度砂糖をまぶして作られたロクムは、餅の様な舌触りとナッツの食感がいい感じの甘いお菓子だ。
こっちの世界に来てから、初めて甘いものを口にした気がする。
って事は、貴重なんだろうな砂糖。
惜しむ様に、ちょびーっとずつ食べるリンクス。無理に俺に食わせなくても良かったのに。
『お兄ちゃんが先なの』
『良いから食べな』
『お兄ちゃんが食べるまで待つの』
御者から貰った包紙を広げたリンクスは、目を輝かせてロクムを見つめ、俺を待った。
滝の様にヨダレを流しながら、俺を待った。
少しだけ噛じって「もういいぞ」と渡すと。目をランランと輝かせ、ガブリと行こうとして思い留まり、ちょびっと噛じって、両目と口で三つのOを作った。
「カイ・カン……なの」
ちょっと違うぞリンクス。
それからちょびっと食べてはクネクネを繰り返した訳だが……。
どんなに惜しんで食べても所詮三センチ角のお菓子。
ナッツの入った最後の一欠片を名残惜しそうに見つめるリンクス。
「ちっちゃくなっちゃった。ごめんねなの」
そう言ってリンクスは最後の一欠片になったロクムをフェルサの手のひらに乗せた。
「え、いいってリンクスちゃん。食べなよ」
「キマリなのフェルサたべるの」
そう言ってリンクスは引かず、結局フェルサが口に入れるまで、超至近距離でロクムを見ていた。
良いんだぞワガママ言っても、お菓子くらいで序列がどうとか言わないから。
「逃げてお菓子になるのです!お馬さんたち」
「ごめんなお嬢ちゃん、もう無いんだよ」
御者がとても済まなさそうにしていた。
ロクムか、街に着いたらいっぱい買おうなリンクス。フェルサの金で。
日も大分傾いた頃、野営の準備が始まった。
こんな所でキャンプするのかと護衛の三人組は怒っている。
馬を殺す気かと御者達も怒っている。
雇い主の商人は、遅れを取り戻す為に夜通し移動するつもりだったらしい。
お陰で比較的安全な場所を、とっくに過ぎてしまっていた。
「こんな場所じゃ不眠番二人じゃ足りねーな、商人お前と……マントのあんちゃん手伝ってくれねーか」
手は貸せるが、何かあってもお知らせ出来ませんけど。
『あーソレ辞めたほうがいいな』
リンクスとフェルサが、飯を狩りに行ったので伝えられない。
辺りが暗くなり始めた頃、護衛組が火を起こしたのだ。
動物が火を恐れるってのも眉唾だが、魔物は火なんか恐れない。
逆に好奇心旺盛な魔物の注意を引いてしまう。煙の匂いだって本来森には無いものだ。
「ソコにいつもある」と認知されている村とは違う。
森で焚き火して、失敗した俺が言うんだから間違いない。
虫からの〜小型魔物からの〜デカイの来ちゃった。ってなるから。
俺は焚き火している護衛組の肩を叩き、焚き火を指さし、手を立ててナイナイをした。
「あ?煙なんか行ってねーだろうが。鬼神とお嬢ちゃんどうしたよ?」
ボディランゲージのスペック低いの忘れてたーー。ってかワザとだろって位通じないな。
まーいっか。
道に不安があったがこれだけ立派な街道なら、真っ直ぐ行けば迷わず着くだろう。
最悪俺達だけでイナブの街目指せばいいや。
護衛の金も前金で貰ってる訳でも無いし、義理も無いし、惜しくも無いし。
前金だと金だけ貰ってドロンするヤツとか居るのか……一人で納得。
ただ、あの馬は旨そうだな……ハッ!思考がリンクスになってる!
完全に暗くなる前にリンクスとフェルサは帰ってきた。
フェルサが気を引いてる間に、茂みに隠したご飯を二人でささっと頂き、骨や革は埋める。
この辺に居るのはケンタウロス風な熊みたいだな。肉はさほど臭くもなくトラゴスで仕入れた岩塩を削って美味しく頂いた。ご馳走様でした、合掌。
深夜頃と思われる時間、遠くで微かに音がする。風向きが逆なら聞こえない程の微かな音。
街道すぐ脇の樹木に、背中を預けて地べたに座る俺と、俺の左脇で眠るリンクス。
『リンクス、起きろ、変身だ』
マントの下から出てきたリンクスは、眠そうだがちゃんと少女の姿になっていた。
『戦ってる音なの』
『俺もそう思う。偵察行くか』
『ダンボール?』
ないから。
馬車の方を一度振り返り、音の方へ慎重に動き出す俺達。
焚き火は消させた。フェルサから火を消す様に伝えたら「や、流石は鬼神殿」とあっさり聞いてくれた。お陰で今の所、魔物の襲撃は無いが……。
数分森を行くと、剣を打ち付ける音と、何かを引きずる様な、布を擦る様な音がハッキリ聞こえる様になった。
雲が流れて、月明かりがぼんやりと周りを照らす。
人影が三つ。戦っているのは……大蛇か?こりゃまたデカイな。
黒光りする胴体部の直径が一メートルはある。頭はやや小さめだが、威嚇に開いた口からは五十センチ越えの牙が見える。
あのサイズなら、まるごとニンゲンを飲み込んでも、ポッコリお腹しなさそうだ。
長さは茂みのせいもあって確認出来ないな。ちょっと怖い。
これまでの経験から、只の大蛇とも思えないし。
蛇といったら、鎌首もたげての攻撃と締め付け、あと毒もありそうだ。
『食べていい?』
平常運転か。
『話し聞きたいからニンゲンはダメだぞ』
『はーい』
大蛇までの距離およそ三十メートル。振り向かれれば補足されるだろう。
暗さには影響されないと思われる。目と鼻の間にめっちゃハイスペックな赤外線センサーが二つ付いていて、真闇でも三次元で対象を補足出来る筈だ。
パシュ
閃光が辺りを一瞬だけ照らす。ニンゲンが目眩ましを使った様だが……やはり大蛇の動きに影響は無い。虫には効果的かも知れないが、蛇には効かない。蛇は常にサングラス着用だ。紫外線対策も常に万全。皮膚ガン対策に脱皮するんだっけ?違うか。
「くっ、目が、目がぁ」
大佐が紛れて居たようだ。
連携が取れて居ないのか、苦し紛れに咄嗟に使ったのか、閃光に目をやられた大佐の動きが止まり、大蛇が迫る。
俺は「パン」と拍手打つ。
大蛇は捕捉していなかった方角からの音に驚き、振り向いた。
迫る大蛇。真っ黒な瞳が俺を見据え、頭を動かす事無く迫る大蛇。
こえー。
そしてはたと気付く。毒って「お断り」すんの?
牙が通らなければ体内に毒は入らない。だが聞いたことがある。牙から毒を飛ばす蛇がいる事を。
グレー○カブキばりに毒霧を飛ばす蛇がいたはずだ。目を潰すんだっけ?グレートだな。
俺は丸い盾を構え、鱗剣を抜く。
この時に至っても、大蛇の全身が見えない。「まだまだぁ」ってぐらい藪から胴が出てくる。
蛇の鎌首をもたげての攻撃の射程はもたげた首の長さの二倍。弓でハインド落としたタレ目の軍人さんが言ってた様な気がする。あれ?そんなシーンがあっただけだっけ?
大蛇の頭の接近が止まり、体がS字を幾重にも連ねたとぐろを巻き始める。
ゆっくりともたげられる鎌首。
その高さ、約七メートル。樹木の下枝に当たりそうな高さだ。
そして俺との距離は五メートル。既に射程圏かよ。
大蛇の頭は小刻に揺れ、攻撃の隙を伺っている様に見える。
それよりも気になっているのが、大蛇の首の部分。
一メートル程の長さの太い刺が張り付いている。
なんだ?
直後、大蛇は鎌首をうねらせ俺を丸呑みしようと、大口を開けてきた。
速い!
咄嗟に後ろに跳んだ俺を、追尾する様に大蛇の頭は迫り、ジグザグに後方に二回跳んだ俺の眼前でバクリと口を閉じた。
ホーミング性能がヤバイ!一回目のジャンプを高く跳んでたら多分喰われてた。
射程距離は約十五メートルって所か。
大蛇は再び鎌首をもたげ、俺に襲いかかる。
低く後ろに跳んだ直後、着地と同時に鋭角に右前に飛ぶ。
大蛇の頭とすれ違いざまに首を鱗剣で斬りつける。
ギャィン
完全に不意を突いたはずの攻撃は、金属を擦る様な音を出して弾かれた。
地面を二回転して立ち上がった俺が見た物は、大蛇の首に生えた四本の刺。
昆虫の脚の様に途中二箇所に関節があり、先端は鋭くまるで槍だ。
頭を正面から見るとXの字に伸びる刺。長さは恐らく真っ直ぐにして五メートル程。
まるでそれぞれが意思を持っているかの様な動きをしている。
長射程、高ホーミングのガブリ
高硬度、オート機能付いてそうな刺
毒(未確認)
スペック高いんですけど。
鱗剣、レア
丸い盾、市販品
防御、高いハズ(お断り発動中)
不安しかありませんけど。
危険な頭部を避けて胴体に攻撃を仕掛ける。
が、大蛇の革は厚く、弾力もある為、表面に浅い傷しか付けられない。
フェルサ連れて来れば良かったか。
『痛いってえぇ!』
刺に脇腹を突かれ、吹っ飛ぶ。少しでも隙があると四本の刺が襲ってくる。頭は何とか避けているが、黒い棘はこの暗さじゃ良く見えない。
『天○X字拳!』
リンクスが、高高度から落下してくる。
ベキッ
リンクスの攻撃は寸前の所で身を捩って躱され、刺一本を千切るに留まった。
『黙ってれば当てれたろ』
『様式美なの』
地面に派手に埋まったリンクスを、見えない尻尾を探り当てて引っ張って引っこ抜き、直後振られた大蛇の尻尾に、二人仲良く吹き飛ぶ。
急いで立ち上がると、大蛇は……居なかった。
引きずる様な擦れる様な音が遠ざかって行く。
『あら?』
『アレ食べていい?』
リンクスは自らが千切った大蛇の刺を、バリバリと音を立てて、もきゅもきゅした。
『先硬いの』
刺の先端部、関節一個分はリンクスでも食べれなかったらしい。
リンクスから刺を預かると、確かにえらい硬い。
単一の材質で、牙や爪と言うより石みたいな感じだ。
カサリと音がして、藪から三つの人影がおずおずと姿を表した。
「助かりやした」
「すごいっすね」
「目が……」
引っ張るな、大佐。
三人とも傷だらけだが、五体満足だった様だ。
「そちらの無言のかた……もしかしてジョーズさん?」
「え?言われてみれば似てる……かな」
「目……痛い痛い!尖ったので突かないで!」
「リンクスなの、お兄ちゃんなの」
「ジョーズさんですよね?」
「リンクスなの、お兄ちゃんなの」
NPC同士の会話の様なやりとりが数回繰り返された後、三人がヌケサクの仲間だとようやく分かる。
ナツメ商会の荷がトラゴスの街から出発したと聞いて、急ぎ追跡して来た事。
野営の場所を探して、穴を見つけた事。
入った穴が大槍蛇の巣だった事。
槍蛇って言うのか。納得のネーミング。
それとナツメ商会の馬車だったのか、下手したら俺が見た時みたく、盗賊団に襲われてたのかも知れないのか。クワバラクワバラ。
「積み荷分かりやすか?こっちの情報だと食いもんが殆どだって聞いてるんですが」
「狼牛と大犬の干し肉と、乾燥野菜と、岩塩なの」
「リンクスちゃん積み荷開けたのかい?」
リンクスの食い意地をなめちゃだめですよ、箱に入ったままなのに、匂いで全部言い当てて商人ビビらせてましたけど。
イナブまでナツメ商会と同行する事と、鬼神が身内な事を告げると、「ラアサ様に報告に戻りやす」と言って、深夜にも関わらず街道を戻って行った。
ラアサって誰?
「師匠!無事でしたか!何かドーンって聞こえたんですが」
野営地に戻るとフェルサが心配そうに駆けて来た。
ドーンはリンクスが突き刺さった音だ。気にするな。
「またリンクスちゃんに稽古付けてたんですね!?俺様にもひとつ!」
お前は護衛任務中で、しかも俺は助っ人不眠番の最中だ。
どうしてもと言うなら、今手に入れた新しいので突いてやろうか。
俺達三人がいつも通りなのを見て、護衛三人組もやれやれと警戒を解いた。
「あのチビが持ってる黒い棘……まさかな」
護衛のリーダーは首を振ると、自分の持ち場に戻っていった。
翌日は、高い柵に囲われた直径五十メートルの更地でキャンプした。
簡易キャンプ場って感じなのか?俺達の他にも幾つかの商隊が中に入っていたが、結構な金額を払っていた。柵の内側にあるのは井戸と小さな屋台だけなのに。
「この街道自体がナツメの物だからよ、ナツメに雇われた俺達は屋台でぼられ無くて済む」
この簡易キャンプ場の柵にも記されていたマーク。「フタ付きの小鉢に紐を掛けた様な図柄」はナツメ商会の紋だったのか。
「そとで野営してる連中は命をケチったヤツラって事さ。明日越える峠はきつい」
護衛のリーダーは屋台の串焼きを頬張りながら、明後日にはイナブの街に着くと教えてくれた。
リンクスは肉と玉葱を交互に串に挿して焼いた串焼きに、興味を示さなかった。「お肉は生なの」としたり顔で言っていたが、この世界の人は肉を完全に焼く。ウェルダンだ。
干し肉も、干すとは言っているが、燻製だ。野菜すら生で食べるのを見たことが無い。
その日の晩、柵の内側でゆっくり休んだ俺達は、まだ夜も明けきらぬ内に出発し、翌日の夕方にはイナブをその視界に収めた。
御者が言うには、まる一日旅程を短縮したと言う。
商人は偉そうにしていたが、頑張ったのは馬達だ。お前が威張る所など一つも無い。
『ロクムある?』
リンクスは先にイナブの街に走って行っちゃいそうなテンションだ。待て、フェルサがお金貰ってからじゃないとどうせ買えないからな。
そして。
たおんたおん待ってろよ〜〜。
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