16話 鬼神団
タイトルを「無言召喚~喋れませんけど!~」に変更してみました。
活動報告もチョコチョコ書いてます~。
「たのもーなの」
リンクスの声に、次々と振り返るフルプレートの鎧に体を包んだ大男達。
その背には皆一様に大きな板剣が背負われている。
ここは帝国領辺境の街トラゴス、傭兵鬼神団の詰め所。
街なかを変身でスルーしながら詰め所まで、入り口からは透明でスルーしてこの部屋まで来た。
街なかで透明になったら、色んな人にぶつかられて、移動どころでは無かったのはご愛嬌だ。
二十メートル四方の広さに、長テーブルが置かれた部屋の中、十人程の大男が腰を上げる。
「ん?お嬢ちゃんどっから入った」
「入り口の当番誰だ?またサボってやがんな」
少女姿のリンクスを見て、鬼神と思われる大男達は首を傾げて寄ってきた。
そこで、戸口から姿を表した顎鬚の男を見咎める。
「フェルサ?見つからないってさっき聞いたが、よく来たな」
先頭の禿頭が険しい顔で後方に告げる。
「隊長呼んでこい」
「隊長を呼べ」
「隊長呼びに行け」
後方へ次々と命令が伝えられるだけで、誰も行かない。何だこの伝言ゲーム。
「あ?なんで俺がオメーの命令聞かなきゃならねーんだよ。部下でもあるめーし」
一番最後に命令された男が、不平を鳴らす。
「下っ端がいるじゃねーか。フェルサ、オメーが隊長呼んで来い」
馬鹿なの?
仲間意識が強いとか言ってなかったか?
競争意識でいがみ合ってる様にしか見えませんけど。
「リンクス呼んでこよっか?なの」
「お嬢ちゃんが呼びに行っちゃオカシイだろ」
フェルサでもオカシイと思うぞ。
こんなんで傭兵とか務まるの?フェルサを見ると緊張した顔をしていた。
普段通り……なのか。鬼神さんがたパネェっす。
「だから誰か隊長呼びに行けよ」
「お前が行けよ」
「命令すんな」
「「「う〜む」」」
一頻りガヤガヤやった後に、全員揃って肩幅に足を開き、左手を右肘に、右手を顎に当てて、首を右に傾げている。
全員が全員まったく同じポーズだ。なんなんだコイツら。
「いい方法があるの」
リンクスの声に皆が注目する。
「これがグーでチョキに勝つの、これがチョキでパーに勝つの、これが……んで三種類出るか皆がおんなじの出したらアイコでやり直しなの」
「「「おぉぉ」」」
「ジャンケンポンの合図で一斉に出して、一番負けた人が呼びに行くの」
「「「おおおおおおお」」」
「これは公平だな!」
「チョキがしにくいな……」
「男はグーだろ」
「心理戦か?騙されんぞ!」
「奥が深い……」
大男達は感動し興奮し、お嬢ちゃん頭良いなとか、神の裁きだとか、口々にリンクスにを褒める。
「リンクスなの、お兄ちゃんなの」
リンクスが満面の笑みで胸を反らす。
「「「ジャーンケーンポーーーン」」」
「「「勝ったぁぁあ」」」
「アイコなの」
「む……」
「「「アーイコデショーーー」」」
「「「アーイコデショーーー」」」
「「「アーイコデショーーー」」」
盛大にじゃんけん大会に興じる大男達と、審判を務めるリンクス。部屋の隅の椅子に腰を下ろす俺とフェルサ。フルプレート着込んだ大男が集まって本気でじゃんけんする姿って壮観だな。
十人でやって早々簡単に決まる訳が無い。
と言うか、カチコミ覚悟の気合はどうしてくれるんだ。来なくて良かったんじゃね?帰ってイイ?
「ジャーンケーンポーーーン」
「よっしゃーーーーー」
後出しを咎められ、ピストルチョキを咎められ、ようやく勝敗は決した。一時間後に。
部屋に入ってきた当初の、険悪な空気は既に無く、先に勝ち抜けした大男が出してくれたお茶をご馳走になりながらの観戦だった。
「一番長く戦ったぜーーー」
「くっそーー」
ナゼ負けた奴が一番喜んでいる。最後に出したグーを高らかに掲げる赤髭の男と、彼を褒め称える大男の群れ。感動的ですらある。
「んで、何するんだっけ?」
振り出しに戻ったのか?
「何騒いでやがる。向こうまで聞こえてるぞ」
「「「隊長!!!」」」
白髪混じりのロマンスグレーな男が部屋に入って来ると、大男達が群がる。
この男が隊長か、気を引き締め気合を入れ直さねば。事態はどう転がるか分からない。
「「「隊長!ジャンケンポーーンを知っていましたか?」」」
一番がソコかよ!
大男達は我先にと隊長にじゃんけんを説明し、さっきの激闘の様を身振り手振りを交えて解説し始めた。「ほう」と感心し、うんうんと戦況報告を聞く隊長。
そこで、ようやく俺達に気付く。
「ん?フェルサがいるじゃないか」
「隊長!」
さっきじゃんけんで負けた赤髭の男が、大声を張り上げ進み出て、隊長の前に跪く。
「報告します!フェルサが現れました!」
「とっくに見えとる」
「……隊長……」
赤髭が情けない顔をして隊長を見上げる。
「俺は長い長い激闘の末に、報告の権利を得ました。それも記念すべき第一回ジャンケーーンの儀式の末にです。それを……あんまりですぅぅ」
泣きそうな赤髭に、他の大男達も口々に同情の声を漏らす。
険しい顔の隊長。
「……やりなおせ」
ぱぁあっと赤髭の顔に光が差す。
「隊長!報告します!フェルサが現れました!」
「何だと!フェルサが現れただと!」
何故か拍手と歓声が沸き起こった。
隊長……アンタも大概だな……。
こうしてカチコミから一時間半後、ようやく俺達は鬼神団と向き合った。
◇
修練場。サッカーグランド程の広さの敷地にアスレチックやら、弓の的やらが配された兵士達の切磋琢磨の場。
その一角に招集された鬼神団三十名と、俺達三人は居た。
「これで良いのか?呪画士よ」
俺は鷹揚に頷く。
俺がリンクスを伝って隊長に伝えたのは、フェルサの初陣での出来事の再調査と、フェルサに名誉回復の機会を与える事の二つ。
俺が腕を折った鬼神については、先に手を出したのが鬼神だと言う事が既に知れていて、不問だった。普段から素行の悪かった二人が起こした事でもあり、今回の事で鬼神団が敵対する意思は無いと伝える為に探していたそうだ。
そして今。
三十一名が見守る中、問題の発端であるチンピラ鬼神のピラーの方とフェルサが対峙している。
チンの方は三角巾で腕を吊り、隊長を挟んで俺の反対側に座って時折俺の方を盗み見ている。
魔法とかで、骨折なんか簡単に治してるかと思ったが、そうでは無いらしい。
何でそんなに怯えている。
チンもピラーも「何とか」って名前を名乗ったがシラン。覚えてやらん。
「ルールは模擬戦と同じ、降参した相手を殺さない事。怪我、生死共、遺恨を残さない事」
隊長が腹に響く声で宣言する。随分ハードなルールで模擬戦してらっしゃる。
対峙する二人が装備するのは、実戦装備。
ピラーは板剣とフルプレート。フェルサは……鱗剣と革鎧だ。
フェルサのフルプレートは俺への同行の際に捨ててある。
そして、井戸での戦い以後、鬼神の代名詞とも言える板剣を封印させた。師匠の言いつけだ。
フェルサはまだまだだが、毎朝毎晩みっちり「じゃれて」ある。
昨日の感じなら、ピラーに遅れを取ることは無いはずだ。
仮にヤバくなったら全力でフェルサを守って、よーいドンだ。
ルールより、守るべき大切なものを俺は守る。
「はじめ」
団長のよく響く声で模擬戦が始まる。
ピラーは背負った板剣に手を掛けたが、フェルサは鱗剣を抜く素振りを見せない。
ジリジリと間合いを詰めながらも、時折俺をチラ見するピラー。
「心配するな呪画士殿は何もせん」
ピラーが俺を警戒している事に気がついた隊長が、集中しろと声を飛ばす。
何もしないとは言ってない。そもそも言えませんけど。
「非力な鬼神が、呪画士に弟子入りして仕返したあな。呪画の技は使わせねーぜ」
板剣の間合いまであと少し。ピラーはフェルサに心理戦を仕掛ける。
が、フェルサはピラーの肘の辺りを、ぼんやり見ているだけで、返事をしない。
「殺った」
板剣の遠い間合いに入る刹那、ピラーは背負った板剣をフェルサの脳天へと振り下ろした。
地面に一メートルのクレーターを作り、土埃を上げる斬撃。
不発に終わった初撃。
板剣を引き上げようとして、板剣を持つ手を踏みつけられる。
力負けすまいと、持ち上げる力を込めた直後、踏みつける力が無くなり、バンザイの格好で大きくバランスを崩して仰け反る。
上がった顎の先を狙って繰り出される正拳突き。飛ぶヘルメット。
後方へ転がりながら吹き飛ぶピラー。
『浅いの』
『だよな。板剣はなしてねーし』
頭を振って意識をハッキリさせながら立ち上がるピラー。その表情は憤怒。
「鬼神の面汚しが!剣にも見放されたんだろが!」
ピラーが腹から息を吐く。武道で言うところの息吹ってやつか。
気やオーラは見えないが、雰囲気がヤバそうに変わった。周りの鬼神達が腰を浮かす。
「あの馬鹿!模擬戦で開放しやがった!」
「離れろ!」
「界○拳なの」
うん、二倍位?とか冷静なのは、俺とリンクスと隊長。そしてフェルサだ。
ピラーが板剣を振るう度、パンと鞭を打つような音が聞こえてくる。
剣先が音速を超えたな。地面に叩きつけられた衝撃が作るクレーターは一メートル半。
フェルサの方がスペックたけーじゃん。
ん?あの時フェルサ開放的な事してたっけ?
フェルサは集中していたが、次々と繰り出される音速の剣に回避が怪しくなってきた。
思いだせフェルサ、俺にやれれて困ったこと、リンクスにやられて嫌だった事を。
お前は今や、対ドラゴンだけじゃなく、対鬼神のスペシャリストだぞ。
ここに来てフェルサは、ようやく腰の鱗剣を抜いた。
ピラーの左から右への薙ぎをバックステップで距離を取り、突きを誘う。
「勝ったな。なの」
リンクスは、眼鏡に白い手袋の司令のポーズで呟いた。
そう、鬼神の突きは鈍い。城壁に穴を穿つ程の威力だろうが、引き手が特に遅い。
突き出された、板剣の腹を叩いてピラーの体勢を崩すと同時に、頭に鱗剣を振り下ろす。
と見せかけて、ガードの為に掲げられた板剣の柄を左手で掴み、ピラーに背中を密着。
背負投げで足元の地面に叩きつける。
土埃を上げて地面に三十センチもめり込むピラーの首に、鱗剣の先端を当てる。
「そこまで!勝者フェルサ!」
隊長の宣言で模擬戦は終了した。「参った」の言葉は無かった。地面に叩きつけられた時にピラーは既に気を失っていたから。
手足をメチャメチャに振ってはしゃぐリンクスとは対照的に、鬼神達からはどよめきが上がった。
「開放した鬼神相手に無手……だと」
「何だあの体捌きは」
「結局二回しか攻撃してねーんじゃねーか?」
隊長が立ち上がり、片手を上げてざわめきを沈める。
「フェルサを正規団員と認める。今回の問題の発端となった二人は減棒二ヶ月。遺恨を残した場合は除名とする。そして……呪画士殿、改めてお詫び申し上げる」
「「「お詫び申し上げる!」」」
隊長が立ったままではあるが、深々と頭を下げ、他の鬼神達もそれに倣う。
「時に呪画士殿、フェルサを短期間にここまで鍛え上げた手腕を見込んで、頼みが……」
「よーいドンなの」
「また!師匠おおぉぉ!」
「呪画士殿おおぉぉ!」
「「「リンクスちゃんま〜たね〜〜」」」
肩幅に足を開き、左手を腰に、真っ直ぐに伸ばした右腕を振る鬼神達。全員おんなじポーズだ。
こんなヤツラの指導なんかやってられるか。
俺達はフェルサを置いてけぼりに、文字通り逃げる様に鬼神団詰め所を後にした。
宿屋でフェルサに追いつかれた。コイツ足早くなってる。
フェルサは俺との同行を強く望み、隊長はフェルサに「指導者としての修行を積め」と送り出してくれたらしい。うるさいのを返却しそこねたが、リンクスが楽しそうだからいっか。
翌朝、ラティー達が向かったと思われる、イナブの街へ出発するため、街の門へ。
門の少し手前の広場で、悲壮感漂う募集がされていた。
「どなたか商隊の護衛をお願いします!目的地はハリーブですがイナブまででも結構です!報酬は八千クルシュ!どなかた……」
「随分高額ですね」
そうなのか?フェルサの話しでは相場の二倍近い報酬だそうだ。
「あ!そこの鬼神の方!護衛をお願い出来ませんか。ハリーブまでなら二万クルシュ払います」
「いや、俺様達は用があってイナブまでしか行かん」
「イナブまででも結構で御座います!そこの二人の護衛のついでで結構ですので何とか」
フェルサを俺とリンクスの護衛と勘違いしたらしい。
一番弱いのフェルサですけど。他のヤツと一緒だとリンクスがずっと変身してなきゃいけないから可哀想だろ。
「ごはんおいしい?」
「へ?ああ、そちらの坊っちゃん嬢ちゃんの食事も、こちらで用意させて頂きますよ!」
釣られやがった。判ってんのか?ずっと変身してなきゃいけないんだぞ。
『玉○箱や〜するの』
いやいや、グルメな飯は出ないだろう。携行食だぞ。
結局昨日から出発待ちしていた護衛三人と、俺達三人、商人と御者三人の十人で出発する事となった。不安だ。
荷を積んだ馬車一台、護衛が乗る馬車一台の二台編成。
先に雇われていた三人はパーティだそうなので、フェルサは向こうの指示で動くようだ。
俺とリンクスは同行者ということで、護衛には数えられていない。
護衛の三人は……何かちょっと野卑な感じだ。護衛と言うより、盗賊崩れに見える。
「護衛が少ないですが、これ以上遅れる訳にはいきません。出発します」
そう宣言して馬車は動き出した。
馬車の上には「フタ付きの小鉢に紐を掛けた様な図柄」の小旗が掲げられていた。
後日、ジャンケンポーーンと言う儀式が各地で広がりを見せるが、「負けた者が権利を得る」仕様になっていた。なんで?
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