122話 天誅
南北大街道。
アラビア半島北部を、南北に貫く流通の大動脈。
密林を切り開き、山を削り、谷を埋め、魔獣の徘徊する地域を貫く様に、ナツメ商会に因って整備された人工の街道。
帝国共和国を結ぶ流通の要である大街道は、開通以来ナツメ商会に莫大な富をもたらして来た。
だが。
「ジャラードもう少し物価を下げてくれ。国民の不満が高まっている」
「兄者の方こそ、臨時徴収でも何でもして金を集めろ、経済制裁がきつすぎて周辺国に散らしてあった金すら回収出来ぬ」
ここは、南北大街道の北端。共和国首都ハリーブの秘密の私邸。
薄暗い部屋で向かい合わせで口論する二人の男は、そっくりな顔立ちをしていたが、ジャラードと呼ばれた男の右頬には、縦に大きな刀痕があった。
「秋に税を徴収したばかりだ、帝国との開戦に向けて民需物資も多数徴収している。今臨時徴収をかければ国民が国を離れてしまう」
「国を離れられない様に法を作れば良いだろう。何の為の公権力だ。共和国議長の肩書は飾りか?」
共和国議長カルディナル。
それが頬に傷の無い方の男の表の顔だった。
裏の顔はナツメ商会序列一位ではあったが、それは形式上の物で、実権は弟である序列二位のジャラードに譲り渡して久しい。
「とにかく金を集めてヤマトへの支払いを済ませて、経済制裁を何とかしない事には動きが取れぬ。兄者、まず金だ」
「今こちらから帝国に停戦を申し入れても、莫大な賠償を取られるだけだ。少しでも有利な条件で講和する為に、今は戦争を進めるしか無い。だから国民の戦意を鈍らせる物価高は不味いのだ。せめてパンと肉だけでも下げてくれ」
彼ら兄弟は、共和国の表と裏の支配者だった。
金の力で裏社会を牛耳り、更にその金を使って表社会を侵食する。
この夏まで彼らの計画は順調だった。
南北大街道を支配するナツメ商会の資金は潤沢、議会工作は完了し帝国を倒してその膨大な領地を手に入れ、帝国の秘匿する古代技術を白日の下に晒し、国民は文明的な暮らしを、支配者は富と名声を手に入れる筈だった。
だが彼ら兄弟の計画が、予定表通りに進んだのは、開戦までだった。
帝国がクアッダ王国と戦争し、兵力バランスが崩れた最高のタイミングでの開戦の筈だった。
しかしピポタムスに向かった北方戦線は、意外な程粘り強い抵抗に合って膠着し、イナブに集結した南方戦線は街ごと壊滅した。
挙句、南北大街道中間がクアッダ王国領土となって通過が認められず、弱小と思われていたフィリコス商会に顧客を奪われ、占領地からの略奪で簡単に払えると思っていた新型機装の代金が払えない。
「春になって駆り出した農夫共が浮足立つ迄に、帝国の街の一つや二つは手に入れねば。それさえ叶えばヤマトへの支払いなど」
「そうでは無い、兄者。まずは大街道を取り戻すのが先だ。第一の攻略目標はクアッダにすべきだ。残った全兵力をクアッダに向けるべきだ」
ハリーブ郊外にあるカルディナルの私邸。チラチラと雪が舞い散るこの夜、一見何の変哲も無い家の地下三階で、二人は口論を続けた。
家主であり、兄であり、共和国議長であるカルディナルが、ここで余裕のある笑みを浮かべる。
「ヤマトでも未だ配備されていない、最新型の機装を手に入れた」
「何だと!?ヤマトとの交渉は俺に一任した筈だろう!」
眉間にしわを寄せて、不快感を露わにするジャラード。
それもその筈、ナツメ商会がこの地域で独占的に機装を取引すると密約して、大量の新型機装を購入したのだ。それを議会制とは言え、国のトップが直接接触して取引したと言う事は、カルディナルがナツメ商会との関係を吐露したか、ヤマトが密約を破棄したかのどちらかと言う事になる。
「そう怒るな。お前は目先の金に囚われ過ぎる。もっと大局を……」
「その金が無いから、窮しているのでは無いか」
「まあ見てみろ、ヤマトの技術は凄いぞ」
尚も非難がましい視線を送る弟ジャラードを促して、兄カルディナルは先になって廊下を歩き出し、最新機装の説明を始めた。
力も装甲も以前より更に向上し、速さに至っては最高で三倍まで出る事。
稼働時間がほぼ無限になった事。
そして特筆すべきは、完全自動の無人機である事。
「無人?機装では無いのか!?」
「厳密には違うのヤマトの者も言っておったが、戦力としては申し分ないとの事だ。人が乗らぬからこそ無限の稼働時間を活かせるとな」
得意げに語る、喜々とした表情のカルディナルと、訝しげな顔のジャラード。
ジャラードは思う。
確かに理に叶ってはいると思うが、完全自動の無人機の話しなど、今まで聞いたこともない。それだけ秘匿順位の高い情報と言う事だろうか……。
カルディナルが壁のボタンにコードを打ち込むと、長い廊下に見えた壁が迫り上がり、左右に開いた。
二人の眼前に居並ぶ二十一体の最新型機装。
その姿は……。
「この間買った新型機装と……変わらぬではないか」
「それが擬態なのだそうだ。同じ形なのに性能の違う機装……帝国軍の混乱が目に浮かぶわ」
スンスンとジャラードが鼻を鳴らす。
「塗装したのか?」
「納品時は赤かったからな。折角の擬態が台無しと思って同じ色を塗らせた。額のツノは互いに通信するのに必要だそうだ」
取って付けた様なツノ以外、新型機装と全く同じ外観の最新型。
二人は一体だけ前に出て並んでいる最新機装へと歩み寄った。
「コイツを一旦起動させれば、昼も夜も、晴れも雪も関係なく敵を殺し続けてくれる。疲労し、空腹を感じ、睡眠する人間などもはや恐れるに足らぬ」
「味方を攻撃する心配は……」
言いかけてジャラードは自戒気味に笑った。
識別信号を発する何かが当然あるだろう。敵味方の区別も無く殺しまくるだけの物を兵器とは言わない。そんな物は魔獣以下ではないか……と。
ジャラードの薄い笑いを見たカルディナルは、力強く頷き、二人は白い歯を見せて笑った……人生の最後に。
ゴッン……。
二つの頭が硬い床に小さく跳ねる。
床に転がった同じ顔の二つの頭は、互いを見つめ合ったまま、白い歯を見せていた。
頭を失って尚直立する二つの体の前、前部ハッチが開いたその機装には、内腕から抜いた腕を眼前で交差させる、頭に黒いタオルを巻いた男の姿。
ラアサであった。
「見事な仇討でござった」
「協力感謝するぜぇ……ヤマトの……」
胸部ハッチを開いた一体の機装が、ラアサの機装に歩み寄り、床に転がる二つの頭を拾い上げて袋に放り込む。
「赤とツノでネタと気付かないとは、勉強不足でござるな。……約束通り、首は頂いて行くでござる。では達者で」
除装した黒目黒髪で頭に鉢金を巻いたその男は、ラアサに両手を合わせてお辞儀をすると、ふっと右を見、釣られたラアサが視線を戻した時には、既にその場から消えていた。
「「「き……消えた!?」」」
「ラアサ様……今、何が……」
「これだけの人数が居て、誰もヤツが消える所を見てませんぜ」
「機装のセンサーにも反応ねえです」
「おっかねぇヤツだったなぁ。ヤツも暗殺のプロなんだろうが……世の中広えな。さ、仕上げに掛かるぞ。みんな時間だけはキッチリ守れよ」
「「「了解でさ!」」」
短い返事と共に、十七体の機装が屋敷から雪積もるハリーブの街に飛び出して行く。
新型機装に身を包んだ砂嵐盗賊団の面々は、共和国首都ハリーブを駆け巡り、ナツメ商会の施設と、機装の保守施設を破壊して歩く事になっている。
ラアサは、未だ直立するカルディナルとジャラードの体を軽く小突く。
ゆっくりと床に倒れる、頭無き二つの死体。
ラアサは右手を胸に当て、静かに瞳を閉じる。
「グダハ、ウブナ、アルズ、ベーン……」
ラアサは、ナツメ商会との戦いで命を落とした者の名を一人一人読み上げる。
「……フィス、イホ……スィン仇は取ったぞ。お前らのやられた方法で……安らかに眠ってくれ」
ゆっくりと、心を込めて全員の名を読み上げ、ラアサは祈りを捧げたのだった。
ラアサと同じ姿勢で両脇に立つ男女が、祈りを終えて口を開く。
「しかしラアサ様が、ヤツをあっさり信じた時にゃ驚いたっすよ」
「私はまだ信じていません」
「ん?ヤマトのか?ヤツが俺達をハメても別に得はねぇし、口を封じる相手が増えるだけだろう?まぁヤツは俺が第一撃をしくじったら、即自分でやるつもりだったみてぇだけどな」
接触は向こうからだった。
彼は「ヤマトの者だ」とだけ名乗り、支払いの契約を破り、不義理を働いたナツメ商会の頭を無き者にする為に、ここ共和国に潜入していたと語った。
だが、実際に潜入して細かい情報を集める内に、自分達が交渉していたジャラードが、序列第二位である事を知る。
そして更に調査を続ける内に、同じようにナツメ商会を嗅ぎまわる連中の存在に気が付いた。
彼はラアサと大胆に接触し、目的を明かし、情報交換の後、共同作戦を申し出たのであった。ナツメ商会の不義理は絶対に許さないのだと。
彼曰く古代以前、ヤマトと国名が改まる以前の事。
約束を守らない周辺国に対して、それでも誠意を持って対応していた時代があった。
だが、その対応は周辺国の増長を招いてしまう。
軽んじられた国は、権益を侵され、領土を侵され、国民を犯された。
危うく国を失う所まで譲歩を強いられた国は、伝承にその事を記し、約束と契約を神聖な物と位置づけ、守らぬ者を徹底的に制裁する事に因って、次の不義理を抑制して来たのだと言う。
彼はラアサの筋書きに沿って「支払いを回収出来ないと困るヤマトの一派」を演じ、戦に勝利するための「秘密兵器を授ける」と共和国議長カルディナルに近付いた。
焦りからなのか、彼の演技が完璧だったのかは知れないが、カルディナルは拍子抜けする程あっさりと引っかかり、ラアサらの乗り込んだ、無人機と称された機装を秘密の隠れ家に運び込んだのあった。
「塗装された時は、ヒヤヒヤしましたね」
「他のヤツが早まって動いちまうんじゃねえかって、心配したっすよ」
にやりと笑うラアサ。
「さあ俺達も仕上げだ。盗賊団最後の仕事らしく、でっかく行くぜぇ」
謎の機装が街の各所で破壊活動をする中、共和国議長の腕章を付けた機装が食料の街外への搬出を命ずる。
「帝国が奇襲を掛けてきた!イナブで奪った機装を着ているぞ!同士討ちになる!機装は着ないで警戒に当たれ!何をしている、まずは火を消せ!食料を馬車に乗せて街外に退避させるのだ!」
酷い命令である。
だがこの時既に首都に駐留する二人の軍団長は、ラアサに因って殺されており、指揮系統の混乱した共和国軍は、議長の腕章を付けて直属の特務官を語り、キビキビと指示を飛ばすラアサの言葉を信じてしまったのであった。
取り急ぎ馬車三十台に満載された食料は街外に運びだされ、搬出を手伝った兵士達は消化作業の手伝いに街内へと戻って行った。
明け方、ようやく各所の火を消し止め、混乱を沈めた共和国兵が見たものは、待機所と自宅でそれぞれ首を撥ねられて絶命した軍団長の死体と、跡形もなく消えた食料満載の馬車の列だった。
◇
「むむむ……」
「う〜む」
根地の森の大樹のうろ。
オノマの明かりの下で、向い合って視線を落とし、唸る二人の亜人が居た。
一方は姿勢のやや悪い、丸メガネを掛けた狐っぽい亜人。
一方は剃頭で色白な、タヌキっぽい亜人。
「待った。を願いたいですな」
「待ったは無し。と申し上げましたが」
向かい合う二人の膝の間には、マス目の引かれた四角い板に乗った、見慣れない文字が刻まれた駒が並んでいた。
「むむむ……」
「う〜む」
唸る彼らが、この森に流れ着いて来たのは雪が降ってからの事。
どちらも森に着いた時はボロボロで、至る所に傷や痣があった。
流暢な言葉を話す彼らは、体力を回復すると直ぐに反目し合った。
亜人の長の参謀的な立場を争ったのだ。
「部隊編成は、足の速さを揃えるのが基本だと思うのだが?」
「申し上げる。それでは先行した部隊が孤立する恐れが……」
ある日、今日も今日とて言い争いをする二人の側を、一人の少女が通りかかる。
「ヘイホー詳しいの?」
「へいほー?」
「兵法?ですか?」
「良いの教えてあげるの」
黒いおかっぱ頭にリボンを付けた少女は、近くに倒れていた木から、八十一マスに溝が引かれた板と、四十個の見慣れぬ文字の掘られた五角形の駒を、手刀だけで切り出した。
目と口を大きく開けてその様子を見ていた二人だったが、少女の話すその板と駒を使った遊戯のルールを聞く内に、その戦略性の奥深さに気付き、虜になる。
以来、事ある毎に対立していた二人は、農作業が終わると、このうろに集い、毎晩の様に互いの戦略をぶつけあっていた。
「ザカー!ピストス!食料が届いた。倉庫へ運ぶの手伝ってくれい!」
「「分かりました」」
二人は即座に腰を上げ、狸っぽい方が先にうろから降りる。
はたと立ち止まった狐っぽい方が、ニヤリと笑って振り返ると、板の左右をクルリと入れ替えて、うろから飛び降りた。
順調に備蓄が増えているな等と言葉を交わしながら、一仕事終えてうろに戻った二人。狸っぽい方が、さっきとは反対側にストンと腰を下ろす。
「ぬ、そっちは私の席だが」
「いや、穴熊の陣を張ったのは私だから、私がこっちだな」
うろの天井を見てため息を付き、仕方なく対面に腰を下ろす狐っぽい方。
かつてこの地方の二大勢力の参謀や軍団長として、一軍を指揮していた彼らは、獣化によって亜人となり、身を寄せたニンゲンの街で激しい迫害を受けた。
中身が何も変わっていないのに、耳や尻尾があるだけで殺されそうになり、誰も話しをまともに聞いてはくれない。
そんな彼らは、何かに導かれる様に、川の水が海に流れる様に、この森へと辿り着いた。
「むむむ……」
「う〜む」
二人の盤上と盤外の平和な戦いは、今夜も続いていた。
一滴の血も流す事無く。




