121話 ケジメ
「ようマリア。身代わりの護符は助かった」
「喋ってる……」
キテ○ちゃんの絆創膏を片手に持った、金髪ツインテのロリゴス少女は、パチクリと瞬きをして動かなくなった。
ここは帝国本島、帝城地下、マリアの研究室。
俺はプトーコスの招きに従って、マリアの元を訪れた訳だが……。
「おーい、マリアー帰ってこーい」
「再起動する?なの」
「ちょ!魔王殿!マリア様に無礼は……」
俺は固まってるマリアの頬をペチペチする。
「ちょっとお兄ちゃん!何で喋ってるのぉ!?何で金髪なのぉ!?」
「ん?あぁ、オリハルコン支配してな、声帯作った」
「支配って……制御だけでも膨大な……」
「まぁ躾けたのはリンクスで、俺は貰っただけだが」
マリアは呆れ顔でリンクスを見て、大きなため息を付く。
「リンクスなの!」
「リンクスちゃん……枠の外ねぇ」
腰に手を当てて胸を反らすリンクスを見て、ガックリと肩を落としたマリアは机の下から、ピンクの大きなリボンで飾られた箱を取り出した。
「折角のプレゼントが無駄になっちゃったじゃなぃ」
マリアが応接セットのテーブルに箱を置き、ソファーに腰を下ろす俺達。
ん?座らんのか?プトーコス。プトーコスは姿勢を正したまま、俺の後ろに立っている。
13の人だったら撃たれてるぞ?
「何だプレゼントって?その為に呼んだのか?一国の宰相パシリにして」
「パシリが翻訳されてないから判らないけど、コレの為に呼んだのは確かよ」
大きなピンクのリボンを解いて、箱から取り出されたのは、一辺が十センチ程の正方形の黒い箱。中央に丸い穴が空いている。
これって……。
「お兄ちゃんたてがみ出して、調整するから」
俺はマリアに言われるがままモードC竜型に変身し、たてがみを一本預ける。
マリアはたてがみを箱の隅に挟んで、俺を見上げる。
「喋ってみて!」
「あーあーチェック、ワンツーってこれはやったな……」
マリアがジト目で俺を見ている。
使いまわした事を非難してるのだろうか?いや、マリアはこのネタ知らんよな。
「声帯使ってどうすんのよ。たてがみ出させたんだから念話でしょ」
あーそうですよねー。
スイマセン。
「……ザ……ザザッ……あ……お……おお?まじか!?」
黒い箱の穴から俺の声が流れると、マリアが満足気に笑み浮かべ、黒い箱の背面を閉じ、俺にたてがみを返してよこす。
「人型でもやってみて?」
「波の〜マミマミ〜命の〜♪」
おお!スピーカーじゃん!しかも無線。
「兄弟の唄なの!」
「ま……魔王殿の声が……箱から?」
プトーコスが、俺の後ろから肩に手を乗せて身を乗り出し、黒い箱を凝視する。
ブロディヘアが顔に当ってウザイんですけど?マリアと俺と距離感違いすぎじゃね?
「お兄ちゃん喋れないと不便かなぁ〜って思って、研究そっちのけで作ったのにぃ〜何で喋れる様になってるのよぅ〜」
短い手足をブンブンと振り回して悔しがるマリア。
激おこプンプン丸か?かわええな。
宇宙から機材届けさしといて研究そっちのけってどうなのよ?宇宙のヤツら情報待ってんじゃないのか?
と、問いただしてみたら「興味のある事を真っ先にやる方が、結果的に効率良いのよぅ」だと。そんなもんかね?マリアといいシュタインといい、天才の思考回路はイマイチ良く判らん。
「マリア、これもっと欲しいんだが」
「え?」
俺の意外な提案に、驚きながらも嬉しそうなマリア。
「喋れたら要らないんでしょ?」
「これいっぱいあったら町内放送……じゃなかった国内放送出来るだろ?森なら柱立てなくても置くとこいっぱいあるし」
俺は有効半径と電源の事を聞いて、中継器の制作も頼み「よっしゃ」と小さく両拳を握るマリアの頭をポンポンと撫でた。
キョトンとするマリアと、む〜と口を尖らすリンクス。あわわと体格に似合わない慌て方をするプトーコス。
「リンクスのお兄ちゃんなの!」
「お兄ちゃん!もう一回!もう一回!」
こいつらは何をこんなにエキサイトしてるんだ?
俺は思い付いた事を試す。
「リンクス」「マリア」
「「!?!?」」
俺の声帯とスピーカーから同時に、別々の名を呼ぶ声が流れる。
俺を見るリンクスと、スピーカーをみるマリア。
「並行……思考?」
おーできたできた。
独り多重放送。スピーカー増やしたら念話も並列処理して違う音出せるかな。
もしできたら独りオーケストラ……って別に意味はないか。
「あとマリア、これリンクスの念話も受信出来る様にとかなるかな」
「え〜リンクスちゃんに、たてがみがあれば出来るかもだけど……え?アイアンクローで念話出来る?壊れちゃうわよ」
スピーカーが凄え便利なのは想像出来るのだが、俺専用だとちょっと勿体無い。せめてリンクスも使えたらと思い、リンクスの手用の受信機を作る話しの途中。スピーカーから声が流れる。
「ペアリング出来たの!」
「「「えぇぇ??」」」
俺達はリンクスとスピーカーを交互に見て、マリアを見やる。
ふるふるとツインテを揺らして、顔を横に振るマリア。
プトーコスに至っては、何が凄いかすら既に判らない状態の様だ。
「並行思考に強制割り込み?ドラゴンって底が知れないわねぇ」
呆れるマリア。
リンクスが褒められて、ちょっと嬉しい俺。
「ところでマリア、そっちの用が済んだら俺の話しを聞いて欲しいんだが」
俺はマリアにミ・ディンとの戦いに始まる古代オノマの暴走、オノマの休眠からオリハルコンの大量発生に至る話しを聞かせ、俺の仮説を伝えた。
「オリハルコンって、ライブラの固体か?」
古代オノマの暴走を止めて以降、オリハルコンを発見する率が急激に増えたが、その地域は「惰眠」を使った地域に偏っていた。
となれば、活動を停止したライブラが集まって固体化したのがオリハルコンなのでは無いか?と言うのが俺の仮説だ。
もし、俺の仮説が正しいなら、ライブラが自己増殖する速度が判れば、俺は安全に、かつ無限にオリハルコンを手に入れる事が出来るって事になる。
金の成る木。奇跡の錬金術だ。
「面白い事考えるわねぇ」
そう言って小さな顎に手を当てるマリアの目は、既に科学者の物になっていた。
机に跳ぶように移動したマリアは、ノート型端末を凄まじい勢いで叩き始め、その後俺達が何を話し掛けても返事をしなくなった。
「マリア様は、ああなるともう無理です。下手に邪魔をすればオノマが飛んでくる程で……」
プトーコスがちょっと申し訳無さそうに、青いバンダナに手をやった。
別にアンタが悪い訳じゃ無いだろうに。
スピーカーを小脇に抱えて、帰ろうと空中庭園へと向かう廊下に曲がろうとした俺達に、プトーコスが待ったをかける。
「陛下にお会いして行かぬか」
陛下ってあの役者皇帝?「美しかったか?完璧か?」とか言うアイツ?
あまり気乗りしない俺達に、プトーコスは腰を折って頼み込む。
魔王との蜜月ぶりをアピールしておくのも、大切なパフォーマンスなんだとか。
まぁ、食料支援とかこっちも頼み事もあったし、ちょっとなら良いかと小一時間程待たされた後、プトーコスのリクエストに応えて金の竜人S’の姿で謁見の間に入った。
「おお!これは根地の魔王殿、リンクス殿、この度は金の竜人への進化、誠にめでたい」
俺とリンクスを見て、恐怖で短い悲鳴を上げる家臣共を尻目に、堂々とした立ち振舞で玉座から立ち上がり、高い位置の玉座から一段一段と足を踏み出す。
長いマントが床の絨毯を擦り、微かな音を立てながら近付いて来る。
「へ!陛下!」
「お下がり下さい!陛下!」
護衛の兵達は皇帝に小さく声を飛ばし、自らは止めに入って良いものかどうか躊躇い、プトーコスへと視線を送る。
プトーコスは後ろに手を組んだまま微動だせず、その顔に微笑をたたえて皇帝を見つめている。
「見事な角だな、触れても構わぬか?」
「ああ」
俺は短く答えて、皇帝が角を触りやすい様に頭を下げた。
皇帝の手が俺の角に触れた瞬間、謁見の間が大歓声に包まれる。
「「「皇帝陛下万歳!!」」」
「「「帝国万歳!!」」」
大歓声の中、視線をとした俺は、役者皇帝の震える膝を見た。
長いマントで周りからは見えない様にしてるが、ガクブルだ。
歓声に片手を上げ、笑顔で応えているが、ガクブルだ。
リンクスの角にも触れようとした役者皇帝だったが、リボンに触られると思ったリンクスがスッと頭を上げ、役者皇帝の手を掴んで上下させた。
驚いて腰が砕けそうになる役者皇帝を、俺がこっそりオリハルコンを伸ばして支える。
その様子を見逃さなかったプトーコスが、俺に小さく片目をつむって見せる。
宰相より演出家の方が、才能活かせるんじゃないかプトーコス?
政治的パフォーマンスが実に上手い。
それでも俺は、役者皇帝の成長ぶりに驚いた。
ガクブルしつつも笑顔を絶やす事無く、はたから見れば十分に堂々とドラゴンに接している様に見える。
如何に演技とは言え、食欲の権化と認識されてるっぽいドラゴンに触れるとか、普通に考えたら絶対に嫌だろう。
その後の声掛けも、堂に入った非の打ち所が無い物で、プトーコスがちゃんと皇帝を教育してるのが判って、俺はちょっと微笑ましい気持ちになった。
頑張れよ。役者皇帝。
いつか俺の呼び方から「役者」の文字が消える様に。
◇
「この様な時期にお暇を頂く事、感謝致します」
「無事戻って来るのだぞ。お主が居なくなれば、イーラも飲み仲間がおらぬと寂しがろう」
クアッダ王国謁見の間。
玉座に腰を下ろすクアッダ王の前には、跪き片手を床に付いたラアサの姿があった。そのラアサの後ろには二十名を越す男女が、ラアサと同じ姿勢を取っていた。
「ありがとう御座います陛下。では早速発ちます」
「うむ。皆再び無事で顔を見せるのだぞ」
ラアサはすっと音もなく立ち上がり、踵を返すと背後に控える男女を引き連れ、やはり音もなく謁見の間から退出した。
「宜しいのですか陛下」
クアッダ王の傍らに控える威丈夫が、キーの高い声で問いかける。
第一将軍ナハトである。
「帝国、共和国の戦が、あの嵐で中断しただけで停戦も休戦も為されていないこの時期に、軍師と諜報部が居なくなるのは確かに痛い。だがラアサにも譲れぬ物があるのだろう。余は無事な帰還を願うだけだ」
「いえ、ガビールを付けてやらなくて宜しかったのかと」
「ラアサ殿が拒んだのある。ガビール殿はすでにクアッダの将軍、砂嵐盗賊団の怨恨には付き合わせぬと」
傭兵団長イーラが独り言の様に呟く。
「変な所に拘るのだなラアサ殿は。状況に有利とあらば、石ころ一つ、雨粒の一滴まで利用する男が」
「けじめ……と言っておったな」
言葉を交わすクアッダ王、ナハト、イーラの三人と、口を閉じたままの第二将軍ガビールと将軍格フェルサ。
彼らはラアサらが出て行った扉を暫く見つめていた。
◇
元砂嵐盗賊団棟梁にして、智将、賢者など複数の異名を持つ男ラアサ。
彼は今、月明かりが照らす雪の街道で、頭に黒い裏地を持つ白いタオルを巻いて、旧盗賊団の部下達と共に馬上の人となっていた。
部下達は知っている。その表裏白黒のタオルが、かつての副団長の形見の品である事を。
そして今回の作戦が、砂嵐盗賊団最後の作戦になるであろう事を。
ナツメ商会トップの正体と所在が、遂に知れたのである。
共和国の皮を被ったナツメ商会の、最重要機密であるトップの情報が漏れた原因は、ラアサの部下による地道な調査と、ナツメ商会の財政基盤の崩壊が主な理由であった。
この冬、ネビーズが投票に因ってクアッダ王国の一部となることを決め、フィリコス商会の資金でイナブ近くに建設されていたカップケーキの外壁を持つ街はクアッダ王国への帰属と「イワン」と言う街の名を正式に表明した。
これに因りクアッダ王国は、ハディード鉱山、イワン、ネビーズを領地に収め、南北大街道を分断する領地を得る事となったのである。
困ったのはナツメ商会と共和国である。
南北大街道を整備し、帝共両国との流通を支配し、街道利用者から暴利を貪っていたナツメ商会は、クアッダ領横断の許可が下りず、流通の支配権を完全に失った。
薬草取りのフィリコスが、良質のポーションで得た資金を背景に、ナツメ商会が専有していた分野に尽く適正価格で進出していったのも大きかった。
ナツメ商会の金を当てにして、増税もせずに大量に新型機装を購入した共和国は、代金を払えなくなったのである。
これに怒った極東の島国ヤマトは、共和国周辺のアジスタン地方各国を巻き込んで経済制裁を開始し、古代科学を市民に分け与える事で豊かな生活を約束していた共和国は急速に国力を衰えさせ、人々の文化レベルは一気に低下した。
租税は上がり、物流は滞り、物価は跳ね上がり、闇取り引きや賄賂が横行する国となった共和国で、ラアサの部下は遂にナツメ商会と共和国議会との黒いつながりを掴んだのである。
「まさか共和国の最高議長が、ナツメ商会の頭と兄弟とは思わなかったっすね」
「全くだなぁ。ナツメ商会はどれだけの時間掛けて、国を裏から支配したんだろうなぁ」
「ジョーズさんはここまで予見して、フィリコスさんに薬草を大量に託したのでしょうか?」
ラアサと鞍を並べる一組の男女は、共に個性に乏しく、気配が薄かった。
リンクスが見れば「アノ時の人なの」と言ったかも知れない。
「ん?ジョーズと話したのかぁ?」
「あの方の声は好きです」
女は表情も視線も動かさずそう言った。
「声だけにしとけよ。リンクスちゃんに喰われちまうぞ」
ラアサと男は愉快そうに笑い、女は「まさか」と微笑したが、その笑顔もやはり個性や印象とは無縁の物だった。
それもその筈。彼らは潜入と諜報のエキスパート。砂嵐盗賊団の耳と言われた者達だったのだから。
かつてジョーズとガビールが出会い、戦いを演じたナツメ商会への襲撃。その帰り道を逆に襲われ、ジョーズの乗った馬車が谷に落ち、白いタオルを頭に巻いた副団長が殺されたあの日の事を……偽情報に踊らされ、多くの仲間を失った事を……影武者スィンの無残な姿を……ラアサは思い出す。
「ケジメは取るぜぇ。ナツメの幹部は皆殺しだ、俺達盗賊団の手で」
月の照らす雪の街道を、二十騎の一団が疾走して行く。
共和国首都ハリーブ目指して。




