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120話 岩塊

 白い綿が風に揺られてゆらゆらと舞い落ち、大地に積もっては時折吹く風に舞い上げられて何処かへ旅立ってゆく。


 獅子竜ミ・ディンとの死闘から一月。

 この地方は冬を迎え、白い雪が大地を覆っていた。


 「あったの!」


 「どうだ?取り出せそうか?」


 一面の雪原。声はすれども人影は無く、数日ぶりの青空は柔らかな日差しを降らせ、雪原をキラキラと輝かせている。


 「そんな大きくないの」


 「まあ反応も弱かったしな、おし、取れた」


 モコっと雪面が盛り上がり、割れた雪面から顔を出す、金色の二本の角。


 「よいしょなのー!」


 角を中心に雪面は迫り上がり、標高五メートル程の小さな雪山を作ったかと思うと、大量の雪塊を飛ばしてはじけ飛んだ。


 雪が炸裂した中心部からの風に雪煙が吹き払われ、開けた視界に見えてきた物は、大小八枚の純白の翼を広げた金の竜人。

 その竜人が手足の爪を突き立てて吊り上げる、直径三メートル程の岩塊。

 そして穴の底から眩しそうに岩塊を見上げる、赤地に白い水玉模様のリボンを付けた金の竜人だった。


 「おーし、森へ帰るか」


 「お腹空いたの」


 「ははは、そうだな森へ置いたら飯探しに行こう」


 穴の底に居たリボンの竜人が、重さを感じさせない身軽さで飛び上がり、頭上に浮かぶ翼の竜人のやや長い首に肩車の恰好で飛び乗る。


 リボンの竜人がしっかりと首に両手を回すのを確認してから、翼の竜人は大きく羽ばたいて冬の青空へと消えていった。金色の尾を引きながら。



 ゴトッ


 ゆっくりと高度を下げた岩塊は、他の岩塊と触れ僅かに揺らぎ、その位置を固定した。


 「今日も発見ですか!アニキ様!」


 「ああ、そんなに大きくは無いがな」


 根地の森の中程、月の広場と呼ばれる様になった場所に岩塊を降ろして、俺達は着膨れした鉄子の出迎えを受けた。

 魔獣達が手際よく岩塊に白いシートを被せる。


 「エラポスからの使者が参りまして、夕刻プトーコス様とオニュクス様が揃って参られるそうです」


 ん?プトーコス?


 若かりし日、時の弟帝グラードルの片腕として西方魔獣地域を平定し、根地の森迎竜戦ではネビーズのダファーと協力して、ニンゲンをこの森に避難させた青いバンダナの武人。

 今は実戦部隊の長から退いて帝国宰相してるんじゃ無かったのか?簡単に国から離れられんの?


 「夕方か。これからリンクスと飯してくるから、早く来たら待たせといてくれ」


 「畏まりました」


 鉄子が恭しく頭を下げる。


 「チビっ子達はどうした?」


 「シルシラさんや亜人の皆さんと共に、新任の戦闘教官の訓練を受けております」


 「そうか……」


 約半数の魔獣が冬眠に入り、森の自衛力が低下する冬期間。

 亜人達の代表は、自らの戦闘力向上を進言してきた。先のミ・ディンとの決戦で成すところが無かった事も、彼らに忸怩(じくじ)たる思いをさせていたらしい。


 鉄子の進言をいれて、亜人達を訓練すべく教官を招いた訳だが……。


 「アフマルやリースが、サーイエッサー!って言うようにならないか心配だな」


 愉快そうに鉄子が口元を抑えて笑うが、あの方式の刷り込みはハンパないからな。ちょっと心配だ。


 「さて何狩りに行こうか」


 「ゴ○ラ食べるの」


 岩クジラな。

 全長三十メートル前後の、背中に小島にも見える岩を生やした、大型水中魔獣岩クジラ。

 雪が降って陸上の大型魔獣が冬眠に入って少なくなったこの時期の、貴重な満腹源である。


 「では素材を取る準備をさせておきましょう」


 岩クジラは森の魔獣の食料のみならず、幾層もの皮膚からは衣類の材料が、脂肪からは油が、腱からは丈夫な糸が取れ、骨までも砕いて肥料になる、捨てる所がない非常に優秀な飯だ。


 ぎゅるるるぅ。


 リンクスがお腹を抑えて俺を見上げる。

 そうだな腹ペコだよな。

 リンクスを抱えて翼を広げた俺を、呼び止める声がある。


 「やっと帰ってきたか魔王!早朝の決闘がまだなのだ!いざ尋常に……」


 「温度管理は出来てるのかメントル?」


 「ふ……私に掛かれば温室の温度管理など容易い……では無い!いざ尋常に……」


 ヒエレウスから出奔し、根地の森に居着いた三人の勇者達。

 その中の独り青の勇者メントル。彼の四本の腕に握られているのは、ワイヤーの繋がれたナイフ……では無く、スコップと鍬だった。


 「メントルさぼるなよ!上げすぎた温度調整するにはお前の氷の……おっと魔王さん!温室は順調だゼ!」

 「若葉……出た……」


 メントルを追う様に後ろから姿を現したのは、やはりヒエレウスの元勇者。赤のニキティスと白のカログリア。

 二人の手にもやはり鍬が握られている。


 コイツら三人にやらせて居るのは「ハウス栽培」だ。


 少し掘り下げた根地の大地に、軽く焼いたウッドチップを敷き詰め、岩クジラの腸から作った半透明なシートを被せて作ったハウス。


 火・氷・風をそれぞれ得意とする三人には、そこで温度管理を任せて麦を育てさせている。


 森の中での捕食を禁じた俺としては、春先に予想される魔獣達のベビーラッシュに備えて、今から食料問題への準備をしとかなくちゃならない。


 帰ってもらうつもりで、勇者共にハウス栽培を提案した俺だったが、一日一回の決闘を条件に勇者共は提案をあっさり飲み、意外に熱心に取り組んでいた。


 「腹ペコなんだ、リンクスに喰われたく無きゃ夜まで待て」


 「む、判ったのだ」

 「魔王さん、肥料はやり過ぎちゃいけないんだっけ?」


 ニキティス……順応性高いな……。

 ところで……。


 「カログリアその頭の上の包みは何だ?」


 カログリアがお団子に結い上げた銀髪の上。ほっかむりで頭上に固定された何かがある。


 「……魔王がくれたオリハルコン……身に付けておけと……」


 「いや、確かに身に付けとけとは言ったが、何で頭の上?」


 「イメージ通りに扱える様になりたい……だから」


 成る程……いや、判りませんけど?


 ミ・ディンとの戦いでレイピアを失ったカログリアに、俺は武器を作ってやろうと考えた。

 リンクスの話しだと、オリハルコンは使用者に馴染ませてから精錬した方が良いって事だったから、俺はオリハルコンの原石をカログリアに預け、暫く身に付けて居る様に言った。確かに言ったが……。


 頭に載せとけばイメージ通りに扱えるって発想は、一体何処から来るんだろう?


 「タダ飯食わしとく気は無いからな、ちゃんと働けよ」


 「任せるのだ」

 「魔王さん!いってらっしゃいだゼ!」

 「……いってらっしゃい……」


 「いってらしゃいませ、アニキ様」


 見送りを受けて、俺達は再び空へと飛び発った。



 「ではオリハルコン精製の目処は立ったのだな?」


 「はい陛下。シュタイン博士の協力と、イナブで回収した電源用機装の改造成功もありまして、我がクアッダでもオリハルコンの精製が可能となります」


 「「「おおお」」」


 クアッダ王国。いつもの会議室。

 クアッダ王とラアサのやり取りに、会議に参加する面々から感嘆の声が上がる。


 「これで我が国は、軍事的にも経済的にも周辺国に対して優位に立てますな」

 「オリハルコンで装備を整えた部隊ならば、ヒエレウスに習って魔獣退治を名目とした部隊派遣で金と恩とを稼げますぞ」


 興奮気味に言葉を交わす文官達、だがそれを遮る様に、ややキーの高い声が問題を提起する。


 「ですがオリハルコンの武具が蔓延しては、我が国の優位が保てないのでは?」


 第一将軍ナハト。その体格に似合わない高い声を気にして滅多に発言しない、鉄壁の守りを誇る寡黙な将軍。

 その男のもっともな発言に、室内の浮かれた空気は一瞬重さを増す。


 「その点については、ジョーズから腹案があってな」


 ラアサが伝えたジョーズの腹案とはこうだった。


 国外輸出向けの武具は、純度の低いオリハルコンで、自国で使う武具は、高純度のオリハルコンで作成し、高純度のオリハルコンは精製方法を秘匿せよと。


 「さ……流石師匠……抜け目無い」

 「兄貴っぽいっす」


 「ジョーズは、モンキーモデルだけ輸出しろとか言ってましたが……」


 「ん?何故劣化版が猿型になるのだ?猿に無礼ではないか」


 「ですよねぇ、すいません今度ちゃんと聞いときます」


 クアッダ王のツッコミに頭を掻くラアサ。場の空気がほぐれる。


 「確かに劣化版だけを売るなら、我が国の優位は保たれる」

 「より純度の高いオリハルコンの武具の存在を匂わせれば、それだけで抑止力になりますまいか?」


 二つの鉱山を持ち、五万の軍を退けたとの噂があり、しかも根地の魔王の盟友として知られるクアッダ王国。

 オリハルコンの武具の輸出や、それに伴う同盟関係の構築が加われば、この国の未来は明るいと誰もが感じた。


 「して、アニキがオリハルコンと取引しようとしておるのは何だ?単純に金銭での取引では無いようだが?」


 クアッダ王の問いに、皆の視線がラアサに集まる。


 「種だそうで」


 ・・・。


 「「「たねぇえ???」」」


 一同の目と口が大きく開かれる。


 ラアサは更に、価格が高騰しないように、フィリコスの商会を通じて様々な国から、少量ずつ複数の種子を集める様に頼まれた事と、春先に多めの食料を買いたいとの話しもされたと告げる。


 「必要ならまとめて買えば良いではないか?値段の変化を気にするのはどういう事であるか」


 イーラが腕を組み、首を捻る。


 「まとめて買って価格が高騰したら、本当に欲しい人が困るだろう……と」


 「は……はは」

 「は……はっはっは」


 会議室が、何とも言えぬ乾いた笑いに包まれる。


 「イナブで数万の共和国兵を皆殺しにした男の言葉とは思えんが……アニキらしいと言えばアニキらしいか……武器を持たぬ者は守る……か」


 何処か得心した様に腕組みして頷くクアッダ王に習う様に、会議室の全員が腕組みをして大きく頷くのであった。



 毛の長い馬四頭に引かれたソリが、他に足跡も無い街道を南下して行く。

 各国が冬支度に入ったこの時期、街道を行き交う商隊はめっきりとその数を減らす。


 早くなった日暮れ前に、次の街に着こうと馬を励ます御者台の男は、立ち上がって伸びをし、空を見上げ、有り得ない物を空に見つけ、フリーズした。


 「でっかい魚が……飛んでる……」


 その上空。


 「お〜も〜い〜。リンクス手伝ってくれよ〜」


 「リンクス飛べないの〜」


 綺麗に半分喰われた、半身の岩クジラが空を飛ぶ。

 その上方には複数のワイヤーで岩クジラを吊り、八枚の翼を懸命に羽ばたかせる金の竜人と、その肩で爪楊枝を咥えるリボンの少女の姿があった。


 「絶対飛べるだろ!?抱っこされたいから飛べないフリしてるだろ!?判るんだからな!」


 「リンクス飛べないも〜ん」


 ご機嫌で首にまたがり、脚をプラプラさせるリンクス。


 「お兄ちゃんガンバなのーごーごーなのー」


 ゆっくりと、遠ざかる空飛ぶ魚。

 御者台の男は、それが点になり、完全に見えなくなるまで、伸びの姿勢のまま動かなかった。


 パチクリ。


 瞬きと共に我に帰った男は、目頭に指を当ててマッサージし、再び空を見上げ、もう一度目頭を抑えて御者台に腰を下ろした。


 「働き過ぎだな……今年の冬はゆっくりと休もう」


 男は次の街に着くと、荷を仕入れ値同然で売り叩き、空き家を借りて一冬休業したのであった。



 「何だこのオリハルコンの量は!」


 頭の青いバンダナに手を乗せ、驚愕の表情を浮かべるプトーコスと、その隣で大きく口を開ける赤マントの武人オニュクス。


 二人の前には、白いシートを取り払われた岩塊が、うず高く積み上げられていた。全てオリハルコンの原石である。


 「これが根地の森の財力だ。同盟の証としてコレの一部で食料を買いたいがどうだ?」


 「……うむ。陛下には必ず応じる様、進言しよう」


 わざわざ付け足された「同盟の証として」との言葉の意味をプトーコスは正確に理解した。

 つまり同盟を尊重しないなら、他国にオリハルコンを売り飛ばすぞと、帝国が軍事的に不利になるぞと暗に告げているのだ。


 皇帝直筆の書に国璽まで押した不可侵の約を、あっさりと破った前皇帝グラードルの行いに釘を刺した。と言う事だろう。


 「それで今日は何の用だ?宰相ってそんなに簡単に国離れても良いのか?」


 再びシートで覆われたオリハルコンの原石の山に視線を送ったまま、あるいはてきぱきと働く魔獣や亜人を見やったまま、オニュクスが口を開く。


 「まずエラポス領主として、私からお願いがある」


 オニュクスの話しは、移民についてだった。

 帝国領内東部で起きた多数の獣化。凶暴化した獣人は討伐したが、凶暴化しなかった亜人も多数いたらしい。その処遇に困っているのだと言う。


 帝国内では、言葉が話せる者を亜人、話せない者を獣人としているらしい。

 根地の森との同盟を期に、亜人を物として扱う事は禁じられたが、長い間、駆逐や差別の対象だった事もあり、人々の意識は一朝一夕では如何ともし難い。

 そこで亜人を、根地の森に移民させられないかと言う話しが出たと。


 「即、おっけー」


 「よ……良いのか?プトーコス卿を上回る即決だな」


 体のいい厄介払いだろうが、この森じゃ誰も外観的特徴など気にしない。

 ここで森の為に働いてくれるなら、何の問題も無い。

 ネビーズの亜人はとっくに森に入ってるし。


 「んでプトーコスは?」


 「マリア様が魔王殿にお会いしたいと」


 プトーコスは、オニュクスにも聞こえない様に、俺に小さく耳打ちした。

 それだけを伝えにわざわざ一国の宰相が?とも思ったが、マリアの存在事態がトップシークレットだったっけ?

 獣化が起こった今の時期じゃ、治安が低下してて手紙も確実じゃ無いって事か。


 「判った。で、いつだ?」


 「送ってくれるのだろう?」


 プトーコスがニヤリと笑う。

 コイツ……最初から往路一週間、復路一日で計算して出張予定組んで来やがったな?俺がそうそういつも暇だと思うなよ?まぁ……暇ですけど。


 「鉄子!」


 俺は鉄子にオニュクスと移民の実務的な打ち合わせを任せ、プトーコスとリンクスを背に帝国本島へと飛び立つ。

 鉄子は有能ぶりを発揮して、混乱も遅延も無く移民受け入れをこなし、当面の食料支援まで取り付けた。


 ……何か忘れてる気がする……。


 オレンジの夕日に向かって飛ぶ俺の胸に、引っかかる物がある。何だっけ?



 「今度は何処へ行ったのだ!?今日の決闘はどうした!?」

 「メントル、そこ吊り上げてくれ。この骨で柱入れるゼ」

 「アフマル……光……お願い」


 「見てみて、ボクいっぱい出せる様になったんだよ!」


 「ここにもハウス作るから、誰かアタイに手伝って欲しいし」

 「「「サーイエッサー!!」」」



 森は、なかなかに賑やかだった。


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