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115話 願い

 魔王と戦う為に出向いた根地の森。


 その光景に、ヒエレウスの三人の勇者達は混乱した。


 威容を誇り、全周囲に殺気を放つ巨大な獅子竜。

 リンクスの治療に専念し、動かぬ翼竜と赤黒い成竜と、その翼竜の背後を守る様に立つ二体の竜人。


 周囲を埋め尽くす程の魔獣の死骸と、魔獣を助けながら共に戦う異なる陣営に属する人間達。


 「何がどうなっているのだ」


 「クアッダの……王子……」


 白銀の勇者カログリアは、大樹の陰に身を潜めるファーリスを目ざとく見付けると、青銀の勇者メントルに告げる。


 「クアッダ王子ファーリス殿とお見受けする。状況の説明を求める!」


 戦闘態勢を整えながら、声を張り上げるメントルに、ファーリスが答える。


 「アニキ殿がリンクスちゃんを治療中だ!敵は獅子竜ただ一人!他の者は全てアニキ殿を守る味方だ!ヒエレウスの勇者達よお主らは敵か!味方か!」


 カログリア、メントル、ニキティスの三人の勇者は、身構えたまま視線を交差させる。にわかには理解しがたいこの状況。魔王を討つ為に赴いた勇者達にとっては、絶好の機会にも見えた。


 「オイラにはどうすれば良いか分からねえ。メントル、お前が決めてくれ」


 ニキティスに決断を委ねられたメントルは、今度は獅子竜に向けて叫ぶ。


 「そこの獅子竜。魔王を狙う理由を述べよ。言葉は話せるか?」


 詰問された獅子竜は、その表情に苛立ちを滲ませて答えた。


 「ヒエレウスの戦闘人形が随分と偉そうな口を利く。死にたくなかった邪魔をするな。死にたいのなら後で相手をしてやる」


 「貴様!あの黒衣の男か!」


 勇者に向けて人形呼ばわりするその物言いに、メントルはピンと来た。

 それと同時に、圧倒的力の前に成す術なく敗れた記憶が蘇り、全身が緊張する。

 「ふう」と息をして、心に宿った敗北感を吐き出すと、メントルは肺一杯に息を吸い込み、大声で宣言した。


 「魔王は我らの獲物!貴様に害させる訳には行かん!我ら三人は獅子竜を敵と見做し、獅子竜と戦う者を味方と見做して戦う!」


 カログリアとニキティスが、満足気な顔でメントルを見、互いに頷いて獅子竜に向けて構え直す。


 「勇者の連携見せてやるゼ!」


 「ドラゴン……倒す……」


 右に赤銀の勇者ニキティス。左に白銀の勇者カログリア。中央後方に青銀の勇者メントル。

 三角形の陣形を組んで、三人の勇者は巨大な獅子竜に迫る。


 「人形ごときが。あの時殺しておくべきだったか」


 足に絡みついたダファーの機装の残骸を払うと、獅子竜は迫る勇者達に向き直った。


 「車輪炎陣!」


 獅子竜の頭上。両手を広げたニキティスが、左右の手に握られたトンファーを猛烈に回転させながら炎を生み出し、灼熱の円盤で獅子竜の頭上を抑える。


 「八掛氷陣!」


 メントルの鋭い声と共に、極細ワイヤーの尾を引いて飛んだ八本のナイフは、湾曲した軌道を描いて獅子竜の周囲に突き立つと、青白く発光し根地の大地を凍結させた。


 頭上に迫る炎の円盤を避けようと、姿勢を低くし、四肢を踏ん張った瞬間に放たれた氷の陣に、四つの足を大地に氷結される獅子竜。


 「「氷炎合陣!!」」


 地面からは氷が迫り上がり、頭上からは炎の円盤が降下する。


 「……乱陣」


 氷と炎が距離を詰め、上下から獅子竜を挟み込む寸前。

 カログリアが獅子竜の周囲を凄まじい速さで巡り、その僅かな隙間に時計回りに全方位から強烈な刺突を放り込む。


 緑の残光を引いて放たれたカログリアの刺突が、全て吸い込まれた瞬間。

 上下の陣は閉じられた。


 キィン!


 耳をつんざく音と共に生成された氷と炎の牢獄は、結界となってその威力を内側に閉じ込め、内部で氷炎の嵐が吹き荒れた。

 結界内部でのたうつ獅子竜。


 「こ……こいつぁ……」


 「凄い……っしょ」


 魔獣を介抱する手を思わず止めて、勇者の攻撃に見入るコホルとハヌマーン。


 結界内の獅子竜が、尾を真っ直ぐ天に伸ばし、四肢を踏ん張って大きく息を吸い込むと、大気を揺るがす咆哮を上げた。


 咄嗟に耳を塞ぐエラポス兵や魔獣達。機装を纏ったネビーズの兵はあまりの音に顔をしかめ、歯を食いしばった。


 「なに!!」


 「氷炎合陣が……裂ける!」


 氷と炎の暴風と共に獅子竜を閉じ込めていた牢獄は、内側からの膨大な圧力に球状に膨張し、一瞬の抵抗の後、破れた。


 メントルのワイヤーで獅子竜の頭上に留まり、車輪炎陣を維持していたニキティスは、その衝撃で上方に飛ばされて、空を覆う枝葉に激しく叩きつけられ、至近で構えていたカログリアは、襲い来る獅子竜の前足を回避しきれずに、胸甲を凹ませて吹き飛ばされる。


 「面白い使い方をする……非力ゆえの工夫か。だがそんな純度の低いオリハルコンで守れるのか?」


 氷炎合陣を破った獅子竜は、全身の火傷や凍傷を急速に回復させながら、吹き飛ばしたカログリアを見る。


 「かっはっ」


 四つん這いになって短く咳をしたカログリアは、吐血した。

 胸甲の凹みはまだ修復を始めていない。


 「カログリア!」


 駆け寄るメントルと同時に、カログリアに迫る獅子竜。

 その目に、またも矢の濁流が迫る。

 

 頭を下げた獅子竜の首に赤い斬撃が迫り、獅子竜は前足から超長剣を伸ばしてそれを防ぐ。


 「どいつもこいつも……!」


 余裕を持って矢と斬撃を躱した獅子竜は、超長剣と打ち合わせたファーリスの赤い剣が一本しか無いのに気付く。


 ズブッ……。


 獅子竜は後ろ脚に走る鈍い痛みに、超長剣を横薙ぎに払ってファーリスを追い払い、振り返った。


 後ろ脚に、中程まで突き刺さった赤い剣。

 その剣を握るのは、機装を乗り換えたダファーだった。


 「殿下!雷のオノマを!」


 ダファーは赤い剣を引き抜いた傷口に鋼の剣を突き刺し、振られた尾に打たれながらも離脱する。


 残された鋼の剣目掛けて、ファーリスが紫の文字列を伴ったオノマを放ち、鋼の剣を中心に猛烈に放電する。


 手をかざして雷を封じ込めようとする獅子竜。


 「利用させて頂く」


 メントルが即座に三本のナイフを投じ、鋼の剣の周囲に極低温の空間を作り出して、電導率を高める。


 痙攣した様に後ろ足を震わせる獅子竜。


 バチバチと放電する鋼の剣を、無理やりに引きぬいた獅子竜は、苛立ちを通り越して怒りの形相をその顔に張り付かせた。


 「貴様ら!!」



 リンクスは俺の腕の中、静かに横たわっていた。

 小さな寝息を立て、まるで眠る様に。

 再生された手足は、銀の鱗を纏わないリンクス本来の赤黒い鱗をしている。


 『リンクス?リンクス?起きろよ』


 俺の呼びかけに、リンクスは応えない。

 たった今、再生は終わった。

 出血は止まり、再生した手足にも血が流れ始め、リンクスの脈は弱いながらも安定はした。だがリンクスは目覚めない。


 『マザーどうなってる!?俺はちゃんと出来たのか!?俺が失敗したのか!?』


 『ニンゲンよ頑張りましたね。再生は成功しました。後はこの子の生命力との勝負です』


 俺の時と違い、失った血と部位が多いせいで、再生は出来たがこれでやっと五分五分らしい。


 『この子がどれだけ生きたいと願っているか、それに掛かって居ます』


 ……ならこの勝負、俺の勝ちだ。


 リンクスがこのまま死ぬ訳が無い。

 絶対に「お腹空いた」って目を覚ます。

 絶対にだ。俺は信じる。


 『レヒツ、ヒーア大きくなったな』


 遠くで戦いの音が続く中、俺は視線を二体の竜人に移す。

 それまで凛として構えていた二体の竜人が、その声にパカっと口を開け、目を細めて笑い、右脇と股間にグイグイと割り込む。


 おいおい、分かったから。後でたっぷりな。


 『マザー』


 俺は三体の竜人を抱え込む姿勢のまま、マザーを見上げる。


 『リンクスを守って安全な所まで離れてくれないか。あとレヒツとヒーアを貸してくれ』


 『ニンゲンよ、一緒に逃げないのですか』


 『逃げてもまた繰り返しなんだよ。俺が死んだらガン逃げしてくれ』


 マザー達がリンクスを連れて揃って避難したら、竜の結界が復活してミ・ディンに離脱がバレる。

 竜の結界が無い今なら、ワンチャン、ミ・ディンを殺せるかも知れない。


 俺はリンクスをマザーに託し、立ち上がろうとしてヨロヨロとその場に倒れこむ。

 全身に力が入らない。


 『ニンゲンよ、あれだけの事をしたのです。今は力の回復を待たないと』


 だから、今逃したらワンチャンすらねえんだって。

 俺は、腿を叩いて立ち上がろうとし、再びコケる。


 『兄上様、お願いがあるウキ』


 そう言って近付いてきたサルは、森の魔獣達の死体を指す。

 そのサルも、全身に血がこびり着き、ポーションで一命を取り留めたのだと見て取れる。


 『森の皆を、兄上様の糧として欲しいウキ』


 糧?


 『あの者達は既に魂を失ったウキ。でも兄上様に喰らって貰えればその想いは兄上様の中で生き続けるウキ』


 俺に喰えって言うのか!?コイツらを!?


 俺は次々と運ばれてくる魔獣の死体を見つめる。

 見覚えのある顔もいくつもある。

 一族の生存を掛けて、命を掛けて戦いを挑んできた漢猿。

 俺に抱えられて、初めて空を飛んだ時、涙と涎で俺のたてがみをベチョベチョにしてくれた狼。


 それを喰らえって言うのか……。


 『兄上様を守る為に命を掛けました。ここで兄上様がヤツに負けて殺されては皆無駄死になるウキ。心を捧げ魂を失いました、かくなる上は身も捧げたいのが皆の願いウキ』


 俺は後悔した。


 魔王などになって魔獣を従える事が無ければ、コイツらは死なずに済んだ。

 俺の知らない所で、互いの命をリレーし合い、老いるまでまだこの先数年数十年と生きたかも知れない。


 『兄上様……皆喜んで兄上様にお仕えしたウキ。命と空を与えてくれた兄上様のお役に立てる事を誇りに思っていたウキ。ですから……』


『イワンの願い、リンクスの中でずっと生きるの』


 短命の鬼神イワンの指をかじった、リンクスの言葉が思い出される。


 俺は一旦人型に変身すると、積み上げられた魔獣達の死体の前に正座し、両手をきちんと合わせた。

 お前達の全てを奪う俺を許してくれ。そしてお前達の願いは俺の中で生き続ける……ずっと。


 そしてお前達の力を得て、俺は必ずミ・ディンを殺す。


 俺は翼竜に姿を変え、喰らった。

 吐き気と涙を、一緒に飲み込みながら。



 「ポーションを受け取れ!魔獣達が持ってる」

 「機装が保ちません!乗り換えの機装はまだですか隊長!」

 「オニュクス様!何か有効な手立ては……」


 獅子竜を取り巻く戦場は、未だ混乱していた。


 混乱を「結果が得られない状態」と仮定するならば、獅子竜に対する者達の作戦は成功しているとも言える。

 何せ災害級の敵を相手にしているのだから。


 だが機装を含めた人間の攻撃では、獅子竜の鱗を貫く事は出来ず。

 どうにかダメージを与えているファーリスや勇者達も、消耗が激しい。


 ファーリスはポーションでの回復をする頻度が増え、中毒症状からか時折前後不覚に陥り、敵味方を間違えて攻撃する場面すら出てきた。


 勇者達はカログリアが懐でレイピアを振るい、ニキティスが縦横に纏わり付き、メントルが指示を下して連携技を披露し、善戦はしているが、獅子竜の攻撃力が高すぎてオリハルコンの鎧の修復が追いつかず、時と共に劣勢に追い込まれていた。


 途中、獅子竜が全方位に百を超えるオノマを同時に放ち、崩壊の危機に貧した場面もあったが、補充用の機装を引き連れて駆けつけた鬼神の傭兵隊長ゼナリオが、ファーリスの赤い剣を借りて「山崩し」を放ち、その威力に驚いた獅子竜がゼナリオを警戒する隙に、何とか戦線を立て直していた。


 ジリ貧。


 正にそれを体現する戦い。

 その戦いの中、彼らの心が折れるのを防いでいたのは、微かな希望。

 それは、あの者達の到来であった。


 アニキ・魔王と呼ばれる純白の翼を持った竜と、その竜をお兄ちゃんと呼ぶ二人の兄弟。


 彼らの命を掛けた希望は、間もなく叶えられる。


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