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114話 参戦

 組まれた左右の手……。


 それを見た俺は、今までの断片的な記憶や知識が、稲妻の速さで整理されてゆくのを感じた。


 暗殺用の黒い機装が見せた、壁抜け。

 プラズマ状態で浮遊しようとする分子内化学結合を、維持するために機能を停止させるナノマシンライブラ。

 膨張する宇宙と、密度を薄くする世界。


 原子間を繋ぐ科学結合を、プラズマで不安定にして、化学結合を……またぐ。


 これで物質の透過は出来るんじゃ無いか?

 とにかく試すしか無い。ライブラを止める電圧は俺の体が覚えている。


 右手に黒い三角錐、左手に白い三角錐を乗せた俺は、手の平の上でプラズマ状態を作り出す。

 そして直ぐに気付く。

 

 『……ふにゃふにゃじゃ無いか』


 そう、白い三角錐がプラズマ状態になった途端に、辛うじて形を維持出来る程柔らかくなった。まるで豆腐だ。

 そうか。この白い三角錐は、初めから黒い三角錐である黒籠を解除するために作られた物だったのか。


 俺は全神経を集中してプラズマ状態を制御し、ゆっくりと二つの三角錐を重ねてゆく。


 そして……。


 三角錐が完全に一つになった瞬間。

 周囲に紫の放電が走り、触手の様に辺りを撫で回すと、三角錐は手の平から消えた。


 刹那の空白。


 ドスン!!


 根地の大地を揺るがして、俺の眼前に懐かしい巨体が現れる。

 赤黒い鱗に覆われた二十メートル級の成竜。


 『……光……そして大地……』


 マザーは空を見上げ、根地の大地を見下ろした。

 根地の大地を踏みしめる四本の脚の真ん中、腹の下ではリンクスを介抱していた六手猿達が白目を向いて気絶寸前だ。


 『マザー!リンクスがヤバイ!手と脚を生やしてくれ!』


 『防ぎなさい、レヒツ、ヒーア』


 俺はそこに居た、二体の赤黒い竜人に気付かなかった。

 そして直ぐ背後に迫る、獅子竜ミ・ディンにも。


 『ちっ、黒籠が破られたか!』


 完全なシンクロをみせて、左右から攻撃をする二体の竜人。

 その動きは、空手に酷似した物だった。

 だが優勢だったのは意表を突いた最初だけで、二体の竜人は直ぐに劣勢に追い込まれてしまう。


 『あ……兄上様……この竜達は味方なのでウキ?』


 『味方だ!手を貸してくれ!』


 『そのお言葉を待っていたウキ。総員!兄上様をお守りするウキ!!』


 サルの号令一下、森の四方八方から魔獣が湧き出し、次々と獅子竜へと襲いかかる。犬系、猿系、鳥系、虫系……ありとあらゆる種類の魔獣が、獅子竜に迫る。


 「魔獣ごときが!」


 襲い来る魔獣を爪で貫き、牙で喰いちぎり、尾で叩き潰す獅子竜だったが、魔獣達は死を恐れる事無く、敵意の濁流となって獅子竜に襲いかかった。


 獅子竜に体当たりをし、脚に牙を立てる魔獣。頭部に張り付き、尻の刺で目を狙う魔獣。六本の腕に三機のバリスタを構えて、至近距離で射る魔獣。


 『マザー!リンクスを助けてくれ、血が止まらないんだ!手足を生やして……』


 『ニンゲンよ永遠の奈落からの開放……感謝します。ですが私ではリンクスの手足を生やしてあげる事は出来ません』


 『な!?なんで!』


 『因子の持つ情報が近すぎるのです。私の血肉を直接与えては、私の因子がリンクスの因子を侵食し、リンクスはリンクスで無くなってしまいます』


 『どうすれば!?』


 マザーは、俺の鼻先に左腕を差し出した。


 『喰らいなさい。私の記憶を得てアナタが再生するのです』


 グゥルァァアアア!


 獅子竜の巨体に隈なく群がり、牙や爪を立てる魔獣達。その仲間の背中にすら容赦無く体当たりをする魔獣達は遂に獅子竜を押し倒し、獅子竜に苛立ちの声を上げさせる。


 「ぬ!結界が、ええい邪魔をするな!」


 腕の一振りで、また十もの魔獣が、体液と共にその生命を散らす。


 『無茶だ!』


 『兄上様!今の内にリンクス様を!』


 獅子竜に向けて一歩踏み出しかけた俺は、サルの言葉にリンクスを振り返り、血肉を蒔き散らせながらも、尚も獅子竜に牙を立てる魔獣達を見た。


 『……信じたぞ』


 そして俺は、完全に獅子竜に背を向けた。


 『始めるぞ、マザー』


 俺は人型から翼竜へと姿を変えながらマザーの左腕に喰らい突き、牙を突き立て、肉片を喰いちぎった。


 消化に因る、脳への情報の濁流。

 だがその情報量はババアドラゴンの記憶を消化した時よりも、随分と小さい物だった。


 『シエロを喰らったのですか。私の持つ記憶がシエロより少ないのは当然です。生命の記憶を届ける為に霊峰に赴き、一時的に弱った所をミ・ディンに囚われたのですから』


 んな事は聞いてねぇんだよ。記憶の何処だよ!?

 リンクスの脈がどんどん小さくなってんだ!検索用のタグ付けとけよ!


 ……これ……か。


 竜の因子のコントロールとか、ぶっつけで大丈夫なのか!?

 マザー、サポート頼む!


 俺はリンクスの血を舐めて情報を得ると、記憶とマザーの導きに従って神経を集中させた。内側の内側の……更に内側に。


 金の瞳を半目に開き、意識を集中させる俺を見つめていたもう一つの金の瞳。

 マザーの瞳には、絶望的な光景が映し出されていた。


 命をかなぐり捨てて、距離と刻を稼いでいた魔獣の群れ。

 最後まで獅子竜の前に立ちはだかっていた巨漢の六手猿が、遂に力尽き地に膝を付いた。周囲を埋め尽くす倒れた魔獣達。


 気を失いながらも、尚も足にしがみつく六手猿の腕を踏み砕きながら、獅子竜は切れた瞼から流れる血を指で拭った。その傷も見る間に塞がってゆく。


 「ケダモノの分際で忠誠心など……」


 疲れた様に首を回した獅子竜は、翼竜の背を守る最後の砦となった手負いの竜人、レヒツとヒーアに向けて一歩踏み出し、不意に左側の森を睨み付けた。


 ギィィイン!!


 獅子竜を襲った二本の赤い閃光は、獅子竜の左肩に一筋の傷を付けて、立ち塞がった。


 「竜の武器だと?」


 「間に合った!アニキ殿……そのドラゴン達は?」


 一房だけ背中に伸ばした黒い髪。黒い瞳に黒い髭。

 両手に構えた、赤く淡い光を発する長剣。


 クアッダ王国王子、ファーリス・クアッダだった。


 「アニキ殿を守ってる!?……リンクスちゃんに似たドラゴン……敵では無いようですね」


 傷が塞がった肩口に手をやりながら、獅子竜ミ・ディンが油断なく二本の長剣を構えるファーリスに声を掛ける。


 「珍しい物を持っているな小僧。しかも無拍子のあの動き……この世界の者では無いな。だが一人で何が出来る」


 「ハハハッ。一太刀で判るんですね。ですが私は慎重でしてね」


 直後、数十本の矢が驚くべき正確さで獅子竜の目を襲う。

 首を捻って矢を躱した獅子竜は、矢の出先を見、その目を細めた。


 「何!?貴様、帝国の」


 「魔王殿を守れ!近付き過ぎるなよ!一点射……撃て!」


 号令と共に再び数十本の矢が、森の木々をすり抜けて獅子竜の目に迫る。

 百名程の弓箭兵を率いて獅子竜に攻撃を仕掛けたのは、赤マントを羽織った威丈夫、エラポス領主オニュクス。


 矢の飛来と同時に切り込んだファーリスの斬撃を、前足を上げて肉球から伸ばした超長剣で受けた獅子竜は、首を捻って飛来する矢を後頭部で受けた。


 鱗を貫く事が出来ず、ぱらぱらと地に落ちる数十本の矢。


 「ダファー!今です!」


 ワイヤーの尾を引いて、バリスタの大矢が獅子竜を襲う。

 数本は弾かれ、数本は躱されるが、ファーリスの風のオノマで軌道を変えた大矢のワイヤーは獅子竜へと絡みつく。


 根地の大地に手足を踏ん張り、ワイヤーをピンと張って獅子竜を拘束するのは、ダファー率いるネビーズの機装部隊。


 「アニキ殿!今の内に安全な所に!」


 ニンゲンの共同作戦で危険は数歩だけ遠のいた。

 だが駄目だ。

 慣れない俺は竜の因子の制御に手こずっている。集中が途切れてしまうかも知れない、今は動けない。


 徐々に小さく、弱くなるリンクスの鼓動が、俺の焦りに拍車を掛ける。


 あぁ……もう邪魔だ!視覚も聴覚もカットだ!嗅覚も触覚も全部だ!

 俺はリンクスの治療に全てを懸ける!そしてお前等を……信じる!


 時折、ごっそりと何かを持ってかれる様な感覚で虚脱する度に、マザーが何かを俺に注ぎ込んでくれるのが判る。


 鮮明にイメージしろ、俺の中から酸素・炭素・水素・窒素・カルシウム・リン・硫黄・カリウム・ナトリウム・塩素等を抽出。リンクスの骨、神経、筋肉を……う、鱗?ああ、これか……。


 ピクリとも動かなくなった翼竜の背後では、激闘が続いていた。


 「くっワイヤーが保たない、殿下!」


 「息のある魔獣達にポーションを!」


 「ケダモノの心配などする余裕があるのか?」


 獅子竜の言葉に戦慄を覚えたファーリスは、横っ飛びに距離を取った。

 弦が切れる様な音を残してワイヤーは引き千切られ、ファーリスが立っていた根地の大地は、振り下ろされた爪に木っ端となって舞い上がる。


 木っ端の煙を割ってファーリスに迫る獅子竜。


 着地点を狙って振られた超長剣を、風のオノマをバーニアにして空中で姿勢を変えてファーリスは回避し、勢いをそのままに獅子竜に肉薄、赤い長剣を振るう。


 二筋の赤い軌跡は膝と腿に二本の傷を付け、獅子竜の背後の大樹を伐採したが、脚の切断には至らない。

 そして直ぐさま塞がる傷。


 「厄介な剣だな」


 「厄介な鱗ですね」


 忌々しげに傷跡を見る獅子竜と、肩で息をするファーリス。


 「殿下!その手から生える長剣で切られたと思われる魔獣の、血が止まりません!注意して下さい!」


 魔獣達にポーションを掛けて回っていたダファーが、緊張を募らせてファーリスに注意を促す。


 「にしても隊長、王子様の疲れ方おかしいっしょ!」


 「あの赤い長剣は、生命力を吸って切れ味を増す魔剣です。だから機装を着た時しか抜かなかったんで」


 人の身でありながら、二十メートル級の獅子竜相手に戦いを挑み、時折鱗を裂いて傷を負わせるファーリス。

 だが疲労の色は、長剣を振るう度にその色を濃くしていった。


 「殿下!!」


 「隊長!!」


 カクンと膝から力が抜け、隙を見せてしまったファーリス。

 それを見たダファーが剣を腰溜めに構え、機装で突進する。


 黒紫の鱗に触れ、バキンと音高く折れる剣。

 だが、勢いを殺す事無く右足にタックルしたダファーの機装は、左腕を破壊しながらも獅子竜のバランスを僅かに崩し、超長剣はファーリスから逸れた。


 残った右腕で獅子竜の脚にしがみつき、機体をロックした状態で除装、機装背面から抜け出すダファーを、ファーリスが抱えて後退する。


 「ダファー!無謀な!」


 「もう二年前の、あの時みたいな思いはゴメンなんで」


 「私は生きて帰ってきた、ダファーお前もだ。それでいいじゃないか」


 「今度も生きて帰りましょう!殿下」


 ファーリスは「そうだな」と苦笑いして、獅子竜を睨み付けた。

 ファーリスが、ラアサらに殿下と呼ばれるのを遠慮する理由。その一部がこの男ダファーだった。


 五年前、十才で西方辺境へと旅にでたファーリスは、手練の護衛と共に年が近く話しやすいダファーをお供に選んだ。

 過酷な西方辺境の旅の最中、護衛達を一人また一人と失い、最後に残ったダファーとも生死不明の別れをしたのだ。二本ある赤い長剣の一本を預けて。


 その時のお供のメンバーが、当時ファーリスを殿下と呼んでいた。

 以来、「殿下」の響きはファーリスにとって、苦い想いを彷彿させる言葉だった。

 だがそれも二年の歳月と、繰り返し殿下と呼ぶ様ラアサのせいで、徐々に薄れてはいたのだが。


 獅子竜は一刀で機装を両断すると、よく響く声で呼びかけた。


 「私は帝国始皇帝が友、ミ・ディンだ。貴様は帝国軍人だな、そのマントは領主の物だろう。攻撃を止めて私に協力せよ」


 「撃て!」


 またも正確に、目を狙って飛来した数十本の矢は、身を屈めた獅子竜の頭上を飛び去り、大樹の幹に突き立つ。


 「分かっていて攻撃しているのだな?何故だ」


 問答無用で弓を射掛けようと、右手を上げたオニュクスは思い留まった。

 魔王が竜人に治療と思しき行為を行っている。しかも先程から全く動かない。

 たかが数秒でも、今必要なのは刻だ……と。


 「如何にも、エラポス領主オニュクスである。貴公がミ・ディンである確証は何処にも無く、魔王殿には命を救われた事実がある」


 ファーリスは大樹の陰でポーションを(あお)りながら、流石は領主だと関心した。

 眼前に立ち、剣を交えるばかりが防御では無い。


 オニュクスが舌戦を繰り広げる中、マザーは頷いていた。

 形状を維持できずに脈打っていたリンクスの手足が、ゆっくりではあるが再生し、形を整えつつある。

 だがリンクスの鼓動は弱く、呼吸は浅い。

 マザーはニンゲンの集中を乱さぬ様に、静かに、そして確実に力を注いでいった。


 「私は始皇帝以外の命は受けぬ。貴様、始皇帝の意に背くか」


 「我ら帝国軍人が忠誠を誓うは始皇帝に非ず、皇帝陛下ただ一人。そして根地の魔王は皇帝陛下と盟約を結んだ仲。貴公こそ帝国武人でありながら皇帝陛下を軽んじるか!」


 オニュクスは、移動しながら舌戦を続けていた。

 獅子竜と言う人外の存在に成りおおせたミ・ディンの前に、おいそれと姿を晒す気は無かったのである。


 「今度は……人形か」


 「?」


 獅子竜の言葉の意味を測り損ねて、オニュクスは足を止め、木々の間から獅子竜を覗き見た。

 獅子竜の向こうの森に見えたのは、三つの人影だった。


 「あぁ!?ドラゴンにドラゴンに翼竜に竜人に竜人に竜人!?んで魔獣に帝国に共和国だと!?敵だらけだゼ」


 「共に戦っているのか?」


 「……リン……クス?」


 現れたのは、白、青、赤にそれぞれ彩られた、ヒエレウスの勇者達であった。



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