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111話 終わりの始まり

 辺り一面雪に覆われた白の世界。

 その中にシミの様にポツリとある、黒い異物。


 黒衣の男ミ・ディンは、膝までぬかる新雪を踏みしめて、ゆっくりと俺達に近付く。

 その手に握られた分厚い剣は、二本の長剣へとその形を変え、左右両方の手に収まっていた。


 俺達は体に付いた雪を払うより先に意識を集中させ、戦闘態勢を整える。


 ドフッ!


 雪煙を上げて急速にミ・ディンが迫る。

 左右の長剣が別々に意志を持つかの様に、正確に俺とリンクスの目を狙う。


 俺は盾剣で受け、リンクスはダッキングして長剣を躱し、尻尾と短槍で反撃。

 だが尻尾は上げた脛で、短槍は長剣でそれぞれ防がれる。


 『ほう……以前より反応が良いな。また誰ぞ高名な武道家でも喰らったか』


 喰わねえよ。


 だがミ・ディンの動きは見える。

 五合十合と、不安定な足元を狙って互いに剣を打ち合う。


 時に脚を上げ、時に剣を下ろし、受け、躱される剣先。

 一瞬の内に交わされる剣戟は、舞い上がった雪が落ちる時間を与えず、周囲は粉雪の靄に包まれる。


 自らのつま先が見えない程視界が低下した中、粉雪の靄の中から正確に急所を狙って迫るミ・ディンの剣。


 クソ!痛え!!


 辛うじて急所は躱しているものの、ミ・ディンの斬撃は強く、刺突は鋭い。

 俺は数回に一度はミ・ディンの攻撃を受け、激痛に顔をしかめる。


 俺と対峙するミ・ディンの背後、漆黒の短槍が迫る。

 リンクスの両手に握られた短槍は、一本が延髄、一本が腰を狙って鋭く突き出される。


 「むー、後ろに目付いてるの」


 ミ・ディンは俺と剣を打ち付け合うペースを乱すこと無く、体を捻ってリンクスの攻撃を紙一重で回避する。


 俺は巻き上がった雪の靄を、翼を羽ばたかせて吹き払うと、リンクスと共にミ・ディンを挟み込む様に意識して立ち回る。


 この感覚は……既に本気モードが覚醒している感覚に近い。

 五感が研ぎ澄まされ、脳内処理速度が向上し、ミ・ディンの動きが見え、体が最適な動きで反応する。


 ミ・ディンが右の剣を右上段に、左の剣を左下段に構え、左右の剣を交差させる様に鋭く振りながら、俺を三等分しようと迫る。だが俺は盾剣を肩まで引いてミ・ディンに飛び込む。


 スカッ


 上下斜めから迫る二本の長剣は、俺の体をすり抜ける。

 ミ・ディンは表情を変える事無く、体ごと俺をすり抜けると、そこで消えた。


 俺はリンクス目掛けて、引き絞った盾剣を突き出す。

 先端に衝撃波を纏う程の鋭さで突き出された盾剣は、リンクスの手前一メートルの所で、弾かれた。


 『ソレはもう通用しないぞ』


 「既に虚像には惑わされんか。見事な進化の早さだ」


 威圧を乗せた幻の攻撃。

 ミ・ディンが虚像と呼んだ攻撃は、もう俺達には通じない。


 右目で光を、左目で音を見る俺は、虚像が放つ剣戟に風切音がないのを「見て」いた。そしてリンクスに迫る音も。


 音速、毎秒三百四十メートル。

 光速、毎秒三百万キロメートル。


 超高速で行われる近接戦闘での音と光のラグは、脳が熱暴走起こしそうになる程混乱するが、そこはリンクスと共に訓練を重ねてきた。

 積み重ねた努力と、如何なる刃をも通さない肌。この二つが俺にはある。


 俺は積極的にミ・ディンに攻撃を仕掛かるが、ミ・ディンは執拗にリンクスを狙い、ヘイトが取れない。


 リンクスは持ち前の素早さを活かして、回避しながら反撃し、回避しながら回避した。時折ミ・ディンの長剣が銀の鱗を掠めるが、オリハルコンの鱗は数秒の内に修復を完了させる。


 背後からの俺の攻撃は回避と防御に徹し、リンクスだけに攻撃をするミ・ディン。二本の短槍と一本の盾剣、そして尻尾を交えた体術、その全てを捌き切るミ・ディンは未だ傷一つ負っていない。


 「返して貰おう。その黒籠の中の竜は再生を司る珍しい竜」


 「返して貰ったのはリンクスなの!」


 「始皇帝の復活には欠かせない物だ」


 「物じゃないの!ぎゃふっ!!」


 口論に意識を取られたリンクスは、ミ・ディンの蹴りをその首元に受けてしまう。

 吹き飛び、雪積もる斜面を、谷底へ滑落して行くリンクス。

 その後を追うように、雪球が斜面を転がり、次第にその数と大きさを増してゆく。


 小さく舌打ちし、リンクスを追跡しようと剣先を少しだけ下げたミ・ディン。


 『何しやがるテメエ!』


 「な!」


 その声と共に、ミ・ディンに迫ったのは無論翼竜ではあったが、強さと鋭さが先程とは段違いだった。

 ミ・ディンは、盾剣の斬撃を長剣一本で支えきれず慌てて二本で受け、衝撃を逃がす為に跳んだ。


 そのミ・ディンの着地寸前。純白の翼を羽ばたかせた翼竜が急速に迫る。

 ミ・ディンは、喉元に突出された盾剣の切っ先を右手の長剣で逸らすと同時に、左手の長剣を翼竜の脳天へと振り下ろす。


 ガッ!!


 翼竜は脳天への斬撃を避けもせず、歯を食いしばって耐えると、前方に伸びた二本の角でミ・ディンの左肘関節を極め、鋭く首を捻った。


 ボキン!!


 鈍い音を立ててあらぬ方向へ折れ曲がるミ・ディンの左腕。

 思わず長剣を離してしまった左腕を、翼竜の右手が掴み、渾身の力で放り投げる。


 ミ・ディンは、空中で錐揉みしながら小さく舌打ちし、翼竜の追撃に備えて体を小さく丸め、右手の長剣を体の中心に構えた。


 グルグルと回転する視界の中、ミ・ディンは想定外の光景を見た。

 この千載一遇とも言える好機に、翼竜は追撃せずに谷底へとその翼を広げて降下していったのだ。発生した雪崩を追う様に。


 翼竜の姿が谷底へと消えるのを確認したミ・ディンは、背中の留め金に剣を収め、左腕をボキンと戻すと、両手を丹田に当てる。

 剣は四本の針に形を変え、薄く薄く伸びる。

 尾根を超えて落下した所で、空中での姿勢を整えたミ・ディン。だが翼の数が足りない。


 ゆっくりと高度を上げるミ・ディン。その表情は苦い。


 「片方の剣の反応が無い……持ち去ったかリンタロウめ」


 ミ・ディンは、翼竜を追跡していた時の半分程の速さで飛び、先程の地点に戻ると雪崩の下る谷底を見下ろした。


 「よりによって主の剣を取り落とすとは、やむを得んか」


 そう呟いたミ・ディンは、雪崩の跡を追って、谷底へと降下するのだった。



 『何処だリンクス!返事しろ!返事しろって!』


 俺は斜面を下り落ちる雪崩の先端部を、谷底へ向けて滑空していた。

 リンクスの返事は無い。最早雪崩に飲み込まれてしまったのか?まだ雪崩の先を滑落してるのか?


 雪崩が通った後の空中は、巻き上げられた粉雪で視界が殆ど無い。あの広大な範囲を、視界も無い状態で探すのは無理だ。

 なら未だ滑落している可能性に掛けて、雪崩に飲み込まれる前のリンクスを、気絶したままで雪面を滑り落ちているリンクスを発見出来ないか、そう思って雪崩の前に出て見たのだが……。


 くっそ!見えねえ!

 リンクスは何処だ!


 谷底に溜まった雲は厚く、視界は良くない。


 俺は判断を間違えたのか!くそ!どうすりゃいい!?

 リンクス返事をしてくれ!


 胃から込み上げる不快な感覚。目を凝らす程に見える悪いイメージ。


 意識を手放してみるか、食欲の本能がリンクスを……いや駄目だ。

 よしんば見つけられたとして、リンクスを喰っちまったらどうする。ミ・ディンが追って来てたらそっちに引っ張られるって事も有り得る。


 『リンクス!!リンクス!!返事してくれ!!』


 ブ……ブブ……。


 その時、俺の右手に握られた物が微かに震える。

 右手に握られるのはミ・ディンの双剣のかたわれ。


 ミ・ディンの剣が、形を変えて翼になる姿を俺は以前見た。

 双剣へと姿を変えた分厚い剣が、片方無いだけでも飛べないのでは無いかと思い、海溝深くにでも捨てるつもりで拾ってきたのだが……その長剣が今微かに震えた。


 長剣を様々な角度に傾けたり、振ったりしてみるがさっきの振動は感じられない。

 諦め掛けて、切っ先を下に向けたその時。


 ブ……。


 まただ、確かに震えている。

 長剣をよく見た俺は、剣の柄に黒籠に似た白い三角錐のモノが取り付けられているのに気付く。俺の記憶ではミ・ディンの左手に握られた長剣にはこんな物は付いて無かった。


 ……これか!


 俺は焦った頭で仮設を立てる。


 ミ・ディンは黒籠を取り返しに来た。

 そして視界や気配に惑わされずに、追って来た。

 この白い三角錐が黒籠を探すセンサーの様な役割を持っているとしたら。

 オリハルコンで作られたミ・ディンの剣が、アンテナだったとしたら。


 俺はさっき白い三角錐が震えた方角に舞い戻り、雪崩に覆われた雪面に剣先を向ける……確かに白い三角錐は震えている。だが範囲が絞れない。

 粉雪で真っ白に煙る谷の広大な範囲、その一帯をセンサーは示すだけだ。


 オリハルコンが半分だからか、センサーの調整方法があるのかは判らない。

 だが、この辺りにリンクスは埋まっている。

 それは間違いない。


 リンクスが凍え死ぬのはちょっと想像が付かない。

 雪に埋もれての窒息死も、オリハルコンの中に一週間居たリンクスだから大丈夫な気はする。


 だが、ぐずぐずしてたらミ・ディンが来る。


 リンクスの収束型マップ兵器「戻っておいで」の様に、支配されたオリハルコンは共鳴し引き付け合う。

 ミ・ディンがこの長剣を感知出来る距離に入れば、俺は即座に見付かるだろう。

 だからと言って気絶したリンクスを置いて逃げる選択肢は存在しない。


 俺は一つの閃きを行動に移す。


 俺は眼前に切っ先を下にして長剣を持ち上げ、たてがみの銀糸を刃に絡みつかせると、更に銀糸の先端を横にピンと伸ばした。


 イメージは「八木アンテナ」


 地デジの受信や、盗聴器の発見に使える指向性のアンテナだ。

 これならもしかして、サーチ範囲を絞って探せるかも知れない。


 オリハルコンが喧嘩している。

 互いの主の優劣を競い合って同期しない。そんな感触が伝わる。

 頼むから、今だけで良いから力を貸してくれ。


 頼む……リンクス……。


 こんな時だけ頼られて迷惑だってんなら、神じゃなくて悪魔でもいい……力を貸してくれ……リンクスを……。


 ブブブッ……。


 来た!!


 俺は慎重に剣先をずらし、そして戻す。

 確かに振動が一旦弱まり、そして再び強く震える。

 あそこか!


 『リンクス!!!』


 俺はたてがみに長剣を絡めたまま背後に背負い、足元の雪を掻き分けた、只ひたすらに、懸命に、祈りを込めて……。


 カツン


 右手の爪先に触れた感触。それはいつも俺の左ワキに頭を埋めて眠る、リンクスの鱗の感触。

 オリハルコンに覆われて、銀の竜人となっても、その感触は変わらない。


 『リンクス……リンクス……?』


 返事の無いリンクスに、俺の血が逆流する。

 体はワナワナと震え、雪に両膝を付いて、震える手をリンクスに伸ばす。


 俺は、リンクスの頬に付いた雪をそっと払い、優しく抱きかかえると、胸に耳を当てた。


 トクン……トクン……。


 規則正しくリズムを刻む心臓。

 俺はその音を聞いて、嫌な想像に冷えた心が暖められる想いがした。


 『良かった……さ、今の内に逃げるか』


 俺は一度リンクスをきつく抱きしめ、頬に口付けをすると、四枚の翼を広げて飛び立った。

 ネビーズに向けて。



 『腹黒王子居たの』


 リンクスの声で、上空から根地の森に向かう一団を発見した俺は、その一団の馬車に向けて高度を下げる。


 リンクスは、ついさっき俺の腕の中で無事目を覚まし、背中に移らず甘える様に腕の中に留まっている。


 「魔王殿!」「呪画士殿!」

 「アニキ殿、さっきネビーズに来たみたいで」


 馬車から降りた一団の顔ぶれは、ネビーズ市長である黒縁メガネの男ニザームと市民の代表と称する五人。

 そしてロマンスグレーの鬼神隊長ゼナリオ、ファーリス王子、防衛隊長ダファーと長身の女副官コホル、……と猿顔。


 「先程は失礼があったみたいで!彼らはまだ状況が理解出来ていないのです!ちゃんと言って聞かせますので、どうかご容赦を」

 「集会も開きました。彼らは力を恐れただけなのです。決して魔王様の御恩を知らぬ訳ではございません」


 俺達が降り立つと、市民の代表とやらが真っ先に謝罪を口にし、五体投地した。


 えーっと何だっけ?


 『さっきのネビーズでの事なの』


 ああ、ミ・ディンの事で忘れてたわ。


 黒縁メガネの男、ニザームが体を小さく丸めてDOGEZAをする。


 「魔王様が立ち去った後、事情を聞いた兵士達が激怒しました。主に根地の森迎竜戦を生き抜いた者達です。二度も命を与えて貰っておきながら、恐れるとは何事かと」


 確かに日本人だった俺には、五体投地より土下座の方がグッと来るものがあるが……。


 『この土下座教えたのリンクスだろ』


 『しちょーには教えてないの』


 『リースに教えたろ』


 『アフマルにも教えたの』


 なんかチビっ子達が「俺にお願いする時は、どうすれば一番効果があるか」とリンクスに聞いてきた事があったらしい。

 時期的には、ワハイヤダが死んで、リースが家に置いて貰えるか不安に思っていた頃だそうだ。


 そしてリンクスが、チビっ子二人に土下座を伝授。

 今回同じ様にニザームがリースに相談して、リースがニザームに伝授。

 まったく。


 『リース。馬車に隠れてないで出てきなさい』


 「リース。バレバレなの。出てくるの」


 おずおずと馬車から姿を現すリース。

 ま、ニザームとはそれなりに仲良くしてるのかな?差別とか迫害とかされてなければ良いんだが。それよりも……。


 俺はニザーム始めネビーズのニンゲンを頷きで許し、手の合図で立たせると、ファーリス王子を手招きした。


 ふふふ、魔王になったらボディランゲージのスペック上がってる気がする。


 「いや、その……フラグに関しては油断したって言うか……」


 ファーリス王子が、申し訳無さそうに頭を掻いて寄って来る。

 そのファーリスに、たてがみを伸ばしてこう告げた。


 『ちょっと手伝ってくれ。コレを宇宙に捨てたい』


 「宇宙に捨てる!?」


 俺は、背中に背負ったミ・ディンの剣のかたわれを指した。


 「……ヤツ……来たの」


 だがその時、リンクスの警告と同時にミ・ディンの長剣は、金属が擦れる音を残してたてがみの拘束を逃れ、彼方へと飛び去った。


 俺は、急いでその場に居る全員に、たてがみを伸ばす。


 『クアッダ、ネビーズ、エラポスに伝えろ!これから始まる戦いは災害級だ!全員街から一歩も出るなと!』


 皆の顔が引きつる。


 『サル聞こえているな』


 『ウキ』


 『総力戦だ。すまんが皆の命を掛けて貰う。覚悟の無いヤツは森から逃げろ』


 空を睨みながら、リンクスが口を開く。


 「やるの?」


 『決着を付ける』


 リンクスが死ぬイメージは、もうたくさんだ。

 俺は、覚悟を決めた。


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