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10話 再会

 密林の村ミュースで鬼神イワンと思わぬ再会を果たした俺。


 八十才になってるとは思わなかった。

 大人の階段、何段飛ばししたよ。


 イワンは姿勢が更に悪くなって、皺も深くて、ハゲ散らかしていたが、初めて会った時よりも饒舌だった。村ババの言うことが正しければ急速な老化の果てに「死ぬ」筈なのに。

 完全に死を受け入れた様な、清々しさすら感じる。俺は真逆を行かせてもらうがな。


 「コイツがサイレント・シールドだ!鉄壁の守りなんだぞ!」


 イワンがまるで自分の事の様に自慢げに話している。

 照れくさいなぁ。前の世界で褒められたのは、小学校の皆勤賞ぐらいだったのに。


 「お兄ちゃんなの」


 リンクスが鼻息を荒らげて胸を反らしているが意味不明だ。


 「大男って言ってなかったか?」


 「大きな男だと言ったんだ、身を呈して村を守ったんだぞ」


 俺をワニに捧げてたのはイワン、お前だ。

 イワンは床に腰を下ろし、肩から袋を下ろした。


 「イーテアすまん。預かった薬草だが売れなかった。三割も値崩れしててな」


 「そんなに?まあ急なお金が必要な訳じゃ無いから良いけど。珍しいわね」


 すまん。俺達だ。


 「イワン!ドラゴンが出たんだって!幼体だが異様な個体だったんだ。イーテアが信じてくれなくてよ、ほらコレがやられた傷だ」


 すまん。俺達だ。


 「ドラゴンだと?穏やかじゃ無いな。もう一つ悪い知らせだ。アリゲートが繁殖地をすぐ近くの沼に移してきた。ここから一キロも無い。手負いのヤツが多かったから縄張り争いに負けたのかも知れんが、目と鼻の先だ、村長達の了解を取りに歩いてる時間も無いぞ」


 ……マジですまん。それも俺達だ。


 目の前に広げられた問題は既に問題ではない。

 問題なのはどう説明するかだ。


 問題其の一、薬草の値崩れ。


 これは草原の村の薬草取りフィリコスが、五年分に相当する上質の薬草を手に入れたからだ。大方医者のジジイが自分の持ってる在庫をたたき売りでもしたんだろう。

 薬を使う側からすれば、備蓄があれば買う必要は無い。だが薬草を取って日々の糧を得ている人は、相場より安くとも売って金や物にする者も居るだろう。一時的な過剰供給なだけだ。

 医者のジジイのせいにしておこう。俺達はちょっとしか悪くない、多分悪くない。


 問題其のニ、ドラゴン。


 リンクスだから問題ない。誰も襲われて無いし。

 ただ、顎鬚の鬼神フェルサの「勘違い」で押し通すか、さっさとリンクスの変身を解くか悩むところだな。ドラゴンってどの位おおごとになるんだろ?討伐隊とか編成されちゃうのかな?要リサーチだ。


 問題其の三、ワニのお引っ越し。


 図らずもワニの縄張りを奪ってしまった俺達が、完全に悪い訳だが、解決は簡単だ。

 縄張りを返せば良いだけ。大丈夫、話せば分かる。拳で。

 一昼夜語り明かした仲だ。拳で。


 家の戸口に影が立ち、皆が視線を向けると、一人の老人が入ってきた。

 毛の無い頭に白くて長い髭と眉毛。どっから持ってきたって感じの曲がりくねった杖。

 ザ仙人って感じだ。会ったことありませんけど。


 「普通揃って村長に報告って流れじゃろが。準備した茶が冷めたで来てしもうた」


 「これは申し訳ない村長。懐かしい友に出会ってつい……」


 申し訳無さそうに頭を掻くイワンの隣に、腰を下ろす村長。

 俺達二人は壁際に立ったままだが、薬師イーテアと顎髭の鬼神フェルサは、村長の向かいにそれぞれ毛皮を敷いて座った。


 「ではイワン殿、アリゲートが繁殖地を移動して来たのは事実じゃったのですかな?」


 「はい、事実でした。縄張りを追われたのではないかと」


 「ではフェルサ殿、周辺の村長の了承は全ては取れなかったのじゃな。そしてドラゴンに遭遇したとか?」


 「はい、村長達ん反応は大方が刺激せずって所で、アリゲート駆逐には慎重。ドラゴンは、幼体成体共、何度か見た事は有りますが……あんな動きをするドラゴンは見た事が無いですね。こちらをじっくりと観察してる様な……そして二足で立って戦うんです」


 ふむ、と長く白い鬚を撫でながら村長は思案に沈む。


 『美味しくなさそうなの』

 『うん。大人しくしてような』


 村長は重そうな瞼を開けて、自分の向かいに座る薬師イーテアを見る。


 「どうするのが良いかの、イーテア」


 「アリゲートの駆逐に関しては、各村長に了承を貰いに赴いた時とは状況が変わりました。このミュース村のあまりに近くに、繁殖地が移動して来てしましましたので。自衛としてこの村独断でアリゲートを駆逐しても理解して貰えるでしょう。イワン殿の老衰は進んでいますが、サイレント・シールド様が助力してくれるのならば戦力的には大丈夫かと」


 頭良いんだろうなぁ。デキる女って匂いプンプンだね。

 是非白衣とメガネを進呈したい。


 「ですが、フェルサの言うドラゴンは疑問です。痕跡も確認出来ませんし、周辺の魔物も特に動きはありません。もし本当にドラゴンが出たのならば、そこら中食い散らかした魔物の死骸で溢れていても良い筈です」


 「何だよ!俺様ん話を信じないってのかよ」


 下唇を突き出して抗議するフェルサ。


 「信じる信じないじゃ無くて、状況を分析してるのよ」


 美人さんだなぁ。ミラのたおんたおんも良いけど、イーテアの小ぶりなのも感度良さそうだな。

 こう腕が回ってしまいそうな、折れそうな。浮いた鎖骨も……。


 『むー、あれになるの』

 『何言ってんのお前』


 イーテアがこの村の頭脳の様だ、理路整然としてるしな。ドラゴンはここに居ますけど。

 皆の顔を撫でるように見回したイワンが、リンクスを「二度見」した。

 イワンの様子に振り返ったイーテアとフェルサも「二度見」。

 お前らド○フかよ、何を見てそんな見事な「二度見」を……と左に立つリンクスを……「三度見」してしまった。


 「イーテアが……二人……」

 「え……あ、あたし?」

 「どうなってんだ……?」

 「ぐぅ……」


 誰か寝てるが気にしない事にする。

 

 リンクスが少女の姿を変えて「イーテア」になっていた。

 白衣とメガネ着用だ。


 ザ・ワー○ド!!




 そして時は動き出す


 「離れろ!」


 フェルサは叫ぶと同時に壁に掛けてあった板剣を取り、圧倒的な腕力で音速の一撃を放った。


 パアァァン

 ギン

 ズウゥン


 剣先が瞬間的に音速を超え、衝撃波を産むと同時に上段からイーテア姿のリンクスの頭に迫る。

 リンクスを守って掲げられた盾剣は、必殺の斬撃を受け止める。

 足元の床が斬撃の重さに耐えかねて抜ける。

 衝撃は地面に直径ニメートルのクレーターを作り、床は波打って吹き飛び、大きくもない家は一瞬で骨組みだけになった。


 「な……何だソレは!キサマも偽りの姿のバケモノか!」


 落ち着け!話を聞け……って話せませんけど!


 『リンクス!』

 「お兄ちゃんに何するのー!」


 「こ!このドラゴンだ!」


 話を聞けってリンクスに言って貰おうと思ったのに、即戦闘モードに入っちまった。

 変身も解いてしまった。


 『リンクスも落ち着け!俺は何とも無いから!』


 俺は両手を広げて両者の間に割って入る……が。


 「ほう、バケモノのあんちゃんが相手しようってのか、鬼神に一騎打ちとは俺様も舐められたもんだぜ」


 あちゃーやってしまった。リンクスを右に、フェルサを左に、腕を伸ばし手のひらを開いて、「待て」としたつもりが、盾剣の剣先は真っ直ぐにフェルサの喉に伸びていた。


 フェルサの板剣は怒気を(はら)み、鋭さと重さを増して俺に襲いかかる。

 うお!実際前に立ってみるとリーチも剣圧も凄いな。


 村長とイーテアを抱えるように守るイワンから、離れる様に動きながら、俺はフェルサの板剣を躱し続け、リンクスに話し掛ける。


 『あーお兄ちゃんこの人とチョットじゃれるから離れて見ててね』


 『じゃれるの?分かったの』


 リンクスは軽いステップで離れ、流し台の中にちょこんと膝を抱えて座った。

 フェルサは家の中なのもお構いなしで暴風を振りまいてくる。

 ちょっとは回り見ろよ!お前の村じゃ無いのかよ!


 舌打ちを一つして、俺は戸外へ、更に柵を飛び越えて村の外へと、頭に血が登った鬼神を誘導して行く。

 取り敢えず気絶でもさせて、イワンと話す時間作らないとな。


 大きな力で折れ砕かれた丸太が、俺に何本も飛んでくる。


 柵ぶっ壊して追っかけて来やがった!

 お前完全に回り見えなくなるタイプだろ!


 右から左から上から下から、必殺の斬撃は襲いかかり続けているが、攻撃が大振りで雑だ。

 一撃必殺が身に染み付いてしまっているんだろうが、それじゃ当てられない。

 しかも俺は、お前とリンクスとの戦いを見てたからな。

 引き出しが一つじゃ、俺を捉える事は出来ない。


 メキメキッ


 フェルサの暴風によって、骨組みだけになったイーテアの家が崩れ落ちる。

 村長とイーテアを庇う様に二人に覆いかぶさるイワン。「フェルサの馬鹿ー」と叫びながら身を縮めるイーテア。


 ブウオン


 イワンの傍らに巻き起こる旋風。

 崩れ来る瓦礫を逆立ちの姿勢で回転し、足と尻尾で吹き飛ばしたのはリンクスだった。


 呆気に取られるイワンと村長。食べないで!食べないで!っと必死に懇願するイーテア。


 「お兄ちゃんがダメって言ったから食べないの」


 「竜使い……じゃと……」


 「こっちのがいい?」


 怯えるイーテアを見て、リンクスは少女に変身した。

 

 俺はまだ一度も攻撃をしていない。出来れば一撃で決めたい。その為の最適な攻撃と最適なタイミングを図っている。

 殺さないなら、相手にも全力を出させない。だからこちらの力は見せられない。


 それにしても、鬼神パネェな。樹木を二、三本まとめてなぎ払う斬撃を、休むこと無く放ち続け、疲れを見せるどころか、ますますギアを上げてくる。


 俺は足元、背後、頭上と細心の注意を払い。「うっかりフラグ」を発動させない。

 辺りを見回してから、俺は攻勢に出る。


 腰溜めから突き出された板剣の腹を叩いて、大きく左に逸らす。

 泳いだ板剣が引き戻されるより早く、俺の左腕、盾の部分がフェルサの首を襲う。

 板剣の柄を跳ね上げて、盾の首筋への一撃を防ごうとしたフェルサがハッとする。

 とっさにフェルサは左手を板剣から放し、頭の左側をガードした。


 「同じ技を!」


 ドサリ


 崩れ落ちる鬼神フェルサ。


 頭に血の上るヤツで助かった、リンクスの方が余裕で強いな。

 アイツ最近「観る」様になって来たからな。


 地に伏したフェルサは、左頬ではなく顎鬚に血を滲ませていた。



 ぱちくり


 目覚めたフェルサは小首を傾げた。


 「俺様は何で村長ん家で……?」


 ふらふらと客間へと足を向けたファルサは、目を見張る。


 「ド、ドラゴン!!何やってんだ皆んな逃げろ!」


 「落ち着けフェルサ殿。誰も襲われておらん」


 村長のドスの効いた声と鋭い眼光。

 おお……歳だけで村長になった訳じゃないって所見ちまった。

 昔は修羅場もくぐったぜ、って迫力ある眼光だ。ただの仙人じゃ無さそうだ。


 「え、あ、ああ」


 村長、イワン、イーテア、幼ドラゴン、左腕が剣の男の五人が円座に着いている。

 村長に促され一つ空いたスペースにきょろきょろしながら、恐る恐る座るフェルサ。


 「さて、まずこの者達が危険では無い事を、理解して貰ってからかの。イーテア」


 「はい。この方はイワン殿の知己、サイレント・シールド様で間違い有りません。ドラゴン連れですが意思疎通は出来ており、言うことは聞いてくれるそうです。」


 「そいつ……サイレント・シールドん腕に付いてるソレは何なんだ。それにドラゴンと意思疎通だなんて聞いたことも……」


 「お兄ちゃんの左腕なの」

 「うお!じゃべった!」


 「ずっと喋ってたろうが、それとサイレント・シールドは病気だ」


 前にも思ったがイワン、お前の言う病気ってどの事なんだ?


 「病気……そうか、病気なのか……」


 病気で良いのかよ!病気の守備範囲広すぎだろ!


 「し、しかしドラゴンがしゃべるからと言って安全とは……」


 「フェルサあなたは生きていますか?」


 「は?何言ってんだイーテア。生きてるからこうして……」


 「それこそが安全である何よりの証拠と言えるでしょう。あなたは彼らと二度敵対し、二度とも生かされた。五体満足で」


 俺は、ワニのマントを開けて左腕の盾剣と共に、左の腰に下がる鱗剣を見せる。


 「……そうか、俺は手加減された上に、大した怪我も受けずに負けたのだな」


 ガックリとうなだれ、ようやく理解するフェルサ。

 怪我もさせずに敵意を持つ相手を無力化。相当の実力差が無ければ不可能だ。しかもフェルサは二度の戦闘のいずれも、一撃で破れている。


 「俺って、弱かったのか……」


 もう首が落ちちゃいそうだなフェルサ。お前は弱くない。むしろ強すぎたせいで「戦い」を学ぶ機会が無かっただけだ。努力だ努力、気持ちいいぞ。

 俺なんか昨晩もワニ相手に鍛錬したからな。おっと忘れる所だった、リンクスに喋ってもらう。


 「ワニの引っ越しは任せてなの。薬草もすぐ戻るの。それと、えーっと」


 頑張れリンクス!今度お前の好きな狼牛狩りに行こうな!


 「えーっと、以下略なの」


 ご褒美、保留な。


 リンクスが上手く喋れなかったので、皆を促して村の外に出る。リンクスはイーテアに変身したがったが少女になって貰った。村がパニックなったら困るからね。


 「畑にするの」


 村の柵の外に出た面々は、村の周囲五十メートルの木が尽くなぎ倒されている事に驚いた。


 俺はフェルサの斬撃から闇雲に逃げていたのではない。巧みに誘導し村周辺の開拓をさせて貰った。レベリングついでにスキル上げする感じだ。一粒で二度美味しい。

 後は皆で協力して木の根を丁寧に掘り起こせば、畑に出来るだろう。

 村と密林との間に平地があれば、魔物が来ても早く発見しやすい。


 「な?凄いだろう?これがサイレント・シールドって男だ」

 「お兄ちゃんなの」

 

 「は……は、はは……」


 涙目で笑うフェルサが、本当に「負け」を理解したのはこの時かも知れない。

 


 


 




ここまで読んで頂きありがとうございます。




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