107話 無双なの
「最上位の指揮官は誰なんだ!?」
「整備兵は何処だ!?もう電源が保たない!」
「指示をくれ!何処で再編成すればいいんだ!?」
ネビーズ殲滅の為、イナブに駐留した共和国軍二万四千は、混乱の極みにあった。
指揮系統は乱れ、機装の充電もままならず、全体を把握する事も叶わない。
飛行魔獣に因って、上空から偵察監視された共和国軍は、指揮、補給、集結地の尽くをスポットされ、常に先手を取られ続けた。
「敵は何処なんだ?」
「魔王の軍団の数は何万なんだ!」
共和国軍の三つの軍団は、魔王襲来の報が伝わっただけで、戦うべき相手の場所も、数も知らず、右往左往の挙句、突如目の前に現れたドラゴンに為す術もなく、次々に天へと召された。
たった二匹のドラゴンに因って。
『ちょっとドラゴンが通りますよ。なの』
赤黒と銀の鱗に覆われた美しき竜人が、前後左右全ての方向に死を撒き散らしながら、機装兵の群れの中を突き進む。
その両手に握られるのは、二本の短槍。
かつて大槍蛇の刺として、クアッダ王国を支える四人の将軍と剣を交えた部位、漆黒の短槍。
クアッダ王国将軍をして「ドラゴン級」と言わしめた魔獣、大槍蛇。
その大槍蛇の強力な武器である刺が今、本物のドラゴンの手の中で唸りを上げる。
漆黒の短槍が有する毒。その神経毒は心臓麻痺を引き起こし、視覚と聴覚を入れ替える状態異常を引き起こす。
だが今、竜人たるリンクスは、漆黒の短槍の付与効果を必要とはしていなかった。
純粋にその硬度のみで、立ち塞がる機装兵を次々と屠っていたのである。
機装兵の頑強な装甲。その前面と背面の合わせ目を正確に一突きし、心の臓を破壊する漆黒の短槍。
流れる様な、踊るような動作で機装兵の間をすり抜け、右に左に死を撒き散らす銀の竜人は、共和国軍の悪夢の一部となったのである。
リンクスが目指す地点には、既に何人目か数える事も辞めてしまった優先順位最上位のターゲット、実戦部隊の指揮官が居た。
新型機装を更にカスマイズした機体は、両肩にそれと判る赤いペイントが施されてあり、狙う側からすれば一目瞭然、恰好の目印と言えた。
『レッドショル……』
『それ以上言っちゃダメ』
竜人の前に立った赤肩の機装は、長剣を構え、周囲の機装兵を縦深陣に展開させた。
「周囲を警戒!遊撃に惑わされるな!」
鋭い指示は的確では無かった。今回に限っては。
大地を蹴って、竜人が宙を舞う。
空中でその体を小さく丸め、飛来する矢を漆黒の短槍で払い落とす。
とん。
赤肩の隊長機の目前に、竜人が降り立つ。
百を越す機装兵の縦深陣を一足飛びに飛び越え、剣戟を交える距離に降り立った銀の竜人に、隊長は息を飲む。
「こんにちはなの。さよならなの」
唸りを生じて水平に払われた長剣は空を切り、がら空きになった脇腹に穿たれた穴から、鮮やかな赤い液体が流れだす。
「た!隊長!!」
駆け寄る機装兵の視界に、既に竜人の姿は無い。
ガシャンと音を立てて倒れる赤肩の機装に習う様に、北方面の機装がバタバタと地に倒れる。
「あ……あっちに逃げたのか……」
「何て疾さだ」
こうして彼ら共和国軍は、また一人、指揮官を失った。
しかし彼らは気付いていなかった。竜人を覆う銀鱗の面積が、今朝より少ない事を。
『リンクス様、次はJ-3ウキ』
『らじゃなの』
更に一機の赤肩を屠った竜人は、次のターゲット。機装巨兵の前に辿り着いた。
だがその機装巨兵は、驚くべき疾さで迫った敵に対して、無防備な合体中の姿を晒していた。
「ま、待て!合体中に攻撃するのはルール違反……」
「こんにちはなの。さよならなの」
銀の竜人は、合体の為に腕に変形しながら飛び上がった機装を蹴り飛ばし、落下する前に漆黒の短槍で貫いた。
右腕になる筈の二体の機装を失った機装巨兵は、左腕だけが合体して大きくバランスを崩す。
「ルール違反だぁぁぁ!」
膝を付き、倒れまいと左手を地面に付いた機装巨兵は、結局その巨体を支えきれずに土煙を立てて転がった。
「千切った所に、ポイなの」
竜人は、倒れた機装巨兵の装甲が無い部分。つまり右腕が合体する筈だった部分に、倒した機装兵を投げつけた。恐ろしい程の力で。
投げ付けられた機装は、機装巨兵の右腕付け根にぶつかり、ひしゃげ、装甲を飛ばしながら、機装巨兵に確かにダメージを与えた。
「ポイポイポイなの」
「ぐおおおおお!で……電源が……落ちる!」
立て続けに機装を叩き付けられた機装巨兵は、バチバチと放電し、短く痙攣した後、合体状態を解除した。変形したままで。
「合体が解けただとおおおお!」
機装巨兵は、ゴロンゴロンと各部を切り離し、各パーツは装甲に覆われない機械部分を露出した状態で地面に転がった。
竜人は、機械部分を続けざまに漆黒の短槍で貫き、共和国軍が誇る秘密兵器「機装巨兵キョウワンジャー」は僅か数十秒で鉄塊と化した。
『合体ロボ乙なの』
『ちょ、リンクス、はやくね?』
移動しながら機装兵を倒し続けながら、リンクスはにこやかに笑い、一つの報告をした。
『設置完了なの。やる?』
『いや、組織的な撤退をさせたくない。日が落ちるまで待て』
『らじゃなの。サル、次は?』
『J-8に部隊の集結ウキ』
銀の竜人は次のポイントに向けて、移動を開始した。
途中、多数の機装兵が倒れている地点に差し掛かった竜人。
『お兄ちゃん発見なの』
多数の機装兵に包囲され、盾剣を振るう翼竜が視界に入る。
群がられ、窮屈そうに戦う翼竜は、大小四枚の翼を広げた。
『飛ぶの?』
『いや?飛んだら全方位から矢が飛んで来て痛いだろ?』
翼竜は広げた翼、盾剣、尾を低い位置に広げて、コマの様に回転し、機装兵を跳ね飛ばしながら移動し、蜘蛛型機装に迫る。
盾剣を振りかぶった翼竜の眼前で、蜘蛛型機装の胴体部と腹部が千切れる。
『ブッチーンのお手伝いなの』
『お、ありがとなリンクス』
パチン。
進路を交差させた二匹のドラゴンは、ハイタッチをして移動を再開した。
翼竜が蜘蛛型機装を仕留めるのを見届ける事無く、銀の竜人は次のポイントへと高速で移動する。その通り道に死を撒き散らしながら。
◇
陽の光に赤みが増し、太陽が山陰に姿を隠し、気温が下がり、乱戦のイナブはやがて夜を迎えた。
この時点で、イナブに駐留する共和国軍の三軍団二万四千は、既に二万を割り込もうかと言う数に減っていた。
しかもその減った兵力の大半は、指揮官と整備兵であった。残った機装兵も電源が十分に確保出来ている機体は半数も無く、戦闘可能な実数は一万に満たない。
傭兵達は既に逃げ出していたが、叱責し踏み止まらせる役目を担う筈の指揮官も、見付かる端から倒されている。
機装兵は肩のライトに光を灯し、神出鬼没のドラゴンを相手に各個迎撃に追われていた。足元に転がる機装に躓いて転ぶ機装兵が相次ぐ。
「何処に行けば充電出来る!?俺達は無傷なのに!」
「お前達の指揮は誰が執っている。こっちは士官が居なくて……」
「転がっている機装を片付けろ!これじゃ陣形も組めん」
イナブの街のほぼ中央。宿街の外周。
プシューと蒸気を吹き出し、また一機、電源の切れた機装が背部のハッチを開いて、強制的に搭乗者を吐き出す。
「くそ!こっちもだ!こんなの想定外だ」
「どうすんだ?機装用の武器じゃ重すぎて人間じゃ扱えん!丸腰だぞ!」
「こんな筈じゃ……大した戦力も無いネビーズを蹂躙して、先の戦いで疲弊したクアッダを叩く作戦じゃ無かったのか!」
夜の闇が共和国兵の不安を増幅させる。
一度吹き出した不安は次々と伝播し、戦意は目に見えて萎んだ。
「魔王……敵にしてはいけない相手だったのか……」
我知らず口から溢れた共和国兵のその言葉に、まさかの返答があった。
「お兄ちゃんなの」
周囲に走る緊張。
まだ動ける機装は長剣を構え、機装を失った兵士は脛に括りつけたナイフを抜いて構える。
ゆらりと揺れる空気をまとって、その場に姿を見せる竜人。
体を強張らせる者、踵を返して逃げる者、機装を駆って攻撃しようとする者。様々な反応を見せるニンゲン達が、竜人の言葉に動きを止める。
「戻っておいで。なの」
敵の只中にあって目を瞑り、胸の前で両手を組み、穏やかな声でそう囁いた竜人。その鱗は赤黒かった。
今朝全身を覆っていた筈の銀の鱗は、この時すでに胸の中心と額に僅かに残るだけで、竜人は赤黒い鱗に全身を覆われ、赤地に白い水玉模様のリボンを耳に付けていた。
竜人の鱗の一枚が、赤黒から銀にその色を変える。
一枚また一枚と銀の鱗は数を増やし、急速にその数を増やす。
「違う……変色じゃ無いっ……」
鱗の色が変わっているのでは無いと、気が付いた兵士が居た。
その兵士は見た。
自らの腹部を、背後から貫いた銀の礫が、竜人に張り付き、銀の鱗になるのを。
イナブの街に展開する約二万の共和国軍。その外周から中心に向けて悲鳴が連鎖する。
そして波紋を逆再生したかの様に、外側から順に倒れてゆく共和国兵。
その体にも、建物にも、街壁にも、尽く小さな穴が空いていた。
最後の銀の鱗が竜人の体に張り付いた時、イナブの地に立っていたのは、運良く銀の礫の通り道に居なかった約五千の兵だけだった。
体に空いた穴から流れ出る血を手で抑え、悲鳴を上げて転がる共和国兵達。
『完了なの。降りても大丈夫なの』
『さすがだなリンクス』
上空に避難していた俺は、死屍累々の中、リンクスの隣に降り立った。
彼らを殺傷したのは、かつて皇帝グラードルの命を奪ったオリハルコンの礫。
ミ・ディンに因って斬られたリンクスの爪は「戻っておいで」の言葉と共にリンクスの体に高速で飛来し、軌道上にあったグラードルの体を貫いた。
今回、大量の敵を出来るだけ逃さず殺傷する為に、俺達は共和国軍に混乱を引き起こしながら、リンクスの銀の鱗を軍の外周に撒いた。
そして一気にオリハルコンを呼び戻し、大軍に壊滅的な損害を与える事に成功したのだった。
『ありがとなリンクス。俺一人じゃいつまで掛かったか……』
『どういたまして、なの』
リンクスは微笑んで胸を反らしたが、「いたしまして」だからな。
後は夜の闇がこの惨状を隠してる間に、状況把握出来てないニンゲンを殲滅するだけだ。
心を鬼にして、可能な限り逃さない。見せしめだからな。
自分達がしようとしたことだ。甘んじて受け入れて貰おう。
体に空いた穴から吹き出す血を、手で懸命に抑え、もがき苦しむニンゲン。
この光景をみても、俺の心は罪悪感に押し潰される事は無かった。
覚悟を決めて挑んだ戦いではあった。
だが、今俺は、自分の心に戸惑いを感じている。
俺は変わってしまったのだろうか。
身も心も魔獣の王、魔王になってしまったのだろうか。
それにしても……。
俺はまじまじと、銀の鱗を纏ったリンクスを見つめ直す。
小首を傾げて俺を見つめ返すリンクス。
『どしたの?』
『マップ兵器……凄えな』
『お兄ちゃんも出来るの』
『何だと!?』
その時、上空のサルが慌てた声で割り込んだ。
『兄上様申し訳無いウキ。索敵から漏れた千程の機装兵が、ネビーズに迫ってるウキ』
『何だと!?』
魔獣達は昼行性と夜行性が割りとハッキリ分かれている。猿系だけが例外と言っていい位だ。
飛行魔獣は特にハッキリと分かれていて、昼行性の魔獣は殆ど夜目が効かない。
その為に途中で交代する様に言っておいたのだが、その交代の隙に見逃してしまったらしい。
俺は自分の計画の甘さを罵りつつ、イナブの共和国兵の殲滅を捨て置き、急ぎリンクスを抱えてネビーズへと飛び立ったのだった。




