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105話 魔王無双1

 この地方の古くからの天然国境、大河アルヘオ。

 その悠久の流れに寄り添うように、ナツメ商会によって作られた南北街道。


 共和国首都ハリーブから南北街道を南に下った所に、イナブと言う街道街がある。街の名の意味は葡萄。

 その名が示す通り、街は宿街、飯街、酒街、商街をそれぞれ円形の塀が囲い、上空から見下ろせば葡萄の房の様に見える。


 本来イナブは、各街に出入りする度に金が掛かる仕組みになっており、ナツメ商会の集金システムの象徴とも言える街であった。

 だが今、イナブは人で溢れ、各街を囲う塀の門は大きく開かれたままになっていた。


 イナブに溢れかえるのは、兵士、兵士、また兵士であった。


 共和国軍が、ネビーズ殲滅の為に派兵した兵力は三軍団約二万四千。

 たかだか五千人程度の街を滅ぼすには、余りにも過大な戦力。

 それは即ち、ネビーズ殲滅後そのまま帝国へと侵攻する軍隊である事の証明に他ならない。


 クアッダ王国軍師たるラアサが危惧するのは、帝国に侵攻する際にクアッダ王国をその牙に掛けるか否かであったが。


 夜明けと共に酒街の一角から歓声が上がる。


 「よっしゃ!ネビーズ蹂躙の権利は我がブルジュ軍団が頂いた!」


 「伝令!出発よーい!」


 酒街の外へ馬が走り、街外に野営する三つの軍団の内一つが大きく沸き立つ。

 彼らが堂々と口にした「蹂躙」という言葉が、この一戦の中身を物語っていた。


 共和国にとって国運を賭けた帝国との戦い。

 その戦いに先立ち、共和国を離脱したネビーズ。


 戦争に反対する少数の中央議員は封じ込めても、地方都市の全ての市民を黙らせる事は出来ない。

 戦争が長引けば重くなるであろう租税を、早くも心配する声があるのも事実。


 共和国議長カルディナルは、今後の離反都市を防ぐ意味でも、ネビーズを滅ぼす事にした。完膚なきまでに。


 見せしめである。


 ネビーズ殲滅軍に許された略奪、強姦、殺人……。それらの蛮行に異を唱える者が居なかった訳では無いが、「裏切り者を庇うのか!」と大声で詰め寄られては口をつむぐしか無かった。


 かくして「当たり」を引き当てたブルジュ軍団は嬉々として出発の準備を始め、残る二つの軍団はブルジュ軍団の幸運を羨んだ。


 運命は、ある一点では平等だと知らずに。



 その時、イナブに居る全員が、少女の声を聞いた。

 

 「見せしめに反対する者は、居ないのか。なの」


 「!!」


 耳元の空気が震えて聞こえた様な、さして大きくもないその声に、誰も応えはしなかった。


 「居ないの。なら見せしめにするの」


 直後、ブルジュ軍団から悲鳴が上がった。


 ソレは突然、空から降って来た。

 出撃準備を整え、今まさに整列しようとするブルジュ軍団の、ど真ん中に。


 二メートルを超える立ち姿、やはり二メートルを超える長い尾。

 ねじ曲がった二本の角に金色の瞳。銀のたてがみを生やし、赤黒い鱗に全身を覆われた体。

 そして、純白の大小二対、四枚の翼。


 『伝言済んだから、帰っていいんだぞリンクス』


 「闇も半分コするの」


 『優しいな……リンクス』


 翼竜姿の俺の隣に立つのは、銀の竜人姿のリンクス。

 オノマで空気を震わせて、ココに居る全員に俺の言葉を伝えてくれた。

 それだけじゃなく、これから始まる望まぬ殺戮が生む、心の闇までも分かち合ってくれると言う。


 俺がリンクスに微笑むと、リンクスは俺を見つめ返して、少しだけ悲しそうに笑った。


 「「「ド、ドラゴンだぁぁあ!」」」


 パニックに陥る共和国軍。


 逃げようと走りだした兵士は、地面に穴でも開いたかの様な感覚に捕らわれ、大地に突っ伏した。


 頬に付いた土もほろわずに足元を見た兵士は、そこに穴が無い事と共に、自らの両の足が無い事に気付く。

 認識と同時に襲いかかる激痛。兵士は叫び声を上げようとして、頭と両足を失った自分の体を、空中から眼下に見、そして地面に落下した。


 翼竜が、左腕と一体化した剣を一振りする度に、十のニンゲンが二十の肉塊になり、吹き飛んだ肉塊が落下するより早く、剣は新たな肉塊を生み出す。


 銀の竜人が振るう二本の漆黒の短槍は、正確にニンゲンの首を貫き、一突き毎にニンゲンを糸の切れた操り人形の様に絶命させてゆく。


 盾剣で、短槍で、尾で、爪で。

 二体のドラゴンは、瞬く間に周囲を血の海に染めてゆく。


 悲鳴を上げることを許された、離れた場所に居た者達は、魂から沸き起こる恐怖に、意味不明な叫び声を上げた。


 恐怖から恐慌へと転げ落ちる寸前、指揮官らしい男の鋭い声が飛ぶ。


 「こやつ!根地の魔王だ!わざわざ倒される為に飛び込んで来たぞ!魔王には領主と同額の賞金が掛けられている!自らの手で金と名誉を掴め!」


 「機装兵前へ!魔王を逃がすな!」


 機装兵が鉄の壁となって周囲を取り囲み、包囲網を狭めようと前進を始める。


 アホか。

 俺達は飛んで来たんだぞ。


 それに逃げるつもりなど毛頭無い。

 俺がココに来た理由は、見せしめで殺しをしようとするヤツらを、見せしめに殺す事だ。

 一方的な理由を押し付けて、武器を持たない者を殺そうとするコイツらに、俺は激しい憤りを感じ、自らの意志でニンゲンを殺す為にここに来たのだ。


 「構え!撃てーー!」


 号令と共に四方八方から飛来する大小の矢。

 機装兵の肩に装備された、連射式のクロスボウやバリスタから放たれた矢が、視界を埋め尽くす。


 ドン!


 地面に大きな穴を残して、姿を消した二匹のドラゴン。

 矢は誰も居ない空間を貫き、反対側に位置する味方を襲った。


 小さな矢は乾いた音を立てて機装の装甲で弾けたが、バリスタから放たれた槍の様な矢は、一部の機装を破壊して小さくない混乱を生んだ。


 「バカなの」


 上空からその様子を眺める俺とリンクス。

 大地を蹴ってジャンプした俺達は、それだけで地上十五メートルの高さに居た。


 翼を広げる事無く、自由落下に任せて敵の中に降りた二匹のドラゴンは、落下地点に居た哀れな機装兵を踏み潰し、それぞれに攻撃を開始した。


 「素早いな!だが剣でこの機装の装甲を貫けるか!」


 長剣を振りかぶって、次々とドラゴンに突進する機装兵達。

 圧倒的な防御力を信じて、攻撃のみに意識を集中した動き。

 唸りを上げた長剣は、空気を切り裂く勢いで振り下ろされた。


 髪一重で赤黒い鱗を捉えそこねた長剣は、大地を斬り付け、そして動かなくなった。

 次の機装兵も、その次の機装兵も、同じように髪一重で攻撃を躱され、大地を斬り付けた姿勢のまま動かない。連続して魔王に斬りつけた機装兵五体は、彫像の様に動きを止めた。


 「どうした!?おい!」


 仲間の機装兵が呼び掛けるが、返事もない。


 「故障か!?それとも何かされたか?」


 「魔王の回避もギリギリだ!大したこと無いぞ、休ませるな!」


 彫像と化した機装兵を庇う様に展開し、再び鉄の壁を構築する機装兵。

 機装兵達は気付かない。

 動かなくなった機装兵が、内腕を根元から切り落とされ、そこから心臓を一突きされて既に絶命していること。魔王が敢えて髪一重で回避をしていること。


 魔王は狡猾だった。


 「もう少し、あと少しで何とかなる」そう思わせ続け、圧倒的な強さ見せずに機装兵を屠ってゆく。

 「もうちょっと……、次こそは……」そう思い続けて引き際を誤り、泥沼にはまるギャンブル。

 その心理を知り尽くした魔王の心理戦は、共和国軍に戦術見直しの機会を遅らせ、傷口を徐々に広げていったのである。


 二匹のドラゴンは縦横にイナブを移動し、戦闘準備の整っていない別の軍団を急襲しつつ、追いすがる機装兵や騎兵を蹴散らした。


 「何故当たらん!?やっとの思いで回避している筈なのに!」


 「こうかき乱されては隊列が組めん!一旦下がれ!」


 無駄だ。

 コイツらは既に「顔真っ赤」だ。


 俺はイナブを取り巻く敵陣を縦横無尽に荒らしながら、無人の機装を破壊し、生身のニンゲンを殺し、騎兵の馬やトカゲは……見逃した。コイツらは自分の意志でここに居る訳じゃ無い。


 ニンゲン共は、ズルズルと乱戦に引き込まれ、その場の多数のみを信じて闇雲に武器を振ってくる。

 数にモノを言わせてなぶり殺しに出来る。ずっとそう思ってろ。

 マップ見る事の出来ないお前等は、気が付いた時にはボロボロだ。


 『兄上様、B-6に指揮官発見ウキ。リンクス様、J-2に集結中の部隊ウキ』


 『了解だサル。上空監視を続けろ』


 『了解ウキ』


 俺達にはマップが見えている。

 上空に配置した、飛行魔獣に乗った六手猿達。

 ヤツらから敵の動きは逐一報告が入り、指揮官もスポットしまくりだ。


 何だアレは?


 俺は見慣れない、一際大型の機装を発見した。

 大型トラック程の大きさの蜘蛛型の機装。八本の足の後ろ、虫で言う所の腹に当たる所から多数のコードが伸び、多数の機装が繋がっている。


 これは……電源用の機装か!


 新しく編成された、機装兵を中心にした共和国軍。

 その中に、機装兵の弱点とも言える電源筒を運ぶ部隊が見つからないと、ラアサがこぼしていた。


 なるほど。機装兵と同行しうる電源供給が可能な機装。これがあったからこれ程大規模な機装兵を運用出来たのか。


 『サル、蜘蛛型の機装も索敵対象に追加だ。優先順位は指揮官の次だ』


 『了解ウキ』


 俺は上空の偵察部隊に指示を出して、蜘蛛型の機装に迫る。

 コードを切り離し、次々と離脱、迎撃に動き出す機装兵。


 ギン!


 くそ、硬えな。


 俺は躍りかかる機装兵を相手にせずに、蜘蛛型との距離を一気に詰め、その脚を斬り付ける。が、弾かれた。


 八本の脚を、意外な程素早く動かして、前線からの離脱を試みる蜘蛛型。

 攻撃オプションは無いと見た。


 俺は脚の下にまで入り込み、脚の付け根、防塵防水の為に布で覆われた部分に盾剣を突き刺す。

 重い手応えと共に、自由を失う脚。


 バランスを取る為に、付き直そうとする他の脚に尾を叩きつけ、更にバランスを崩させると同時に、もう一本の脚の付け根を破壊する。


 蜘蛛型を傷付ける事を恐れて、武器を捨てて格闘戦を挑んでくる機装をいなしながら、俺は蜘蛛型に粘着して周りをグルグルと回りながら、右側の脚だけを全て不自由にした。


 これで逃げられないだろ。

 周りの機装兵は、まだ「当たりそうなのに!」とか「同時に攻撃すれば!」とか言ってるがアホだな。完全に俺の術中だ。


 逃げられなくなった蜘蛛型の腹の部分に、盾剣を突き刺そうとした時、俺の本能が拒否反応の示し、俺は攻撃を躊躇した。


 何だっけこれ……。


 そうだった、前に電源筒に盾剣ぶっ刺して感電したんだった。

 あの時は意識を失いかけた。ナイス本能。


 さて、どうするか……飛び道具も……あったわ。


 俺は格闘戦を挑む為に捨てられた長剣を広い、次々に蜘蛛型の腹に投じる。

 装甲の継ぎ目付近に突き刺さる一本の長剣。

 足払いで浮かせた機装兵を、突き立った長剣目掛けて、盾剣でカッキーン。背負投でドーン。


 俺は、機装兵を飛び道具にして、突き立った長剣を根元まで押しこむが……。

 何も起こらなかった。


 場所が違うのか?

 それとも結構装甲が厚いとか?


 俺は、蜘蛛型に再度接近し、右の拳で腹を殴りつける。

 腕が入ってしまわない様に、最初は加減して、徐々に力を入れて一点を数発殴る。


 厚さ五センチ程の装甲が凹み、裂け、見えた隙間に今度は長槍を拾って投げ刺す。そして再び機装兵と格闘して投げ付け、長槍を押し込む。


 変化無し。

 ……ハズレか。


 やり方が間違ってる気もしなくも無いが、感電は断る。

 俺は今度は、一度の接近で三箇所の裂け目を作り、順に作業を繰り返す。


 このクロヒゲ、なかなか飛び出さねぇな。

 

 格闘戦を挑んでくる機装が減り、ちょっと追っかけ回して投げなきゃならなくなった八ヶ所目。

 蜘蛛型の腹は激しく放電し、黒い煙を吐いてようやく動きを止めた。


 『よっしゃ!リンクス!蜘蛛型仕留めたぞ!右脇腹のちょい上辺りが……』


 『もう四機やったの』


 マジデ?

 リンクス引き強過ぎじゃね?クロヒゲマスターなの?

 いや、漆黒の短槍が絶縁素材って可能性も……。


 『胴体とお腹引き千切って、そこにロボブチ込むの』


 あーナルホドネー、千切っちゃえばイインダヨネー。

 てかロボ言うなし。


 『サル、次のターゲットは何処だ』


 『指揮官がB-7に移動中ウキ、C-9で部隊編成中ウキ』


 『了解だ』



 こうして指揮官、電源用機装、部隊の集結地点をピンポイントで狙い撃ちされた共和国軍は、指揮系統を乱され、戦闘継続力を奪われ、混乱したままで遭遇戦を続ける事となる。


 ここまで、ほぼ作戦通りに事を進めた魔王達であったが、共和国が帝国や非戦連合に対して全面的に戦争を仕掛け、勝利を得られると確信するに至ったモノがそこにはあった。


 『お兄ちゃん!合体ロボなの!』


 『ぬわにぃ!何処だ!すぐ行く!』


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