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104話 戦火

 その日、早朝から始まった帝国軍と共和国軍の戦いは、ほぼ昨日の戦いの再現だった。


 機装の防御的優位を活かして、狭い街道を進もうとする共和国軍と、その先頭部隊に攻撃を集中して、進軍を遅らせようとする帝国軍。


 街道が狭いが為に、共和国軍は広く展開出来ないが、その分陣容は厚い。

 先頭集団を入れ替えつつ、強引に、僅かずつではあるが前進を続ける共和国軍と、戦いながらもジリジリと後退をする帝国軍。


 街道が広がりを見せ、共和国軍が軍団二つを展開出来る地点まで、あと僅か一キロに迫った所で、そうはさせぬとばかりに帝国軍の抵抗が激しさを増す。


 「持ちこたえろ!まだ広く展開される訳にはいかん!」


 帝国軍指揮官の檄が飛び、重装備の戦士が、大盾を連ねて機装兵の前進を阻もうと隊列を組む。

 その様子を見た共和国軍からもまた、鋭い指示が飛ぶ。


 「整列を阻め!矢を構えろ!……撃て!」


 一部の機装兵が、次々に片膝を付いて前傾姿勢を取る。

 連続した風切音を立てて、機装兵の肩に据え付けられた連装式のクロスボウから、立て続けに矢が飛ぶ。


 モーターでギアを動かして弦を引くこのクロスボウは、毎秒二発の矢を放つ事が出来る。両肩に計四機据え付けられたクロスボウから、僅か十秒で八十本の矢が放たれる。


 十数機の機装から放たれた千の矢が、狭い街道の上空を覆う。

 空を駆ける矢の濁流が、大盾を構えて隊列を組もうとする帝国兵に降り注ぐ寸前。

 矢は突然方向をかき乱され、前後左右に目標を違えて落下した。


 「風のオノマか……強力だな。バリスタ放て!」


 今度は五機の機装兵が膝を付き、両肩二機のバリスタから槍の様な矢を放つ。

 風のオノマを受けてフラフラと揺れる十本のバリスタの矢は、それでも大きな質量にものを言わせて、大盾を構える帝国兵へと迫る。


 「跳弾防御!」


 帝国軍指揮官の号令に、隙間なく紡錘陣形に大盾を構える帝国兵。

 ドラゴンの鱗の様に滑らかに、アーモンド型に敷き詰められた大盾は、飛来する十本のバリスタの矢を浅い角度で受け、その尽くを弾いた後に再び街道を塞ぐ様に展開した。


 クアッダ王国侵攻の際に、銃による攻撃で甚大な被害を被った帝国軍。

 その教訓を活かしてピストスが考案した跳弾防御陣形は、風のオノマと相まって飛翔武器に対して十分な効果を示した。


 「練度が高いな。多少の犠牲はやむを得ないか」


 丸メガネの長身の男は、苦い表情をして、再度前進を命じた。

 共和国軍の先陣を切る軍団の長。ザカーであった。


 そのザカーが隣の副官に尋ねる。


 「帝国軍第三軍の将軍は、ペルトウだったな」


 「はい」


 「これ程策を弄するタイプでは無いと思ったが」


 「商会の情報では、新たに参謀を加えたとの事ですが……その者の知略でしょうか?」


 「そう言う厄介なヤツは、先に始末しといて欲しかったな、クアッダさんよ」


 ザカーはこの場に居ない、顔も見たことのない他国の王を非難した。


 ナツメ商会の調査で、帝国軍による先のクアッダ侵攻の顛末は明らかになりつつある。

 にわかには信じられない報告ばかりだが、今後の戦術の在り方を根底から覆す様な報告も数多くあった。


 銃。


 当時、ナツメ商会序列四位にあったワハイヤダが、独占的に研究していた過去の遺物。

 だがワハイヤダの研究報告に寄れば、銃は予想された火力が出ず、鎧はおろか人すら貫通出来ない貧弱な武器との事だった。


 結局新型機装に装備される計画は見直しとなり、従来のクロスボウやバリスタを改良した物が装備される事になったのだが、そこには一つ、例外との遭遇による事実認識の齟齬があった。


 銃を装備したワハイヤダ特戦隊が戦闘を行った相手は、未だに不明であった。

 それは戦場を、ラアサが「綺麗に掃除したから」に他ならないが、まさか銃の実践テストの相手が、如何なる刃をも通さない皮膚を持つ亜竜と、オリハルコンの鎧を装備した勇者だとは思いも寄らなかったのである。


 「銃って武器が本当に使えるとしても、あの防御陣は貫けるのか?」


 独り言を呟いたザカーは、銃の存在をひとまず頭から追い払った。

 今は飛翔武器に対して万全の備えを見せる目前に敵を、いかに消耗を抑えて突破するかが大切だった。


 「で、どうだ。左右の森は抜けられそうか」


 「それが至るところに罠が仕掛けてあり、斥候の負傷者が絶えません。前線の機装を割いてもよろしければ、強行偵察も可能でしょうが……」


 「厄介だな……止む終えんか。親衛隊を招集、私が出る」


 「ハッ!」


 ザカーは第三軍の新参謀の情報をナツメ商会に探らせろと命じて、自らの機装へと足を向けた。


 一方の帝国軍も、共和国軍先陣の前進を防いだだけで、それ程楽観できる状況では無かった。

 伝令兵の報告によると、まもなくヒポタムスに到着する第一軍が、第三軍の指揮下に入るのを拒んでいるとの事だった。


 かつての第一軍と第二軍を合併して作られた、現在の第一軍。

 クアッダ侵攻で痛手を受けた両軍は、数合わせで合併された訳だが、同じように合併された現在の第二軍と違って、将軍が生き残っていた。


 旧第一軍将軍マルキスと旧第二軍将軍コミス。

 第一将軍マルキスが先任で尚且つグラードルの直轄軍だった事もあって、旧第二将軍コミスは一歩引いた立場を取り、二人の間では問題は無かったが、第三将軍ペルトウに対してまで自らの上位を主張しているのだ。


 これは「先陣の将の指揮権を重んじる」習わしに反する。


 「何故ワシが、ペルトウ将軍の指揮下に入れねばならんのだ。ワシの方が先任で家門も大きい。しかもワシはグラードル前皇帝の直臣だったのだぞ」


 伝令兵を怒鳴り付ける、第一将軍マルキスの鼻息は荒い。


 「歩き回っていただけで、結果的に損害が無いだけの第三軍などより、ずっと戦場にあって生き延びた我軍の方が、経験も実績も遥かに勝る。ワシが指揮を取る」


 第一将軍マルキスは第二将軍コミスが一歩引いた立場を取っている事もあって、有り体に言えば図に乗っていた。

 結局第一将軍マルキスは、合流して実際に将軍同士の会合が持たれるまで、自らの上位を主張し続けたのである。


 ここまで第二軍の協力的な姿勢と、ピストスの奇策もあって、どうにか戦線を支えていた第三軍のペルトウ将軍であったが、第一軍の指揮権が得られないとあっては、総括的な作戦の立てようも無い。


 「まったく!マルキスの傲慢さには付ける薬が無いわ!ゴマスリと家門だけで若くして将軍になっただけの男が!グラードル様をお守りすることも出来なんだくせに!」


 ヒポタムスに設けられた司令部。ペルトウ将軍の憤りは激しい。

 その様子を見る参謀ピストスは、白い指で顎先を摘んで少し考えると、ペルトウに耳打ちした。


 「申し上げます。第一軍の到着と共に、マルキス将軍に本隊の指揮権を譲ってしまうのが宜しいかと」


 その言葉にペルトウは目を剥いて顎を引き、驚きの表情を見せた。


 「ここまで苦労して支えた戦場を、後から来たマルキスに委ねると言うのか!?」


 「申し上げます。共和国軍の機装は思いの外頑強で、我軍の方が多くの損害を出しております。後数キロ進まれれば街道は広くなり、森が浅くなります。現在遊兵として後方につかえている敵の二つの軍団が前面に展開すれば、損害は更に増えるでしょう」


 「だからこそ合流した第一軍と連携を密にして……」


 「今の内に、第二軍から森林踏破に有効なトカゲ騎兵を、我が三軍に編入しておきましょう。マルキス将軍にはヒポタムス正面で被害を担当して頂き、その間に我が第三軍は森を迂回して敵の電源筒を守る部隊を襲い、最終的な功績を得るのです」


 ペルトウ将軍は言葉を失った。


 この参謀は、聞き分けのない味方を囮にしろと言っている。

 指揮権を譲る代わりに別働隊を認めさせ、戦果の果実を自らの手でのみ摘み取れと、そう言っている。


 「古くからの習わしに反して指揮権を取り、多大な損害を出したとなれば、例えこの戦いで生き残ったとしても、立場は狭くなるでしょう。断言いたします。共和国軍の機装兵は強い。多大な損害は免れません」


 新参謀ピストスを一旦下がらせ、ペルトウ将軍は目を伏せて考え込んだ。


 将軍間の無駄な軋轢に、時間を費やす余裕は無い。習わしを盾に激しく言い争えば指揮権は取れるだろうが、その後の作戦行動に支障をきたす様ではまずい。

 新参謀ピストスの提案は、良い物に思えた。


 だが、味方を囮にし、見捨てる様な作戦にペルトウの心は反感を覚えた。

 それは今まで、武人として、愚直ではあっても恥じぬ生き方をして来た自らの生き方に、武人の魂に嘘を付く事になるのでは無いかと。


 司令部を後にしたピストスもまた、悩んでいた。


 共和国軍の後方へ放っている斥候の、生還率が極端に低いのだ。

 これだけ敵が警戒していると言うことは、ピストスの目論見通り電源筒を守る部隊こそが弱点である証明とも言えるのだが、肝心の電源筒を守る部隊が見つからない。


 もっと谷の奥、ルンマーン方面まで斥候の範囲を伸ばすべきか、あるいは敵軍団の中心部に深く潜らせて、機装兵の動きを監視させるべきか。

 だが前者には時間が、後者には損害が必要になる。


 そしてこちらの動きに気付かれれば、守りは厚くなり、別働隊では急襲離脱が難しくなる恐れもある。


 昨夜の奇襲を撃退したことも、矢や銃での攻撃に備えて盾の陣形を訓練させていた事も、ピストスは過ぎた功績にさほど興味を示さなかった。


 「今はこのヒポタムスを守れれば良い。広大な帝国領から今後増援は続々と届く。共和国軍の三軍団を打ち破った後、ここヒポタムスから帝国の共和領侵攻が始まるのだ。そしてその指揮を取るのは……」


 ヒポタムスは策の進捗具合を確かめる為に、馬を飛ばしてヒポタムスを飛び出した。



 「兄貴!オレの部隊で新しい連携考えたんすよ。ちょっと試して……」


 「今は止めた方がいいの」


 俺は、嬉しそうに寄って来たガビールを一瞥して、再び歩き出した。


 「師匠!機装兵部隊の練度も相当上がりましたよ!特別教官達が……」


 「今は止めた方がいいの」


 俺は、やはり嬉しそうに寄って来たフェルサを一瞥して、再び歩き出した。

 俺は今、クアッダ王国内を、大股でずんずん歩いている。

 リンクスが後ろからトコトコと急ぎ足で付いて来て、俺を見つけては話しかけてくる奴らを追い払っている。


 俺が向かっているのは、城門近くにあるラアサの倉庫。元盗賊達と一緒に良く居る場所だ。


 バン!


 乱暴に開かれた扉に、室内でくつろいでいた元盗賊達はビクッとし、振り向いて俺だと分かると、あからさまに気を抜いた。


 「ジョーズさんじゃねえっすか、びっくりさせないで下さいよ。あ、そういやシロとクロが……」


 「今は止めた方がいいの」


 俺は真っ直ぐにラアサに近付く。


 『ちょっと良いか』


 「どうしたんだよジョーズ、おっかねえ顔して」


 俺の只ならぬ雰囲気を感じて、ラアサは配下の元盗賊達に部屋から出るよう目配せする。


 『共和国軍が、ネビーズを攻めるってのは本当か?』


 「あぁ、軍団が三つ。たかが街を攻める軍勢じゃねぇなぁ。恐らくそのままクアッダかエラポスってのが本線だろ」


 『分離独立を宣言したから、魔獣の国と仲良くやるって宣言したから、滅ぼされるのか?』


 額が当たるほど近付く俺に、椅子に座ったまま気圧されして顎を引くラアサ。


 「一番の目的は見せしめだろうな。同じような離反都市が出ないように徹底的に叩いて、対帝国への体制を引き締めようって腹だろ」


 『何だよ見せしめって!見せしめの為に、ちょっと前まで仲間だったヤツを殺すのか』


 ラアサは答えない。


 『クアッダは、ネビーズに軍を出して守ってやるのか』


 「それは……無い」


 『何でだよ!?同盟結んだんだろ?』


 「共和国軍の動きが誘いだからだ。もともとクアッダ一国守るのもどうかって戦力動かしてんだ。ネビーズ防衛にクアッダの軍を動かしゃカラのクアッダが攻められ、兵力を分散すりゃ各個撃破だ」


 『同盟ったってそんなモンか』


 「陛下は最後まで悩んでた。だけどよジョーズ、陛下はあくまでもこの国の国王なんだぜ?この国を守る義務がある人なんだよ」


 俺の険しい顔に、困惑した表情を向けるラアサ。


 『行くぞリンクス』


 「らじゃなの」


 踵を返した俺の背中に、腰を上げたラアサが慌てて声を掛ける。


 「どうするつもりだジョーズ!」


 俺は肩越しにラアサを睨みつけた。


 『共和国軍を……ぶっ潰す』


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