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102話 報酬

 ピンポーン。


 ……。


 ピーーーーン…………ポーーーーン。


 ……。


 ピンピンピンピンーポーン。


 『止しなさい』


 「は〜い。なの」


 リンクスが呼び鈴ボタンを、長押ししたり連打したりしているのを、俺はニヤけながらも止めさせた。

 居るのが分かってるヤツの家を尋ねた時の様な、悪戯ピンポン。懐かしい。


 俺とリンクスが居るのは、帝国本島の帝城。

 修復を終えた、真新しい空中庭園。

 その隅に隠された秘密のボタンを押して、反応を待つ。


 前回プトーコスを訪ねて来た時は、早朝から城門前に並んだが、その後引き会わされたマリアの「飛べて消えられるなら、空中庭園に真っ直ぐ降りたらいいじゃない」との提案で、秘密のピンポンを準備して貰う事になった。


 打ち合わせした場所を丹念にエコーで探すと、材質が違うレンガがあった。

 そのレンガを押しこみ、凹んだ部分に現れたスライドパズルを解くと、レンガがもう一段階凹んでボタンが現れる。


 無駄に手が込んでいるな。


 待つこと十数分、空中庭園に現れたのは、金髪のツインテールに黒っぽいロリゴスの少女。まさかのマリア本人だった。


 「お待たせお兄ちゃん、リンクスちゃん」


 マリアは、真っ直ぐに俺達を見つめている。

 俺達消えてるんですけど?


 「消えたままで付いて来てねぇ」


 そう言ってマリアは自らも姿を消し、歩き出した。


 マテマテ、見えなきゃ付いて行けないだろうが。

 エコー使えばマリアの位置は特定出来るだろうが、帝城の廊下で舌打ちが聞こえるって怪奇現象が噂になるぞ。


 ん?まてよ?

 俺は目の奥をギュってした。


 ……出来た。

 視聴覚交換完了。


 『お兄ちゃんも音見てる?ガツンってやる?』


 強制的にスイッチいじるの止めて下さい。

 どうもリンクスは、俺の意識を刈り取るコツを掴んでるらしい。

 もしリンクスが敵に回ったら、意識が無いときに「お断り」が発動していない俺なんて、瞬殺だな。


 そんな事を考えながら俺達は、マリアの足音を視覚に捕らえて、帝城内を移動し、エレベーターを使って地下空間へと辿り着いた。

 マリアが姿を現すと同時に、俺も視覚を戻す。


 「ねぇねぇ、見てみてお兄ちゃん」


 そう言ってマリアが取り出したのは、リボンを付けた白いネコがプリントされた絆創膏。


 「これでハンズフリーよぉ」


 マリアは竜型に変身した俺のたてがみを、絆創膏で額に貼り付けると、腰に手を当てて平らな胸を反らした。


 「リンクスは何時でもなの」


 リンクスが、マリアと同じポーズで胸を反らす。

 何張り合ってんだか。


 『マリア、お使いは成功したんだな?』


 マリアは嬉しそうに微笑んでから、部屋の隅を指さす。


 「お使いありがとうねぇ、機材の入った小型カプセルが、早速宇宙から届いたわぁ」


 対応早いな。アマ○ンお急ぎ便か?


 「これが宇宙から届いた、研究用の機材と端末よ。進歩し続けた科学技術って凄いわねぇ。このノート端末、あのスパコンより早くて一杯入るのよぉ」


 俺は驚きもしたが、何処か納得もした。


 十九世紀の産業革命後に産まれた電子計算機は、僅か数十年で飛躍的に進歩し、かつて部屋一つまるまる使ったコンピューターの処理を、ポケットの中で行う様になった。


 宇宙に進出した人類に因って、順当に進化したノート型端末。どれ程未来的になっているか……と思ったら、それ程でもないらしい。


 AIとのやり取りは声でするが、予備インターフェイスとしてか、キーボード付いてるし、マウスも付いてる。

 宇宙人類が、地上の科学レベルに配慮したって線もあるが。


 『所でマリア、クエストはこなしたんだから報酬くれ。ミ・ディンと戦っても殺されないで済む報酬を』


 「印籠欲しいの」


 「ミ・ディンに葵の御紋は効かないわねぇ」


 マリア、黄門様知ってんの!?


 「古代オノマをテストする時に使う希少金属。これどうかしらぁ?」


 テストに使う金属?そんなんで守れんの?

 俺の険しい顔を見たマリアは、補足の説明を始めた。


 その金属はナノマシンが封入された、白い親指大の玉なこと。

 発動寸前の古代オノマを吸収して、擬似的に対消滅を起こし黒く変色すること。

 吸収変色した玉は、時間を掛けて自己修復すること。


 『身代わりの護符?』


 マリアが手の平に乗せた小さな白い玉を、顔を近づけて覗きこむ俺とリンクス。


 「そうとも言えるわねぇ。元々は威力が高い古代オノマを、机の上でテスト出来る様にって作られた物らしいけど」


 う〜む。

 正直微妙。


 ミ・ディンがあの時使ったのが、古代オノマだってのがそもそも仮定。

 仮にこの玉でミ・ディンの術を防げたとして、連続で使われたらアウト。

 連続で使わなかったとしても、ミ・ディンとのガチで勝負……。


 何かこう……もっと……。


 『ミ・ディン寄せない、結界作るのとか無いかな』


 「十字架もニンニクも効かないわよぅ」


 マリアは首を横に振る。

 マリア……お前、フィクション大好きだろ?科学者なのに。

 ツインテ当たるから、頭を振るんじゃ無い。


 「そして、これが報酬よぅ」


 え?その玉じゃ無いの?


 マリアがアタッシュケースから取り出したのは、白い玉を連ねた……連珠。長さが一メートル半もある。

 これ、玉が百個あるのか?


 これなら……これなら連続で古代オノマを使われても大丈夫だ。

 ちょっと良くなった。後は修行を続けて……腕を上げるしか無いか。

 まんざらでもない顔の俺を見て、マリアは満足そうに微笑んだ。


 「気に入ったみたいね。はい、リンクスちゃんにも。ついでにミ・ディンのコレクション見るぅ?」


 コレクション?ミ・ディンの?

 フィギュアでも集めてんの?あの顔で?


 ぞぞっ


 俺は走る悪寒に、身を竦める。やなもん想像しちまった。


 「ふんふ〜ん」


 リンクスが頭のリボンを外して、白玉の連珠をリボンの結び目に巻き付けている。

 赤地に白い水玉のリボン。結び目の白い連珠。似合うねリンクス。


 俺は連珠を首に巻こうとして、思い留まる。

 見えない所に装着するのが正解か。ミ・ディン相手に一瞬でも虚を付けるってのは大事だ。袋に入れて腰にでも下げとくか。


 『リンクスも、結び目の中に隠した方がいいぞ』


 「えー、んー……そうするの」


 リンクスはちょっとだけ頬を膨らませて、言う事を聞いてくれた。

 ありがとな。


 「行くわよぉ」


 マリアは、とっくに姿を消して歩き出していた。

 ちょっと待って!今視聴覚入れ替えるから。ってかリンクス早いな。


 「片方ずつやっとくと便利なの」


 片方ずつ?


 「右目で光、左目で音見るの」


 え?そんな事出来るの?えーっと……こうかな?片方の置くだけギュ。


 『うわぁ……酔いそうなんだけど……リンクス平気なのか?コレ?』


 いや、だが慣れとく方がいいな。ミ・ディンが虚像と実体を、激しく入り変えて攻めて来てもコレならバタつかなくて済む。

 何事も訓練……慣れか。しかし脳の拒否感がぱねぇ。


 「置いてくわよぉ、お兄ちゃん」


 待ってマリア、ふらふらして歩くのも……いや、だから待てって。痛いから銀糸引っ張らないで。



 『なんじゃこりゃあ!』


 俺は腹から出る赤い液体の付いた手を……じゃない。


 マリアに案内された秘密の部屋。

 そこにはまるで図書館の様に棚が並び、棚の上には規則正しく手の平サイズの三角錐が並んでいる。その数、およそ百。


 『凄い数だがコレは?』


 「これが黒籠よ。ミ・ディンが今までに封印したドラゴン。触らないでねぇ」


 これが全てドラゴン……だと!?


 『封印って言ったか?ミ・ディンはドラゴンを殺して、魂を集めてるんじゃなかったのか?』


 「肉体を失った霊的存在は、存在が希薄になってやがて霧散するの。魂をより新鮮な状態で保つには、生きたまま黒籠に封印するのが一番よ」


 新鮮保存とか、ヤナ表現方法だな。


 『だがミ・ディンは何でドラゴンを集めてるんだ?知ってるか?』


 「詳しくは知らないけど、始皇帝の為だとは聞いてるわぁ」


 俺は棚に並ぶ黒い三角錐を、珍しそうに覗きこむ。

 近付けた鼻先に、ヒリヒリと威圧感が伝わってくる。


 空間を断絶して成型された黒籠。

 その中にあって尚、威圧感を放つ古のドラゴン達。


 「ババアドラゴンなの」


 リンクスは、手前の棚に並ぶ黒籠を指差してそう言った。

 俺はリンクスの側に歩み寄り、その黒籠に鼻を近付ける。この感覚は確かにババアだ。シエロって言ったっけ?遂にミ・ディンにやられたか。


 成竜シエロ。


 帝国と共和国が、根地の森近くで睨み合った時。突如として大空より舞い降りた災厄。

 数千のニンゲンを喰らい、殺し、俺とリンクスと戦い、黒衣の男ミ・ディンと再び出会うきっかけを作った老齢のドラゴン。


 あの混乱の最中、ミ・ディンに切り落とされたシエロの翼を喰っていなかったら、今こうして俺達は生きては居なかったかも知れない。

 シエロとの戦いの後、俺は根地の森の魔王と呼ばれる様になり「幼竜でありながら成竜を退けた」と尾ひれの付いた噂も流れたんだが……。


 「お兄……ちゃん……これ……」


 リンクスが珍しく歯切れが悪い。

 どうしたのかとリンクスの方を見やると、黒籠を指す指先が微かに震えている。


 『これは……』


 「ちょっと!急いでここ出るわよ!ミ・ディンが立ち寄るかも知れない」


 珍しく鋭いマリアの声。

 気付けば、さっきより部屋がぼんやりと明るくなっている。

 これはミ・ディンの存在を感知して、自動で部屋が明るくなるオノマでも掛けられてるのか?

 まさか侵入者に、主の帰宅を知らせる機能として役立っているとは思わんだろうが。


 逃げる様に、ミ・ディンの隠し部屋を後にした俺達は、マリアに改めて礼を言って、空中庭園から一旦帝城を離れた。

 成竜では無い俺達を、ミ・ディンは襲わないかも知れないが、コソコソ嗅ぎまわっている事を知られたくは無い。


 気配を完全に殺し、帝城が見える森に身を潜めて半日、ミ・ディンが帝城に立ち寄らなかった事を確認すると、夕日に照らされる城門前の列に加わった。

 プトーコスに会う為に。


 マリアに会うなら空中庭園で良いが、プトーコスに会うのにアポなしは流石にまずかろうと思えたし、姿を消して帝城内でプトーコスを探しまわるのも、プトーコスの前で突然姿を現すのも、問題がありそうだ。


 前回、俺達をプトーコスの副官に取り次いだ門番が、目ざとく俺達を見つけて、順番を飛ばして案内してくれようとしたが、それは丁重にお断りした。

 「決まりを守らなくて良いのが、権力の証」とか思っていそうなアノ貴族共と一緒になりたくない。


 「本日の目通りはココまで」の所にギリギリ間に合った俺達は、その夜、プトーコスと夕食を共にすることになった。



 「帝国の料理は初めてですかな?魔王殿」


 「このピンクの美味しいの」


 リンクスが食べているのは、魚卵と芋と玉ねぎを混ぜたピンクのペースト。変わった味だが美味い。


 プトーコスが用意してくれた帝国料理……それにしてもトマト多いな!オリーブオイル多いな!

 クアッダの料理と比べると、野菜が凄く多くてカラフルだ。生の野菜も食べる。クアッダでは肉も野菜もきっちり火を通さないと、リニューに感染するって信じられてたけど、大丈夫なんだろうな。


 「イカリングなのー」


 そう、海産物も豊富だ。島だから当然と言えば当然なんだろうが、タコやイカ食べるのって、世界的にはゲテモノ扱いだっけ?

 俺はこの羊のモツ煮込みがオキニだな。二日酔いの朝とかに良さそうな、染みこむ様な優しい味。


 プトーコスは、食事が終わるまで、訪ねて来た理由すら聞かなかった。

 心得た事で。


 食後の会談で、俺はラアサに頼まれた情報収集をする。

 今回の帝国から共和国への宣戦布告の件は、概ねラアサの予想通りだった。


 国内諸侯を黙らせる為に、役者皇帝イドロに実績を付けたいプトーコスは、共和国からの先制攻撃を受けてヒポタムスを失うより、グラードルの死を共和国に擦り付けての宣戦布告を選んだ。


 兵力に不安は無いそうだ。クアッダ侵攻に参加した将兵五万とは言っても、その内一万余は敵と戦う事も無く、只移動していただけだったりするからな。


 「実は最も戦意が高いのが、クアッダ侵攻に参加した部隊なのだ」


 先帝グラードルの影響力だけで、正式な命令も無く他国に攻め入ったグラードル軍。彼らは帝国軍規に照らせば、造反者、あるいは軍務放棄とみなされる可能性が非常に高いとか。

 彼らグラードル軍に参加した将兵は、処罰が下される前に功績を上げる必要があったのだった。


 『つまり俺は……根地の森の魔王は、完全に帝国の敵では無くなったんだな?』


 「元より帝国の敵とするつもりなど無い。だから陛下に目通りして貰ったのだ。クアッダ王国と戦争した事実も無い。戦死者は演習中に共和国軍に襲われて死んだ者だ」


 政治だな……と俺は思う。

 事実なんてこんな物だ。何にせよ満足出来る話しは聞けた。


 俺はプトーコスに、根地の森がクアッダ王国と都市国家ネビーズと同盟を結んだ事を告げて、共和国との戦争が終わるまで帝国とも協定を結べないかと打診して、帝国を後にした。後日の再来を約束して。



 帝城内の隠し部屋。

 暗い空間に整然と並ぶ棚。その棚の上に規則正しく並べられた三角錐の黒籠。

 綺麗に並ぶ黒籠に一箇所だけある隙間。

 ミ・ディンがそれ気付くのは、もう少しだけ先の事だった。


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