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101話 偽り

 「帝国が共和国に宣戦を布告しただと!?」


 クアッダ王は驚愕の余り、思わず立ち上がった。


 クアッダ王城、会議室。

 早朝から、クアッダ王を始めとする文武官の重鎮達が顔を揃える中、ラアサから驚愕の報告が為された。


 帝国から共和国への宣戦布告である。


 ラアサが元盗賊団所属の情報部を使って、これまで集めた情報の流れでは、共和国がクアッダ王国と同盟関係であるルンマーンを滅ぼし、更には帝国領ヒポタムスへ、共和国から帝国への宣戦布告は何時になるか?といった所だった。


 クアッダ王国としては、先帝グラードルを失って混乱している帝国を背後に気にしながら、非戦連合と連携して共和国にどう対処するか。それを話し合う会議の筈だったのである。


 文官達が、議論の口火を切る。


 「もはや非戦連合と言う名称は、正しく無いかも知れませんな」


 「左様です。既に抑止力としての効果は残念ながら失われました。共和国がまさか、同盟帝国双方を同時に相手取るとは、思いませんでしたが」


 「ラアサ殿、帝国が共和国に対して、先に宣戦を布告と言うのはどういった裏があるのでしょうか?」


 クアッダ王の視線を受けて、ラアサが説明を始める。


 「まず帝国の公式発表だが、先帝グラードル殺害の報復として共和国首都ハリーブを滅ぼす。そう通達するようだ」


 表情を曇らせて、反応出来ない文官一同。


 「グラードルを殺ったのは兄貴でしょ?何で共和国が報復されるっすか?」


 ガビールがラアサに対して、つい盗賊時代の口調で質問する。


 「帝国は、グラードルが演習中に共和国軍に急襲されて、殺されたって発表してんだよなぁ。情報が十分じゃねぇから、こっからは憶測半分だが……」


 そう前置きして、ラアサは帝国の動きに関する予想を述べた。

 その内容はこうだ。


 共和国軍がヒポタムスに向かったのを察知した帝国は、ヒポタムスに大規模な軍勢を集める為の、分かり易い名分が必要だった。ヒポタムス陥落後に報復では、辺境とは言えヒポタムスを失ってしまう。


 そこで、グラードルの死を利用した。


 グラードルが軍勢を率いてクアッダ王国に攻め入り、返り討ちの挙句、殺された事を、帝国は正式には認めていない。

 五万の大軍勢がクアッダに返り討ちにされたなど、国が滅ぶまで認める事は無いだろう。


 グラードルは退位後演習に出掛け、共和国軍に殺害された事にして(・・)、先帝グラードルの弔い合戦という事にした(・・)のでは無いか……と。


 「う〜む。納得いく様な、行かない様な……であるな」


 傭兵団長のイーラが腕を組んで唸る。


 「だから憶測半分だって。詳しくはジョーズの報告待ちだなぁ」


 はっと何かに気付いた文官が、テーブルをポンと叩く。


 「これは!公式的にはクアッダ王国は、帝国の公敵では無くなったと言う事になりませんか?」


 「確かに……共和国の侵攻を防ぐ間だけでも協定を結ぶ目もある」


 「アニキは何処に行っておるのだ?こんな大事な時に」


 「師匠は【くえすと報酬】貰いに行くって、さっきリンクスちゃんと帝国に飛びました」


 「「「くえすと報酬??」」」


 会議室の全員が、フェルサの言った意味不明な言葉の意味を質すが、フェルサも「さあ」と肩を竦めるだけだった。


 「とにかく、ジョーズにはここまでの情報は伝えてある。上手いこと情報を集めてくれる事を祈ろう」


 「我が民達を、また戦乱に備えさせねばならぬのか……」


 そう言ってクアッダ王は、深く溜息をついた。


 「陛下……」


 クアッダ王に、気遣いの視線を送る一同。


 「ふむ。文官は帝国に協定を打診する親書の作成を、武官はいつでも軍を動かせる様に。情報部を増員して、共和国帝国双方の軍勢の規模と動きを把握」


 「両国の軍勢に関しては、正確な情報が御座います。それも最新の情報を日に四度お届け出来ます」


 「どう言う事だ?ヒポタムスまで早馬でも、五日は裕に掛かるぞ」


 ラアサ以外の全員が、頭を右に傾ける。


 「ジョーズん所のチビっ子が……」


 「アフマルか?リースか?」


 会ったことも無いのに、国王に名前を覚えられるという栄誉を二人は授かっていたが、当のチビっ子達は知るよしも無い。


 「アフマルの方です」


 「赤毛の人間の方だな?そのアフマルが、軍の情報とどう関わる?」


 更に右に傾く、一同の頭。


 「森の空飛ぶ魔獣で空軍を編成して、定期的に上空からの偵察に飛ばしてます」


 「「「なんだと?」」」


 この席に参加する者は、空軍の存在は知っていた。空から急襲する魔獣の軍勢。

 だが、魔獣を組織編成して偵察など、言葉も通じないのにどうすれば可能なのか一同には想像も付かない。


 「何でも、魔王の噂を聞き付けて、迫害から逃れて根地の森に流れ込んだ亜人が結構な数になってきたとかで、空飛ぶ魔獣に乗せて偵察に出してるらしいですよ。あと、森の奥では亜人達が農耕を始めてるとも」


 「ちょっと待つのである、魔獣は亜人を襲わないのであるか!?」


 「魔王の一族って認識らしくって、お互い共存共栄してるってアフマルは言ってましたがね」


 頭を傾けたまま、開いた口が塞がらない一同。


 「根地の森は今、どの程度の規模なのだ?魔獣という強力な兵が居て、亜人が農耕で日々の糧を賄うなら、完全に国では無いか」


 「まぁ国王とも言えるジョーズは各地を飛び回ってて、たまに森に帰ると、順番待ちしてる魔獣乗せて空の散歩してやるだけだって、言ってやしたがね」


 「散歩王……」


 その言葉に一同から笑いが起こり、傾いた頭が元に戻っていゆく。


 「グラードルの侵攻に続いての国難ではあるが、皆の奮闘を期待する。アニキの使っていた困難な状況を表す言葉で、この会議を締めようと思う。解散後、各自全力で事に当たる様に」


 クアッダ王の言葉で、会議室の全員が起立する。

 皆の視線が集まる中、クアッダ王が深く息を吸い込み、皆を見渡し、その言葉を発した。


 「ちょべりば!」


 「「「ちょべりば!!」」」



 「くっそ!そっち逃げたゼ!」


 「カログリア、頭を押さえるのだ!」


 白、青、赤の髪をした三人の男女は、森の中を獲物を追って疾駆していた。

 三人は、ヒエレウス王国にて召喚された勇者。

 それぞれが、髪の色に準じた色の鎧を体に張り付かせ、得意とする武器を携えていた。


 白:白銀の勇者カログリア、レイピア

 青:青の勇者メントル、ワイヤーナイフ

 赤:赤の勇者ニキティス、トンファー


 先回りしたカログリアの前方の茂みが弾け、獲物が姿を現す。


 その獲物は、部分的に黒光する金属を付けた革鎧を身に付け、髪を振り乱し、涎を垂らし、正気を失った目をした人間だった。


 獣の様に両手両足で地面を蹴って、カログリアに襲いかかる獲物。

 繰り出された右腕には、手首から外側に三十センチ程の湾曲した刃が生えている。


 カログリアが、迫る刃をレイピアで受け止めると、グチュッと音を立てて刃の根元から吹き出す膿。それが放つ腐敗臭にカログリアは顔をしかめる。


 人間離れした動きで、空中で体を一回転させて蹴りを放って距離を取ろうとする獲物。

 カログリアは、予測し難い動きから放たれた蹴りを、しっかり目で確認してから躱し、着地点をレイピアで薙いだ。


 ギン!


 レイピアは鈍い音を立てて、獲物の脛当てに弾かれる。


 「……面倒」


 後方に跳んだカログリアを追うように、再び地面を蹴る獲物。

 だが、カログリアはレイピアを下ろし、迫る獲物を憐れむ様に見つめるだけだった。


 カログリアの眼前で、ピタリと動きを止める獲物。

 その顔、腕、体にはワイヤーが巻き付き、食い込んでいた。


 獲物は後方へと強い力で引き戻された後、急にワイヤーの拘束を解かれ反動でつんのめった。


 「成仏させてやるゼ!」


 獲物の頭上から迫るニキティス。

 その手に握られたトンファーの穴では、既に赤い光球が灼熱の光を発していた。


 「オラオラオラオラだゼ!」


 連続で叩き込まれるトンファーの突打に、炎を上げる獲物は、断末魔の咆哮を上げて、やがて動かなくなった。


 ブスブスを煙を上げ、人の焼ける嫌な匂いを放つ、焦げた獲物。

 カログリアは哀れみの眼差しで、ソレを見下ろした。


 「今回のは、それ程でも無かったな」


 ワイヤーナイフを巻き取りながら近付いてきたメントルが、焦げた獲物の前に膝を付き、四本の腕で焦げた獲物をまさぐる。


 ゴト……ゴトン。


 焦げた獲物から取り出される、黒光りする金属。

 革鎧に部分的に付けられていた物だが、ニキティスの灼熱の連撃でも、煤けただけで元の形状を維持していた。


 いや、正確には元の形状を取り戻していた。


 「オリハルコンは回収しねえとな」


 「ニキティス、お前も手伝うのだ」


 「手は……足りてるだろ?」


 露骨に嫌そうな顔で断るニキティスとは対照的に、淡々と焦げた獲物から金属を取り出すメントル。


 カログリアは、そんなメントルを冷ややかな目で見つめる。以前はこんなでは無かったのに……と。


 顔を上げたカログリアの視界に、ヒエレウス城が映る。

 ここはヒエレウス城の直ぐ側。既に魔獣を駆逐し終えて久しい場所。

 こんな場所で彼ら勇者達が追った獲物は、魔獣では無かった。


 「しかし、こう何度も暴走勇者を相手にさせられると、やな気分だゼ」


 「勇者では無い。暴走した半獣だ。勇者の儀に耐えるだけの心を持たなかった獣だ」


 「最近随分焦って召喚の儀やってるけどよ。勇者の儀に耐えられないんじゃ強えバケモノ作ってるだけじゃねぇのか?」


 「教皇様のお考えあっての事だ。我らは黙って従っていればいいのだ」


 そう、彼らが追い立て、消し炭にしたのは、彼らと同じ勇者。

 違うのは、人としての自我を、保っていられたかどうかだけ。


 最近の勇者の儀は、更に強力になり、自我を保つ者は殆ど居ない。

 ギリギリ暴走を食い止められた者だけが、今水槽の中で再調整を受けている。


 カログリアは、眼前のモノに再び視線を落とし、心に思う。

 コレと自分の違いは何も無い。自分が今召喚されて、今の勇者の儀を受けたらコレにならない保証は何処にもない。

 運の天秤がほんの少しどちらかに傾けば、コレは自分だ……と。


 最近の教皇様は、より強い勇者を生み出すことに全霊を掛けている。

 浅いと弱く、深いと制御出来ぬとの、教皇様の言葉の意味は判らない。


 再調整を経て、別人の様になってしまったメントルを見て、今の自分を失いたくないとも思う。その為には強さを示す必要があるだろう。

 だが、今の自分達勇者の強さで、魔獣の駆除に不足は無い。

 教皇様は何を想定して、より強い勇者を生み出そうとしているのだろうか?

 こんなモノまで創りだして。


 教皇様のする事に、疑問を感じ始めたのは何時からだったろうか?


 「カロ、楽しそうなの」


 あの幼竜の言葉が頭を過る。

 敵と強く認識しながらも、戦いの最中、共にボレロを口ずさんだ幼竜。

 思い直してみれば、あの幼竜と翼竜は何故、自分達を許したのだろうか。


 自分に、何かが芽生えるきっかけを作ったあの幼竜。


 「……リンクス……」


 メントルとニキティスの視線を感じて、カログリアは自分がその言葉を、我知らず発していた事に気が付いた。


 「リンクス?」


 「メントル、あのクソ強えドラゴンの小さい方じゃねぇか……って、判らねえのか……いや、何でもねぇゼ」


 「カログリア何をしている」

 「お?なんだ?」


 メントルとニキティスは、目を疑った。

 カログリアが、二人に頭を下げているのだ。


 「……頼み……を聞いて欲しい」


 カログリアは、言葉少なく自分を死んだ事にして欲しいと二人に告げた。

 何故かは判らないが、あのリンクスという幼竜に、会わなければならない気がすると。判らないからこそ会って何かを確かめたいのだと。


 「死んだ事にって……幼竜に会ったら帰ってくればいいじゃねぇか」


 「不信……に思われたら……再調整が」


 この心の迷い、或いは教皇様への疑念を気付かれれば、再調整されて今の自分を失ってしまうだろう。

 それは何か悲しい事の様な気がしていた。


 カログリアの瞳を、じっと見つめるメントル。

 おずおずとニキティスが割って入る。


 「なぁメントル、カログリアがお願いって初めてじゃねぇか。勇者の仕事はカログリアの分も俺が頑張るからよ。教皇様には嘘の報告をして、ここは見逃して……」


 メントルはその蒼い瞳を、カログリアから逸らさない。


 「メントル……お願い」


 長い沈黙の後、メントルが口を開いた。


 「教皇に嘘の報告をするつもりは無い」


 カログリアはレイピアを握る手に、緊張が走るのを感じた。


 「待てカログリア。なぁメントル、俺達だってあれから随分強くなった。カログリア抜きでも行けるって。たった一回、一回だけ教皇様に嘘を……ってあれ?今お前、教皇って言ったか?」


 「心があるのだなカログリア?なら共に行こう」


 「え?え?」


 レイピアを鞘に収めるカログリアと、状況がさっぱり判らずオタオタするニキティス。


 「俺はあの再調整で、辛うじて心が残ったのだ。心が消え去りそうになった時、あの翼竜に負けた悔しさか、もう一度挑めぬ未練かは知らんが、微かに熱い物が心に残ったのだ」


 メントルの話しはこうだった。


 再調整後、数度のフラッシュバックで、消えかけた心が戻ったこと。

 再びより強い再調整を掛けられて、心を失う事を恐れたこと。

 そして、カログリアの様子が以前とは違ったこと。


 メントルを見て、再調整を恐れたカログリアは、以前にも増して無口で機械的になった。

 それは周りの目を欺く為の装いだった訳だが、メントルからしてみれば、自分と同じ様にカログリアが再調整を受けたのでは無いかと、疑うに十分な装いだった。


 結果として、メントルもカログリアも、互いが互いを見張られていると感じ、心がある事を、教皇の行いに疑問を抱いている事を、ひた隠しにしていたのである。


 「良かったよ、カログリア。お前が今日告白してくれなければ、俺はこの先もずっと自分の心に嘘を付いて、怯えながら生きる所だった」


 「おかえり……メントル」


 メントルとカログリアは、軽くハグをした。


 「え?えっと……二人が疑い合ってたのは分かったけどよ?オレは?」


 「まあ、お前はバカだからな」

 「バカ……だから」


 「なんだよ!二人して!こんなに心配したんだゼ!」


 全身の装備だけでなく、顔まで赤くして怒ったニキティスだったが、その顔は酷く嬉しそうだった。


 「行こう翼竜の所へ」


 「……リンクス」


 「よっしゃ!三人一緒だゼって……行ってどうするんだ?」


 真っ先に歩き出そうとして、振り返るニキティス。


 「挑む!」

 「……戦う」


 「結局それかよ!まぁいい!今度は三人の連携を見せてやろうゼ!」


 三人の勇者達は、ヒエレウス城に背を向けて、颯爽と森の中を歩き出した。

 そこには、久しぶりに見せる晴れ晴れとした笑顔があった。



 こうして、ヒエレウスの軛から解き放たれた三人の勇者は「魔王へ挑む勇者」という、勇者の本道?に立ち返ったのあった。


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